助けてヨイえもん
「スイせんぱーい!おはようございます!」
月城輪生はいつも通り、朝のホームルーム前の2年A組に現れた。
「あー、輪生おはよ。これあげる」
「わぁ!ありがとうございます!いいんですか?」
「あんま美味しくなかったからさ」
彗がそう言って渡したのは、自分の食べかけのおつまみジャーキー。
昨日の部活のあと玲香とコンビニで寄り道して買ったものだが、彗の口には合わなかったのだ。
まだカバンの中に入れっぱなしでたくさん残っているので、残りは家に帰って宵にあげようと思っていた。
「家宝にしますね!」
「いや、すぐ食べてよ。封切ってあるんだから……」
彗がそう言うと、輪生は「わかりました!」とそれを頬張って美味しそうに食べた。
それを見た玲香が「ジャーキーあげて喜ぶって……マジで犬じゃん」と少し笑ったので、彗に睨まれた。
「ところでスイ先輩!今週の土曜日、僕とデートしてくれませんか?」
ジャーキーを食べ終えた月城輪生がそう言うと、クラス全員が一瞬固まった。
当然だが、彼らは全員高校生。
こういった話題に最も敏感な年頃と言える。
全員が一瞬固まったあとに平静を保ち、彗の返事にひたすら聞き耳を立てた。
いったいどんな返事をするのだろうか。
「めんどくさい」とか言って断ってしまうのだろうか。意外と簡単にOKなのだろうか。
しかし、彼女の反応は意外なものだった。
「えっ?あっ?で、で、でぇと?」
顔を真っ赤にして、狼狽えている。
彗は中学、高校とその素行から恋愛に全く縁がなかった。
そして彼女の頭の中には常に神器を取り返すという強い思いしかなかったため、恋愛や男子への免疫が全くなかったのだ。
「え、ええっと……その、うーん?」
彗は震える手をカバンの中に入れて、残っていたおつまみジャーキーの封を開けて口に押し込んだ。
クラスメイトは「いや、それあんたさっき美味しくなかったって言ってたじゃん」と思ったが、なんと動揺している彼女はほとんどそれを噛まずにゴクンと飲み込んだ。
(あの中村水が……オロオロしてるっ!!)
中村水といえば傍若無人で自分勝手、そのくせ剣道だけは滅茶苦茶強いから怖くて近づけないという厄介な人間だった。
最近は大人しいが、今でも東条玲香というクッションになる人間がいなければコミュニケーションが難しい。
だが、そんな女がかつて見たこともないほどに動揺して顔を赤くしている。
(なんか、嬉しい……)
クラスメイトたちにとっては、何故か胸がすくような思いであった。
「れ、玲香……土曜日って、ほら……なんかその、私、予定……あったっけ……?」
彗は、隣にいる玲香に意味不明な質問をした。
何故自分の予定を友人に聞くのか。
しかし玲香はその言葉の意味は分からなかったが、彗の気持ちは目を見ればすぐに分かる。
親友はとても、とてもとても強い意志で「助けて」と言っている。
玲香がチラリと輪生の方を見ると、彼は真っ直ぐに熱い目線で彗を見つめ続けている。
そして彗は彼の熱い目線で焼かれるように、熱く赤くなって苦しんでいる。
(うーん……)
玲香は少し考えたあと、決めた。
これは放っておいた方が「美味しい」やつだと。
「え?スイったら変なこと聞かないでよぉ、自分の予定でしょ?」
「あっ、あっ、玲香ぁ……なんでぇ……」
親友に見捨てられた。
自分の意思は伝わっていたはずなのに。
「スイ先輩!それで、どうですか?土曜日!」
「う、うー……!」
彗は真っ赤な顔のまま輪生を睨みつけ、言った。
「空いてるよ!どこにだって行ってやる!」
クラスメイトたちは「おお!」という歓声をあげた。
「やったぁ!じゃあ10時に駅前でお願いします!それではっ!!」
輪生はそう言うと、教室から飛び出すように走り出していった。
「玲香ああぁぁぁぁぁ!!!なんで裏切ったアアアアアァァァァ!!!」
輪生が完全に出て行ったのを確認した彗はガタン!と音を立てながら席から立ち上がり、玲香の制服の胸元を掴んだ。
「えー?自分の予定を私に聞くなんて変じゃーん?私は普通に答えただけだよォ?」
「ぐぅ〜……」
彗はヘナヘナとその場に崩れ落ち、玲香はニヤニヤと笑いながらその様子を見ていた。
「それより、デートだね。楽しんできてね!」
玲香はニヤリと笑った。
「楽しんできてね」とは言っているが、尾行して楽しもうと考えている。
彼女は日曜日は予定があるが、土曜日は空いていた。
「あ、あんなの、犬みたいなもんだから!犬の散歩に行くようなもんでしょ!余裕だよっ!!!」
彗はバンと机を叩き、不機嫌そうに座った。
そしてクラスメイト全員が自分を見ていることに気がつき、「何見てんだこらあ!!」と怒鳴った。
この日の彗は、「望高最恐の不良」と恐れられていた一年生のときのような彼女に戻っていた。
しかし今の彗を恐れる人はもういない。
彼女は根はまっすぐで、明るい人間だということをもうみんなは知っているからだ。
(どうしようどうしようどうしよう!!)
そのとき、彗の心は不安でいっぱいだった。
デート中の振る舞いはどうすればいいのか。
どんな会話をすればいいのか。
どんなところに行けばいいのか。
そして何より──
(──デートに着ていく服がないっっ!!!)
彗の私服は、古着屋で買ったよれた服や、兄のお下がりばかりだった。
──────────────────
「お兄ちゃんお兄ちゃんどうしようどうしよう!!デートに着ていく服を出してよぉ!!」
「のび太くんかお前は」
アパートに帰った彗は、すぐに宵の胸に飛び込んで顔を埋めた。
「まず、何があったんだ?」
「かくかくしかじかで……」
「ほぉ……彗も大きくなったなぁ……」
宵はうんうんと頷きながら妹の成長を喜んだ。
「ちょっと、なんか余裕かましてるけどお兄ちゃんは恋愛経験あるの?ってか彼女いるの?」
「いたことはあるぞ。中一、高一、大学一年で一人ずつ」
「はぁ!?私に無断で!?」
「彼女って妹の許可制だったのか……!?」
「当たり前でしょ!」
「でも、全部すぐにフラれてなぁ。全部向こうから告白してきたのに」
月詠家に生まれた「魔女」は魔力と共に、代々美しい顔も遺伝している。
そして月詠家に生まれた男子である宵も、女性陣がもつその美しい顔つきが遺伝していたためかなりの美形であった。
そのため、学校に入学してすぐはモテる。
しかし女子に告白されて付き合ったあと、すぐに宵は気遣いゼロ理系男だとバレてフラれる……ということを繰り返していた。
毎回別れ際に「顔が良くてもロボットとは恋愛できない」と女子にフラれ、「え?俺はどう見てもロボットじゃないだろ?」と返答をして終わるのが通例となっていた。
「そんなことより、私がデートに着ていく服だよ服ぅ!!」
「わかったわかった。じゃあ今すぐ買いに行こう」
「え!?いいの!?」
月詠家の財政事情は厳しい。
今月は宵が風邪を引いてバイトを休んだ週があるので、卵すら買う金が尽きてきた。
そのため彗は「服なんか絶対に手に入らない」と半ば諦めながら、宵にお願いしていたのだ。
二人はアパートから出かけて、家の近くのコンビニに入った。
「あの、お兄ちゃん?コンビニに服は売ってないよ?」
「いいから」
宵はコンビニの雑誌コーナーへと行き、適当なファッション雑誌をパラパラとめくり、その中で女子高生向けのものを一冊手に取り、買った。
「ねぇ、雑誌を買うところからなのー?そのお金を服に回そうよぉ」
「いいから」
アパートに帰り、宵は彗の前にその雑誌をポンと置いた。
「好きな服を選べ。いっぱい載ってるし、いいのがあるだろ?」
「そりゃ、こんだけあれば可愛いのもあるけどさぁ……」
彗は雑誌を眺めて悲しい顔をした。
可愛い服が並んでいる。
ただし、それらは月詠兄妹の財布では到底手に入らないものばかりだ。
「決まったか?」
「うん……これがいい……でも……」
「いいから」
彗が選んだのは、秋といういまの季節に合ったベージュのカーディガンと赤いスカート。
休日の女子高生らしい、お洒落な格好だ。
「じゃあ愚かな妹のために、ぴったりな道具をこの『ヨイえもん』が出してあげよう」
宵はそう言うと部屋の中をゴソゴソと漁り、「てってれてっててってーてってー!」と謎の効果音と共に、一つの道具を彗に手渡した。
「あー!!!あっ、あっ、ああー!!!」
その道具を受け取った彗の顔は、驚きと笑顔に満ちていた。
「最初から『何言ってんだこいつ』って思ってたよ。俺」
「うん!ごめん!!私、超バカだった!!!」
笑顔でヨイえもんに謝る彗の手には、満月鏡が握られていた。
☽ あとがき ☾
彗はデートに誘われて狼狽していますが、彼女は月詠家の女性の例に漏れず綺麗な顔をしているため、彼女のことが気になる男子はある程度いました。
そして彗も恋愛にはそれなりに興味があり、男子とデートをしてみたいという気持ちは普通にありました。
しかし中一から高一にかけての彼女は狂犬と言っても過言ではないほどに荒れていたので、みんな怖くて声をかけられなかったのです。
暴力や荒れた言動は相手を傷つけるだけではなく、「自分が本来得られるもの」を遠ざけてしまうこともあるのですね。気をつけましょう。




