花哭と鳥峰
「痛ッ!!」
「なんや!?」
「うぐっ……!」
竜司が慌てて周囲を見ると、自分の子分たち──剛田や骨川、弟の虎助、そして他の子分たちも同様に種を体につけている。
「キャー!」
「うわー!」
遠くから、豪月組の者ではない一般人の叫び声が聞こえる。
どうやらこのあたり一体に、同様の「種」が撒かれているらしい。
竜司は自分の肩に刺さったそれを取ろうと種を掴む。
だが──
「痛うッ……!!」
──種を触った瞬間、とてつもない激痛が肩から全身に走った。
関西の繁華街に突如として撒かれた寄生種──花哭家の異能によって作り出されたそれは、人間の体に寄生すると同時に根を伸ばし、宿主の痛覚神経と癒着する。
つまり、一度寄生されたが最後。
宿主とされた人間はあまりの痛みにそれを取り外すことはできず、少しずつ寄生兵へと姿を変えていく。
「──んだらっしゃあアアアアアアアアアアッ!!!!」
ブチイイイイィッ!!!
竜司は自分の右肩に刺さった、触ると死ぬほど痛い種の危険性を瞬時に察知し、無理やり左手で捻り潰した。
寄生種は、覚悟が決まっている漢には効かないのだ。
「お前ら、これ自分で取れるぞ!摘んで潰すだけや!」
竜司がそう言うと豪月組の組員たちは次々と自分たちの腕や背中、脚についた種を摘むが──
「痛い痛い痛い!アカン!無理や!!」
「こんなん痛すぎてそもそも触られへん!」
「組長がおかしいねん!」
──ほとんどの者がそんなことはできない。
「ンだらアアアアアアアアアアッ!!!」
ブチィ!
竜司の他にできたのは、剛田と骨川のみ。
彼らもまた、竜司と同じく「覚悟の決まった漢」なのだ。
「チッ、世話の焼ける奴らや!剛田!骨川!手伝うたれ!」
「「へい!!」」
三人は手分けして、仲間たちの体についた種を捻り潰すことにした。
「よし虎助、歯ァ食いしばれ」
「アカン!兄貴!痛すぎんねん!無理やってこんなん!!」
竜司が虎助の右腕についた寄生種を摘むと、虎助は傷みに泣き叫んだ。
しかしそんなことを言っているうちに、種からは触手のような根が生え、虎助の腕へとその根をズブズブと突き刺していく。
「うわー!キッショおおおおおお!!!兄貴!助けてくれ!!」
「せやから捻り潰すしかあらへん。我慢しィや」
「無理無理無理!それは痛すぎんねんて!」
「言うてる場合か。ワシの勘やが、これほっといたらもっとえらいことになんで?」
竜司の勘は鋭い。
痛みに屈してこの種に触らなかった者に待つ末路は、寄生兵への変身だ。
「よし、ほな3,2,1で行くで。我慢せぇよ」
「無理やってえ!兄貴ぃ!!もう痛いって次元とちゃうねん!神経抉られてるような痛みやねん!!」
「分かってるわ。ワシもこの種さっき潰してんから。いくで、3!」
ゴスッ!!
竜司は、自分の右膝を虎助の腹に叩き込んだ。
虎助はその早技と、あまりの威力に声を出す暇もないままに気絶した。
「2,1……オラアッ!!」
ブチィ!!!
竜司は、おとなしくなった虎助の腕の種を捻り潰した。
「よーし虎助、よう暴れんと我慢したな」
竜司は虎助を道端に投げ捨て、次の子分の元へと向かった。
「よし、次はお前や」
「ひ、ヒイイイイイイイ!!!組長、俺には優しくしてください!!」
「何言うてんねん。ほら、虎助は叫び声ひとつ上げずに耐えたんやぞ?」
「あれは組長の膝が……ゲフッ!?」
若い組員は何かを言おうとしたが、竜司は彼の腹に拳を叩き込み、おとなしくなった彼の背中についている種を潰した。
──────────────────
「寄生兵はざっと50……いや、40といったところか……」
花哭詩音は、ビルの上から雑踏を見下ろしながら呟いた。
その手には銃──以前の実験の際に使用した拳銃とは違い、木や蔦で作られた拳銃のようなものが握られている。
「おうおう、なんだ?花哭。さっきは『100の寄生種を用意した』とか言ってたくせに。40体しか作り出せなかったのか?」
詩音の隣で、鳥峰陽介が笑う。
「それになんか人間ども、種を摘んで取ったりしてんじゃねえか。案外簡単に取れるんじゃねえの?あの種」
陽介の笑い声に詩音は苛立ち、額に血管を浮かべる。
「そんなはずはない。あれは痛覚神経と癒着する。当たった瞬間から激痛で触れもしないはずだ」
「ふーん、じゃあ『触れもしない』種を自力で潰したってことか?あの人間は」
ケラケラと笑う陽介の眼下では、細身で長身の眼鏡をかけた男──先ほど真っ先に自分の肩についた種を捻り潰した男が、周囲の人間の種を次々と外している。
「……あれは例外だ。中には痛覚神経の鈍い人間もいるのだろう」
「へぇー、効かなかったら『例外』か。ずいぶん都合がいいんだな!花哭家の異能は」
「…………」
詩音は苛立ち、この拳銃を隣の軽薄な男に向けて引き金を引きたい衝動に駆られたが、耐えた。
「……今回は花哭家と鳥峰家で、協力してこの地域を襲撃するという計画だ。味方の異能にケチを付けるのが、鳥峰家の『協力』なのか?」
「……はっ!まあいいだろう。さっさとやるか──」
陽介が虎霊牙をポケットから取り出そうとしたそのとき。
「うわっ……ちょ、これヤバ!詩音!マジ助けてえええええええ!!!」
「どわあああああああああああああ!!!」
一人の女性が、陽介の上に落ちてきた。
「いったああ……マジごめーん!この風で飛ぶ異能、コントロールめっちゃ難しい!」
「ぐ、痛ええ……」
陽介の上に落ちてきた女は、髪の毛を金髪に染め、巨大なまつ毛を付け、手にはキラキラと輝く華の模様のネイルを付け、真冬にもかかわらず寒そうなミニスカートを履き、しかし足元には暖かそうな厚底のブーツを履いている。
「よーすけくん、怪我とかしてない?大丈夫そ?てか遅れてごめんね?」
「……心配する気があるならば、まず降りた方がいいのではないですか?姉上」
詩音がまるでゴミを見るような冷たい目で自分の姉を見つめながら言うと、その女性は「あ、それもそだね!」と言って陽介の上から降りた。
二人とも無事だったが、詩音は「二人ともこの衝撃で気絶でもすればよかったのに」と思って心の中で舌打ちをした。
「いってえええ……男だったら殺してたぜ、マジで……!」
「よーすけくん久しぶり。大丈夫?あーしの異能で回復しとく?」
「いや、いい。そんなヤワな体じゃねえよ。それよりなんなんだ?詩音、お前の姉ちゃんこんなキャラだったか?」
陽介がそう言って詩音を見つめたが、詩音は右斜め下のコンクリートの床を見つめたまま何も答えない。姉のことは何も語りたくない。
「よーすけくんめっちゃ久しぶりじゃんね!あーしのこと覚えてる?あーし、花哭美蘭だよ!!」
「……覚えてるぜ。だが子供の頃は部屋の端っこで本とか読んでるタイプじゃなかったか?いつからそんなギャルみてえなキャラになったんだ?」
「えー?そんなことないし!昔からこうだったって!」
美蘭はゲラゲラと笑いながら、陽介の肩をバンバンと叩いた。
陽介はそれに苛立ち、詩音の方を睨んだ。
「すまない、鳥峰陽介。姉は知識と知性と品性と品格が少し足りていないのだ。謹んで謝罪する」
「初めて素直に謝ったな、お前」
「ちょ、詩音なに?あーしのことバカにした?てか知識と知性と品性と品格って、明らかに意味が被ってんじゃん」
美蘭は「はぁ……」とため息をついた。
「昔は可愛かったのになー、詩音。ずっと『おねーたんおねーたん』って後ろを付いてきて。あんたのおねしょも、あーしが何回も誤魔化したのに……」
「姉上!!その話はいま関係ありません!!静かにしていただきたい!!!」
「泣き叫ぶあんたのパンツを、ママに見つからないように私が洗って干して……」
「姉上!!!」
肩をワナワナと震わせ、顔を真っ赤にしている弟を見て美蘭は「ウケる〜」と笑い、改めて陽介に振り返った。
「ってなわけで、今日はよろしくね!よーすけくん!」
「……ああ」
陽介は、少し詩音が身近に感じられるようになった。
「で、今回の襲撃はこの三人でやんだよね?連携は?これからの作戦はどーする?」
美蘭は詩音と陽介の間に立ち、ニコニコと笑顔を浮かべて二人に尋ねた。
「……要らねえよそんなもん。花哭家は勝手にやれよ。俺は好きに暴れさせてもらう」
「同感だ。我々に連携など不可能だ。花哭家は花哭家でやる。そして鳥峰家は勝手にすればいい」
陽介と詩音は初めて意見が合った。
このまま好きに人間を襲う、という考えで二人は動き始め──
「は?何言ってんの?」
──られなかった。
美蘭の顔からは先ほどまでの笑顔が消え失せ、厳しい視線で二人を睨みつけた。




