手遅れな遺言
関西某所。
巨大な屋敷の中の畳の部屋で、敷かれた布団に横になっている老人の隣には、彼の二人の息子が座っている。
その老人は末期の癌であり、既に余命が長くないことを宣告されていた。
「竜司、虎助……お前らはほんま、よう成長してくれた。ワシに思い残すことは、もう……あらへんわ」
老人──豪月組の元組長、豪月鳳翔は言葉を咳で途切れさせながら、二人の息子に語りかける。
「うぐっ、ぐう……親父ぃ……」
彼の次男──虎助は父親の最期を悟り、父の顔を見つめながら涙を流す。
「……何言うてんねん親父。8年前に倒れたときも持ち直して元気になったやないか。もう8年いけるわ」
そして長男にして現豪月組組長の竜司は、激励とも冗談とも言える言葉を口にしたが、その目尻には一粒の涙があった。
「ふっ……こんな息子二人に見送ってもらえるなら、ワシの人生も悪いもんやなかったな」
二人の息子を見て、鳳翔は微笑みを浮かべる。
彼は豪月組を父親から引き継ぎ、さらに竜司に引き継いだ。
何百年も前から──江戸時代から続くこの組を、次の世代へと守ることができた。
(……親父。ワシは役目を果たせたぞ……今から、そっちに行く……)
「あっ」
鳳翔は今は亡き自分の父親に思いを馳せたところで、重大なことを思い出した。
彼の父が亡くなる寸前、息子であった鳳翔に言い残した言葉だ。
「忘れとった、竜司。お前にこれだけは伝えなアカンねや」
「……?なんや?解約し忘れたサブスクか?先に死なれると手続きが面倒やから、はよ教えてくれ」
「やかましいわ。今からでも100個ぐらい契約したるぞ」
彼らが暮らす地域の地域性もあり、親子の間でも漫才のような冗談が飛び交う。
その関係性は、今際の際でも変わらない。
「竜司、虎助。よぉ聞け。これはワシの親父……お前らの爺さんが、死ぬ前にワシに言い残した言葉や」
鳳翔は遠い記憶を辿り、自分の父の姿を思い浮かべ、言った。
「ワシにはなんのこっちゃが分からんが……親父はこう言うてた」
鳳翔はゴホッ、ゴホッ、と苦しそうな咳をしたあと、言った。
「──『月詠の魔女』には、関わるな」
父親の言葉を聞いた瞬間、竜司と虎助は「「は?」」と声をあげた。
「お、おい!親父!どういうことや!!」
竜司は父親の肩を掴み小さく揺らしたが、父親はもう何も答えない。
竜司は動かなくなった父親を見て、少し震え、一粒の涙をポトリと畳に落としたあと、眼鏡を外して手の甲で目尻を拭い、弟の方に振り向いた。
「最期にとんでもない爆弾残して……逝きよったわ……」
「あ、兄貴。でも『関わるな』言うても……」
「あァ……今更そんなこと言われてもなぁ……」
竜司は虎助に乾いた笑いを返した。
「もう関わりまくってるっちゅーねん……」
残された息子二人は、かつて自分たちと共に戦い、そして豪月組の財政を傾けるほどに豪月米を食い荒らした、東に住む魔女のことを心に思い浮かべた。
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豪月組、およびその下部組織の組員全員が出席した通夜と葬式が終わった。
そして葬式が終わった彼らは、そのまま豪月組の本宅の屋敷の広間で酒を飲み、先代組長である豪月鳳翔のことを語り、涙を流していた。
「…………」
しかしそんな中、竜司は一人無言で考え事をしていた。
「兄貴、最期の言葉のことか?」
そんな兄に、虎助は話しかける。
「あァ。厄介な遺言やでほんま……言うの遅いねん。それに──」
竜司は虎助の方をチラリと見て、ため息をつく。
「お前の元嫁──『月詠』夏波が嫁に来た時点で、その話せえや」
18年前に虎助が「結婚する」と言って夏波を連れてきた際、夏波は自己紹介で一度だけ「月詠夏波です」と名乗った。
だが当時の鳳翔はまさか夏波が「月詠の魔女」の家系であるとは思いもせず、偶然同じ苗字なのだ、と思っただけで何も言わずに終わってしまった──と竜司は推測する。
「夏波ぁ……」
虎助は今は亡き妻、夏波を想って涙を流した。
明るくて、美人で、虎助にだけは優しくて、それ以外の人間には最悪な性格の女だった。
だがそれでも、虎助にとっては最高の妻でありパートナーであった。
虎助は、自分と兄の跡目争いに巻き込んで妻を死なせてしまったことを未だに後悔していた。
だが、泣いていても仕方がない。
仮に夏波が生きていれば、兄の下についた以上、兄の下で組織を拡大させろと言うだろう。
「しかしまあ……しゃーないか。もう関わりまくってるし、これからも細々と付き合いはあるから普通にそれは続けていく」
竜司は、豪月組が生産・販売している豪月米を月詠家に定価の6割引ほどで売っている。
さらに年賀状、お中元、お歳暮などを宵がまめに送ってくるため、それも返している。
出会った当時は20歳の学生だった月詠宵は大人になり、医者として社会人として、本当に立派に成長した。
そして出会った当時17歳だった妹の方は、本当に何も変わっていない。
会うと「竜司さんげんきー?」とか言いながら飛びついてくる。少しは成長してほしい。
「よし……この会はここいらで終わりにするか。お前ら!まだ飲みたい奴はワシについて来い!!」
竜司がそう号令をかけると、豪月組の組員たちは全員が立ち上がった。
「いやお前らどんだけ飲むねん!ええわ、全員ついて来い!馴染みの店を予約してある、そこで二次会や!」
豪月組の邸宅は、繁華街から遠くない。
竜司は組員たちを引き連れて夜の街を歩き、店へと歩き始めた。
「ふぅ…………」
父親の死、不可解な遺言、もう既に関わりが深い月詠家。
それらのことをぼんやり考えながら竜司が歩いていると、遠くで「パァン」という音が聞こえ、そのすぐあとに自分の肩に強い衝撃が走った。
「痛ッ!……ん?なんやコレ?」
竜司が自分の肩を見ると、植物の種のようなものが喪服を突き破って自分の肩に刺さっていた。




