陽奈の決断
風天家の長い廊下を、陽奈は大山と陽介に連れられて歩く。
「これはこれは。鳥峰家のご三方ではありませんか」
三人の目の前に、一人の青年──花哭詩音が、まるで待っていたかのように姿を現した。
「そしてご令嬢……陽奈さん、私が助太刀を申し出たにも関わらず、『引き分け』という結果だったと聞いていますが……どういう事ですか?『私は負けないから』と勇ましい事を言っていたような気がしますが……」
詩音はあの後、風天家へと帰還した。
本当は安全な位置から鳥峰陽奈とWitch Phantomの戦いを高みの見物、としたかったところだが、風天家の異能である「風珠」は一度使うと目的地まで飛ばされてしまうため、それはできなかった。
「ッ……!!」
陽奈は、嫌味な口調で捲し立てる詩音を無言で睨みつけた。
自分だってWitchPhantomにボコボコにされたくせに、偉そうに。と毒づきたくなる感情を堪える。
「っるせーなぁ。花哭家は。どうやっても鳥峰家に腕っぷしでは勝てねーからって、ゴチャゴチャ理屈こねてんじゃねーぞ!」
詩音と陽奈の間に、陽介が割って入った。
「それに陽奈は『負けない』って言ったんだろうが!それならその通りだ!引き分けなんだから!」
「…………」
陽奈は、珍しく自分を庇ってくれた兄を見て少しだけ嬉しくなったが、申し訳なくも思った。
何故なら本当は負けた上に、彼女の『犬』にされてしまっている。
「それにテメーが助太刀したところで、結果は変わんねーよ!むしろ、巻き添えで陽奈の爪に切り裂かれた死体が一つ増えていたかもしれねーな!」
「……下品な人間と交わす言葉は持ち合わせていない。失礼する」
ゲラゲラと笑う陽介に、詩音は眉を顰めて足早に立ち去っていった。
「ケッ!人間への侵攻が終わったら、真っ先にぶっ潰してやる!草が好きなら部屋でお花でも育ててろ!!」
「……陽介、口が過ぎるぞ。少し静かにしろ」
「でもあいつ、陽奈の悪口言うためにわざわざ待ってやがったんだぜ?胸糞悪ィったらねえよ!」
「それでもだ。『今は』同盟関係なのだから、敵対するべきではない」
父親が、「今は」と強調して話したのを陽介は聞き逃さなかった。
「……そうだな」
父親に咎められて一応は静かにはなった陽介は、陽奈の肩に腕を回した。
「陽奈、あんなの気にすんなよ。全部終わったらあのお花野郎、俺の爪でズタズタにしてやっから」
陽介はそう言ってニコリと笑う。
「そうだぞ、陽奈。今回の会議であいつらはお前の失敗を責め立てるだろうが……気に病むことはない。お前は一族を思い、そして同盟の為に勇敢に戦ったのだ。恥ずることはない」
「う……ん……」
苦しそうな顔をする陽奈に、兄と父は優しい笑顔を浮かべる。
二人は、陽奈の苦しそうな顔は「作戦失敗を気に病んでいる」と考えているが、違う。
(私、私は──)
陽奈は気がついてしまったのだ。
陽奈はこれから行われる会議で、嘘の報告をする。
(私……今から、魔族同盟全体を、あと──)
本当はWitch Phantomに負け、犬にされた。
これからは魔族同盟の情報を月詠家に流すと約束した。
昨日までの自分は、それを甘く見ていた。
乱暴だが優しい兄と、父。
実家には母も祖父母もいる。
その「家族」を──
(──私、家族を裏切るんだ……)
──────────────────
「ねーお兄ちゃん。陽奈、うまくやってるかなぁ。今日って言ってたよね。魔族同盟の会議」
日曜日の午前。彗はマシュマロを齧りながら宵とテレビを見ていた。玲香は買い物に出ている。
「ああ。だが大きな賭けではあるだろうな」
「え?なんで?」
彗は呆けた顔で、宵の方をチラリと見た。
「家族を裏切るっていうのは、簡単なことじゃないぞ」
宵は真剣な顔で、彗の顔を見る。
「彗は……もし誰かが自分たちより正しい事を言っていたとして、俺や玲香さんを捨ててそいつらの仲間になれるか?」
「私は全てにおいて正しいから、そんな状況にはならないよ?」
「そうだな。忘れていた。質問を変えるぞ」
宵は妹の特殊な思想を考慮し、少し考えたあとに再び口を開いた。
「母さんがある日、『世界を滅ぼすことにしたの』とか言い出したら、彗は止められるか?」
「ッ…………」
彗は、「秋奈なら言いかねない」と思い、少し考えた。
「止める……と思う」
「ああ。だが、母さんは神器を三つとも持っているから止められないものとする」
「え、じゃあどうすれば……」
「そこで、別の力を持った人間が『私があなたの母を止めます』と言って、彗にスパイになれ、と言ったとする。そいつに協力できるか?」
「…………………」
彗は長考した。
秋奈と、その「別の力を持った人間」が天秤の上で何度も上下する。
そしていつまでも答えが出ない彗に対して、宵は言った。
「そうだ。簡単に答えは出ないよな?……だが、それが陽奈さんが置かれている状況だ」
「ッ…………!」
彗は、ようやく自分が陽奈にしてしまったことの重大さを理解した。
「だから俺は、洗脳を提案したんだ。陽奈さんがこの問題にぶつからずに済むように」
「な、なんでやらなかったの!?」
「お前が『信じる』と言ったからだ」
「ッ…………」
彗は、自分の言葉を思い出した。
確かに自分は陽奈に「信じる」と言った。
だが、それは陽奈の苦しみを想像もしないまま放った無責任な言葉であったと、強く反省した。
「お、お兄ちゃん。ごめん、私……そんなこと、考えてなくて……」
「だが、論理としては正しい」
「え?」
「彼女は『魔族』ではなくて『人間』として生きたいと言っていた。それならば魔法の力ではなく人間としての心の力を信じたお前の選択は、筋が通っている」
宵は「まあ……」と体を伸ばし、改めて彗の方に向き直った。
「今は祈るしかない。だが今夜にでも魔族同盟が全員でここに押しかけてくるかもしれないから、そのときは彗が俺と玲香さんを担いで逃げてくれ」
宵はそう言って「はは」と笑った。
その目には覚悟と、妹の人間としての力に対する信頼が籠っていた。
「お兄ちゃんって、やっぱりどっかおかしいよね。怖いよ、その覚悟ガン決まってる目。普通じゃないよ」
「何言ってるんだ。普通の人間にお前の兄が務まるわけがないだろう」
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風天家、会議室。
本来は大広間として使われていた部屋だが、魔族同盟の本拠地として使用されている今は、会議室として机や椅子が並べられていた。
「……鳥峰陽奈。今回の作戦について報告を」
魔族同盟が「総帥」と呼ぶ男の、しわがれた声がスピーカーから響く。
「はい。私は今回……新都大学病院でWitch Phantomと戦い──」
陽奈は、心臓が脈打つのを感じた。
ここが、分水嶺だ。
ここで正直に全てを話せば、自分は魔族同盟の英雄になれる。
Witch Phantomに負けはしたものの、敵の正体と本拠地を調べて帰ってきたのだ。
魔族同盟の勝利は動かないものとなり、自分はこれから先の人生を「強い魔族」として生きることができる。
だが、「強い人間」としての道は永遠に閉ざされる。
「私は──」
陽奈はゴクリと唾を飲み、言った。




