鳥峰陽介
「では行くぞ。陽奈」
「はい。お父さん」
とある日の深夜。
陽奈は鳥峰家の庭から父・大山と共に空へと飛び立った。
大山が風天家の異能が詰まった「風珠」を地面に向かって投げると、二人を包み込むような旋風が彼らを空へと運ぶ。
「ひっ……!?」
「騒ぐな。すぐに慣れる」
これを初めて使う陽奈は、風で空を飛ぶという恐怖に怯えたが、大山はそれを一言で制する。
二人の体は風に運ばれ、山を越え、町を越え、最後には海を越えた。
(…………!)
陽奈は、これから向かう「風天家」の場所が分かるのであれば絶対に覚えてほしいと宵から言われたが、夜空を飛んで移動していると自分がどこにいるのかはまるで分からない。
「……ふん。自分で飛んだ方が速いわ」
大山はそう言って自分の魔具──鷹霊羽を見たが、そのまま風に乗って移動を続けた。
鷹になって飛んだ方が速いことは間違いないが、人間二人を楽に運ぶという点ではこの「風」の方が優れている。
「……陽奈」
大山が、前を向いて振り向かないまま陽奈に話しかけた。
「は、はい」
父と話すのは緊張する。
昔から、「人間」として生きたい自分と「魔族」として家族を守ろうとする父。
自分に対する理解度は低く、口を開けば陽奈を叱るような存在だった。
自分が狼霊骨に適合しなければこの人は口もきいてくれなかっただろう、と陽奈は思っていた。
「今回、あの野良魔族──Witch Phantomと『引き分けた』と言っていたが……お前は怪我をしなかったのか?」
陽奈は、今回の戦いはWitch Phantomと自分の魔素が互いに尽き、両者逃亡して引き分け、と父に報告している。
「あ……えっと、うん。人狼の毛皮が硬くて、刀も平気だったから……」
「そうか。無事ならば、いい」
「…………はい」
(無事でよかったのは、『狼霊骨が』でしょ……?)
陽奈は心の中で父に毒づき、会話は終わった。
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しばらく飛んでいると風が段々と小さくなり、小さな島の砂浜のような場所に二人は降りた。
(ここが……風天家?)
島の中心から外側に広がっている円形の巨大な建物を見て陽奈が驚いていると、大山は「行くぞ」と言って建物の方に歩き始めた。
建物の中に入り、幾つもの角を曲がり、廊下を歩き、部屋に入った。
部屋の中にはベッドや机、椅子が置いてあり少し広いホテルの一室のような雰囲気であった。
そして椅子には、色黒で大柄な男が一人座っている。
「おおー、陽奈!久しぶりじゃねえか」
その男は陽奈を見るなり、嬉しそうな笑顔を浮かべて立ち上がった。
「久しぶり、お兄ちゃん……」
そして陽奈は、嫌そうな笑顔を浮かべて兄を見た。
「あの野良魔族と戦ったんだって?どうだった?実戦は楽しかったか?」
陽奈の兄は細身だが筋肉質、そして長身の体をずんずんと動かして陽奈に近づき、陽奈の首の後ろに腕を回して強引に肩を組んだ。
「ちょっ、やめっ……」
陽奈は嫌そうにそれを払いのけようとしたが、力が強くて払いのけられない。
「おおー、しばらく見ねーうちにまた女らしくなったなー!」
「やめて!!!」
陽奈は兄を無理やり突き飛ばし、離れた。
「なーんだよー。久々に妹に会えて嬉しいんだよ、兄ちゃんは」
彼の名は鳥峰陽介。
鳥峰家の長男で、陽奈の兄だ。
魔族同盟は各一族から選出された2名が代表として風天家で暮らし、他の者はそれぞれの家で暮らしている。
鳥峰家は代表として現当主の大山、そして次期当主と考えている陽介を連れて風天家で暮らしていた。
他の一族も、ほとんどの者たちが当主と時期当主という二人組で風天家にやってきている。
「やめんか!陽介!!」
大山が息子を怒鳴ると、陽介は「ちぇー」と唇を尖らせてベッドにどさりと倒れ込んだ。
「……そうだ、陽奈!あの野良魔族、確か女なんだろ?どうだった?」
「……強かった。引き分けるのがやっとで──」
陽奈が少し考えてからそう答えると、陽介は「ちげえよ!」と笑いながら言った。
「乳とか尻はデカかったか?俺が好きそうな女だったか、って聞いてんだよ!」
「…………ッ!!!」
陽奈は兄の言葉に嫌悪感を抱き、睨みつけるが陽介はニコニコと楽しそうに笑っているだけで、妹の心情は察していない。
「……別にそういう目で見てないから、知らない」
下卑た質問に答えたくない陽奈は、苛立ちながらそう答えた。
「ちぇー、じゃあブスかもしれねーってことか」
「……違う!」
陽奈は大好きな彗の顔を思い浮かべて、反射的に大きな声を出した。
「……すごく綺麗な人だった。えっと、マスク越し、だったけど……」
通った鼻筋。強い心をそのまま映したような大きく鋭い瞳。
陽奈は彗の顔を浮かべながら、兄に反論した。
陽介は妹が大きな声を出してきた記憶があまりなかったので、少し驚いた顔を浮かべたが、すぐにまた笑顔に戻った。
「へぇ……!」
そして陽介の顔が途端に嬉しそうに歪む。
「ッ……!」
しまった、と陽奈は目を瞑った。
陽介が、Witch Phantomに強い興味を持ってしまったからだ。
「俺も早く戦いてえなあ……!!いい女だといいな……!!」
陽奈は、そんな陽介を睨みつけた。
昔から大嫌いな兄。
助平な部分ももちろん大嫌いだが、さらに嫌いな部分がある。それは──
「……ところで親父、いつになったら俺たちは人間を殺せるんだ?」
──その残虐な性格。
「……まだだ。今日の会議次第だ。それに──」
大山は続ける。
「──我々の目的は人間の支配だ。人間を殺すことは目的ではなく、手段だ。履き違えるなよ、陽介」
「へいへい」
陽介は聞き飽きた小言に適当に返事をしたあと、「そうだ!」と陽奈の方に向き直った。
「陽奈、久々に兄ちゃんと修行しよう!ここに来てから虎霊牙が疼いて仕方ないし、親父と戦ってもバサバサ飛んで逃げてばっかでつまんねーし、退屈してたんだ!久々に陽奈の狼霊骨と闘りてーんだよ!!」
「……やだ」
陽奈は小さく首を振った。
「なんでだよ!」
「…………」
陽奈の頭の中に、昔の記憶が蘇る。
自分と、2つ年上の陽介は事あるごとに修行として戦わされた。
戦績は五分五分といったところであるが、陽奈の勝利は狼霊骨の性能によって勝てた部分が大きい。
戦いが好きで仕方がない陽介は、陽奈を倒しても、また陽奈に倒されても、延々と向かってきて修行が終わらないのだ。
陽奈はそれに昔からうんざりしていた。
(もし私とお兄ちゃんの魔具が逆だったら……)
陽奈は人狼になった兄に延々と嬲られ続ける、人虎になった自分を想像し、背筋が寒くなった。
「ちぇー、修行もしてくんねーし、スキンシップも嫌がるし、冷たい妹になっちまったなー。お兄ちゃん悲しいぜ」
「陽介。くだらん事を言ってないで行くぞ。もう会議が始まる。陽奈もだ」
今から始まる会議──陽奈はそこで、今回の報告をするためにここに呼ばれたのだ。
「……う、うん」
陽奈は息を飲んだ。
この後の魔族同盟の会議で、自分は嘘の報告をしなければならない。
自分の考えと共鳴した月詠家のため──そして、月詠彗の犬として。




