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魔女の末裔、怪盗となり月夜に舞う  作者: ぽよみ30号
最後の神器

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月詠菖蒲の1000年間

菖蒲の話を聞き終えた輪生は、全てに納得がいった。

神器はなぜ存在するのか。

なぜ月詠家の女性は魔法が使えるのか。


全ては、この目の前にいる「月詠菖蒲」から始まった物語なのだ。


「私の子孫たちは、後継になる娘に『月詠の魔女』なんて大層な呼び名を付けたが……私がその初代というわけだ」


そう言った菖蒲は、遠くを見つめていた。

彼女のまなこには、1000年前の平安の都で三種の神器を生み出したあの頃が映っている。


「……さて、私の話はこれで終わり。また被害者に謝れてよかった」


そう言った菖蒲の表情には悲哀が籠もっており、言葉とは裏腹に、彼女が少しも「よかった」と思っていないことを輪生は感じ取った。


「あ、あの、僕と……大西さん以外にも、被害者って、いるんですか……?」


輪生のその質問に菖蒲は目を見開いて少し驚いたような顔をしたあと、「そりゃそうさ」と苦笑いをした。


「新月刀……私が『死にたくない』と願いを込めたあの神器は皮肉にも、何百……いや、何千人もの命を奪ったよ。戦争に使うならあれほど簡単なものはない」


菖蒲は続ける。


「三日月ノ玉も同じ。諜報や政略……あんなに便利なものもないね。あれのせいでいくつもの戦争が起こり、多くの人が死んだ」


「戦争……」


輪生は想像もつかなかった。

しかし菖蒲はこの1000年間、自分が作り出した神器によって引き起こされてきた多くの戦争や殺戮を見て、その被害者にここで謝り続けてきたのだ。


「三日月ノ玉は新月刀に強い、満月鏡は三日月ノ玉に強い、そして新月刀は満月鏡に。三すくみにしておけば力のバランスが取れるかも……と思ったが、関係ないね。だって月詠家が全部持ってるんだから」


菖蒲は自嘲気味に笑う。


「月詠家の子孫には第二、第三の霞がたくさん現れた。春華たちもその例に漏れない。今回の反乱も、月詠家には『よくあること』さ」


菖蒲はまた哀しそうな顔を浮かべた。


「たぶん、最初に刃物を作った人は果物や魚を切ることを考えながら作っただろう。でも、すぐに剣や刀……人殺しの道具になった」


菖蒲は「それと同じさ」と笑う。


「私の神器も人殺しにたくさん使われた。戦国時代に『闇の魔法』なんてものを編み出されたときには本当に苦しかった」


菖蒲はため息をつく。


「製造者が最初に抱いていた思いなんて、使用者には関係ない。いくらでも被害者を出すよ。でも責任は製造者にもある。だから──」


菖蒲は輪生に微笑みかけた。


「──私はここで謝り続けるんだ。すまなかった、月城輪生くん」



「ッ……!!」



菖蒲の微笑みを見て、輪生はなぜか涙が溢れた。


なぜ涙が溢れてくるのだろうか。

自分は被害者で、彼女は加害者が持つ武器を作った張本人。


それでも輪生はとても菖蒲を責める気にはなれず、心に哀しみが満ちた。


──1000年間ここで被害者に謝り続ける彼女は、どれほどの辛さだったのだろうか。


──自分が愛した子孫が、戦争で大量に人を殺すのを見ていた彼女はどれほどの悲しさだったのだろうか。


──春華が輪生を洗脳して殺人を命令する姿を見ているのは、どれほどの苦しみだったのだろうか。


それらを想像した輪生はどうか彼女の心が報われてほしいと願い、必死に言葉を探した。



「……でも!お医者さんだったんですよね?月詠家は」


「そうだよ。何度も途切れはしたが、その度に鈴のような娘が神器を取り返し、医者としての一族を復興させてくれた」


「それなら、お医者さんとして救った人もたくさんいるはずです!」


輪生は涙を流しながら、菖蒲に縋るように言った。


「あなたが作り出した神器は、人を救うためにも使われたんです!」


「そうさ。でもね、輪生くん。人の命は足し算や引き算じゃない。殺したぶん救えばいいってものではないんだ」


菖蒲は悲しそうに目を伏せ、言った。


「君だって『両親が殺されたけど、どこかの他人が二人救われたらそれでいい』とは絶対に思わないだろう」


「そうかもしれませんけど……でも、でも……!!」


「もういい。大丈夫だよ。輪生くん」


菖蒲は輪生の肩を抱いた。

彼の言葉は慰めにはならなかったが、彼の気持ちは彼女の心を少し癒した。


「うぐっ……だって、だって、菖蒲さんは……!!」


月詠菖蒲を救うことができず、輪生は悔しかった。


しかし自分の中にある言葉や経験は目の前の女性に比べてあまりにも少なく、菖蒲を慰めることも出来ない。


それを強く自覚してしまい、自分のちっぽけさを痛感させられてしまった。


「ふふ……ありがとう、月城輪生。被害者である君にそう言わせてしまい申し訳ないが……少しだけ救われたよ」


菖蒲はそう言うと少しの間俯き、何かを思い出しながら呟くように言った。


「うん。私、鈴から始まり、若葉……風歌、星子……千夜、秋奈も多くの人を救ってくれた。そしてきっと、彗も多くの人を救ってくれる」


「……」


輪生は何人か知らない名前が出たが、彼女たちはきっと菖蒲の子孫、そして彗の先祖、もしくは母や祖母であると察した。


「ありがとう輪生くん。謝ろうと思ってたのに逆に慰められるとは、恥ずかしいものだ」


「いえ、僕はただ……グズッ……あなたが……哀しくて……」


輪生は大好きな彗の祖先である彼女が、ここでずっと悲しんでいる姿を見ていたくなかったのだ。


そして泣く輪生を見た菖蒲は、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


ここでずっと、被害者たちへ自己満足のような謝罪を続けていた。


しかし彼らから投げかけられる言葉は怒声や罵倒ばかり。


以前ここを通った大西椿は菖蒲が謝罪しても、彼女の方をチラリと見た後は何も言わずに去ってしまった。


しかし彼女はそれらを「当然だ」と受け入れ、少しでも自分の魂のみそぎになればと彼らに頭を下げ続けた。



──しかしこの少年は、自分のために泣いてくれた。



それは月詠菖蒲の1000年間で、初めての出来事であった。



「うう……グズッ、菖蒲さん……きっと、きっとスイ先輩は……たくさんの人を、救ってくれますから……!」



「……そうだな。私に出来ることは彗が──そしてその子孫が、より多くの人を救ってくれるように祈るだけ」




菖蒲は自分の胸の中で泣く少年を抱きしめながら「だが、まずは──」と息を吐き、言った。




「──あの子がこの終局を乗り切ってくれることを、祈ろうかな」






──────────────────



「……ダメだ。全然起きないよ。輪生」


彗は何度も輪生を起こそうとしたが、やはり起きなかった。


目を瞑っている輪生の表情は、哀しそうな顔でずっと誰かの話でも聞いているかのようだった。


その少し苦しそうな顔を心配した彗は何度も彼の蘇生を試みたが、彼は無反応だった。


『……仕方ない。息も脈も正常なら、とりあえず危険はないはずだ。春華を倒した後に迎えに来よう』


彗は宵の言葉を聞いて安心し「そうだね」と言って立ち上がり、フロアの奥にある階段を見た。


「……いよいよだね。お兄ちゃん」


『ああ。これで全てが決まる。準備はいいか?』


「もちろん。怪盗Witch Phantomに不可能はないって春華に分からせないとね」


彗は話しながら階段を登り始めた。


「お兄ちゃんにさ、一つ謝りたいことがあって」


『……なんだ?』


宵は驚いた。こんなタイミングで妹は何を謝るのか。


「この前シュークリーム盗み食いしたの、私なんだ」


『知ってるよそれは』


「え、なんで!?」


『二人で暮らしてるアパートで、自分が食った記憶がないのにシュークリームだけ消えてたら犯人は一人だろ』


「さっすが名探偵の助手だね!……で、許してくれるよね?このシチュエーションなら」


『いや、ダメだ。絶対に許さない』


「え、なんで!?私、最後の戦いに行く前の階段登ってんだよ!?ここで許さなきゃ、いつ許すのさ!?」


『ダメなものはダメだ。何回も盗みやがって。だから──』


宵は車の中で、一粒の涙を脚に落とした。


しかし声が震えないように必死に耐え、平常心を装いながら言った。


『──絶対に帰ってこい。アパートでたっぷりお説教だ。いつも通りな』


「ちぇー、このシチュエーションなら何でも許してくれると思ったのになぁ。冷静ロボットはこれだからよくない」


彗は「やれやれ」と肩をすくめながら階段を登り続けた。


そのときイヤホンから一度だけ、兄が鼻を啜る音が聞こえたが彗はあえてそれを指摘しなかった。


「あーあー、帰ったらいつも通りお説教かぁ。やだなぁ!」


彗は自分の目にじわりと涙が浮かぶのを感じた。

しかしそれを宵に悟られないよう、いつものような軽口を叩いた。


『しっかりとお前に、「人の物を盗んではいけない」とわからせてやる』


「ふっ……お兄ちゃん何言ってるの。私たち怪盗だよ?」


『ああ。だが、怪盗それも今日で最後だ』


「……そうだね!」


二人の最後の会話が終わったとき、彗は階段を登り終えて大きな扉の前に辿り着いた。




その扉の向こうに──『怪盗Witch Phantom』としての最後の戦いが待っている。



☽ あとがき ☾


大西椿は月詠菖蒲の話と謝罪を聞いて、「そんなものは必要ない」と考えました。


なぜ1000年前の先祖が、現代の夏波が働いた悪事を謝るのか。


そして自分は「被害者」ではない。

夏波と共に罪を犯した「加害者」である。


そのことから彼は菖蒲の謝罪を受け入れませんでした。

自分が彼女の謝罪を受け入れれば、それは「菖蒲にも罪がある」と、そして「自分は謝られる立場の人間である」と、認めることになってしまうからです。


それらを認めるわけにはいかない彼は、頭を下げる菖蒲に小さく頭を下げ、その場を去りました。


しかし、彼のそんな気遣いは「無視」という形で菖蒲に認識されました。


菖蒲が悲しそうな顔で自分の背中を見送っているとも知らず、彼はスタスタと去っていったのです。


こんな性格だから、剣しかなかったのか。

剣しかなかったから、こんな性格なのか。


どっちでしょうね。



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