SS:私の全て(オディロン)
昨日は不覚にもエヴラールにジャンケンで負けてしまったが、本日は無事勝ち抜くことができた。
横を向くとミキ様の横顔が目に入ってくる。彼女のいる風景は本当に美しい。私が唯一人になることができる時間だ。
「ねえ、早く罪人から解放されるようにエヴラールに言った方がいいのではないの? でないと、オディロンだってこの町を離れることができないでしょう?」
「私はミキ様の側を離れるつもりなど全くありませんので、エヴラールがどうしようと興味はありませんが、ミキ様がエヴラールのことを鬱陶しいとお思いならば、さっさと処刑を命じたらよろしいのですよ。私が終わらせて差し上げますから」
「処刑なんて考えていませんから!」
ミキ様ならそう答えると思っていた。だからこそ彼女は美しいのだ。
「モイーズもエヴラールも隊長としての訓練を受けていますからね。生涯をかけて聖女を守ろうとするでしょう」
それだけあの二人は優秀だった。それなのにあの馬鹿どもは!
「隊長はオディロンではないの?」
「元々モイーズが魔王討伐隊の隊長を務めるはずでした。しかし、聖女として召喚された貴女を襲うというあり得ない罪を犯して罪人になってしまった。そのため、新たな聖女召喚に伴って、エヴラールが隊長候補として呼ばれたのです。それなのに、エヴラールも罪人になり、聖騎士たちは混乱を極めていて、仕方がなく私が隊長に任命されたのです。私は顔なき処刑人で一生を終えるはずでしたのに」
本当に想定外の事態だった。
「オディロンは聖騎士ではなかったの?」
「隊長としての訓練は受けたのですが、私には無理だと思い、処刑人になりました。聖騎士隊の隊長は聖女を堕とす役目を担っているのですよ。もし、聖騎士が全滅しそうになれば、隊長は聖女を連れて逃げます。そして、聖女を誘惑して純潔を奪うのです。聖女の力を次に召喚する聖女に渡さなければなりませんからね。力を失った聖女を生涯守るのも隊長の役目です」
「討伐に失敗すれば聖女も死んでしまうのだと思っていました」
ミキ様はとても驚いたように私を見た。やはり彼女はこの世界に深い不信感を抱いているらしい。無理もないことだが。
「この世界の都合で召喚しておいて、討伐に失敗したからと言って見殺しにするほど我々は非情ではありません。聖女としてこの世界に召喚されてやってくるのは、元の世界から逃げ出したいと強く願った女性だと聞いています。そんな傷ついた聖女を守りたいと聖騎士ならば思うはずなのです。しかし、聖女を誘惑して自ら体を開かせよと隊長は教えられますが、その意味を皆理解していませんでした。それは、聖女のためだと思っていたのです。自ら男を求めなければ、処女を失っても聖女の力は残ると知っていれば、貴女にあのような辛い思いをさせることはなかったのに。エヴラールを隊長として討伐に出発できました」
「でも、エヴラールは私を傷つけようとしたのよ。彼が隊長だったら、魔王討伐に失敗したとしても私は彼を求めないと思うの。私が拒否したら、やっぱり殺すの?」
「そんなことはありません。聖女の力が体に障ることを説明して、誠心誠意説得することになります。エヴラールはカナコのための聖騎士でしたから、カナコが貴女を恐れ嫌っている以上、貴女に優しくすることはできなかったでしょう。ミキ様の聖騎士だったならば、あんな馬鹿なことはしなかったと思います。しかし、カナコが嫌っていたからといって、聖女であったミキ様を傷つけるなどとは論外です。本当に馬鹿な奴だ。さっさと処刑してしまいませんか?」
「駄目ですから! そんな平静な顔をして、普通の会話に処刑などと言う物騒な言葉を突っ込んでこないでください。思わず頷いてしまったらどうするつもりですか!」
焦っているミキ様も可愛くて愛おしい。こんな感情を持つことなど一生ないと思っていたのに、彼女は私を人間らしく変えてくれるのだ。
「私は処刑人ですからね。処刑は日常の言葉です。私は痛みを感じることができませんから、死の恐怖も薄いのです。私は人として大事なものが抜け落ちているのでしょう。だから、感情もなく人を殺せます」
「でも……、オディロンは」
そんな心配そうな顔をしないでください。私には貴女にそんな顔をしてもらえる資格はない。
「普通の人が死を恐れるのはわかっています。だからこそ、罪に対しての処罰として死が有効なのです。そして、処刑がある限り、処刑人が必要になります。処刑することを辛いと感じない私は、天職だと思っていますよ」
「誰かが辛い思いをするより、自分がした方がいいと思うの?」
「そんな綺麗な感情ではありません。もちろん人を殺すことを楽しいとは思いませんが、辛くもない。ただの作業です。本当に仕事ですから」
もう図書館に着いていた。しかし、ミキ様は目を伏せたまま動こうとはしなかった。
こんな私を慰めようと、言葉を選んでいるのかもしれない。
「貴女に謝らなくてならないことがあります。カナコが貴女を殺そうとするように誘導したのは私なのです。ミキ様とカナコで聖女の力が分散していました。このままでは魔王討伐に失敗してしまうと考えた私は、カナコに聞こえるように、どちらか一方が死ねば力が集結すると言ったのです。貴女の言うように、カナコを追い詰めたのは私です。聖女であるミキ様を殺そうとすれば、カナコは聖女の力を失って、力は全てミキ様のものになると思ったのです。あのままでは聖騎士たちを無駄死にさせてしまったでしょう。だから、隊長として後悔はしていません。ただ、貴女がこの世界に残ろうと思ったのは私のせいですよね?」
力を失ったカナコを処刑しようと言えば、ミキ様なら止めると思った。カナコにミキ様の恩を刻みつけ、二度とミキ様を傷つけさせないためと、カナコの取り巻きだった若い聖騎士に、ミキ様へ忠誠を捧げさせる目的だった。しかし、そのことでミキ様はカナコをこの世界に残して帰るのが不安になったのだと思う。
「そうね。カナコがこの世界に残れば、どんな扱いをされるか怖かった。私が残った方がましだろうと思ったの。でも、カナコを処刑しようと言ったのは、私のためなの?」
「私は急造とはいえ隊長でしたから、討伐が終われば役務通りカナコを連れて逃げるつもりでした。あの時、そう伝えられていれば良かったですね。後でそんなことを言っても信じてもらえそうにもありませんでしたから」
まさか、自分を殺そうとした女を助けるため、ミキ様がこの世界に残るとは思ってもいなかった。
私はミキ様を全く理解していなかったのだ。
「モイーズもエヴラールも、そして、オディロンも、私の側にいるのは隊長としての役務を果たすためなの?」
それは違うと思うけれど、そんなことを言ってやるつもりはありません。あいつらは敵ですからね。
「モイーズとエヴラールの二人は知りませんが、私は自分の意思でここにいます。私は痛みもですが、快楽も感じることができません。女を抱いても何も感じないのです。私にとって、この世界は灰色に塗りつぶされていました。しかし、貴女が私を治療してくれた時、本当に美しいと思いました。生きる喜びを産まれて初めて経験したのです。貴女が私に与えてくれたのです。あの時、許されるのなら貴女の側で生きていきたいと思いました」
「許すも何も、オディロンは隣人の居候だもの。私の許可は必要ないと思うのよ」
「できれば、貴女の許可を得て一緒に住みたいですけどね。私なら肉欲に溺れることもなく、貴女の傍にいることができますよ。もちろん、お望みなら、お相手するのも吝かではありません」
「はい? 何を言っているのよ? 朝っぱらから」
顔を真っ赤にして、ミキ様は図書館へ消えて行った。その様子も本当に魅力的だった。




