18.討伐完了
癒しの力はとても疲れるようで、夢現のような状態の中で、何人もの傷ついた聖騎士たちを治療していた。
食事は緑魔法の使い手が育てた栄養価の高い豆が主食になっている。そんな食事をぼんやりとしながら食べ、時折浄化魔法をかけてもらいながら過ごしていた。
時間の感覚もなくなってきているが、夜が二回きたことだけは覚えている。
いきなり発生する魔物の牙や爪も脅威だが、魅了や幻影、混乱の魔法をかけてくる魔人の存在もやっかいらしい。聖騎士たちは状態異常を防ぐアイテムを持っているが、魔人の力が強ければ防ぎきれない。
覚醒した聖女である私は状態異常を解除する力も持っていた。そのため、暴れる聖騎士を拘束したまま連れて来られたりする。拘束している聖騎士も傷を負っていることがあるので、疲れは二倍だ。
モイーズとエヴラールは一度も治療を受けに来なかった。彼らはやはり強いのだろう。仮眠にはやって来て、何度か私に浄化魔法をかけてくれた。疲れた体にエヴラールの少し冷たい浄化魔法が気持ちいい。だけど、そんなことを伝える気力もないくらいに、私は消耗していた。
でも、逃げたくはない。私の治療が遅れれば失われてしまう命がある。合間にうとうとできるだけ私は彼らより恵まれているのだ。
四日目の朝を迎えた頃には、黒い靄が目に見えて薄くなっていた。
「もうすぐ終わります。ミキ様のお陰で誰も失わずに済みそうです。馬も無事ですしね。これほど楽な討伐になるとは思いませんでした」
そう言って微笑む隊長の腹が大きく切り裂かれていた。それなのに、隊長の声はいつもと変わらない。
「隊長! しゃべっちゃ駄目です」
大きな傷からは血が溢れ出て、ベッドの下に血だまりができている。しゃべることができるのが不思議なくらいの傷だった。
「ミキ様、お疲れなら、私は後回しで構いません。幸い私は痛みを感じない体質なので、他の聖騎士を優先してやってください。私の手は血で汚れていますから、このまま死んだ方が喜ばれるかもしれませんしね」
隊長はにっこりと笑った。処刑人で拷問吏でもある彼の手にかかって、苦しみながら死んでいった人は多いのだろう。それでも、私の目の前で死ぬなんて許さない。
腹を押さえている隊長の腕を退かし、傷をかなり強く押さえた。それでも隊長の表情は変わらない。痛みを感じないというのは本当らしい。
「俺が悪いんです。混乱の魔法にかかってしまい、魔法剣を隊長に向けてしまった。お願いです。隊長を治してください」
そう言って泣きそうになっているのは、風の魔法を使うジョエルだった。混乱を覚ますために攻撃されたらしく、彼自身もかなりの傷を負っているが死ぬほどでもない。
ジョエルの横には心配そうに隊長を見下ろしているディオンが立っている。彼も腹を切られているがそれほど深くなく、すぐに死んでしまう程でもない。
「隊長、魔王討伐をこんなところで投げ出さないでください。神官長のことだって、王宮に報告してくれるのでしょう? 死んだら許しませんから」
本当はもの凄く怖かった。内臓だって見てしまった。このまま逃げ出したいと思う。
それでも、私は隊長の傷から目を逸らさない。すると私の手が黄金に輝き出した。こんなに輝いたのはエヴラールを治療して以来だ。
光が大きくなり私を包み込む。そして、ゆっくりと収束していった。
「さすがミキ様。お見事ですね。私どころか、ジョエルとディオンの治療も済んでいます。それでは、仰せの通り、隊長として魔王をきっちりと始末してきます。最大出力の雷をぶち込んでやりますよ」
隊長は大怪我をしていたと思えない程の勢いでベッドから立ち上がり、そのまま大股で歩き出した。
「出血がかなり酷かったから、もう少し休んでいた方がいいと思います」
私はそう止めたけれど、隊長は振り返りもせず手を上げただけだった。ジョエルとディオンは慌てて隊長の後を追う。
疲れすぎたためか、眠気も感じず、ぼんやりと空を眺めていると、一際大きな稲妻が走った。雷鳴も轟いている。
そして、黒い靄が急激に晴れて行った。
私はそれを見て、全て終わったのだと感じていた。
「ミキ様、大丈夫ですか?」
そう声をかけられて、ゆっくりと目を覚ます。知らない間に眠っていたらしい。カウチの前のベッドに怪我人がいると思ったが、予想に反してそこは無人だった。
横を見ると笑みを浮かべた隊長が立っている。
「ミキ様のお陰で、無事魔王を倒すことができました。聖騎士隊二十名とモイーズは全員無事です。我々は貴女に感謝の剣を捧げます」
辺りはもう夕方になっていた。赤く染まった空が美しい。やはり靄は消え去っていた。
空から目線を下げると、私から少し離れたところに聖騎士たちが整列していた。彼らが剣を抜くと、様々な色に輝き出す。そして、聖騎士たちは一斉に片膝をつき、剣を空に向かって捧げ持った。剣の光が複雑に絡み合わさるようにして空に昇っていく。暗くなっていく空にその光は映え、とても幻想的だった。
聖騎士たちが剣を収めると、光がまるで星のように降り注ぐ。私は思わず立ち上がり、その風景を魅入られたように眺めていた。




