17.聖女のお仕事
私には本当に魔を払う力があるらしく、魔物が襲ってくることがなかった。馬で移動していることもあり、予定よりもかなり早く魔王がいるという岩場に着くことができた。
今まで通ってきた草原とは違い、ごつごつした岩が剥き出しになっていて、植物はどこにも生えていない。本当に不毛の地だ。
辺りには薄く黒い靄がかかっていて、奥の方に行くほど深くなっている。この靄の中心に魔王と呼ばれる禍々しい塊があり、その周辺では魔物が生まれ続けているらしい。
フィルマンたち土魔法の使い手が、魔法で岩を砕きながら均して、運動場くらいの広場を作り上げた。緑魔法を使えるものが植物を芽吹かせ、水魔法で水を降らす。するとそこは瑞々しい草原のようになった。
辺りからは段々と靄が晴れていく。
聖騎士たちはそこに馬を放牧した。そして、休憩もそこそこに黒い靄の中に突入していく。
濃い靄に阻まれて聖騎士たちの姿は見えないけれど、時折炎や稲妻が走り、爆音が轟いている。
魔王とは動かないただの塊だが、再生能力があると言う。その再生より早く魔法剣で力を削がなければ、何時まで経っても倒すことができない。そして、魔王を護るように魔物が生まれ続けるので、それらも倒し続ける必要がある。
攻撃の手を休めるわけにはいかないので、聖騎士たちは交代で短い仮眠をとりつつ、昼夜を問わず闘い続けるのだ。
フィルマンたちは、岩や土で簡易ベッドを作り休憩場所を整備していた。
「ミキ様がいてくださるので、こんな場所を確保できるのです。本当に有難い。最悪馬を諦め、魔王を討伐し終えても、最寄りの町まで徒歩で帰らなければならないところでした。我々はここを拠点として、魔王を亡ぼすまで戦い続けます。ミキ様はここで傷ついた聖騎士たちを癒してください。雷剣は魔王にかなり有効ですので、私も闘いに行きますね。この場には護衛として何人かの聖騎士を残していきます。貴女の罪人であるモイーズとエヴラールは貴重な炎と氷の魔法剣使いなので、闘いに参加してもらいます。そのため貴女の護衛ができないのです。本当に申し訳ありません」
隊長はそう言うと、慌てて黒い靄の中に入って行った。
「ねえ、罪人と護衛って何か関係があるの?」
魔法で土のカウチを作っているフィルマンに訊いてみた。
「命も取らず解放もしない罪人は、絶対に裏切らない使用人として使役されることがあります。特に騎士や兵士のような戦闘職だった者は護衛となることが多いようです。護らなければ、自分の命がなくなりますからね。第二級罪人は普通の死刑ですが、第一級ともなりますと、かなり惨い刑になりますから必死です」
罪人が護衛になることもあるのか。被害者が量刑を決めるシステムと言い、ちょっと不思議だ。
「でも、死刑になるような罪人なのでしょう。自棄になって無理心中される危険があるんじゃない?」
「そんな奴は早々に死刑になっているか、牢に繋がれたままですから、外に出したということは、それなりに信頼しているのでしょうね。ミキ様の場合はちょっと特殊ですが、モイーズとエヴラールが優秀な護衛であることは変わりません。けれど、我々だってミキ様をお護りできますから。どうか、ご安心ください」
私が不安を感じていると思ったのか、フィルマンは胸を叩いてみせた。
「頼りにしていますからね」
そういうと、フィルマンは嬉しそうに頷く。さすが土魔法の使い手。その笑顔は大地のように大らかだ。
「どうぞ、座ってみてください」
フィルマンはカウチ型になった土の塊に布を被せていた。カウチの前には怪我人用の簡易ベッドが作られている。
傷を癒せるのが私しかいない以上、昼夜を問わず怪我人に対応しなければならない。いつでも仮眠ができて、怪我人がくれば治療できるようにと、このカウチは私がお願いした。
「うん、いい感じよ」
土はほんのり温かい感じがした。カウチの後ろには、日の光を遮るように大きな葉の植物が生えていて、私の体は陰になっている。辺りは暑くもなく寒くもない。
相変わらず大きな音が轟いているけれど、私は目を閉じた。寝顔を見られるなどと言ってはいられない。怪我人が来た時にはちゃんと治療ができるように疲れを取らなければ。
「ううっ」
小さい呻き声が聞こえる。私は少し眠っていたようだ。ぼんやりする頭を軽く振ってから、私は身を起こした。
目の前のベッドには怪我人が寝かされていた。私の方を不安そうに見ているのは、カナコの取り巻きの若い聖騎士で、私に暴言を吐いていた一人だ。彼の腕には歯型のような酷い傷があり、半分ほど千切れかけていた。
「お願い、彼の腕をくっつけて!」
そう頼むと、彼を運んできたらしい聖騎士が、腕を押して傷同士を合わせている。その傷を強く掴んで血よ止まれと願った。
「ぐくっ」
怪我をした聖騎士は整った顔を歪めながら、それでも歯を食いしばって耐えている。
やがて、その顔が穏やかになっていった。
しばらくして手を離してみると、彼の腕は無事繋がっていた。私はカウチに座り込んでしまう程に疲れていたが、これほどの怪我を治せたことに達成感を覚えていた。
「あの、浄化魔法をかけましょうか?」
心配そうに怪我人を見ていた聖騎士も、よく見るとカナコの取り巻きだった。何度か『娼婦』や『淫乱』と言われたことがある。
こいつに頼りたくはないが、手が血だらけなので、早くきれいにしてもらいたい。
運動したわけでもないのに息が上がっていたし、やはり悔しいので私は黙って頷いた。
すると私の体が淡く光る。そして、爽やかな風が体中から汚れを取り去るような気がした。
彼は風魔法の使い手らしい。
「ありがとう」
浄化魔法をかけてもらって、本当にさっぱりと気持ち良くなったので、思わず礼を言ってしまった。何度も私を貶めた相手に礼など不要だったかもしれないと思いながら、私は目を閉じる。少しでも休んでおきたい。
「あの……」
「ごめんなさい。とても疲れているの。今は暴言を聞く余裕はないから」
最初にカナコの取り巻きになった聖騎士たちは、私を遠巻きに見ているだけで、側に寄って来ようとしなかった。カナコから力を取り上げたと私を憎んでいるのかもしれない。
「本当に申し訳ありません。聖女様は俺たちを見ると怯えられるので、モイーズ先輩から側に寄ることを禁じられていて、お詫びができませんでした。こいつはディオン、俺はジョエルといいます。ディオンを治療していただいて本当にありがとうございました」
ジョエルはそう言うと、私から慌てて離れて行った。
「ミキ様に治してもらえると思わなかった。ここで死ぬのかと諦めていたのです。本当にありがとうございます」
そんなディオンの声を聞きながら、私の意識は遠のいた。




