19.王と会う
「今夜はここで泊まり、明日の早朝に出発します。それから途中でカナコを回収して、そのまま王宮へ行くことになります。それでは、今夜はゆっくり休んでください」
久し振りに皆で揃って食事した後、隊長がそう告げた。さすがに隊長の顔にも隈ができていた。
本当に過酷な日々だったけれど、この地を後にすると思うと妙に寂しくなる。私が必要とされていたのが喜びだったのかもしれない。ここに存在する理由が見い出せたから。
そして、魔王討伐が終わり、この世界に私は不要になった。
それでも、じゃんけんによる私の護衛争奪戦は続いている。それには隊長を除く全ての聖騎士とモイーズが参加していた。
相変わらずモイーズはじゃんけんに弱いらしく、一度も勝ち抜いたことがない。
今日の護衛役はディオンと決まった。彼の暴言を思い出し、少し緊張する。彼も緊張しているのか、その表情は硬い。
ディオンは光魔法の使い手で、彼の剣は白く光る。浄化魔法をかけてもらうと、眩しいほどに私の体が輝いた。
「聖女様、本当に申し訳ありません。罪なき貴女に酷い言葉をぶつけてしまいました。俺は貴女を誤解していたのです」
馬に乗ると同時に、ディオンは謝ってきた。
「あの時は本当に怖かったのよ。大柄な聖騎士たちがこぞって私をあざ笑う。そんな経験をするとね、この世界に絶望して、死んだ方がいいと何度も思ったの。でも、死ぬのも怖かった。躊躇ったりしないで、死ねば良かったかもね。そうすればカナコが聖女として覚醒していただろうから」
目を閉じると、まだ赤い血が見えるようだった。歯を食いしばっても漏れ出る悲鳴も耳に残っている。
それでも、楽な討伐だったと隊長は言った。
あの過酷な役目から逃れられたのなら、死んだ方が良かったかと思ってしまう。
「本当に申し訳ありません。でも、俺は貴女が聖女様で良かったと思います。貴女がこの世界を見捨てないでくださり、本当に良かった」
そう言うとディオンは黙ってしまった。不審に思って振り向くと、光魔法の使い手らしい金色の髪が揺れている。私を見下ろしたディオンは微かに微笑み、そして前を向いた。私も同じように前を向く。
「俺には妹がいるのです。その妹が大柄の男たちに囲まれて、『淫乱』だの『娼婦』だの暴言を浴びせられたらどう思うかと、隊長から責められました。自分が責められるよりずっと辛くて、そんな男は殴り飛ばしてやりたいと思いました」
私の兄もこの世界で私が受けた扱いを知れば、怒ってくれるだろうか。もう会わないと決めたのに、私は未だに兄のことを思い出してしまう。
心が揺れないように、兄の最後の言葉を思い出すようにした。
それから数日後、カナコを騎士団に預けていた町に着いた。久し振りに宿のベッドで眠ることができて、生き返る思いがする。
朝から風呂にも入ることができた。やはり浄化魔法とは違いゆっくりと寛げる。
「おまえのせいで、こんな目に遭ったのよ」
爽快な気分を一気に壊すように、宿に連れて来られたカナコが叫ぶ。今まで牢で過ごしていたというカナコは、私を射殺さんばかりに睨んでいた。
「カナコの護送はエヴラールとモイーズに任せる。ミキ様の護衛は残った者たちで行うように」
私の護衛を決めるじゃんけんに参加しようとしていたモイーズは、隊長の言葉を聞き、明らかに不機嫌になった。
「それはエヴラールに任せる。俺はミキ様の罪人だから」
「俺だってミキ様の罪人ですから。それに、俺は十分カナコの相手をしたから、今度はモイーズ先輩の番ですよ」
エヴラールもかなり嫌そうだった。最初はお気に入りメンバーとして、カナコと一緒に私を虐めていたのだから、最後まで面倒を見ればいいのにと思ってしまう。
「確かにお前たちはミキ様の罪人だが、魔王討伐隊の責任者は私ですからね。命令違反は処刑ですよ」
「ちぇぃ!」
大きな舌打ちをしたエヴラールはゆっくりとカナコに近づく。
「エヴラール、怖かったの」
エヴラールは抱き着こうとしたカナコを片手で止め、不機嫌そうに顔をしかめた。
「聖女様を傷つければどうなるかわかっているのか? 助かるのも殺されるのも、ミキ様のお心一つなんだぞ。おまえもこんな風に焼印を入れられることになる」
エヴラールは上着を脱ぎ、下に来ていたシャツも脱ぎ去った。カナコに背を向けると、私からも彼の背中が見えた。彼の背中にはモイーズより少し小さな焼印が押されている。
「ひっ!」
カナコが怯えたように私を見た。私は思わず首を振ってしまう。
「焼印はやめてください」
そう隊長にお願いすると、隊長はにっこりと笑った。
「それは聖女様の場所に帰ってから決めましょう。それでは王宮へ出発いたします」
馬車は私が思っていたより遅かったようで、馬の旅では王宮まで三日で着いてしまった。その間野営することもなく、高級宿に泊まることができていた。
王宮に着くと、モイーズとエヴラール、それとカナコは地下の牢に入れられてしまった。
そして、隊長を除く十八名の聖騎士たちは、魔王を討伐した勇者として認定された。あの過酷な戦いを鑑みれば、それは当然だと思う。
彼らは王宮騎士として迎えられることになるらしい。かなりの栄転で、名誉なことだという。
隊長は追放される身だとして、勇者認定を辞退したとのこと。
それから、私は隊長も聖騎士もいない場で、王と宰相に会うことになった。本当に心細くて、あの人たちにどれほど依存していたか自覚してしまった。私はこの世界で一人では生きていけない。
「聖女よ、本当に感謝する。魔王を無事討伐できたのは貴女のお陰だ。礼を言う」
王様はまるでトランプの絵柄のような恰好をしていた。あまりにもらしくて、笑いを堪えなければならない程だ。
「私は癒しただけです。魔王を倒したのは聖騎士の皆さんですので」
国王に対するマナーなどわからない。カナコは教えられていたのかもしれないが、私は捨て置かれていたのだ。失礼があっても許して欲しい。
「そう謙遜しなくてもいい。魔王を討伐できたのは、貴女の力があってのことだ。それから、神官長のことは本当に申し訳なかった。あれは力ある神官で、聖女関連のことを全て任せていたので、驕ってしまったのだろう。もちろん神官長を更迭するつもりだが、聖女送還の儀はやつしか執り行えないのだ。更迭はその後になるが許して欲しい。そして、隊長を務めていたオディロンは、聖騎士から二人の罪人を出したことにより、騎士団より追放とすることが決まった」
「陛下のお心遣いに感謝いたします」
神官長には送還はしてもらわなくてはならないけど、その後は実際どうでもいいと思った。隊長は気の毒かもしれないけれど、あの人ならばどこででも生きていけるだろう。
「そして、三人の罪人だが、その処遇は貴女に一任する。彼らの処遇が決定するまではオディロンが処刑人だ。そして、貴女を聖女の場所まで護衛する責任者でもある。そのため、オディロンの追放も帰還の儀の後になることを了承して欲しい」
「もちろんです。ところで、陛下。一つだけお願いがあるのですが」
「何でも申してみよ。聖女の願いならば、国を挙げて叶えなければならない」
そこまで大層な願いでもないはず。
「女が一人で生きていけるような場所に、小さな家と、生活できるくらいの収入が得られる職を用意していただけませんか。なるべくならあの聖女のための場所から遠く、温暖な過ごしやすいところがいいのですが」
そう言うと王と宰相は顔を見合わせた。そして、二人は満面の笑みを湛える。
「この世界に留まっていただけるのか。それはとても光栄なことだ。聖女様が残った世は発展すると伝えられている。ただ、今回は聖騎士たちが貴女を傷つけたので諦めていたのだ。一人で生きていくなどと言わずに、この世界で共に生きる相手を見つけて欲しい。王宮には未婚の貴族や王族もいるし、しばらくここに留まってはいかがかな?」
「そうと決まれば、早速夜会の用意をさせましょう」
宰相は今にも飛び出す勢いだった。
「待ってください。お願いです。私の希望を聞いてくださいませんか?」
そう言うと、王は小さく頷く。
「聖女様の願いは絶対だ。違えることはない。ただ、魔王を討伐した祝賀の宴を開くので、そこで気に入った男がいれば、遠慮せずに申し出て欲しい。王太子は妻帯しているが、第二王子はまだ独身なのだ。婚約者はいるのだが、貴女が望むならば、婚約を破棄して貴女を新たな妃としよう。誰にも文句は言わせないぞ」
そんな揉め事が起きそうな人は御免こうむりたい。ちょっと王子様には会ってみたいけど。
「恐れ多すぎますので、どうか、私の願いを叶えてくださるようにお願いします」
「わかった。心配するな」
「手配はしておきますから」
宰相はそう約束してくれたので、とりあえず安心だ。
翌日になると、侍女たちに寄ってたかって磨きあげられた。そして、豪華なドレスを着せられる。
ドレスに着られている感が半端ない。私には絶対に似合わないと思う。
そんな姿のまま、思った以上に煌びやかなパーティ会場まで連れていかれた。多くの人が集まっているので、急遽開催が決まったとも思えない。予め魔王討伐完了の知らせが伝わっていて、すでに用意をしていたのかもしれない。
そんな中、前に呼び出された私と聖騎士たちは、聖女と勇者として紹介された。来場者たちからは、大きな拍手が送られる。
そしてダンスが始まったが、歩くだけでも大変なドレス姿で踊れるような気がしないし、ダンスの経験もない。
邪魔にならないように素直に壁際に引き下がっておいた。
会場の隅には美味しそうな料理が並べられているが、成人式で着物を着た時より腹を締められているので、あまり食べられない。
仕方がないのでぼんやりとダンスを眺めていると、派手なドレスを着た少女がこちらへ歩いてきた。
「聖女様、殿下は私のことをとても大切にしてくれています。どうか、横入りしないでください」
多分、彼女は第二王子の婚約者だ。
「横入りするつもりなんてありませんから、ご安心ください」
そう言っても、彼女は疑り深い眼差しを向けてくる。
どう言えば信用してくれるかと思っていると、
「マリエット、聖女さまに失礼なことをしてはいけないよ」
そう言って歩いてくる人物がいた。
「殿下! でも……」
殿下と呼ばれたので、彼が第二王子なのだろう。確かに上品そうだけど、案外普通だった。キラキラしい聖騎士たちを見慣れてしまったせいか、体格が貧弱だからそう見えるのか。王子だからとハードルを上げすぎたのかもしれない。
それに思った以上に王子は若かった。まだ二十歳にもなっていないように見える。
「安心してください。私には心に決めた人がいますので」
心にもない嘘をつくと、王子とマリエットはほっとしたように踊りの輪に戻っていく。
良かったと安心していると、土魔法のフィルマンが現われた。
「ミキ様、俺は勇者として男爵位を賜り、王宮騎士団の一員になることができました。これで、ミキ様を幸せにできます。どうか、俺と結婚してください」
私の前で片膝をついたが、大きな彼の目線はそれほど下にならなかった。フィルマンは不安そうに私を見上げている。
彼の手を取れば、幸せになるかもしれない。名誉も立派な職も持つ優しい彼だから。
でも、だからこそ怖かった。価値のなくなった私が、愛し続けてもらえる自信がない。
あの極限の状態で、芽生えたのは愛ではないと思う。
命を救ってくれる聖女への敬いを、愛と勘違いしているに違いない。
家庭のちょっとした習慣の違いでも諍いの種になる。それが、国どころか世界が違うのだ。価値観が大きく異なる二人がどこまで歩み寄れるのか、私にはわからない。
「本当にごめんなさい。 私は自分の世界に帰ろうと思います」
まるで、かぐや姫にでもなった気分だ。もう二度とこんなことを言う機会はないだろう。
「そうですか。本当に残念ですが、それが貴女の幸せだと思います。でも、貴女と一生を共にしたいと願った男がいたことを忘れないでいただけると嬉しいです」
そう言って、フィルマンは私の手にキスを落とした。
それから、二度と口にすることはないと思った科白を十七回も口にした。一生のモテを使い果たしたかもしれない。




