××を忘れないように
お久しぶりです、長らく放置してすみません。
「もうすぐ学園祭だな、玲一」
「そうですね、委員長」
「今年の生徒会がどんな企画を考えてるか楽しみで仕方ねえなぁ、玲一」
「第六十二代生徒会執行部のことを仰っているのなら、それは機能していません、委員長」
「運営はうちがやることになるんだろうな、玲一」
「そうなるでしょうね、委員長」
「……ところで玲一」
「何でしょうか、委員長」
「何で来宮と関は風紀室で堂々と茶ァ飲んでんだろうなぁ!?」
以前会った日より更に目の下の隈を濃くした中在家秋嵐委員長は、充血した目に俺たちを写した。
ちなみに俺とチカは、決して図々しくも茶を要求したわけではなく、風紀委員の一人が善意でもてなしてくれたのだ。ご丁寧に茶菓子まで添えて。
「この最中、美味しいですね。餡が上品な味です」
「やっぱ風紀室は出てくるもんが違うよなぁ」
以前、用事があって生徒会室を訪ねたことがあったが、そのとき出てきたのはインスタントコーヒーだった。佐瀬紫織からの嫌味だったのだろうけれど。
風紀室の一画を陣取り堂々と寛ぐ俺たちを、戻ってきた委員長は大きな溜息をついて額に手をやった。数日前に会ったときよりも窶れているように見える。それは委員長の側に控える志津玲一副委員長も同じで、風紀委員会の機能に限界が見えてきたことは明らかだった。
やはり現状は続くものではない。そう遠くない未来、学園は崩壊するだろう。動き出すのは早ければ早いほど良い。
「協力は約束したが生憎、これから忙しい盛りだ。悪いが今は力になってやれる余力はねえよ、来宮」
「忙しいからこそ今来たんだよ、委員長」
「……大体、渋谷からリコール撤回の了承は得たのか?本人の意思がなければ始まるものも始まらねえぞ」
……そこを突かれると痛いんだけどな。
しかしここで引いては、それこそ始まるものも始まらない。俺の強みは押しの強さだ。
「今日はそんな直接的な話をしに来たんじゃないぞ」
「ほう、当たって砕けろ戦法の来宮らしからぬ発言だな」
不穏なことを言わないでほしい。本当に玉砕してしまったらどうするんだ。確かについこの間、F組に押しかけて当たって砕けたばかりだけれど。
「つーか、そうそう。F組だよ、F組」
「F組だと?」
「そ。次の学園祭、F組も参加させてほしいんだけど」
風紀室がざわついて、殺意の籠った視線が俺に刺さりまくった。何を言っているんだ、負担を増やす気か、という目である。
F組に所属するのは、余程の落ちこぼれか、素行不良生徒か、もしくは極道の跡取りだ。一般生徒と混じって学校生活を送るのが困難な生徒たちは、一纏めに西校舎に押し込められる。そゆな生徒に協調性などあるはずがなく、毎年学園祭は不参加だ。
それは不平等だと数年前の生徒会長が一度参加させたことがあるのだが、その年の学園祭は目も当てられない状況になった。校内で堂々と煙草を吹かしながら闊歩したかと思いきや、カツアゲ、ナンパ、怯えまくる一般生徒たち。俺からすれば、坊ちゃん生徒共はビビリすぎると思うのだが。
「なるほど。……それで?お前は彼らが、学園祭に協力的な姿勢を見せると確信があるのか?」
「ある訳ねえだろそんなもん。ついこの間ガン飛ばされまくって追い出されたばっかだしな」
でも、こういう許可はあらかじめ出しておかないと、後々タイムリミットで申請ができなくなってしまうことがある。
本校舎の生徒たちは、F棟とほとんど関わりを持っていない。それはつまり、生徒たちが渋谷千里とも関わる機会がなくなってしまうということだ。
生徒の記憶に、渋谷千里の姿が鮮明に刻み込まれているうちに、機会を持たなければ、何も始まらない。人は忘れやすい生き物だから。
「とりあえず許可をくれればいいんだ。あとは俺らでなんとかするからさ。な、チカ」
「はい!」
チカは委員長に向かって力強く頷いてみせた。
委員長は苦々しげに「上手くやれよ」と呟いた。それを拾った風紀委員たちは、皆一様に「え、許可しちゃうの!?」とでも言いたげな顔になる。
F組の生徒も、立派なこの学園の生徒だ。いくら風紀委員長といえども、参加したがる生徒の学園祭への参加は止められない。F組が学園祭を荒らした話はもう随分前のことで、今のF組生は無実である。
「言っておくが、F組の連中が誠意を持って取り組む場合に限るからな。あと、これはひとつ貸しだ。来宮、お前には風紀の手伝いをする義務があるぞ。恩は恩で返せな」
「もち。見回りでも警備でもなんでもするぜ」
「はっ、お前にやらせるととんでもないことになりそうだな」
苦笑しながらも、委員長は何処か吹っ切れた様子だった。多分、風紀委員長としてF組の存在は気になっていたのだろう。F組といっても一生徒だ。他の生徒と差別化され制限されている現状は良いとは言い難い。
こうして俺は、委員長の良心を突くという、あまり品のない作戦でF組の文化祭参加権を手に入れたのである。
***
私――志津玲一は怒っていた。
何にかというと、先程風紀室から上機嫌に出て行った来宮誠と関春親に対して。……ではなく、自分の席に座って作業に戻っている、平然とした顔の風紀委員長に対してだ。
「中在家委員長」
「何だ」
振り返らず、手元も止めずに返事を返す中在家秋嵐。その大きな、こんな逼迫した状況でも頼もしく思える背中を見つめながら、私は全ての委員が思っていることを代表して口にした。
「何故、来宮くんたちにあんなことを許したのですか」
F組が学園祭に参加すること――これは、大きなリスクを伴う決断だ。下手をすれば、数代先まで笑い者にされることになる。あの代の風紀委員長は、愚かな判断で学園祭をめちゃくちゃにした、と。
F組の生徒は普段から当たり前の権利を奪われているとは、私も感じている。だが、それをどうこうできるとは思っていなかった。何故って、彼ら自身にも変わろうという気持ちがないのだから。
委員長は依然として手を止めることはない。風紀委員全員の注視を浴びながら、「何でだろうな」とぼんやりと零した。
そして、誰に言うのでもなく、ただの独り言のように呟いた。
「どうにかしてやりたいって思うんだろうな。親しくはなかったけど、あいつらのことは昔から知ってたから。来宮も、渋谷も、それから佐瀬のこともな」
それ以上、委員長は何も言わなかった。
納得できたわけではないが、仕方がないと腹をくくる。
委員長がそう決めたのなら、自分はただそれをサポートするだけだ。それが、風紀副委員長である志津玲一の役目だから。




