来宮誠と不穏の幻影
振り返った先にいたのは、十人が見たら八人が美人と称するであろう、彼。残りのふたりのうち、一人は天邪鬼でもう一人はB専だ。
つまり、関春親――チカが、そこに立っていた。
「チカ……どうして君がここに?会議室で待ってたんじゃ……」
大原の手前、演技を続行しながらそこまで言いかけて、口を噤んだ。どうにもチカの様子がおかしい。
普段なら笑ったり焦ったり怒ったりと、くるくると表情が変わるその顔も、今は何処か硬くてぎこちない。
「……チカ?」
「隊長、とりあえずその手、離してください」
その手とはつまり、大原の腰に回されている手のことを指しているのだろう。
「チカ、どうしていきなり」
「離してください!早くっ!」
痺れを切らしたらしいチカは、俺に駆け寄り大原に回している手を強引に引き剥がした。
「おい春親!いきなり出てきてなんだよ!あっ、もしかして春親もオレと遊びたいのか!?なら一緒に」
「うるさい黙って」
勝手に話を進める大原を、チカは冷たく一蹴した。
俺の手首を握ったチカの温度の低い手は、大原とは違った意味で力が込もっていた。まるで耐え難い衝動を理性で殺しているかのように強張っている。
チカは俺を抱き寄せて、目の前の大原を鋭く睨む。
「この人は僕の隊長だから、きみにはあげない。絶対に。生徒会の皆様もクラスメイトもみんな誑かして満足したでしょ?ならこの人には近づかないで」
「誑かすとか言うなよ!みんなオレと友達になっただけだ!それなのにそんな言い方するなんて、春親は最低だ!春親も涼も、親衛隊の奴らはみんな酷いことばっかり言うっ、やっぱり親衛隊なんてなくなればいいんだ!」
「勝手な自論ばっかり押しつけてこないでよ。その言葉は親衛隊隊長をしてるこの人を侮辱してるって取ってもいいの?」
「お、おい。チカ落ち着けって」
ますます目の色を暗くして気色ばむチカの耳元で、小さく窘める。
どうしてチカは、ここまで大原に敵対意識を持っているんだ。そりゃあ勿論、俺も大原を好ましくは思わない。佐瀬と他の生徒会連中の次くらいに嫌いだ。でも、何もここまで苛立つこともないのに。
俺からの視線を感じたのか、チカはこちらを見遣り、いつものように柔らかな笑みを浮かべた。
だがそれも一瞬で、チカはすぐに表情を消し去って光岡に声をかける。
「涼」
「な、何」
「後のこととこの場の収集、しておいて」
「はあ?なんで僕が春親に命令されなくちゃなんないのっ」
「涼、お願い。涼にしか頼めないんだ」
「……あーもうっ!わかったってば!」
むっとしていた光岡だが、想い人であるチカに頼まれてしまっては断りきれないらしい。
チカはひとつ頷いて礼を述べてから、俺の方に向き直った。
「隊長、もう行きましょう。ここまで騒いでたんです、時期に風紀が来て対処に当たってくれますよ」
「いや、そりゃそうだけど……」
尚も言い募る俺の意見は受け付けないとばかりに、手を引かれた。
後ろ髪を引かれはするが、チカは何やら深刻そうであるし、ここは素直に従っておいた方が良さそうだ。
チカは一刻も早くこの場を去りたいとばかりに、足早に歩き出す。こちらを見ていた野次馬の生徒たちに、「見世物じゃないんだから!」と威嚇するのも忘れない。
俺はそんなチカの後に続いて中庭を出る。
「あーあ、残念。邪魔が入ったか」
「――……え?」
すれ違いざまに、大原がそう呟いて低く笑ったような気がしたがーー気のせいだろうか。
思わず二度見するが、そこにいたのは相変わらずの五月蝿く喚き立てる大原白兎。
彼はいつものように「春親なんて嫌いだ!」と無意味に騒ぎ立てているだけだった。




