第十八話《私は幸せでした》
その出来事は突然起きた。
遊園地から一週間後、いつもと変わらない生活を送っていた俺達。
だが、いきなり白雪がふらつき意識を失ってしまった。その姿を見た俺と箱娘は慌てて呼び掛けるが返答はない。
俺は最初、風邪かと思った。
なぜなら、遊園地から帰ってきた時、少し白雪の体調が思わしくなかったからだ。本人は『大丈夫デスワー』と言っていたが、日に日に体調は悪化する一方だった。
しかし、これが風邪ではない事に俺は今になって気づいた。
それは白雪の状態を見れば明らかだったから。
白い髪はほとんど抜け落ち、白い肌は酷く変色していた。そんな意識がない白雪に箱娘はずっと側にいて手を握りしめている。
さらに一日が経ち、白雪の容体は悪化を辿る一方だった。
俺は箱娘に白雪を大きい病院へ連れていこうと言ったが箱娘は首を横に振る。なぜなんだ?と問いただしても何も答えてくれなかった。
ほんの一日経っただけで白雪の髪は全て抜け落ちてしまった。そして皮膚は黒く変色してしまっている。
長い沈黙が続く。
「ねえ、中原」
意識がない白雪の手をギュッと握りしめ箱娘が口を開いた。その目は何かを決心したような目だった。
「わたし……知ってるんだ」
震える口で喋りはじめる箱娘。
「白雪ちゃんの病気を知っているのか!」
箱娘はスッと立ち上がり話を続ける。
「これは病気じゃないの。『物』の寿命が来ただけなの」
箱娘の言葉の意味が分からなかった。
『物』の寿命?理解が出来なかった。
箱娘はそう言うと、ワンピースをゆっくりと脱ぎはじめた。
「おい!何をしてるんだ!?」
「いいから私を見てて」
箱娘がワンピースを脱ぎ終えハダカになる。
その姿を見た俺は言葉を失った。
「これが私達の正体。どう?恐い?」
ワンピースを脱いだ瞬間、箱娘の姿が変わった。
いや、正確には人間ではなく、その『物』になったのだ。
「え?箱娘。お前達ってもしかして……」
「そう、私達は……」
俺の目に写る姿。それは……
「『人形』なのよ」
体はよく見ると何かの木で出来ており、目はルビーのような瞳。だが、箱娘の面影はちゃんと残っている。
「え?人形?……でも、なんで……え?」
箱娘はギギギと体から音をたてながら自分の体を触る。
「ある集落の人形師が私達を作ったの。そして、このワンピースの『まやかしの魔法』によって私達は人間でいる事が可能なのよ。私達の体は『生命樹』と呼ばれる命を生み出す木で作られているの。世界に一本しかない生命の理に反する木。人形師はその木に魅了され、二人の生命を作り出した。それが私達よ」
「だったらその人形師に白雪ちゃんを診てもらえば!」
「その人はもうこの世にいないのよ。かなり昔に死んでしまった。人形であり、生きている私達を人々は迫害した。そんな私達に人形師は二着のワンピースをくれたの。そう、魔法のワンピースを。その魔法のおかげで私達は人間として見てもらえると信じていたけど、結果は一緒だった。その後の事はなぜか覚えていないの」
俺は箱娘の言う事を信じるしかなかった。だって現実が目の前にあるのだから。
「でも、なんで白雪ちゃんだけがこうなったんだよ!?」
俺のその言葉に箱娘は少し黙ってしまうが、再び口を開く。
「それは……箱にならなかったからよ」
「箱にならなかったから?」
「私達は生命の理に反する存在。よって寿命はせいぜい10年ほど。神様は私達の存在を許してはくれなかった。それを知っていた人形師はワンピースにある細工をしたの。それが箱という選択。箱になっている時は寿命がそこでストップするの。私の場合、50年以上も箱だったからね。でも、白雪は箱になる事を拒んだ。私と違い、今を大事に生きたいと言っていたわ」
「でも、それだったら白雪ちゃんは昔に死んでるはずだろ」
「多分、人形師から貰った白い傘の能力だと思う。あれはただの傘じゃないの。『癒しの魔法』と『空の魔法』、この二つの魔法が傘には宿っているのよ。『空の魔法』は分からないわ。でも、『癒しの魔法』は寿命の延命。でも、どれほどの時間が延命されるのか分からない。白雪は、明日訪れるかも知れない死にいつもビクビクしていた」
箱娘はそう言って話を終えるとワンピースを静かに着る。
そして、いつもの箱娘の姿に変身する。
「ごめんなさい。恐いよね。気持ち悪いよね。化け物だよね」
震えている。両手を肩にのせ、しゃがんで震えていた。
その姿を見て、俺はハッキリと思った事を口に出し叫んだ。
「お前は箱娘だ!すぐ怒って、すぐ泣いて、すぐ笑って、ちゃんと感情があるじゃねーか!俺はな、生意気な箱娘が好きだ!カップラーメンを食べる箱娘が好きだ!俺に本当の事を喋ってくれた箱娘が好きだ!何か文句あるか!」
俺のその叫び声を聞いた箱娘は呆然としていた。
「え?私達の事、嫌いにならいの?だって私達、化け物だよ」
「今度自分の事を化け物って言ってみろ!俺は殴るぞ!いっぱい殴るからな!」
ペタンと座り込む箱娘。目からは涙がこぼれ落ちてきた。
「本当に。本当にこんな私でいいの。う……うううう……グスン……本当に……ねぇ、聞いてる白雪。……うううう……私達は……幸せだ」
箱娘は白雪の手をとり語りかける。
今まで黙っていた真実を話して心の鎖がはずれたのだろう。
「白雪ちゃんは本当に助からないのか!」
「分からない。でも、これが寿命なら受け入れてあげるしかない。だって、半世紀以上生きたんですもの。それだけで白雪は幸せだったと思うわ」
箱娘はそう言うと、白雪を抱え、外に運び出した。
ゆっくりと木の下に寝かせ、箱娘は歌いはじめた。
“でーん”“でーん”“むしむし”“かたつむり”
“おーまえのあたまは”“どこにあるー”
“つのだせ”“やりだせ”“あたまだせー”
「あの人形師が昔歌ってくれた曲。白雪は大好きだったね。そのおかげで、白雪はカタツムリとかナメクジが好きになったんだよね。あの時の私は心が壊れかけていたっけ。人間を恨み、人間になりたかった私がいた。でも、今は中原がいる。私は救われたぞ。だから、白雪も早く起きなさい。中原を独り占めするぞ」
箱娘のその言葉に白雪の目がゆっくりと開いた。
「し、白雪!大丈夫か!お姉ちゃんだぞ!」
箱娘の声を聞いた俺はすぐに白雪のもとへ駆け寄った。
「な……か……はら……さん。…お…ねい…ちゃん」
なんて弱々しい声なんだ。お願いだからそんな死にそうな声を出さないでくれ。
「白雪ちゃん。もう大丈夫だから。ずっと側にいるからな」
白雪の目はもう見えていないのだろう。必死に手をあげながら箱娘と俺を捜す。
「ここだよ白雪。お姉ちゃんはここだよ!」
「ああ……お姉ちゃん……だ……この手……お姉ちゃん……だ」
箱娘と白雪は両手を必死に繋いでいる。
「ごめんなさい……お姉ちゃん。私……お姉ちゃんの記憶……消しちゃった」
「何を言ってるの!私は何も忘れてないよ」
「私が……死んだら……『空の魔法』が……とけちゃうよ……」
「お願い白雪、私を見て!私にずっと触れててよ!」
「ねえ……なかはら……さん。……お姉ちゃんを……まもって……ください……じゃないと……お姉ちゃん……また……心が壊れちゃう……から……」
そう、言い終えた白雪はニッコリと笑って箱娘の顔を触る。
「ああ……もう……デスワーとか……言わなくて……いいよね。だって……お姉ちゃんは……もう……強いから……だからわたし……は……先に逝きますね」
その白雪の姿を見て俺は涙が溢れてきた。
自分が死ぬという時になんでそんな言葉が出てくるんだよ。
「白雪ちゃん、死ぬなよ!また、ドライブに行こう!また、散歩をしよう!また、遊園地に行こう!約束したじゃねーか!」
「……その……やくそく……だめ……でした……でも……わたしは……もう……『幸せ』です」
風が吹く。
白いワンピースが風に煽られる。その風が吹いた瞬間、白雪は白い砂になった。
サラサラと白い砂が空を舞う。
サラサラと白い砂が空を踊る。
最後に遠くから声が聞こえてきた。
『わたしは本当に幸せでした』
そして最後に笑顔でこう囁く『デスワー』と。
「うわああああああん!しらゆきいいいいいい」
箱娘の手からいなくなった白雪。箱娘はただただ泣くことしか出来なかった。
―――私は幸せでした。
―――だって、あなたとまた会えたから。
―――私は幸せでした。
―――だって、あなたが側にいたから。
―――私は幸せでした。
――― だって、あなたが……幸せの笑みを浮かべていたから。
◆ああ、それはきっと……私が捜し求めていた全てなんですね。
……ありがとう、中原さん。
……ありがとう、お姉ちゃん。
……ありがとう、本当にありがとう。




