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学院長からの宿題

 学院を背にしてガタゴトと進む馬車の中、一人己の胸の内に問いを繰り返す。あの面接の何が悪かったんだろう? せっかく骨を折ってもらった賢者様にとてもじゃないが顔向けができない。自責の念が脳裏からずっと消えずに自分を責め続けていた。


 反抗的とか生意気とか、ずっと挑発するような言葉を浴びせかけられたけど、そんな素振りはおくびにも出していなかったつもりだったんだけど、どうして学院長はそんな汚い言葉を吐き続けたんだろう?


 自責・反省の念から次第に学院長の態度に対する疑念に思考が移りつつあったとき、おもむろに賢者様が口を開いた。


「ナナシノ、屋敷に着いたらすぐ準備に取り掛かるぞ。一日でも早く学院に通ってもらわねばならないからな」


 今度は賢者様の言葉の意味がよく理解できず、一瞬頭が真っ白になる。しどろもどろになってどうにか言葉を返す。


「旦那様、私の聞き間違いでしょうか。学院長の面接で落ちたと思っていたので、その敗因分析について考えていたところです。それに学院長も『あなたの当学院への入学はどんな形であっても一切認められません』っておっしゃっていたではありませんか。」


「正確に言えば、その後『万全の準備が整わない限り』と付け加えていたではないか。これから万全の準備を整えればいいのだよ」


 まだ事情がよく呑み込めない自分がいる。そういえば最後らへんに学院長が賢者様にメモを渡していたな。そこに何が書かれていたのだろうか?


 急いで驚天動地のショックから精神を立て直して論理的な思考を取り戻そうと努力してみる。


「そういえば、学院長から何かメモのようなものを渡されていたようですが。」


「うむ、ミネルヴァから貴重な意見をもらった。其方のこれからの生活にも大いに役立つだろう」


 賢者様はそう言って、学院長からのメモの内容を分かりやすく説明し始めた。


 結論から言うとメモの内容は、自分が学院に聴講生として通うために事前に備えておくべき必須事項が書かれていた。

 ①マスクの色を肌色にする(※筆者注:この「肌色」は、ナナシノの肌の色という意味)

 ②視覚的な認識阻害を強化する補助具を装着する

 ③魔力探知阻害の補助具を改良する

 ④学院のセキュリティを強化する


 自分がこの東大陸で平穏無事に生活するためには、「匿名隠密の徹底」がいの一番に重要ポイントとなる。そのためには、口の動きと言葉の不一致を会話相手に悟らせないことが望まれる。また、垂れ流し状態の魔力を制御して周囲に探知されないようにする工夫が欠かせない。


 今は現世での感覚をそのまま無批判に引きずったままマスクの色は白だと思い込み、アリンナには考えなしに白色のマスク製作をリスクエストしてしまった。もちろん現世でも、ベージュや黒色なんかのマスクをつけている人は多かったじゃないか。


 つまり、自分の肌色に最も近い色のマスクを身に着けることで、このマスク姿を見た人が受け取る違和感を少しでも緩和した方が安全だということだ。


 併せて、このマスク姿をあまり目立たなくするには、自分がそこに居るという視覚による存在確認を周囲の人間がやりにくくする工夫が必要ということだ。視覚認識阻害の補助具は、装身具に擬した作りにして常に肌身離さず身に着けておくことで、存在感を限りなく最小化してくれるものだ。


 残念ながら、東大陸には完全な透明人間になれる魔法も魔術具も存在していない。逆に言えば、気配を消すとかオーラを見えなくするといった程度の擬態を可能にする技術は存在するということだ。


 視覚認識阻害の魔法技術は万能では決してない。思いっきり対象者に近づくとか、大きな物音をたてるとか、自分が動揺して心を乱すことで魔力探知に引っかかるとかすると、視覚認識阻害の効果は簡単に薄れてしまう。また、魔力探知や視覚強化が得意な術者相手には効果が薄くもなる。


 マスクの色を工夫し視覚認識阻害の補助具を身に着けることで、とりあえず隠密能力を今以上に向上させられる方法が分かったのは非常に大きい。


 次に魔力探知阻害の補助具の改良だが、これは完全に賢者様の盲点を突いた指摘だったそうだ。賢者様は「通り名」の通り魔法技術も魔法知識もこの国随一だといっても過言ではないレベルだ。だからこその見逃しかもしれないが、賢者様に試作してもらった魔力探知阻害の補助具がどうやって魔力探知を阻害するか、その実現機能そのものに欠点が潜んでいた。


 賢者様に最初に貸与されたのは「魔力吸引の術式を即席で刻み込んだ魔石」だった。庵に戻った後、同じ機能を強化した装身具(ブレスレット)に取り替えてもらった。この最初に付与した機能は「魔力吸引」である。自分の体から発散される魔力を吸引して外に逃さない機能で、外部から探知され得る魔力そのものを矮小化する優れものだ。


 だがその優秀さゆえに、あたかもその装身具が効果を発揮する範囲において魔力が異常なまでに希薄化されてしまう弊害があったのだ。魔力探知を逃れるために魔力を極力小さくしたら、その効果が強すぎて不自然なくらいに魔力が薄くなる。結果として、その魔力の希薄化を逆に察知され、身バレする可能性が出てくるという理屈だ。


 自然界に存在する動植物はもとより、鉱物や機械などの人工物、川や山という自然の造形にも濃淡や強弱がありこそすれ魔力が含まれている。そんな中で極端に魔力濃度が薄い/無い空間座標が見つかったら、普通の人間でも興味を持ってしまうに違いない。


 最初の簡易試作してもらった魔力吸引魔石は最初からそこそこの効果を発揮した。だから賢者様もこの吸引機能に問題があるとは気づけなかった。次の改良版はその吸引能力をさらに強化したものだった。賢者様お手製が仇となり持てる魔法技術と財力をつぎ込んで最高傑作を作ってしまったら、まるでブラックホールみたいな魔力吸引装置が出来上がったという顛末だった。


 学院長はこうした従来の魔力探知阻害の補助具の機能限界を指摘するとともに、改良案まで提示してくれていた。魔力探知の受け流し技術である。


 飛行機や自動車の設計の際、模型を使って風洞実験することで機体・車体周りの風速や圧力の分布・力・トルクの計測を行い、空気力学的に優れた性能を持つ設計に役立てる。魔力探知波を風に見立てて、まるで空気抵抗を最小限にするように、魔力探知波を身体の後ろへより自然な形で受け流すのである。


 魔力を反射する防御魔法は既に存在するから、魔力を受け流す疑似防御魔法も理論上は開発可能ということだ。


 ここまで説明を聞いていてひとつ疑問に思うことがあった。賢者様と学院長は共和国はおろか東大陸でも屈指の魔法の使い手だと思うが、そもそも他の優秀な魔法師は、同じように魔力探知の研究をしてこなかったのだろうか。


 コロンブスの卵かもしれないが、優秀な魔法研究者なら魔力探知の対抗技術に既に気付いているのではないだろうか。もし魔力探知受け流しの魔法技術が東大陸のどこかで開発済みだとしたら、その対抗魔法技術もまた開発されている可能性は捨てきれないだろう。


 ◆


 馬車がお屋敷に到着したので、賢者様との魔法談義はこのまま賢者様の執務室に場所を移して続きを行うことになった。学院長の面接の後、学院見学の予定がキャンセルされたので皮肉にも時間だけはたっぷりある。


 完全に人払いされて、執務室には賢者様、ニコラウス様と自分の三人だけが残される。


「さあ話の続きをしよう。魔力探知阻害魔法とその対抗魔法の問題だったな」


 賢者様がいうには、基本的に同じ魔力量レベルの者同士が最も探知しやすいそうだ。自分より魔力量の少ない相手より多い相手の方が探知しやすい傾向がある。そして魔力差が大きすぎると魔力探知がしにくくなる。


 これは、①恋愛や結婚のパートナーを探しやすくする、②自分より強い敵からの攻撃に対して身の安全を図る(素早く逃げられるようにする等)、③魔力量の多寡で群れや社会集団での序列・ヒエラルキーを明確にする(マウンティング)、という東大陸の動物・ヒト族共通の性質からくるものだと認識されている。


 ①について。

 統計的にお互いの魔力差が大きいと赤ちゃんを授かりにくいことが世に知られている。自分に相応しい相手を見つけるため(見つけてもらうため)には、魔力量は偽らない方がいい。


 うん、これは本狂いの少女から聞いて知ってた。


 ②について。

 これを逆手にとって、自身の魔力量を隠すことで隠密性を高め、暗殺や窃盗、スパイとして活躍できるのではと最初は思った。しかし、この東大陸で生まれた者は、その誕生の瞬間から常に同程度の魔力量を持った複数の者から魔力探知を受ける。家族、友人、知人、同僚、教師、官憲など。周囲の第三者から絶えず魔力探知を受けるということは相互監視社会に住んでいることと同義である。


 現世にちなんで分かりやすい例えをすると、暗号資産(仮想通貨)という自分の魔力情報がブロックチェーン技術(魔力探知技術)によって、分散型の公開台帳(集合意識)に記録されている、ということだ。


 アサシン(暗殺者)スパイ(諜報員)シーフ(盗賊)等としての固有スキルを磨くには訓練のためにそれ相応の時間とコストを投じる必要がある。であるならば元からの素質がある人を選抜したいと考えるのが人情だ。


 しかしここ(東大陸)では素質の高い人=魔力量の多い人であり、魔力量の多い人は誕生の瞬間からより堅牢な監視の下で成長することになる。いきおい魔術高位者は「身バレ上等」となってしまうため、こういう分野で豊富な魔力量を十二分に活用できる環境にはないということになる。


 魔力量が多ければその分職業選択の幅が広がるし、魔力量が多いことを世に示せれば、高貴な社会的地位、富貴な経済的余裕に恵まれやすくなる。


 だから、現世のフィクション作品によくみられるような、世を忍ぶ仮の姿として個人経営のコンビニ店長だけど本当は伝説の殺し屋だったという設定はここでは成立しにくいのである。


 残酷な現実をいえば、賢者様や学院長ほどの魔術高位者でなくても、紳士録/人名録が各魔力量レベル単位で作成され普通に流通しているのがここ(東大陸)での悲しい現実ということだ。


 結論。この東大陸では、魔力量を偽ろうとしても難しいし、魔力量を偽ってもペイしない。


 ③について。

 魔力量が多い⇒使える魔法技術の種類が増えて、使った魔法の効果が大きくなる⇒魔法師としての地位・評価が高くなる⇒貴族・富裕層の仲間入りができる⇒婚姻を通じて一族の魔力量の増大を目指す⇒(最初に戻る)、という正の循環が形成される。


 だから社会的選好として己の魔力量をごまかすことにインセンティブが働かないのである。うん、1000年以上生きているエルフの銀髪少女から聞いて知ってた。


 さらに興味深かったのは「突然変異」と「獲得形質の遺伝」を魔力量の問題にどう当てはめるかだ。


 例えば平民の子として魔力量が豊富な子供が「突然変異」で生まれたら、魔力探知能力により世間から必ず発見される。後は体制側に取り込まれるだけだ。一生奴隷としてこき使わるかもしれないし、婚姻制度によりその子孫は貴族・富裕層といった体制側に組み込まれていくかもしれない。


 東大陸は基本的に貴族社会であり、現世と同じような基本的人権の考え方が浸透してはいない。だから、一族が持つ長い歴史の中で婚姻相手を選別することで子孫の優秀さを高める努力を惜しんでこなかった。例えば一卵性双生児の片方にだけ魔法技術を習得させる類の試みはよくあることだった。


 こうした多くの(現世から見れば非人道的な)実証実験のおかげで、魔力量について「エピジェネティクス」が働くことが証明された。上の例でいえば、一卵性双生児の内、魔法技術を極めた者の子孫は、魔法技術を習得しなかった者の子孫より有意に魔力量が多くなるのだ。


 ここまで長々と魔法談義を賢者様と交えさせてもらったおかげで、次のことが理解できた。

 ・東大陸の人々には、自己の魔力量をごまかそうとするインセンティブが働きにくい

 ・東大陸の人々にとって、魔力量のごまかし技術は過去実績も少なく相当難しい

 ・賢者様や学院長は拗らせ気味の魔法ヲタクだから格別に魔力量の操作知識があった


「では旦那様、魔力探知阻害の補助具の代わりに視覚認識阻害の補助具を装備させて頂くことになるのでしょうか。」


 と尋ねると、


「うむ、普通に考えれば、ミネルヴァに現仕様の魔力探知阻害の補助具の欠点を指摘してもらって同時に視覚認識阻害の補助具の有効性を気付かせてもらったからの。そう考えることもできる」


 と言いながら、賢者様は(あご)(ひげ)を右手で(しご)き始めて何やら思案顔になった。


「異常魔力を探知したら、普通の者ならその正体を目で見て確かめようとするだろう。意識を集中して向けられれば其方の姿は丸見えとなるだろう。逆に、視覚認識阻害の効果が薄れて姿を認識されてしまえば、魔力量が極端に異なる者でも其方の魔力量の異常さに気付く恐れがある」


「でしたら、認識阻害の補助具と魔力探知阻害の補助具(改)を併用することになるのでしょうか?」


「そうするのが安全策であろうの」


「私には魔術具を製作する腕も材料を準備する資金力もございません。」


「それについては其方が気にする必要はない。どうしても気が引けるのなら後でまとめて返してもらおう。ただこれまでの分も半分位は心配することはないぞ。其方から吸い取った魔力を再利用させてもらっておったからの」


 なんと、自分は魔力バッテリーというか、小型魔力発電所みたいなものだったか……


「旦那様、重ね重ねありがとうございます。引き続き補助具の件よろしくお願いします。残りのマスクと学院のセキュリティの件についてもお話させて頂けませんでしょうか。」


「そうじゃったの。マスクについては至急この屋敷の者に用意させる。今回は現品が手許にあるからの。これと同じもので色はナナシノの肌に合わせたものとリクエストすればいいだけじゃな。慣れないうちはできるだけ他の使用人と必要以上に接触することは避けた方がよいかもしれないの」


 賢者様はニコラウス様の方を見て、


「ニコラウス、其方がナナシノの代わりにマスク製作の指示をしてやってくれないか。もしナナシノから仕様について追加注文があったら其方が話を聞いてやってくれ」


「かしこまりました」


「それから学院のセキュリティの件だが、それは安心して全てミネルヴァに任せておけばよい。恐らく、魔力探知阻害の魔法具や人払いの魔法具をあまり目立たないよう各所に追加したり、不審人物のチェックを今以上に厳重にしたりするのじゃろうの。それから改めて学院の敷地内を一斉に洗い直して不審な諜報用魔術具を炙り出すといったところか」


「それって本当に大丈夫なのでしょうか。首都にある翰林学士院(アカデメイア)ということは、共和国の国立の最高学府なんですよね。そんな重要な学院に盗聴・盗撮・情報窃盗のようなものを仕掛けるとは一体どこの誰なんですかそれは。」


「別に不思議なことはないだろう。大事な施設であればあるほど、そこにある情報が持つ価値は大きいからの。なに、東大陸中の国や商人から狙われておるのは昔から知っている。中には共和国内の自治都市の者が仕掛けたものもあるからの。もっとも道具だけでなく人もじゃがな」


「それでは学院長の身も危険ではありませんか。えっーと、お身内なんですよね。心配ではないのですか?」


「うむ、心配はいらぬ。そういう諜報用機器の類のほとんどはどこにあるか把握している。そこにあるのが分かっているままの方が安全じゃろ。何か秘密の内容を話したければそういう機器が無い所で話せばよいだけじゃ。最初から場所が分かっているなら対処はしやすい。もっとも誰が仕掛けたかまで分かっているのはその内の3分の2程度だがの」


 もうこの人たちのレベルに頭がすぐには追いついていかない。誰が仕掛けたか分かっている機器は、むしろその相手に聞かせたいことを漏洩させてみたり、誤情報をインプットさせて相手側の攪乱に利用したりしているそうだ。


 ただただ脱帽だ。


「それよりなんだ、其方はミネルヴァと儂の関係について知りたそうな顔をしているの」


 完敗です。ちょっと動揺しただけでも、これだけ近距離に居れば思念がある程度読めるんでしたね。


 ◆


 賢者様の執務室にて、学院長からのメモの内容を一通り確認した所で晩餐の時間になった。賢者様と学院長の関係性についての話は食後に改めて聞かせてもらうことになった。


 お腹もくちて一休みした後、いつもの3人が今度は賢者様の書斎に再集合した。自分は晩餐の給仕係ではなかったので、自分の夕食の時間を晩餐と合わせてもらって集合時間に間に合わせた。


 ソファーにゆったりと身を沈めて、賢者様がやおら口を開く。


「ナナシノは余程儂とミネルヴァの関係に関心があるようじゃの。心の内の動揺がいやに大きかったからの」


「はあ、学院長が旦那様に『お兄様』『お父様』と呼び掛ける度に衝撃を受けておりました。えー誠に申し上げにくいのですが、一般的は同一人物のことを短時間で『お兄様』『お父様』と呼び直すことは、えー、あまり考えにくいことで……」


「ほほう、一般的にはあまり考えにくいことか。其方の狼狽ぶりも見ものだったが、ミネルヴァの焦り方も相当だったぞ」


 賢者様の感想にいまいちピンと来なかったので、顔中が「?」で埋まっているのを見て取ったのか、


「そもそも、其方がミネルヴァの挑発になかなか乗らなかったからだぞ。あれほど手を変え品を変え、揶揄したり脅したり、挑発したり魔力で精神攻撃まがいの威圧をかけたり……」


「えっ、それはどういうことでしょうか。全く自覚がありません。」


「そうであろうの。ミネルヴァは其方を試していたわけじゃ。其方の感情の揺れから真の魔力総量を探ろうとしたり、魔力探知に対する精神防御力を試したり、本当に見物(みもの)じゃった」


「それでは学院長の『ヒステリー婆』振りは全部演技だったんですね。よかったです、賢者様のお身内にケッタイな方がいらっしゃらなくて。」


「ほらそれじゃ、今「旦那様」ではなく「賢者様」と呼び名がかわったじゃろ」


「あっ、大変失礼しました。」


「うむ、今度からは時と場所を弁えておれば自由に使い分けてもらって構わんぞ。それはそうと、ミネルヴァにも同じことが起きたんじゃ。其方があまりに動揺を見せず冷静なまま対応していたので、逆に自分の方が追い詰められた気がしたんじゃろうの。徐々に心の構えみたいなものが崩れていったのじゃな」


「それはどういうことでございましょうか。」


「うむ、そもそも学院長室がセキュリティ上リスクが最も高いともいえる。あの部屋では本当に大事なことは口になかなか出させないのだよ。何が仕掛けられているか分かったものじゃないからな。もちろんいくつかは仕掛けた者まで分かっているものもあるがの」


「だから大事なことは全て筆談ですませていたじゃろ。そんな中で、ミネルヴァの儂に対する呼び名が『賢者様』から『お兄様』へ、最後はとうとう『お父様』になったわけじゃな」


 一気に重要な情報が脳に入ってきて自分の処理能力から溢れ始めてきた。


「つまり、公式な場では『賢者様』『学院長』とお互いに呼び合う方が相応しいということだな。儂も最初は『学院長』と呼んでいたはずじゃがの」


 (まこと)にそのとおりでした。感覚的には久しぶりの面接だったので自分もかなり緊張していたんだなと実感が今頃湧いてきた。そして今理解した。あの学院長室は公式な場に準じるものであったのだと。それが意味することは諜報機器が仕掛けられていることを除けばたったひとつだけ。


 学院長も賢者様もこんな緊張感が当たり前の日々をお過ごしになられているのか。貴族って本当に大変なんですね。自分には逆立ちしたって無理です。


「それで其方が知りたいであろう本題なんじゃがの、ミネルヴァは儂の実の娘だ。故あって、父上と養子縁組をしてもらった。だから今の続柄は儂の妹ということになる」


 誠に申し訳ありませんでした。さっきはとても不埒なことを想像していました。そうですよね、貴族ですもんね。政略結婚も養子縁組も、門地を守っていくためにはそういう試みは日常茶飯事のあたりまえのことでした。汗)


「ミネルヴァは最初から其方が普通でないことは分かっていたぞ。実の父親が全然知らない子供をいきなり職場に連れてきたのじゃ。誰でもこれが普通のことではないと気構えて当たり前ではないか」

「それで連れてきた小僧が妙な魔力をまき散らしているのだ。儂が幼い頃から鍛えておるのじゃ。あれも魔力探知については一家(いっか)(げん)あるに決まっておろう」


 逆に簡単に魔力探知されることが無いという安心につながりました。つまり、賢者様や学院長が自分の魔力の微妙な不自然さにいやに敏感に反応したから、普通に誰にでも察知されるのではと結構不安に思っていました。


「そのうえ、見た目と中身が極端にちぐはぐであろう其方は。会話を始めればすぐに手に取るように分かるはずじゃ、その(いびつ)さは」

「だから其方の仮面(ペルソナ)をはがして正体を暴こうと試みたのじゃな。その方法のひとつとして実態のある仮面(マスク)の方をまずはがそうとしたのだがな」


 あっ、この言い回し、絶対「ワールド・トーカー(精神言語魔法)」の仕業だ!


 気を取り直して、段取を進めることにする。


「では、学院のセキュリティ整備にどれくらいかかるでしょうか。それまでに補助具の製作とマスクの作成を間に合わせる必要があると存じます。」


「うむ、最短で学院に通えるようにするにはそうかもしれぬな。ところで学院に通うとしたら、どのくらいの頻度でどうやって通うかの。一応聴講生という建付けだからの、好きに聴講する授業を選んでもらって構わんが」


 賢者様とそれから雑多なことをあれこれ話し合った。決めたことは次の通り。


 学院に聴講生として通う前にやるべきこと。

 ・マスクの改良

 ・視覚認識阻害の補助具の製作

 ・魔力探知阻害の補助具の改良

 ・学用品の準備


 聴講生として活動内容

 ・1日おきに通学する(仕事の負荷を考慮して)

 ・学院滞在時間は原則として午前中のみとする(午後の魔法の実習系はパス)

 ・図書館/資料室/書庫で読書と調べものを中心とする

 ・座学は気が向いたものだけに限定する


 マスクの改良と補助具の製作に1週間程度の余裕をみて、学院に通い始めるのは来週からとした。1週間で通学準備を完了させなければならない。


「ナナシノ、筆記具などの学用品もニコラウスと相談して決めてよい。それから其方が前々から希望していた書きやすい紙の準備だったの。明日、紙問屋が屋敷まで御用聞きに来る予定になったからの。これもニコラウスと一緒に対応してくれ。紙問屋なら紙以外の学用品も用意してくれるだろうよ」


「ご配慮ありがとうございます。学院ではお役に立つ知識とスキルをしっかりと修得してまいります。」


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