メイドの心を掴むには胃袋から ―― side[イーダ]
───【本話のウォークスルー対象】───────
■ Section 01 イーダ視点:庵・初見変梃童子
■ Section 02 イーダ視点:庵・有能不思議後輩
■ Section 03 イーダ視点:庵・高嗜好性食品
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─── ■ Section 01──────────────
◆ イーダ視点:庵・初見変梃童子
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あたしはイーダ、14歳の元気な女の子。大好きなことは美味しいものをお腹いっぱいに食べること。大賢者様の庵でシズお嬢様にお仕えしているメイドだ。
十分な報酬、頼れる仲間、ゆったりとした自然環境、そして優しいご主人たち。この職場はとても楽しい。
でもちょっぴりだけど不満なことはあって、それはお友達と会っておしゃべりできないこと。早く次の休暇がもらえないかな。
訳があって、シズお嬢様は滅多におしゃべりにならない。だけど、あたしのおしゃべりにも耳を傾けて下さるし、お笑いになったりすることも多い。シズお嬢様の笑顔がこんなにかわいらしいなんて、きっとよその人は想像もできないんだろうな。
シズお嬢様ともっとたくさんおしゃべりできたら毎日のお仕事がもっと楽しくなるのにな。なんて考え事しながら掃除の手を動かしていたら、ニコラウス様から「旦那様がお戻りになられます。シズお嬢様にエントランスまでお越しください、と知らせに行ってください」と頼まれた。
シズお嬢様をお部屋まで呼びに行った。シズお嬢様のお仕度をできるだけ急ぎながらお手伝いし、エントランスに急いだ。シズお嬢様に合わせるように全使用人が出迎えのために一列に並び、庵(屋敷)の前に全員が集合する。
シズお嬢様
執事のニコラウス
メイド長のアリンナ・フースフォレスタ
営繕係のホウェツゼン
そしてあたし(イーダ)
多分、御者のクーシュは馬車を一旦止めてからこの列に並ぶはずだ。しばらくすると、慣れ親しんだ賢者様の魔力が徐々に大きくなってくる。もうこの近くまでお越しになっている証拠だ。
あたしは平民だから、元々魔力量は微少でこの庵の警備上必要な魔力探知力を補うために、補助具を貸し与えられている。この腕輪は装飾がとても凝った作りで綺麗だから一番お気にのアクセなのだ。
そのうち何か胸の内がざわざわし始める。魔力探知の補助具が異常反応を見せる。だんだん恐怖に駆られる。ニコラウス様より大きい魔力反応。しかも、これまで感じたことのない初めての感覚!
怖くなったのか、青ざめたシズお嬢様が部屋へ急いでお戻りになられた。いつもはシズお嬢様が上級貴族にあるまじき所作・態度をとったら、きつく窘めるのが常だったニコラウス様もメイド長もお嬢様を止めはしなかった。
あたしはシズお嬢様の側についていてあげようと思ったんだけれど、ニコラウス様から旦那様をこのままお出迎えするよう命じられた。目の前で止まった馬車から、賢者様と一緒に降りてきた人物を一目見てその意外性にまた驚かされ、思わず目を見張ってしまった。
彼は、黒っぽいどこかの軍服みたいなパリッとした服装をした男の子だった。
あの魔力反応の主が、こんないとけない男の子だったことに非常に驚いた。絶対あたしより年下に違いない。ニコラウス様がお出迎えの挨拶をしようとした矢先、賢者様と男の子がいきなり会話し始めた。
賢者様と会話に勤しむ男の子の姿も、男の子との会話を心底楽しんでいるような賢者様の様子も、どちらもとてもじゃないけど信じられない。もっと驚いたことは、男の子の口の動きと口から発せられる言葉が全然違うことだった。賢者様は気になさらないのだろうか?
ひとしきり二人で盛り上がり、会話を十分に楽しまれたような感じになった頃合いに、賢者様が使用人たちを順に男の子に紹介していった。
男の子が続けて自己紹介するでもなく一瞬間が空くと、すかさず賢者様が男の子をあたしたちに向かって簡単に紹介した。
名前は「ナナシノ・ゴンベエ」、年は今年で13歳になるらしい。あたしのひとつ下だ。見た目だけならシズお嬢様より年下だといわれても違和感はない。
賢者様の知り合いの海上商人から、孤児になったこの子を預かることになったんだって。なんでも出身は東大陸の南部だって。南部地方はここからとても遠い所だから、あたしはそんな詳しいことは分からないけれど、昔聞いたところではエルフとかドワーフとか異種族の国がたくさんあるみたい。
両親と一緒に異種族の村々を巡る商売の旅をしてたからヒト族の慣習はもちろん、この国のことも全然知らないそうだ。両親を亡くしてあちこちたらい回しにされて、それで賢者様が引き取ることになったんだって。
そして両親と死に別れた時に、二人の死を目の当たりにしたかひどい襲われ方をしたかであまりのショックにそれまでの記憶のほとんどを失ってしまったと。うん、よ~くわかった。
あたしは、シズお嬢様がご両親を亡くされた後、言葉も笑顔も失い長い間泣きながら日々をお過ごしになられていたのを知っている。あたしなりにシズお嬢様をずっと今までお支えしてきた自負もある。
今のあたしがこうして幸せでいられるのは勿論ニーブルン家のみんなのおかげだけど、あたしだって父さんと母さんがもし生きていたら、きっとどこかのギルドに奉公できていたと思う。
うん、ナナシノができるだけ早くここに慣れるように力になってあげよう。あたしがしてあげられることはそれくらいしか思いつかないから。
「おかえりなさいませ、旦那様。旅のお疲れなどはございませんでしょうか」とニコラウス様が賢者様のご様子を伺うと「うむ、大丈夫だ。儂の留守中、何か変わったことはなかったか」と賢者様からお尋ねがあった。
「特に何もございません。執政官様と学院長様より、至急の面会依頼が届いているだけです」
共和国のVIPな御二方からの面会依頼なのに「だけ」っていかにもニコラウス様らしい。
「うむ、まずはゲミヌス・ルプスに参上した後、学院に赴こうか。執政官には6日後に伺うと返事を頼む。学院へはその翌日で頼む。ここを発つのは3日後だ」
「ゲミヌス・ルプス」は「双子の狼」という意味で、(正)執政官と(副)執政官のおふたりをまとめて呼ぶ時の総称で執政官府のことでもある。ゲミヌス・ルプスがあるフヴドスタードまでは、ここから馬車で3日ほどかかる。
「かしこまりました」
「ところで、あの子の姿が見えないようだが……」
と賢者様がご指摘されると、ニコラウス様は何も包み隠さず全てをお伝えした。
「お嬢様でしたら自室にお戻りになられました。先ほどまでお出迎えのため、我々と同じく表に出ていたのですが、いつもとは気配が違うのを察知したのでしょう。慌てて屋敷の中へお戻りになられました」
「そうか。では後ほど、書斎まで来るように伝えてくれ。この子を紹介したい」
「かしこまりました」
「アリンナ、この子に合う服を見繕ってくれ。フヴドスタードに連れて行くから貴族の子弟というほどでもなく、大切にされている使用人という感じで頼む。それから『マスク』をいくつか製ってもらいたい。仕様は後からこの子に聞いてくれ」
「かしこまりました」
メイド長がそう答えると賢者様が続けてナナシノのこれからの身の処し方をご説明された。
「あの子に会わせる前に身綺麗にしてやってくれ。荷物は一旦客室に運んでおくように。一晩だけそこでゆっくり体を休めてもらう。明日からは使用人部屋を使わせてやってくれ」
「かしこまりました」
と返事をするや否や、メイド長はあたしに目配せをしてくる。あたしは阿吽の呼吸でナナシノの手荷物と思しき白色とカーキ色の妙な形のカバンを2つ両手にぶら下げて二人より先に客室へ向かった。
まずは旅の汚れを落としてもらうための清拭と湯着の準備からやらなくっちゃ。寝間着と作業着も用意しなければならない。予備のものは全部大人サイズだったはずだからお直しが必須だ。あたしはお裁縫の手早さについてもまだまだで、メイド長の足元にも及ばない。
あれこれ仕事の段取りを頭の中で整理しながら庵の廊下を進む。ふと気になって両手に下げたカバンをまじまじと見てみた。カーキ色のカバンは見たところ背負うタイプのものだろう。それにしても丈夫な生地でできているものだ。素材は何から作られているのだろう。綿や麻だとこうはならない。
白いカバンの方は何かの皮でできているのだと思うが、表面はつるつるしていてそれでいてとても軽そうだ。どっちも縫製の目が細かい。細かいだけでなく運針がきれいに整いすぎている。いったいどれほど熟練した職人の手によるものなのだろうか。お値段は想像もしたくない。
─── ■ Section 02──────────────
◆ イーダ視点:庵・有能不思議後輩
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メイド長がほとんどの家事をこなし彼女一人で仕事は完結していたから、この庵でのあたしのお役目なんて最初のうちは何もなかった。シズお嬢様のお側にただただ控えているだけだった。
それでもシズお嬢様のために日々一生懸命に仕事をこなそうとする努力だけは一日も忘れることはなかった。その甲斐あって、シズお嬢様の身の回りの仕事はそのほとんどを任されるようになっていった。
だから、シズお嬢様が貴重なお勉強時間を割いてまであの男の子に東大陸語を教える側で、あたしもお仕えできるものだと勝手に思い込んでいた。貴族の淑女を一人だけお部屋に残すなんて、賢者様もニコラウス様もデリカシーが無いのかしら、全く!
午前中のナナシノへの東大陸語の勉強時間の間はニコラウス様がシズお嬢様に付き添われるので、どうしても賢者様の身の回りのことが疎かになってしまう。だからニコラウス様とあたしの役目がまるっきり反対だと思うのだけれど。
だけどあたしが手持無沙汰になることもなく、シズお嬢様たちの語学学習時間はそっくりそのままメイド長からの言いつけでナナシノの受け入れ準備作業にあてられることになった。使用人の先任者としてあたしがナナシノの教育係を拝命することになったからだ。
ナナシノの教育係になって閉口したのは、あの子が丁寧な口調を全然改めてくれなかったことだ。何でも職場の先任者は「セーパイ」で後から入っていた者は男女年齢を問わず「コーハイ」になって、「コーハイ」は「セーパイ」に敬意をもって接するために必ず「ケーゴ」を使って話さなければならないというのがナナシノの国での掟らしい。
いくら言っても丁寧な口調を改めないから、お国の掟なら仕方がないと思って諦めることにした。
共和国の常識を全く知らないのは仕方がないことだから、細かいことをいちいち質問されてもイライラはしない。だって、誰でもそういうのは経験してきたはずだから。あたしだって最初はメイド長にずいぶんとお世話になったんだから。
でもそんな話をすると、ナナシノはさも分かったような顔をして「そういうのは『恩返し』でなくて『恩送り』ですね」といって自分事のように喜ぶんだよ。ちょっと何言っているのか分からないけど、ニコニコしているだけだから放っておくことにした。
本心ではちょっとイラっとしたこともあったよ。最初そう思ったのはお風呂とトイレの説明をしたとき。ここにはお風呂は無いけど、タオルで身体を清めるときお湯を使わせてもらえるんだよ。トイレだって御虎子だけ使うんじゃなくて立派な川屋(※筆者注:川の水面にアレを落とせるよう川面の傍や上に設置。『厠』の語源のひとつになった)もあるんだよ。
それに不満顔って、マジで信じられない。
それから一日のスケジュールを説明したときはちょっと顎が外れそうになった。だって「この5時(5:00)というのは、1日を12等分したものの5番目と、24等分したものの5番目のどっちですか。それとも全然ちがう数の等分なんですか?」って聞いてくるんだもの。
南部地方と共和国とは時間が進む仕組みが全然違うんじゃないかと思って一瞬パニックになりかけちゃった。ナナシノは見た目と中身が全然違うから、時間が進む仕組みが違う国で育ったら、こんなへんてこな子に育つのかしらと本気で考えちゃった。
1日が24時間で、1時間が60分で、1分が60秒だって説明したらほっとしていたのは可笑しかった。でも、1年が360日で、1か月は30日で、1週間は6日だよって教えたらちょっと固まってた。多分、忘れちゃったけど何年かに一度「ウルー日」?があって、その時は1年が361日になるんだけどその説明をし忘れたからかな。
そういえばスケジュール確認のとき、食事が一日二回がこちらでは常識という話に拘っていたっけ。南部地方では一日三回が普通かもしれないけど、ここでは起きたら朝におめざ(軽食)を頂けるんだよ。実質一日三回だし、ときどき甘いものが出たりしたらつい小躍りしちゃうんだよね。
食材の名前をよく知っているのは驚いた。でも不思議なのは故郷の村では料理をしたこともなければ、すらすら名前がいえる野菜がどういう風に自生・栽培されているのかも知らないのよね。
「ジャガイモがあるなら、トマトもありますか」と聞いてきたときはなんで「あるなら」って言い方をしたのか本当に分からなかった。そんなのあるに決まっているじゃない。だってトマトが無いと、トマトソースのパスタが食べられないでしょ?
食事といえば、旦那様たちと使用人が同じ食卓を囲んで食事することに驚いていたのが可笑しかった。よそでは使用人と主人側は一緒に食事をとらないところも多いけどうちは別。もっとも、お客様をお招きする正式な晩餐なんかのときは給仕係に徹するんだけど。
食に拘っているのかと思えば、カトラリーの使い方が妙に下手なのよね。でも最初から使い方を知っていたし、テーブルマナーもあたしと遜色ない感じだったのは意外だった。
料理の補助をお願いしたとき、長い棒を二本使って器用にパスタレードルの代わりに使っていたのはとても印象的だった。そのまま盛り付けまで見事にこなしたのはさすがだった(あれを真似しようとは決して思わないけど)。
それにしても、ナナシノの知識と常識がとってもチグハグなのはどうしてなのかな。生活魔法とか魔力探知が全然できないことと関係あるのかな。出会った初日はとんでもない魔力を周囲にまき散らしていて恐ろしかったけれど、今は平気みたい。どうしてなんだろ?
奇妙なのはそれだけじゃない。ナナシノは多分ご両親を亡くすより前のことを覚えていないはずなのに、シズお嬢様を喜ばす「花言葉」を正確に覚えていたりする。シズお嬢様は何もおっしゃらなかったけど、賢者様が食卓でその話を聞かして下さったとき、シズお嬢様が嬉しそうにはにかまれたのは見過ごさなかったよ。
多分、食事の回数に拘るとか、器用に二本の棒でパスタを扱うとか、食材の名前をよく知っているとか、花言葉を覚えているとか、食べ物関連に強い関心を示すことが多いから、ご両親は農産物とか食料品を取り扱う行商人だったんだわ。
食いしん坊なあたしとしては、そういう「コーハイ」ができるのは大歓迎!
─── ■ Section 03──────────────
◆ イーダ視点:庵・高嗜好性食品
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今日はナナシノが庵にきて3日目。本当にいろんなことがあったんだよ。
最初はどこの馬の骨かもわからない新参者をシズお嬢様に近づけるなんて、賢者様もどうかしていると憤慨していた。ニコラウス様が同席するということで一安心したけれど。
あのシズお嬢様がどうやってナナシノに東大陸語の文字を教えるのかとても興味があった。あたしは奉公に上がってから死に物狂いで勉強して、民衆文字が人並みに読み書きできるようになるまでに半年かかった。だけど神聖文字はまだほとんど読むことができない。それをたった3日間で習得するなんて本当に信じられない。
たった1日で神聖文字をいくつか覚え、民衆文字は難なく読めるようになったと聞いて愕然とした。さすが賢者様が連れてきた子供だけのことはあって、普通の子供ではないと悟った。うーん、優秀すぎる「コーハイ」にどう接するのが正しいのかよくわからなくなってきた。
そういえば昨日の朝、ナナシノが「お礼も兼ねて『おめざ』を自分に作らせてください」と言ってきた。「ジャガイモとできるだけ大きい深型フライパンで蓋つきのものはないか」と聞くから、ジャガイモと大きいフライパンと同じくらいの大きさの鍋の蓋はある」と答えると、「ひとつまみの塩と砂糖とバターも用意して」とお願いされた。
ここではお砂糖はまだまだ高級品だから無駄にしたら絶対許さないと思ったけど、好奇心と食欲に負けてしまい、言われた通りのものを全部用意した。
ナナシノは軽く洗ったジャガイモを皮つきのままフライパンに入れると、水を半分くらいと塩・砂糖をひとつまみ。そして鍋蓋で蓋をして火にかけた。
しっかりと水分が飛ぶまで待ち、皮に少々焦げ目をつけてから火傷しないように取り出し(ここでナナシノはあの二本の棒をまた使った)、お皿に乗せてから包丁でジャガイモに十字の切れ目を入れてバターをそこに落とした。
「これがじゃがバターです。舌を火傷させないようにお気をつけてどうぞ。」
これでどうやら完成らしく熱いうちに食べるのがマナーらしい。恐る恐る口をつけてみてビックリ! 表面はサクッと中はしっとり、バターがよく馴染む。どうしてお砂糖ひとつまみだけでこんなに甘く感じるんだろう。
あたしは大好物のコンポートを作るために、割り当ててもらったお砂糖を大事に大事に使うのがとても楽しみだったけれど、ひとつまみだけでこんなにジャガイモが甘くなるなんて信じられない。
今朝のおめざは生まれて来て一番美味しかった。ナナシノはもしかして料理の魔法が使えるのを隠しているんじゃないかと思った。
ナナシノは「火を通す調理法は『煮る(茹でる)』『焼く』『揚げる』の他に『蒸す』というのがあるんです。これはジャガイモを『茹で蒸す』調理法でうま味を閉じ込め甘みを引き出すことができているんです」と、このすばらしい調理法を解説してくれた。
あたしは『揚げる』も聞いたことが無かったから機会があればナナシノに『揚げる』料理を作ってもらうようお願いし、ナナシノに快諾してもらった。幸福感が倍増して頬が緩んで仕方がなかった。
ナナシノがフライパンを洗いながらブツブツと「これくらい大きいフライパンならあれも作れるかな」とつぶやいていたので一体何事かと尋ねると、「砂糖をもう少し使わせてもらえるならこのフライパンでスイーツも作ることができます」という提案だった。全力でその提案に乗っかることにした。あたしに割り当てられたお砂糖は全て差し出す覚悟で。
次の日(つまり今日)、賢者様やシズお嬢様も含めて全員分を夕食のデザートとして楽しんでもらえるように半日かけて準備することになった。必要な材料は、小麦粉、お砂糖、塩、卵、牛乳、バター、生クリーム。
小麦粉・お砂糖・塩を程よく混ぜ、そこに温めた牛乳を加えさらに混ぜ合わせる。溶かしたバターをさらに加えてダマがなくなるまで念入りに混ぜて冷暗所でしばらくねかせる。これが生地になるそうだ。
フライパンに油をひいて、先程ねかしていた生地を薄く引き伸ばしたものを焼いていく。表面がポコポコとしてきて端が焼けてほんのり色付いてきたらひっくり返す(ここでもナナシノは二本の棒を器用に使った。あたしもこの棒を使えるようになった方がいいかもしれない)。
できるだけ大きく焼く生地が1枚、ほどほどの大きさの生地を16枚位でワンセットらしい。
ボウルに卵黄、お砂糖、小麦粉の順に入れて混ぜ、温めた牛乳を加えてホイッパーでさらに混ぜる。鍋に移して中火(この竈の火加減だけは安心して任せてほしい)にかけ、絶えずかき混ぜながらとろみが出るまで炊いていく。
これを火から下ろして氷を使って急冷する。完全に冷めたらカスタードクリームの完成だ。裏ごししたカスタードクリームを生クリームと入念に混ぜ合わせる。
できたクリームを程よい大きさで焼いた生地全体に薄く塗り広げる。ここでのコツは生地の端のクリームが少なくならないよう端までしっかりクリームが塗り広がるようにすることらしい。
これに次の生地を載せ、クリームを塗り広げる作業を繰り返し何層も生地を重ねていく。程よい大きさの生地を全て重ねたら、生地の側面も含めてすべてをクリームで覆う。最後に大きく焼いた一枚を上から被せて馴染ませる。
全ての生地がクリームの水分を吸ってしっとりとなったら、包丁を入れても崩れにくいし口当たりももっとよくなるらしい。今回は初挑戦だったので作るのにも時間がかかりあまり最後の全体をねかせる作業に時間が取れなかったので、慎重に包丁を入れて人数分を切り出していく。
カットしたものを横から見ると、生地とクリームが何層にもなっていて食べるのがもったいないくらい美しかった。これは「ミルクレープ」という名のお菓子だそうだ。
ミルクレープを晩餐の最後にデザートとして提供したところ、全員から大絶賛だった。後片付けを二人でしながらナナシノとミルクレープの感想をお互いに言い合っていると、
ナナシノが、
「じゃがバターとかミルクレープというのは定番中の定番の『メシテロ』レシピなんですよ。」
と「どや顔」で言ってきた。『メシテロ』レシピという言葉の意味はよくわからなかったが、文脈から『とても美味しくて大人気の』レシピのことだろうと思った。フヴドスタードから戻ったら、またナナシノが知っているレシピを堪能したいと心の底から切実に思った。
だから、あたしは大きな声ではっきりと、
「あたし、ナナシノ(の作るレシピ)が大好き」
と言った。
するとナナシノは急に赤面し壁を向いて、
"The way to a maid's heart is through her stomach."
(メイドの心を掴むには胃袋から)
って一人でぶつぶつ小声でつぶやいていたけど、何を言っているのかさっぱり意味が分からなかった。正直ちょっとキモい、って思った。
あたしはイーダ、14歳の元気な女の子。大好きなことは美味しいものをお腹いっぱいに食べること。大賢者様の庵でシズお嬢様にお仕えしているメイドだ。
十分な報酬、頼れる仲間、ゆったりとした自然環境、優しいご主人たち、そしてほっぺたが落ちるような甘いお菓子。この職場はとてもおいしい。




