顔見世興行2.2 ―― [灰艶憂姫][氷華淑女][潜陽令嬢]
───【本話のウォークスルー対象】───
■ Class 01
マルガレーテ視点:赤鷲亭二階・叔父上の余計なお世話
■ Class 02
イーリス視点:公爵邸・悪徳商人の誤成敗式目
■ Class 03
アネリー視点:山村・慰問と治癒とすれ違い
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─── ■ Class 01───────────
◆ マルガレーテ視点:赤鷲亭二階・叔父上の余計なお世話
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我は目を瞑り、意識を集中させる。赤鷲亭に越してきて以来、一日も欠かしたことのない日課となった一連の所作だ。そうして、日中に見聞きした事の仔細を、ひとつひとつ思い出していく。
今日も大した収穫はなかった。
階下の酒席から漏れ聞こえてくる細やかな喧噪も、今ではかえって心地よいぐらいに耳に馴染んできた。いくら旅籠酒場とはいえ、この赤鷲亭がノルトデンブルク辺境伯と深い関係にあることは、常連客なら誰もが承知している。
そんな店で粗相をする客は速やかに排除される。恐らく、この大通りで最も静かなヴェールドゥス・フース、あるいは最も品行方正なイェストイヴェリーとして、フヴドスタード市民に知られているに違いない。何しろ、店内で見かける顔は、客よりも身内の数のほうが常に多いのだから。
それもこれも心配性の叔父上がなせる業である。
我も迂闊だった。いくら獣油ランプのあの匂いに我慢できなかったとはいえ、自分で用立てる手間を惜しみ、魔導灯の手配を叔父上に安易に頼んでしまったがいけなかった。
それからというもの、折に触れて叔父上から手紙が届く。
愛するマルガレーテよ。
何か不自由はないか。
他に欲しいものは無いか。
不都合があったらすぐに相談してこい。
とこれが鬱陶しいことこの上ない。まるで情熱をこじらせた男から届く、絶え間のない艶書の攻勢を受けている気分であった。
手紙を無視し始めると、今度は伝書鳩――しかも軍鳩で連絡を寄こし始めた。あまりに店の軒下や付近の植木に並ぶ鳩の数が尋常ではなかったので、周囲からは「鳩パブ」かと囁かれるほどだった。営業妨害になるからと、その旨叔父上に伝えたら、遂には、魔力思念派の使い手である「通信員」を定期的に送り込んでくるようになった。もう処置無しとはこのことだ。
しかし、それはそれとして、別の問題もある。店内で顔を合わせる者が、帝国の手の者か、それとも欺瞞工作のために現地の共和国市民を雇った者か、我にはすぐに判別がついてしまう。この見分けが、事情を知っている我だけが敏感に見分けられるのならまだいい。だが、もし他の誰でも同じように見分けられるのだとしたら、それは帝国にとっても共和国にとっても、決して良い話ではないはずだ。
まあ、相手が共和国市民だと真っ先に分かるのは、我の髪色について質問をしてくる時だ。帝国の手の者なら、我が自分の「アッシュブロンド」の髪色を嫌っていることをよく知っているから、わざわざ話題にはしない。この髪は、光の具合で「灰色」にも「銀髪」にも「白髪」にも見える。我が幼き頃、眉間にしわを寄せて憂い顔をしていると、「白髪」に見えるこの髪と合わせて、よく「白髪憂姫」とか、もっと口汚いときは「白髪憂婆」とよく揶揄われていたものだ。
こちらに来てからは、明け透けに我の髪色を指摘する者は、十中八九、こちらの市民で間違いない。たいていは挨拶時の誉め言葉だが、帝国の市民ならまずそんな挨拶を我にすることはないからな。
我は姿見に映った自身の姿を眺めつつ、サイドの編み込みを解き、そして嘆息する。
さて、思考が脇に逸れた。身辺情報整理に戻ろう。
我がふと手紙で一言漏らした「小エビのブレートヒェン」の美味しい季節になりましたね、との時候の挨拶から、山のように「小エビ」が冷凍保存のまま赤鷲亭まで直送されてきた位は前奏曲に過ぎなかった。道中ずっと冷凍保存の魔法をかけ続けてきた水属性魔法士を労えばそれで事足りた。
しかし、この狭い部屋の隅に堆く積まれた「帝国白金貨」「最高級魔石」はいただけない。そもそも平民街で使えない高額貨幣で、お釣りをもらうこともできない。両替商にこのまま持って行っても出所を疑われるだけだ。これ以上増えてしまうと、重量の問題で床が抜けるのも時間の問題かもしれない。
そして重量と言えば、宮廷仕様の温調・防音・空気清浄の魔導具がいっぱいで、部屋が異様に狭くなった。圧迫感で居心地が非常に悪い。そのうえ、この部屋の周囲に勝手に魔力結界を張らせているのだろう。外の魔力気配がほとんど感じられなくなってきた。
叔父上にも我が「魔力持ち」であることは秘しているから、外の魔力気配が感じられない不都合を堂々と訴えるわけにもいかない。魔法防衛上の必要性は理解するが、この方法は潜伏生活には向かない。だってそうだろう。魔力探知が効かない・及ばない部屋ほど、怪しい所はないではないか。逆に、ここに秘すべき物・者がありますよと、害意ある者に大声で宣伝しているようなものではないか。こればかりは早急に撤去させねばならぬ。
もっとも、「暇潰しが欲しい」と頼んだところ、『帝国恋物語全集』が送られてきた時は呆れて口が塞がらなかった。一方で、東大陸中の新聞・商報・軍報を定期購読できるように手配してくれたのは助かった。ここに籠もっていても、ある程度の事情を把握できるからな。これは極めて大きい。
なにせ、帝国は広い国土を統治する必要性から、父帝が各領邦を巡幸されている。移動宮廷ゆえに帝都自体が行宮として簡易な造りとなっている。だから、父帝が今どちらにおわすか、これからどこへ御足を伸ばされるかを、軍の機密情報から事前に知れるのは大きい。
父上がノルトデンブルク辺境伯領にいらっしゃる前には、必ず叔父上の所へ舞い戻っておかねばならぬからな。父帝直下のあの小うるさい宮内庁の官僚どもの口は封じておかねば、後々面倒なことになるし、片や、もし我が無断で帝国を抜け出していることが帝国宮内官の耳に入れば、叔父上と母上の身に危険が及ぶかもしれぬからな。
まったく、叔父上も、国内で敵を作りすぎた。七大選帝侯でいえば、旧教派で三聖職選帝侯のモグンツィ大司教、トゥーリア大司教、ケロニア大司教とは宗派の違いから、是々非々の対応を続けてはいるものの、ヴルタニア王とは潜在的・構造的な敵対関係にある。一方で、同じ新教派内なのに、長年のライバル関係のザクセンベルク公とは常にバチバチだ。辛うじて、ザインファルツ伯とは盟友的な関係を維持できているに過ぎない。
とはいえ、ザクセンベルク公との軍拡競争に備えるために、叔父上の方は地の利を生かして北辺自治都市との強固な貿易関係を築いている。その恩恵があるからこそ、こうして我はフヴドスタードに身を隠していられるわけだ。
そう考えれば――
やはり叔父上の「余計なお世話」は、完全に余計というわけでもないか。
……いや。
だからといって、部屋いっぱいの魔石と白金貨と魔導具と小エビと、それから鳩と通信員まで送りつけてくるのは、やはりやり過ぎであろう。
─── ■ Class 02───────────
◆ イーリス視点:公爵邸・悪徳商人の誤成敗式目
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「だから母上、どうしてあのカルトング商会が売りつける『糸楊枝』――いいえ、『口腔衛生具一式』とやらをそれ程重宝するのです?」
いつもなら、母上からのお茶会の誘いといえば縁談話ばかりで、あまり気が進まない。だが今日は違う。
カルトング商会について、どうしても母上に申し上げたいことがあったのだ。
母上は優雅に茶器を置く。
「だって、これ、とても便利なのよ。先日、大公家の食事会に招かれたでしょう? あちらのヘムスタッド様が、それは見事な象牙の爪楊枝をお使いになっていて。わたくしも欲しくなったのよね。結果として、もっと良いものが手に入ったのだけれど」
「いいえ、だから、どうしてカルトング商会なのか、というお話なのです。私は、あの商会を性能競売から外すよう進言したはずですが」
「ええ。だから、イーリスが言ったとおりにしたじゃない。性能競売にはウップジフテル子爵夫人のところから、ベングトソン工房が参加したわ。たまたま、そのベングトソン工房が商売協力者としてカルトング商会を連れてきただけよ」
「だから、そこなのです!」
思わず声が大きくなる。
「正式に性能競売から排除されたのに、裏口から入り込もうとする。そういう抜け目のなさが、がめつくて卑しいのです。商会としての品性を疑ってしまいます」
「でも、商売というのは、そういうものではなくて?」
母上は涼しい顔で紅茶を口に運んだ。
「それに、あそこの商品は第一品となったのでしょう? 満場一致で。他には何も選ばれなかったほどの大差だったわ。ものの素晴らしさでは群を抜いていた。こんな良い品を派閥の皆に披露できたのだから、主催者としても鼻が高いわ」
「それも問題なのです!」
私は身を乗り出した。
「たった一つしか選ばれなかったから、派閥の皆がこぞってカルトング商会へ注文しているではありませんか。母上も特注品を作らせたでしょう? あそこばかりが利益を独占して、他の商会や工房の利益など眼中にない。そんな厚顔無恥な商会とは、即刻取引を切るべきです。我が家が貴族としての範を垂れないでどうします」
「イーリスが、なぜそこまでカルトング商会を嫌っているのか、わたくしにはよく分からないわ」
母上は首を傾げた。
「確かに、最近は貴族からの注文を独占している。でも、納期が遅れたという話も、出来栄えについての品質問責も、わたくしの耳には一つも入ってきていないわよ」
「たまたまです。これから増えるに決まっています」
「それも、どうかしら」
母上は微笑んだ。
「聞くところによれば、カルトング商会はベングトソン工房以外の工房にも製作を依頼しているそうよ。ウップジフテル子爵夫人の話では、カルトング商会が注文と製作の間に入って、仕事が滞らないよう万事に気を配っているらしいわ。各工房にもきちんと利を配り、貴族からの注文にも応えている。御用商人としては、むしろよくやっている方ではなくて?」
「……」
「それでも、イーリスがそこまで目の敵にする理由は何なのかしら?」
「母上。先日の長雨で、我がフェルトルン家の北領地に水害が起きたことは覚えておられますか?」
「ええ、もちろん。お忙しい公爵に代わって、序列二位のわたくしが災害復旧対応を差配したのですもの」
「そう、それです。カルトング商会が、災害に苦しむ村民を駆り立てて土嚢を運ばせたそうです。そればかりか、被災した村民を相手に汚い商売をした。食事や日用品を“つけ”でもなく現金で売りつけたというのです」
私は拳を握った。
「災害復旧予算で購入した物資を横流ししただけでなく、それを苦しんでいる我が領民に売りつけて暴利を貪った。私は、そのような商人を絶対に許すことはできません!」
「なるほどね。ところでイーリス、その情報の出所はどこなのかしら?」
「商業ギルドの会合に同席していた、私が贔屓にしている商会の会頭から直接聞きました。カルトング商会の経営者が、さも手柄顔で嘯いていたそうです。間違いありません」
「そう。その発言自体は、本当なのかもしれないわね」
「信じていただけますか? それなら早速――」
「待ちなさい、イーリス」
母上が穏やかに遮った。
「その『カルトング商会の経営者』というのは、一体誰のことかしら?」
「えっ?」
「わたくしの知る限り、現在の経営者は三人いるわよ」
「三人……?」
「先代が跡継ぎを決めないまま急逝したので、残された三兄弟が共同代表となって家業を支えているそうよ。商業ギルドの会合に出るのは、専ら次男。一方、一番身軽に動き回っているのは末っ子だったかしら。まあ、年嵩の兄たちに上手くこき使われているだけかもしれないけれど」
「でしたら、今回の性能競売も、その次兄が表に立って悪さを……」
「ええ。ウップジフテル子爵夫人のところへ話を持ち込んだのは、おそらく次男のエルドステンね。そういう駆け引きや裏工作を得意としているそうだから」
母上は少し考えてから続けた。
「でも、最近カルトング商会が新しい事業を始めたと目立っているのは、紙器や文房具、それに貴族が欲しがる高級日用品あたり。先代からその事業を引き継いだのは三男のトレディンよ。わたくしも商談では彼から挨拶を受けたもの。性能競売では接触していないけれど、そこは間違いないわ」
「……」
私は言葉を失った。
「いい、イーリス。あなたが一次情報を重視して判断していること自体は立派よ。その年齢なら、なおさら感心するわ」
母上は、少しだけ表情を引き締めた。
「でも、貴族家が事を判断し、人を遠ざける時には、もっと慎重になりなさい。同じ情報でも、必ず違う出所から確かめること」
「はい、母上」
「それから、事業報告書や事後の業務報告書にも目を通しなさい。わたくしの知る限り、カルトング商会は最初の水害対応だけでなく、その後の流行り病への対応にも一枚噛んでいるらしいわ」
「防疫にも?」
「ええ。聖救治癒院や工務院の土魔法師部隊の報告だけでは、現地にあれほどの防疫体制を整えるのは難しいもの。商会が何をしたのか、調べてみる価値はあるでしょうね」
「はい、母上。心に刻んでおきます」
私は素直に頭を下げた。
(でも、納得いかない。ううん、カルトング商会への疑心は解けた。だけど、『北領地の防疫体制』に『口腔衛生具一式』。トレディンという商人一人の才覚だけで、こんなことが立て続けにできるものなのだろうか?)
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◆ アネリー視点:山村・慰問と治癒とすれ違い
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またやっちゃった。
どうしても怪我や病に苦しむ患者を目の前にしてしまうと、自分ではどうすることもできない。だから、自分にできる精一杯の力を込めて治癒術を使ってしまう。そして結果として――一時的に、両目の光を失う。こうなると治癒士として使い物にならなくなるから、かえって皆に迷惑をかけてしまうのだけれど。
ここは、モモ姉様が最近力を入れている『魔導中継哨』のひとつだ。でも私たちは、この正式名称よりも、もっと分かりやすくて親しみやすい、『思念中継基地』とか『魔導通信陣地』と呼ぶことの方が多い。
なんでも、四大属性を持っていらっしゃらない貴族兵の方々が、新たに「通信兵」の任務に就いて、こうして各地に駐屯することになったんだそう。魔力テレパシー、いえ、魔力思念派を上手に使うことで、伝書鳩や早馬より早く情報を送れるんだとか。
わざわざ旅人や行商人が行き交う街道沿いに基地を作る必要はないらしい。各基幹陣地を最短距離で結ぶなら、むしろ人の往来が少ない山間部を直線状につないだ方が効率がいいと聞いた。それで、こんな山村にも新しく道を通して、思念中継基地がいくつも作られることになったそうだ。
そんな山村のいくつかで、これまでにはなかった病が流行している。そこで神殿の聖救治癒院から巡回治癒団が派遣されることになったと聞いて、私は喜んで参加した。ずいぶんとイーリス御姉様には引き留められたけれど、こんな私でも、一人でも患者さんの命を救うことができると思ったら、居ても立ってもいられなくなってしまったんだもの。
でも、また失敗ね。
これじゃ、かえって足手まといだわ。私はひとしきり、自分のやり過ぎを反省する。何度反省しても、結局は懲りていないのだけれど。
目には聖布を巻いてもらったから、もう大丈夫。そう思って、私に付けられていた感応通信兵の方には、お引き取り願った。だって、申し訳ないもの。私は別に病人で看病が必要なわけではないし、誰かが付きっきりで傍にいなければならないわけでもない。その方だって、大事なお務めがあるんだもの。
(それにしても……モモ姉様もおもしろいことを仰っていたわね)
この通信兵の方々の役職名について、モモ姉様は「感応通信兵」ではなく「中継術士」という呼称を強く推薦されたのだそうだ。結局は却下されてしまったらしいけれど、その理由を尋ねたとき、モモ姉様は少し誇らしげにこう仰っていた。
『人はね、組織から尊重され、誇りある名で呼ばれていると感じたときの方が、何倍も良い仕事をするものなのよ』
最近のモモ姉様、なんだか変わった気がするわ。昔は、周りの人の気持ちなんて、まるっきり気にする感じじゃなかったんですもの。うふふ。
私が昔を懐かしみながら、ほかほかする気分に浸っていると、ふいに誰かが近づいてくる気配がした。いつもなら、誰かが近づけば、魔力反応である程度の距離から気づく。でも今は目が見えない。この反応の無さなら、たぶん平民の方ね。
「あっ、またお会いしましたね。よく被災地とか、病人がいる場所でお会いする気がしますね。北領地のとき、あれから大丈夫でしたか?」
なんだか聞き覚えのある声。
「お互いに大きな怪我が無くて、不幸中の幸いでしたね。お嬢様の関係の方から、それはもう手厚い処置をしていただきまして、こうして無事に過ごせています。ありがとうございました。」
この、子供のようで大人のような声は――あのひとだ!
「こちらこそ、その節は大変お世話になりました。後からクリュティエから聞いたんですけど、私を庇っていただいたとのこと。こちらこそ、大変お世話になりました。改めてお礼申し上げます」
「いえいえ、大したことではございません。それで、どうしてこんなところにおひとりで? いつもの侍女の方は一緒じゃないんですね。」
思いがけない場所で、思いもしない方と再会した。
その後は、とりとめのないことをいろいろおしゃべりした気がする。何を話したのか、よく覚えていない。だって、ずっと気持ちがぽかぽかしっぱなしだったから。でも、ここの流行り病のことだけは、ちゃんと覚えている。
「多分ですね、これは『おたふく風邪』ですね。」
「えっ、『おたふく』?」
「ああ、すみません。『流行性耳下腺炎』です。もっと分かりにくくなっているか。耳の下が腫れて、熱が出て、数日すると引いていく病気です。致死性は低いんですが、一定の割合で片耳、あるいは両耳の聴力を失うことがあります。ごくまれに、熱の元が脳に回ると、激しい頭痛や痙攣を起こして命を落とすこともあります。」
「まあ、それは大変だわ。早く巡回治癒団の団長様にお知らせしないと」
「ええ、それは大丈夫です。もう既にお話は通してあります。もっとも、ある商会から頼まれてここに来たので、団長様への説明も、その商人に代わりにやってもらったんですけどね。」
「ああ、それは良かったです。これでもう心配はありませんね」
「そうですね。これまで人の往来がほとんどなかった山村ですから、中継術士の方の誰かが病の元を持ち込んでしまったんでしょうね。免疫……おっと、病に打ち勝つ体の慣れを持っていない村民には、ひとたまりもなかったというわけです。」
「まあ……」
「成人男性がかかると、睾――あっ、失礼しました。気がつかずに話してしまいました。場合によっては不妊症になる恐れもありますからね。」
「……」
「あっ、見つかると面倒な人が、こっちにやってきました。私はこの辺で失礼します。またお会いできればいいですね。今度は、もっといい所で。では。」
「あ……」
行ってしまわれた。誰かしら。見つかると面倒な人って?でも、変ね。近づいてくるこの反応は、モモ姉様のものなんだけど。モモ姉様とおじ様は、もしかしてお知り合いなのかしら?
「ちょうどよかった、アネリー。こんなところに居たのね。心配したのよ。また治癒をやり過ぎたって聞いて――ほんとに大丈夫なの?」
「あ、モモ姉様。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ。それより……」
「ねえ、それより、この辺に顔を布で半分隠した男の子は居なかったかしら? こっちのほうに歩いて行ったのを見たって人から聞いたんだけど――あっ、ごめんなさい。アネリー、今は目が見えないんだったわね」
「ごめんなさい、モモ姉様。お役に立てなくって」
私は申し訳なく思いながら答えた。
「男の子……いいえ、見かけていないというか、それらしい魔力反応もなかったわ。それに、ここは流行り病の現場ですから、巡回治癒団の治癒士の方なら全員が顔に面布を付けておられますし……」
(だって、私が話していたのは男の子じゃなくて、あの「おじ様」なんだもの――)




