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二人の秘密は神との秘密

「旦那様、ご出立のお時間です」


「うむ、留守は頼んだぞ」


「お戻りはいつ頃になるでしょうか?」


「うむ、片道に1週間かかるゆえ、往復で約2週間といったところか。要件はご神託を頂戴するだけであろうから、次の登院日には十分間に合うだろう。もし2週間以上留守することになったら、いつものように手配を頼む」


「かしこまりました。道中お気をつけて」


 執事のニコラウスといつものやり取りを終え、御者に馬車を出すよう合図をした。旅支度は昨夜のうちにもう済ませてある。就寝直後のぐっと睡眠が深くなった頃、突然の女神様ご降臨の印に跳ね起き、それから急いで各方面と連絡を取りつつ、手早く旅支度を整えた。


 女神様が目覚め神山にご降臨される瞬間、一定以上の魔力を持つ者は、そのご降臨を肌で感じることが可能である。神力も魔力の一種であるが故に、魔力探知能力の研鑽をある程度は怠っていなければだが。


 神力を感知するには、①魔力感知の精度を高める、②ある程度の魔力を身に着けておく、の二つが重要だ。一般的に、魔力感知の傾向として、自分の魔力量に近ければ近いほど感知しやすいというものがある。


 検知限界の偏在動向として、自分より小さい魔力はより感じにくく、自分より大きい魔力はより感じやすい。女神様ほどの神力はあまりに大きすぎて、その存在の有無だけなら上級貴族の上位層ならば誰でも支障なく感知できる。


 この国は実力主義の傾向が強い。ここでいう実力とはだいたい魔力量の大きさで測られる。魔力量が多いとより強大な魔法が行使できる。より優秀な魔法師は貴族となって、この国の政治経済文化の中枢を担うことになる。


 個人の鍛錬によって魔力量を増やすことはできるが、絶対量としては遺伝的要素の影響の方が圧倒的に大きい。よって、実力主義を標榜するこの国でも、世襲による地位の確保を完全には排除できない。有力貴族であればあるほど、地位と権力を使ってより優秀な婚姻相手を見繕うことができるから、その意味でも血統や生まれというのは大きな力を持つ。


 年々、この国の貴族たちの魔力総量は減少の一途を辿(たど)っている。今回のご降臨も一体どれくらいの数の貴族が感知できたのだろうか? 我がニーブルン家でも、感知できたものは数えるほどしかいないに違いない。実に嘆かわしいことだ。


 あれこれと年寄りの繰り言を続けているうちに夜が明けた。そろそろ神域に入った頃合いだろうか。女神がご降臨される神山の周囲は神聖な保護区として、一般人は立ち入り禁止になっている。どの入り口からも中心にある神山まで馬車で1週間ほどかかる。


 保護区内には、魔法的なもの、物理的なものを含め、数えきれないほどの罠が仕掛けられている。保護区に入り込んで無事に出てくるためには、全ての罠の在処(ありか)と、その仕掛けの詳細を熟知しておかねばならない。


 その情報は、東大陸でも有数の教育研究機関である翰林学士院(アカデメイア)の学院長を代々務める我がニーブルン家に口伝のみの秘事として取り扱われている。現役を引退した元家長が、保護区の北入り口近くに隠居場として建てられた(いおり)に住まい、女神様ご降臨の際には、お傍まで駆けつけて要件を伺うことになっている。


 儂は先々代がご降臨に立ち会った際に、たまたま庵に居合わせたことで、65年前のあの日、女神様のお姿を目に焼き付ける幸運を授かった。幼くして女神様への拝謁を賜わった好機は、その後の人生において、やっかみやひがみを含めて様々な不幸と苦難まで招き寄せてしまった。


 であるから、今回はあの子を同伴させることはできない。暫くの間、寂しい思いをさせるだろうが、ニコラウスが何とかしてくれるだろう。それに、今回の神の御力の顕現のされ方は、異常と言わざるを得ないほど異質なものだった。どれだけ用心してもしすぎることはない。


 などと考え事をしながら馬車を進めて6日目、漸く祠横の作務所の屋根が見えてきた。ここで馬車を止め、御者にはここでしばし待機を命じる。この者は儂に仕えて40年、信用に足る人材だが、それでも女神様に会わせるわけにはいかない。


 徒歩で祠に向かう。次第に大きく強くなる女神様の存在を肌に感じつつ、小高い丘を越えると女神様のお姿をようやく目にすることができた。と同時に、これまで抱いていた強烈な違和感の正体も判明した。女神様と正対するように、黒装束の小さな(わらべ)が地面に座ったまま、女神と談笑していたのだ。


 女神様のご降臨以来、常に感じてきた違和感。女神様の傍に、およそヒトらしからぬ魔力反応がずっと付きまとっていたことのわけをようやく知ることになった。しかし、さらなる疑問が沸き起こる。一体、この童は何者なのだ?


 内心の驚きをどうにか抑え、女神様を前に片膝をつき頭を垂れ挨拶の姿勢に入る。そしてゆっくりと目線を上げると、目の前の童がこちらに振り返っている姿を目の当たりにした。正面から見ればその黒装束は金ボタンがあしらわれ、襟には見たこともない徽章が施されている。


 やはり見慣れないものだがどうやら軍服の様だ。しかし、この幼さで軍服姿とはどうにも似つかわしくない。だが、サイズは身体にぴったりと仕立てられているから、他人のものを急に着せられた感も全くない。


「女神様、65年ぶりのご降臨、これほど歓喜に咽び泣くことはございません。生きて再び()()えたこと、恐悦至極に存じます」


 儂の挨拶を聞くや否や、その童は慎重かつ控えめに、女神様と儂の視線を妨げないよう脇に寄った。


 そのまま儂は、女神様からご神託を拝聴した。御言葉は、今後の統治方針や自然災害などへの危機対応に関する注意喚起など、いつも通り、東大陸全般にわたるとてもありがたいお話であった。


 何年何月の何処そこに救世主が現れるとか、天罰が下るとか、物語で語られるような浅薄な予言・予知からは程遠い、誠に尊いお言葉の数々だった。疫病対策や土砂災害への備え、後継者育成など、予知よりは抽象的で、モットーより具体的なアドバイスであった。


 話がお互いの身近な者に関する近況に移って暫くした後、唐突に女神様が、


「賢者ガイウスよ、この若者を汝の下で庇護してやってほしい。この若者とはそうじゃな、月に1回は会って話をする必要があるからの。勝手に死んでもらっては困るのじゃ」


 降って湧いたような依頼。女神様のささやかなお願いを断れる道理が無い。しかし、儂ですら女神様への再会に65年もの長い年月を要したのに、この童は、これから毎月女神様への拝謁を賜われるのかと思うと、小さからぬ嫉妬の念を覚えざるを得なかった。


「かしこまりました、身命を賭してこの若者を守り、毎月1度、必ず女神様の拝謁を賜れるよう万事手筈を整えさせて頂きます。つきましては……」


 ◆


 そこから二言三言、この童の面会手順について事務的なやり取りを女神様と取り交わした。その間、この童は会話が終わるのを神妙なまま待っていた。幼子にしては妙に落ち着きがあると少しばかり感心した。


 面会手順の確認に安堵したであろう女神様が何の前触れもなくお姿をお隠しになった。それまで張りつめていた緊張が思わずほどけ、全身に脱力感がまとわりつく。ここで改めて一息つき、気持ちを立て直し、今度は脇におとなしく控えていた童の方に向き直る。


 すると、童が顔に八分の緊張と二分の微笑みを浮かべつつ、


「大賢者ガイウス様、お初にお目にかかります。手前は『(なな)(しの) 権兵衛(ごんべえ)』と申します。実は、真名(まな)の記憶が無く、難儀しております。この名は我が国で真名が不明な場合に用いられる最も有名な仮名(けみょう)のひとつでございます。」


 うむ、立派な口上ではないか。年端もいかない幼子と見ていたが、ヒト族ではなく、長命で名高いエルフ族かドワーフ族の幼生体か? 背格好からノームの類かもしれぬ。地峡を跨いだ東大陸の南方には、ヒト族以外の国が多いとは聞いていたが、この大陸北方ではいずれも珍しい種族だ。


 しかし、黒髪黒目で直毛という組み合わせは大変珍しい。顔の作りもどこか平板で、肌の色が黄白色に見えるのは、王国に住まう者たちに非常に近しいものがある。外見から受ける印象と、話し方・話の内容とのギャップが甚だしく、どうにも頭が混乱して考えがうまくまとまらない。


 気を取り直して、話された内容に集中して思考を進める。なるほど、理解した。目の前の童が本物の童か否かはさておき、嘘はついていない。「ナナシノ・ゴンベエ」という名の響きから、どうやらこの近辺の生まれではないことは確定した。そして無言のうちに、出自については秘密にすることを欲しているのだな。


 事態の複雑さから、自分でも次第に表情が曇っていくのが分かった。童の表情が、緊張八分、微笑み二分から変わらないのも焦りをますます促進させる。ここはまず疑問点を払しょくするために、策を弄さず、率直に仔細を尋ねる他なかろう。


「不躾とは自分でも思うが、ふたつばかり確認させていただきたい。まずひとつめとして、其方の魔力量は半端なく膨大すぎる。ヒト族としての見た目からはどうしても規格外といわざるを得ないレベルだ。ヒト族基準では、10歳程度と見受けられるのだが、それに似つかわしくない魔力量だ。もしよろしければ実年齢をお教え頂きたい」


 間髪入れず、即答があった。


「大変申し訳ありません、大賢者様、実は真名だけでなく年齢にも全く覚えがないのです。しかし、孫がいてもおかしくない年齢まで月日を重ねた記憶はうっすらとあります。一方で、ご高察のとおり、この身体はそれほど年を取ってはおりませんよ。ただ、貴国の基準からすれば幾らか若く見られる傾向にある顔立ちなのかもしれません。この身体は正真正銘、12歳で、もう数か月で13歳になる身です。複雑ですぐには理解が難しいかもしれませんが、これ以上正しい説明は自分には現時点では不可能なのです。」


 納得はできないが理解はした。質問を続ける。


「……了解した。にわかには信じがたいが、其方が嘘をついているとも到底思えない。ではふたつめの質問を。あなたの口元の動きと、発せられる言葉が一致していないように見える。何か私も知らない魔法を常時発動させいるのだろうか」


 この質問に対し、童(精神年齢的には大人らしいが)の表情が一瞬曇った。どうやら、意表を突いたらしい。こんな小さなことで勝ち誇った気になってどうする。


「すみません、魔法を使用したり、なにかの動機に基づいて詐術を施したりするつもりもございません。回答の途中で質問する無礼をお許し下さい。当たり障りのないもので構いませんので、貴国の文字が書かれたものを見せて頂けないでしょうか。」


 全く予期せぬ逆質問が飛び込んできた。しかし、ゴンベエ卿から儂を陥れようといった害意は全く感じられない。次の反応に対する興味もわいてきた。懐から日頃から書き溜めていたメモ用紙を取り出す。その中から先週の献立を走り書きした漏洩しても何ら差し支えないものを提示した。


「大賢者様、信じがたいこととは存じますが、私はこの覚書に書かれた文字を一文字たりとも読むことはできません。しかしながら、こうして大賢者様と会話をすることは可能です。おそらく文字が読めずに会話ができることが、口の動きと言葉が合っていない理由のひとつではないかと愚考します。」


 意外な回答に、自分でも表情が険しくなるのが分かった。ゴンベエ卿の手前、感情を表に出さないようすぐに気を引き締める。


「なるほど全て理解した。どちらも難題だがやり通さねばなるまい。女神様のご期待を裏切ることになれば、この賢者(サピエンス)の名折れだからな」


 そうと決まれば、うかうかとはしていられない。可能な限り素早く、互いの認識のギャップを埋め、万事(つつが)なく準備でき次第、帰途に就かねばならぬ。今回の顛末は、書面にて執政官殿に知らせるつもりであったが、至急お目通りを請わねばなるまい。直接対面でないと説明が通りそうにないからな。


「自己紹介が遅れて大変失礼した。名をガイウス・ニーブルンと申す。世間では、ガイウス・ニーブルン・賢者(サピエンス)とか単に大賢者として知られておる。儂は『共和国』の2代前の元老院議長で、先代の翰林学士院(アカデメイア)の学長でもある。今は隠居して、女神様の取次番のお役目を仰せつかっている。ニーブルン家は代々、共和国において、学問に関する職務を司っている」


「ご丁寧にありがとうございます。簡単ですが、2つほど確認させて頂いても宜しいでしょうか。ガイウス様が個人名で、ニーブルン様が家名ということでお間違いないでしょうか。また、『共和国』とはどこの共和国でしょうか。私が生まれた大陸では、混同を避けるために、共和国の前後に固有名がつくのが慣例になっておりまして。」


 なるほど、常識がここまでずれているのか。これでは先が思いやられるな。


 その後、お互いの情報交換を行うたびに、逐次の確認を要することとなった。


 最初に確認した名前の件からなかなかに手強かった。「ナナシノ・ゴンベエ」とは、家名+個人名の順であること。但し、個人名+家名の習慣を持つ近在の国も多数存在すること。「卿」という尊称の付記ルールも、①爵位、②個人名、③家名と国と時代によってバラバラであること。


 国名の話も凄まじかった。ゴンベエ卿の大陸では、200か国弱もの国同士がひしめき合い、「共和国」という名を冠する国がその内、約150か国もあるのだという。この東大陸では、共和国はひとつしか存在しないため、どの国の公文書でも、ただ単に「共和国」と表記すれば事足りる。


 200か国も同時に並立しているということは、大陸全土が戦乱期にあるのかと問うたところ、交戦中の国家が絶えたことはないものの、大半の国々は平和を享受しているという。ゴンベエ卿の祖国は、80年以上もの長きにわたって外国との交戦も内乱も経験が無いそうだ。にわかには信じがたい。


 この大地が大きな大きな球形をしていることは昔から識者の間では知られている。東にも西にも航路をとって、先人たちは何度も新大陸発見のための大航海に果敢に挑戦した。その都度、西海岸から出発すればこの大陸の東海岸へ、東海岸から出発してもこの大陸の西海岸に到着しただけだった。海の向こうに、200か国もひしめき合うような大陸が本当に存在するのだろうか?


 ◆


 彼我の環境の違いにひとつひとつ驚嘆しながらの確認作業は相当に骨が折れた。帰りの時間も迫っていることから、情報交換は一旦脇に置いて当座の優先順位の高い項目から順に片付けることにした。


 ゴンベエ卿がおもむろにその辺から拾ってきた棒切れで地面に4つの箱を描き、緊急度が高い⇔緊急度が低い、重要度が高い⇔重要度が低い、それぞれの組み合わせに従い、これから議論すべき項目を整理することを提案してきた。「重要度と緊急度のマトリクス(時間管理のマトリクス)」という整理法らしい。


 緊急度と重要度がともに高いと評価した項目は、大きく分類すると、①ゴンベエ卿の秘密保持の方法、②ゴンベエ卿の共和国での地位・身分、③女神様への面会の手順と名目、に集約できた。


 ①ゴンベエ卿の秘密保持の方法について。


 驚くことに、ゴンベエ卿はその膨大な魔力量を誇りながら、今まで一度も魔法を使ったことが無い。それどころか、魔法技術(魔術)が実在することすら知らなかったらしい。それゆえ、自分の身体から絶えず膨大な魔力が滲み出しており、それが高位魔術者から簡単に魔力探知され得ることの重大性についても考えが及ばないようだった。


 いつどこに所在していて、どのような状態か(精神と身体の両面の動静)が魔力探知によって常に把握されるため、プライバシーが保たれないと説明したら急に慌てだした。


「GPS機能とうそ発見器がついたウェアラブル端末を常時身に着けているようなものですね」と感心もしていた。残念ながら、その言葉の意味はほとんど理解することができなかった。


 対処法として、魔力吸引の術式を施した装身具を常時身に着けさせることにした。本格的なものは庵に戻ってから製作するとして、当面は魔力吸引の術式を持ち合わせていた魔石に刻み込み、ポケットの中に入れて常に持ち歩いてもらうことにした。


 本人が魔法を行使できなくても、豊富な魔力を目的に誘拐監禁され、魔力供給という名の強制労働を強いられるリスクが非常に高いと説明すると、しきりにお礼を言われて、煩わしいくらいだった。


 次に、口の動きと言葉が全くかみ合っていない課題について検討した。魔法の熟練者を相手に不用意にそのまま会話すると、相手側に何らかの精神操作系の魔術を仕掛けられているのではないかという誤解を与え、相手側から魔法攻撃を仕掛けられるリスクが非常に高い旨を説明した。


 会話する相手全員を挑発し続けることに何のメリットも見出すことはできないし、常時魔法攻撃を受ける可能性にびくびくするのも精神衛生上悪いことしかない。対応策としては、ゴンベエ卿からの発案として、常時マスクを着用することで余計な混乱を避けることにした。これも、庵に戻ってから製作することとなった。


 ゴンベエ卿の大陸では、ある疫病が大流行してそれが収まるまでの数年間、大多数の臣民がずっとマスクを着用し続け感染拡大を防ごうとした経験があるから、常時のマスク着用については何ら抵抗はないという回答を得た。


 マスクなるものに、疫病を払うための呪術的な何かが仕込まれていないと効果は見込めないだろう。ゴンベエ卿の大陸では魔法はほぼ普及していないということだが、本当のところはとても怪しいと言わざるを得ない。


 ②ゴンベエ卿の共和国での地位・身分について。


 これまでの会話で用いられている言葉の難解度と文章構成から鑑みるに、非常に専門的な高等教育を施された成人であることが窺える。どう考えても、神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた専門書、それも禁書に近い内容のものまで数えきれない程読み込んでいるとしか思えない。


 その一方で、一番簡単な民衆文字(デモティック)で書かれた献立の走り書きすらさっぱり読めなかったのは大いなる矛盾である。これが尋常ではないことだけは理解できる。これを誰に説明したところで、100人中100人が理解不能に陥るであろうことは想像に難くない。


 12歳の誕生日を迎えていれば、共和国の貴族ならば中等部へ進学して学ぶことができる。彼の学力なら、文字もすぐに覚えられるだろうから学力的には何も問題はない。しかし、どう贔屓目に見ても、見た目は10歳そこそこだ。平穏無事に学生生活が過ごせるとは到底思えない。


 基本的に中等部は午前中が座学で、午後は魔法実習というカリキュラムで進められる。座学なら最優秀は簡単にとれるだろうが、魔法はこれまで使った試しが無いそうだ。座学は最優秀、魔法実技は劣等生。どう考えてもまっとうな学生生活となる姿が想像できない。


 聴講生といったか、午前の座学だけを受講できるよう学院長に口利きをしてやらねばなるまい。本人がどうしても東大陸の常識を少しでもいいから身に着けたいと希望してきたのだから、ある程度その希望をかなえてやりたいものだ。


 それにしても、「見た目は子供、頭脳は大人」だな、と率直な感想をぽつりと言ったら、腹をよじって笑いころげていた。どこにそれほどの笑いのツボがあったのか見当もつかない。


 いずれにせよ、当人が「働かざる者食うべからず」とかいう格言が国元にはあるのです、と力説していたので、午前中は中等部での座学、午後は書生として内働きをしてもらうことに落ち着いた。


 仕事内容を確認する際、「それでは、書生・内弟子・徒弟・小僧・食客という風を装って、家事をお手伝いすればよろしいですね。いずれは文字はもちろんのこと、書式や典礼に関する知識まで習得して外向きのお仕事もお手伝いできるようになれば良いのですが」だと。


 とても、中等部でこれから学ぼうとする子供が使う語彙ではないぞ、全く……


 対外的には、親戚の海上商人から、南部出身の孤児を一人預かっているという体で説明することにした。一般常識に欠け、立ち居振る舞いが普通ではない部分は、幼い頃から親の仕事の関係で、南部の異種族の村をめぐりながらここまで大きくなったからという名目を用いることにした。


 ③女神様への面会の手順と名目について。


 魔力探知能力のおかげで、共和国のみならず、帝国や王国の上級貴族でも上位者連中には、女神様の月1回のご降臨と、神山へ儂が足繁く通う様は筒抜けになるのは間違いない。共和国の上を含め、対外的には女神様の要件を儂が取次いでいる風を装わなければならない。


 ご降臨の頻度が多いのは、それだけ東大陸に未曾有の危機が訪れる可能性が高く、その善後策を検討する必要があるとした。未曽有の危機の発生原因は神界にあり、女神様は向こうの世界で骨を折ってくださっており、適宜すり合わせの必要があるとのこじつけである。


 取次の手順については、女神様がだいたい月1回のペースで神山にご降臨されるので、ご降臨の印を受け取ったら、すなわち、女神様のご降臨を魔力感知したら、庵からすぐ神山を二人で訪ねることとした。


 女神様はヒト族が想像できないほどの長命であるから、少なくとも百年以下の時間感覚は持ち合わせていないだろうと見立てているそうだ。それゆえ、月1回のペースというのは最初から守られることはないだろうとのこと。であれば、「呼ばれたら行く」程度の感覚(間隔)でも問題ないそうだ。


 儂は畏れ多いという感覚が先に立つから、ゴンベエ卿のそのような見解は言われてからその可能性に思い至ることができたが、最初からそのような発想を持ち合わせられるということは、ゴンベエ卿は信心が足りないのだろうか。信仰については後日、ゆっくり談義することにした。


 ゴンベエ卿は、魔力感知ができないため、儂が取次番としてお役目を全うしていると対外的に説明したとしても、まるっきり嘘を吐いているわけではないから、あながち、「取次番のお役目を全うしている」という発言の真贋を魔力感知でもってしても見抜くことは難しいだろうという結論に至った。本当に、彼奴(きゃつ)は魔法はてんでダメなくせに、こういう所にだけは目端が利くのだ。あまり敵に回したくはないなと思う。


 ここまで、緊急かつ重要な事項について話し合い、お互いに了解したうえで、手荷物の整理を行い、作務所の補給を整え、庵への帰途に就いた。


 馬車まで二人連れ立って歩いていた途中で、ふと確認しておきたいことを思いついたので、隣を歩くゴンベエ卿にそのまま気軽に尋ねてみることにした。


「それはそうとゴンベエ卿、今日のことは、ここにいない第三者にどれくらい話しておこうかの。勿論人を選んで、話す内容も入念に吟味する必要があろうが」


 しばしの間考え込んだゴンベエ卿は、はっきりとこちらの目を見て、こうぽつりと言った。


「『二人の秘密は神との秘密、三人の秘密はみんなの秘密』と申します。大変申し上げ難いのですが、このことはちょうど女神様だけがご存知です。このまま二人だけの秘密にしておく方がよくないですか」

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