顔見世興行2.0 ―― [芸術姫][桃髪傲嬌][沈黙姫]
───【本話のウォークスルー対象】───
■ Class 01
アカンシア視点:后妃の私室・グラディスの帰還と顔料
■ Class 02
モモ視点:学院・出生の悩みと軍籍の悩み
■ Class 03
イーダ視点:赤鷲亭・定刻で帝国式ランチを堪能する
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─── ■ Class 01───────────
◆ アカンシア視点:后妃の私室・グラディスの帰還と顔料
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「ご機嫌麗しゅう。アカンシア様」
「まあ、グラディス! 元気そうで何よりですわ。お身体は大丈夫かしら。長旅でいらしたのでしょう?」
「ご心配頂きありがとう存じます。今回の旅は万事につけて上首尾でございました」
私はグラディスの帰還を心待ちにしていたの。だって、グラディスとは何よりも大事なお約束をしていたのですもの!
「ねえグラディス、頼んでいた“例のもの”――顔料は手に入りまして?」
「ええ、実に見事な品々が揃いました。きっとアカンシア様にもお気に召していただけるかと」
「シア、はしたなくってよ。まずは自分の用件より、まずは相手の労をねぎらうのが礼儀というものです」
「ごめんなさい、お母様」
お母様――ヴェルヴェーヌ后妃に諫められ、私は小さく唇を尖らせた。でもお母様だって、グラディスからのお土産の扇と香玉を大層楽しみにしてらしたのに。
お母様は優しく苦笑しながら、グラディスに向き直る。
「それで、どうだったの、グラディス? 向うでの暮らしは問題なかった?水や食べ物が合わないということは」
「そのようなご心配は一切無用にございました、ヴェルヴェーヌ后妃様。これもひとえに、后妃のご配慮の賜物と存じます。ご手配頂いた『特許状入りの通行手形』のおかげにございます。お陰様でどこへ赴いても円滑に商談を進めることができました。改めて篤く御礼申し上げます」
「それは良かったわ。いつもグラディスには無理を聞いてもらっているから、こういう時に少しでもお返しをしておかないとね」
お母様はそこで、ちらりと私を見た。
「……それはそうと、これ以上お預けをしていると、シアの機嫌が曲がってしまいそうね」
「そうですよ、お母様!」
私は思わず身を乗り出した。
「わたし、本当に毎日、グラディスが帰ってくるのを心待ちにしていたんですもの。それで、どうでしたの? いい顔料は手に入って?」
どんなにはしたないと叱られても、もう我慢できない。だって、夢にまで見た共和国産の顔料なのですもの。
「ふふ、お待たせいたしました、アカンシア様。今、手の者にご指定の蔵へ運ばせております。こちらが今回お納めする品々の試分にございます。どうぞ、じっくりご検分くださいませ」
そう言って、グラディスは卓上に検分用の小壺の色標を並べていった。
私は、グラディスが並べ終わるのを待ちきれず、吸い寄せられるようにその一つを手に取って蓋を開けた。
中を覗き込んだ瞬間、思わず声が漏れた。
「まあ……!」
鮮やかな朱色が、そこにあった。
「なんて綺麗なのかしら! この解き絵の試色粉の鮮やかな朱色といったら……。もう、どんな言葉でも言い尽くせないくらいだわ!」
私は次々に小壺を手に取っていった。
グラディスが用意してくれた小見本の分品は、どれも素晴らしいの一言だった。それに、色とりどりの名前まで素敵だわ。
血晶朱の鮮烈な赤、
緑洲孔雀緑の息をのむほどの緑、
太陽黄砂の黄金色、
白銀粉霜の絹肌のような白――。
「名は体を表す」と言うけれど、名前まで芸術的な響きを持つなんて、こんな素敵なことはないわ。
指先にほんの少しだけ粉をとって、光にかざしてみる。舐めたら、どんな味がするのかしら――なんて、はしたないことをふと考えてしまって、私は慌てて指を袖で払った。
「わたくしめも、顔料など扱うのは初めてでございましたが……あのような鉱石から、これほど見事な発色が得られるとは。素直に驚いてしまいました」
グラディスはそう言って、私の手元を眺めている。
「こちらの顔料を使ったアカンシア様の絵を、早くこの目で拝見したいと、心が逸って困るほどでございます」
「まあ。グラディスがそこまで心待ちにしてくださっているのなら、早くこの顔料を使った絵を完成させないといけませんね」
私は少し考えてから、首を傾げた。
「……ですけれど、ご期待に沿えないかもしれませんの」
「アカンシア様? どうかなされましたでしょうか。何か、顔料に不具合でもございましたでしょうか」
「いいえ、そういうわけではないの」
私は首を横に振った。
「絵画もいいのだけれど、グラディスが共和国へ行っている間に、かねてより頼んでいた『陶芸窯』が完成いたしましたの」
「まあ……」
「だから今は、絵画よりも陶芸に心を奪われておりますのよ」
私は小壺を眺めながら、思わず頬を緩めた。
「ですから、この顔料をまず画布で何度か試してみて、それから陶芸の方で色味を楽しみたいと思っていますの」
「陶芸で、でございますか?」
「ええ!」
私は待っていましたとばかりに身を乗り出した。
「釉薬に混ぜるか、下絵付けに使うか、それとも練り込みで素地に着色するか……」
どれも楽しそう。
「いいえ。上絵付けに使うと、一番この鮮やかさを活かせるかしら?」
考えるだけで胸が弾む。
グラディスは、そんな私を見て納得したように頷いていた。
一方、お母様はというと――。
扇の向こうで、まるで「もう、処置無しですわ」とでも言いたげな御顔をされていた。
「全くもう、この子ったら」
お母様が呆れたようにため息をつく。
「私はシアの才能や情熱を、丸ごと愛して受け入れてくれる殿方の元へ嫁がせてやりたいのです」
お母様はぽつりと、けれど深い憂いを帯びた声で呟いた。
「お母様……?」
「私は陛下の後添えですし、先后妃との間には皇太子がおられるでしょう。その皇太子が次代をお継ぎになる。どう転んでも、この子はいずれ、他国へ嫁がされるか、国内の有力者の許へ降嫁させられることになるでしょう」
お母様は少し困ったように眉を下げた。
「だったらせめて、この子が好きなことを好きなだけさせてくださる殿方がいいわ」
「ヴェルヴェーヌ后妃のお考えも、ごもっともに存じます」
グラディスが静かに応じる。
「わたくしめといたしましても、アカンシア様には皇王国内に留まっていただきたいと存じます」
「まあ、グラディスまで」
「共和国では、いろいろございましたので」
グラディスは少しだけ表情を曇らせた。
「顔料の買い付けの際にも、アカンシア様への献上品と知った途端、売り惜しみをする輩がおりました。もっとも、その後に話の分かる相手が出てまいりましたので、事なきを得ましたが。そうした周囲の悪意からは、なるべくお守り申し上げたいと存じます」
「まあ……そんなことがあったの」
「ええ。どこの国にも、いろいろな者がおりますゆえ」
「そうねえ……」
お母様は、手元の扇を小さくたゆたわせながら、少し考えるように黙った。
それから、不意に話題を変えた。
「いろいろといえば――『天帝様』の件はどうなっていたのかしら?」
その声色が、ほんの少しだけ変わった。
「なにせ、65年ぶりの垂象でしたでしょう」
「……はい」
グラディスも、先ほどまでの柔らかな商人の顔を少しだけ引き締める。
「共和国では、あの件について、いささか摩訶不思議な言説も取り沙汰されておりまして」
その言葉を聞いたお母様が、扇越しに私に目配せした。
――ああ。
これは、私が聞いていても仕方のないお話なのね。
私は素直に席を立った。
難しい政のお話なんて、絵の具の色名ほど魅力的じゃありませんもの。
それよりも――。
早くあの顔料を使って、どんな器を作ろうかしら。
そう考えただけで、また胸がわくわくしてきた。
─── ■ Class 02───────────
◆ モモ視点:学院・出生の悩みと軍籍の悩み
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今日もアナベルはいい仕事をしてくれたわ。広大な学院の敷地内、どこに潜んでいたって、この子にかかれば必ずこの男を探し出してくれるんだもの。
ベンチに座る目の前のナナシノは、「どうしてモモに自分の居場所がこうも正確にバレるのか」としきりに不思議がっている様子だけれど、ふふん、本当のことを教えてあげるのはまだまだ早いわね。教えちゃったら対策されちゃうもの。
もったいないわ。
「それで、今日のお弁当は何なのよ、早く教えなさい」
「えー、今日はとてもシンプルというかオーソドックスというか、粗挽き黒ライ麦パンのサンドイッチです。」
「ふーん、マッカね」
「へー、レンヴァッテン公爵令嬢でも平民みたいな略称を使うんですね。」
「余計なお世話よ! それより、いつもやってる『食レポ』だっけ? 具材のこだわりとか由来とか、御託を早く説明しなさいよ」
「あのー、せめて『蘊蓄』くらいに言ってくださいよ……」
「それで?」
「ええとですね、チーズは二種類で、深みのある山吹色のものが熟成ハードチーズで、温かみのある蜂蜜色の方が聖職者のチーズです。ハムは一種類で、オーク煙の燻製ハムです。冬祭りの熟成塩漬けハムを楽しむにはまだまだ季節が早いですからね。」
「ふーん……両方食べ比べたいわ。どっちも頂戴!」
あたくしが手を伸ばすと、ナナシノは「これだからお嬢様は……」と呆れたように弁当箱を少し引いた。
「いいえ、まだ説明が途中です。隠し味に有塩発酵バターをたっぷり塗っています。これでパンの乾燥を防ぎ、チーズとハムの味をまとめる役割を持たせます。サワー種由来の特有の酸味があって、噛むほどに穀物の甘みが広がるこの少し硬い薄切りパンには、これが一番合うんですよね」
「分かったから、早く頂戴!」
「……まだ説明の途中なんですが。」
「もう十分聞いたわ」
そう言いながら、モモはナナシノの手元からサンドイッチを一つ取り上げた。
「ちょっと! まだ全部説明してませんって!」
「いいじゃない。食べながら聞くわ」
「それ、聞く気がある人の台詞じゃないですよ……」
「それより、シズと一緒にいつもいるあの子、二人は今日どうしたのよ」
「あの子? ああ、シズお嬢様とご学友のデイジーのことですね。今日は何でも、デイジーがアルバイトをしているカフェでお昼を頂く予定らしいですよ。」
「だったら好都合ね」
「……ん、好都合?」
「何でもないわ、こっちの話よ。それよりあなた口は軽くないわよね」
(まあニーブルン家関係者は口が堅いので有名だから相談しても大丈夫ね。若干一名を除いてだけど)
「えー、何です? そんなに畏まって。」
「あのね、唐突で申し訳ないんだけど、あなたならこっちのことを詳しく知らないから、変な先入観もないでしょう。だから、率直な意見を聞かせてほしいの」
「ええ、私でよかったら。でも恋愛相談だったら他を当ってもらった方が……」
「よりによって、あなたにモモのそんなこと相談するわけがないじゃない!」
「大変失礼しました。え? 『よりによって』……ん???」
「何でもないわよ。じゃあ、始めるわよ」
モモの悩みごと、つまり相談事というのは、2つある。ひとつは「軍籍の悩み」。もうひとつは「出生の悩み」だ。
いくら両親にお願いしても、「魔法師団師団長付き副官」「後方支援連隊隊長付き副官」という肩書以外を許してくれない。つまり、貴族の義務を果たすために、モモは前線勤務を希望しているのに、両親は頑なに首を縦に振ってくれないのだ。いくら頼んでも答えはいつも同じだった。
目の前のナナシノはフンフン頷きながらモモの説明を聞いている。
本当に分かっているのかしら?
やがてナナシノがもう一つの相談ごとを話すよう促してきた。こっちの方は、もっと口にするのが気恥ずかしい。でも、思い切ってナナシノに説明する。
モモの魔法属性は「火属性」。でもレンヴァッテン公爵家は「水属性」の盟主の家柄。そして両親ともに「水属性」。これがモモの出生の悩みの根幹だ。本当にモモは両親の血を分けた娘なのか。
何年も思い悩み続けてきたことを、思い切ってナナシノに打ち明けてしまった。自分の頭の中では、どうしてナナシノに、という疑問が湧かなかったわけではない。それなのに、ナナシノに相談することが自然な気もしているから不思議。
相変わらずフンフン頷きながら、モモの説明を聞いているナナシノ。しばらく考え込む仕草を見せた後、静かに口を開いた。
「モモお嬢様、多分その悩みごと――いえ、相談事、御懸念事項は、同根の一つの問題に集約されますね。」
「え、『ドーコン』?」
「失礼しました。つまりですね、根っこは一つというか、原因というか……ご両親の思いは一貫していますよ。」
「つまりどういうことよ。ちゃんと説明なさい」
「真相に迫る前に一つだけ確認させてください。私は平民なので、魔法属性の遺伝的要素についてあまり詳しくないのですが、貴族家では、誰それが何属性かって、大っぴらになっているものですか?」
「そんなことないわ。貴族にとっての二大義務のひとつ、軍務では敵に弱点をさらしてはいけないから、できるだけ自分の魔法属性は隠すものだわ。だけど、学院で魔法実技があるから、なんとなくだけど、どの属性魔法が得意か、同じ授業を受けている人や親しい間柄ではお互いになんとなくわかっているものよ。だって完全秘匿だと、部隊編成にも支障が出るじゃない」
「なるほど。でしたら、モモお嬢様の身近に、家柄とは違う魔法属性の知り合いは何人ぐらいいらっしゃいますか?」
「あっ、お姉様とアネリーがそうだわ」
「今のは聞かなかったことにしますね。」
ナナシノは少し考えてから、続けた。
「つまり、すぐ身近に家柄と違う魔法属性の知り合いが、それも複数いらっしゃるということは、おそらく、ご両親のどちらとも異なる魔法属性をお持ちの貴族様は、相当数いらっしゃるのでしょうね。」
「ええ、そうね」
「でしたら、遺伝学については専門家ではありませんし、ましてやこっちの魔法属性のことまで含めると、かなり推測の域を出ない仮説になるのですが……」
「いい所で言い淀まないで。最後までおっしゃい」
「隔世遺伝とか突然変異とか、そういう可能性も考えられますよね。お貴族様の血には、複数の属性が発露する可能性が秘められている、と考えれば説明はつきます。」
「……」
「私のつたない調査の範囲内でも、御三卿は、正執政官家のデュグドエルヴ大公家の血統を断絶させないため、婚姻や養子を通じて貢献してこられた。御三卿内での通婚や、魔力差が比較的小さい侯爵家や辺境伯家との婚姻も、一般的に行われているんですよね?」
「その通りよ」
「御三卿筆頭のフェルトルン公爵家は『土属性』、モモお嬢様のレンヴァッテン公爵家は『水属性』、もう一つのエンブロ公爵家も『土属性』。合っていますね。」
「ええ」
「五摂家まで行くと、リヴガルデット侯爵家は『火属性』、ニーエランド侯爵家も『火属性』。そして――」
「ええ、リークヴァサル辺境伯家もまた『火属性』でしょ、と言いたいのね」
「その通りです。そして、分かる範囲で家系図を辿ってみると……」
「もうその辺で十分よ。モモの場合、曾祖父の代まで遡れば、必ず『火属性』のお家との通婚があったのは、もう分かっているわ。それに、過去に複数の属性持ちの英雄がいたことも、周知の事実となっているわ」
「ご明察です。」
「でも、もう一つの相談事と、この『魔法属性』の話と、どうつながるのかしら?」
「なーに、簡単なことです。それだけご両親に愛されているということです。実の娘で、一人っ子なんですから、ご両親が目に入れても痛くないほどに愛されているわけですよ。」
「……」
「だから、娘本人から何度も強い申請があっても、娘の命に危険が及ぶ前線勤務を『了承』するわけがない。しかし御三卿の一人として『高貴なる者の義務』を果たすためには軍役というか軍籍がどうしても必要だと。だったら親心あふれる折衷案で後方勤務の高官というのは、ごくごく自然な流れですよ。」
「……」
「軍籍の方もですね、こう考えたら如何です? どんな組織であっても、後方支援部隊というか、間接部門でしかできないことがある。直接部門だけでは、どの組織も成り立つことは決してあり得ないのですよ。間接部門で自分の職責を全うしたうえで、人の役に立つ方が、よっぽど大貴族らしい生き様とも言えますよね。」
「ナナシノ……」
「それにしてもうらやましいですね。血統的には水属性の可能性があって、個人的資質として火属性が得意だなんて。これは珍しい複数属性持ちになれる可能性があるということではありませんか。私なんて、平民で生活魔法でさえ一つも使えないのですから。うらやましい限りです。」
「ナナシノのお家の秘密とか、そんなのはないの?」
「え、ナナシノ家の話ですか? んー、何かあるかな? 今は私一人だけですからね。」
「ちょっと待ってちょうだい。今なんて言った?」
「え? 『今は私一人だけ』……」
「その前よ。『ナナシノ家』って言った?」
「ええ、そう言いました。珍しいですよね。うちのところでは家名が個人名の前に来るんです。こっちでは珍しい習慣なんですね。」
「そのことは、みんな知っているの?」
「んー、どうでしょうね。賢者様は当然ご存知ですが、他の人まではちょっと。あとはシズお嬢様とニコラウス様ぐらいでしょうかね。私のフルネームを知っているのは。もっとも、家名が『ナナシノ』というのは賢者様止まりでしょうね。こっちでは『ゴンベエ』と呼ばれたのは、賢者様との初対面の時以外では皆無ですけど。」
「ふーん、そーなんだ。そうか、そーなんだ」
モモは、なぜだか急に嬉しくなった。
だったら――。
「モモはこれから、あなたのこと『ゴンベエ』と呼ぶことにしたわ。そして今ここで誓いなさい。モモ以外から『ゴンベエ』と呼ばれるのは禁止だから」
「あのーそれは、私にはどうにもできない案件なのでは……。」
「何か言ったかしら、『ゴ・ン・ベ・エ』?」
「いえ、何もありません。」
─── ■ Class 03───────────
◆ イーダ視点:赤鷲亭・定刻で帝国式ランチを堪能する
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今日のランチは、シズお嬢様のご相伴に与って、帝国料理なんだって。
じゅるり。
なんでも、シズお嬢様のご学友のデイジー様が、給金稼ぎをしているお店に招待してくれたんだって。シズお嬢様の優しいお気遣いで、あたしとルナリアちゃんの二人でシズお嬢様のお供をすることになった。こんな機会はめったにない。ルナリアちゃんは、まだ一人でお使いにも行けないから、なおさら貴重なお出かけである。
それにしても――
無口な、おっといけない。非常におしとやかなシズお嬢様に、学院でお友達ができただなんて、未だに不思議でたまらない。そりゃ、シズお嬢様はお優しいし、思いやりがあるし、上品だし……。
でも何を考えているか分からないところはあるけど。
あたしなんか、最初は何を話しかけたらいいのか、さっぱり分からなかったもんね。そんなことを考えながら、ルナリアちゃんと手をつなぎながら、シズお嬢様の後ろを歩く。学院から大通りを十数分ほど歩いたところで、ちょうど上屋敷と中屋敷の間くらいに、そのお店の看板が見えてきた。
上屋敷のみんなが、
「シズお嬢様のお供は、イーダとルナリアの二人だけで大丈夫でしょう」
と言ってくれたのも、このお店が上屋敷と中屋敷を隔てる大通り沿いにあるからなんだって。これより下手に行くと、急に治安が悪くなる。女の子だけで行くのは危ないからね――だそうだ。
えーと。
あたし、その下手より、ずっと先に住んでいたんですけど。
赤鷲亭。
白地に鮮やかな赤い鷲が描かれた看板だ。
ナナシノに教えてもらったけど、商人の国である共和国のお店が帝国にいっぱいあるのは当たり前。でも、その逆。帝国のお店が共和国側にあるのは、とっても珍しいことなんだって。
なんでもこのお店、帝国北部を治めるなんたらかんたら辺境伯御用達の特別なお店なんだとか。辺境伯というのは、賢者様のとこと同じ……くらい偉い人のお家、だったと思う。侯爵だか辺境伯だか、細かい違いはよく分からないけど、とにかくすごく偉い家系なのは間違いない。
あたしだって、ちゃんと勉強しているんだから。それくらい分かる。
えへん。
しかも、デイジー様も、その辺境伯のところに出入りする商家の末娘なんだって。その縁で、このお店で働いているらしい。
いいよねぇ。
こんな高級喫茶店で働けるだなんて。だって、よく考えたら――
つまみ食いし放題じゃない。
じゅるり。
お店に入ると、すぐに席へ案内された。しばらく待っていると、可愛いエプロンを付けたデイジー様が、笑顔でこちらへやって来た。デイジー様はハイトーングリーンの髪だから、すぐに見分けられる。
「シズお嬢様、いらっしゃいませー!」
「……」
シズお嬢様がわずかに笑みを浮かべて頷く。その様子を見たデイジー様はまた破顔して、
「今日は来てくれて、ほんま嬉しいわ。イーダ様も、ルナリアちゃんも、ようこそ!」
ひとしきりお店の紹介をしてくれたあと、デイジー様はルナリアちゃんの前でしゃがみ込んだ。
「これがルナリアちゃんかぁ。ほんま可愛いなぁ」
「……ん」
ルナリアちゃんが、ちょこんと頷く。
「うちとも仲良くしてなー、ルナリアちゃん」
「……ん──(こくり)」
また、こくり。
な、なんですとー。
シズお嬢様だけじゃない。ルナリアちゃんとまで、一瞬で仲良くなった!あたしなんか、ルナリアちゃんと仲良くなるのに、必死に身の回りのお世話をして――
一週間はかかったのに……。
信じられない。
大体、普段は他人を一切寄せ付けないシズお嬢様が、唯一認めたお友達。只者じゃないことだけは分かっていた。
でも――
一体何者なの、この帝国娘は。
「ほな、お待ちかねのお昼やでー!」
デイジー様が、ぱん、と手を叩いた。
「そうそう。これが帝国の定番なんやって」
今日のおすすめメニューは、ノルトなんたら辺境伯領から取り寄せた極上の茶葉と、初夏の小エビを溢れんばかりに挟んだパンなんだって。これがここの名物らしい。えーと名前は、帝国風のなんたらヒュン。とにかく白いまるパンのお料理なの。
ほどなくして、白いまるパンと、香りのよい紅茶が運ばれてきた。デイジー様が、テーブルの上に料理を並べる。
「シズお嬢様、イーダ様、ルナリア様! こちらが当店名物の帝国風小エビのブレートヒェンでーす!」
初夏のこの時期しか味わえないエビの甘みと、ディルの香り。そこにレモンと、薄いマヨネーズの酸味が加わっているらしい。
なんだか、聞いているだけでお腹が空いてくる。
「ほな、今っ! ここで食べ始めてや」
「今?」
「せやねん。この料理は注文から正確に三分二十四秒で給仕するのが帝国の作法やねんて。ちょうどそのくらいが食べごろなんやって」
「へぇ……」
「それからねぇ、えーと、『北海の小エビは春〜初夏がまさに最盛期・旬です。さっと茹でた冷たいエビの甘みとディルの清涼感、レモンや薄いマヨネーズの酸味が爽やかで、初夏のピクニックやランチに最高の一品です』であってたかなー」
そこで、あたしの頭の中にナナシノの声が蘇る。
『初夏のピクニックやランチに最高の一品です』
……あ。
これ、ナナシノが言ってたやつだ。
「うちも、これ大好きやねん」
デイジー様が、にっこり笑う。
その横で、シズお嬢様がまた小さく笑みを浮かべて頷いた。
「……コクっ」
あたしも、いただきます。
もちろんルナリアちゃんも。
――じゅるり。
いただきます!




