因果律の綻び ―― 非同期パケット
───【本話のウォークスルー対象】───────
■ Section 01 グラディス視点:共和国・誘惑商談
■ Section 02 イーリス視点:公爵邸・母娘慈愛葛藤茶会
■ Section 03 元老院議長視点:議事堂・舌戦双方空滑走
■ Section 04 間諜侍女視点:密談部屋・利権結合謀議宴会
■ Section 05 ナナシノ視点:自室・書簡拝読思出張
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─── ■ Section 01──────────────
◆ グラディス視点:共和国・誘惑商談
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「おぉ~う、これはこれは……! 剣蘭商会のグラディス様。噂通りの美女でいらっしゃる。 こんな北辺の泥臭い共和国まで、わざわざその細い足でお越しいただき……こりゃ眼福ですな、グフフ……」
「あら、お上手な口を。陽光を溶かした金髪に、魔力を秘めた泉のごとき透き通る瞳……共和国の女たちが東大陸の男どもを狂わせているのは、この私もよく存じておりますわ。ふふ、それほどに美しいものを見慣れた肥えた目の皆様に、そんな風に凝視められては、さすがの私も気後れして、衣服の下まで見透かされてしまいそうですわ、グッブスレムさん」
いけ好かないエロ商人……
「いやいや滅相もございません、『真紅の剣舞』とまで謳われた貴女がそのような大層なことをおっしゃるなんて……。それに、このフヴドスタードでは、貴女のような絶世の佳人には滅多にお目にかかれません。それほどの美女を拝みたければ、ここから遥か遠方の自治都市へ足を運ぶべきだというのが、この土地の男どもの共通認識でございますからな、げへへ」
確かに、ここ首都近辺は、黒髪やウェーブヘア、日に焼けた健康的な小麦色の肌、彫りの深い顔立ちの女性が多く、自治都市には透き通るような白い肌、プラチナブロンドの髪、澄んだラピスラズリやエメラルドの色の瞳を持った女性が多いような気がするわね。
それにしてもそのネバついた視線で私の全身を嘗め回すのはいい加減やめてほしいわね、今夜は私の夢見まで毒されてしまいそうだわ。
もともとこのグッブスレムは底なしの相場狂いで有名で、先日の先物取引で大損こいて家を傾かせ、泥沼の苦境に喘いでいるのは良く知られた話なのだけれど。この落ちぶれた哀れな羊を、どう料理して差し上げましょうか。
「もうあなたのお耳には入っているのかしら、この度帝国の小麦が手に入りにくくなるってこと、ええ、グッブスレムさんのことだからもうご存知ですわね、余計な一言でしたわ」
「へ、へえ……!えっ、……あ、そうでした、そうでしたね。それで何かそれ以後にまた動きはございましたかね」
「ええ、もともと今年は天気がグズついて、小麦の出来がさっぱりだったらしいですわね。そこへ来て、南のほうで異民族の連中とひと悶着あったそうでしょう。そうなれば次は征討軍の編成になりますわよねぇ。あちらの街、今はひどい品薄状態なんですって。物資の価格が跳ね上がるのも時間の問題ですわ」
「そうでやしたねぇ~。いやはや戦争は困りますな、こうして我々のような無辜の民が被害を受けることになりますものなぁ。本当に困ったことですな」
そういいつつ、しっかりと利益に目がくらんで悪だくみを考えるのに忙しいっていう目をしていますわよ。今頃、頭の中はどうやってお金をかき集めるかで必死なようですわ。もちろん、小麦の不作も南方の反乱もまるっきりの嘘ですけど。でも、あなたその噂の裏を取るほどの心の余裕はおありかしら。
「グフフ……、まったく、帝国は本当に戦が好きで困ったものですよ、はい。本当、南の方でよかった。共和国からは遠いですからな。私どもには関係ないようでほっとしております、げへへ」
ふんっ、本当しらじらしっ。お前は無辜の民でもないし、共和国に全然関係ないならどうしてそんな計算高い下卑た笑いを止められないのかしら。きっと自分だけで利益を独り占めしようとありったけの現物を倉庫に貯め込もうとするわね。誰にも訳を話すわけはないでしょうから、売り手も売り惜しみするわよね。
そうすると先物市場にも手を出さざるを得ない。きっと倉庫にある現物を担保に借入を可能な限り増やそうとするはずね。あなたは自分で自分にとどめを刺すのよ。相場が大暴落して手元に残った大量の買建玉、どうなさるつもりか見物だわ。
こちらは小麦の値が上がりきったところで空売りをさせて頂きますけど、こちらの売り建てにどれくらい持ち堪えられるかしらね。
共和国は商人の国だから「風説の流布」に対する取り締まりも厳しいのは承知しているけど、この下衆からの視姦のお代はきっちり回収させて頂いておかないとですわね。
私は儲けの為なら女を使うし、この身体だって使う。せっかくこんな美貌を授かって生まれてきたのだからこれを利用しないともったいないもの。本当、儲けのためならそんなことは全然厭わない。自分が持てるものすべてを賭けて商売に徹するのが本物の商売人ではなくって。
まったく共和国は商人の国だと思っていたけれど、実態は全然違ったわね、落胆もいいとこだわ。そういえば、損得以外の理由でせっかくの儲け話を断るようなあんな変な商人も居たし……
―――
今日はカルトング商会との商談だ。わざわざ共和国まで足を運んで、貴重な時間を割いた案件のひとつがこの商談だった。ここでアカンシア公主ご所望の絵具を手に入れて献上できれば、皇家からの私の株も上がるというものだ。砂漠の民のオアシスに点在する天幕街には目ぼしいものはなかった。公主の興味が惹ける何か特別なものが手に入ればいいのだけれど。
カルトング商会の代表者の名はトレディンだった。今の共同代表のうちの一人らしい。年のころは二十歳そこそこか、それよりちょっと若いか。しかし、この商会で文具の他、貴族の身の回りの品々を取り扱う部門の責任者でもあるという。この若者と交渉か。さて、どこから攻めようかしら。
最初は身構えて話を聞いていたものの、この若者は話が進むうちになかなかどうして、商売熱心だし商品知識もなかなかのものじゃない。それに、熱心にメモを取りながら話を進めている。それにしても見慣れぬ紙だ。今回この紙製品も交易品として扱ってもいいかも。
商談も大詰めになって、後は値段の交渉を待つばかりになった。私がふと、
「これでアカンシア公主にもお喜びになって頂けます」
と漏らすと、
「はて、今回のお取引させて頂く品物の中に、公主のご興味を引くようなものが混じっておりましたでしょうか」
と聞いてきたので、私が后妃殿下とその愛娘の元に出入りできる商人だということをアピールして、値段交渉を有利に運ぼうと画策した。アカンシア公主が殊の外芸術に傾倒されており、今回の絵具も姫殿下自らがご所望されたのだという経緯を丁寧に説明した。
「そういうことでしたら、今回のお取引の内、絵具に関してはなかったことにして頂きとうございます」
私は最初耳を疑った。まっとうな商人ならば一国の姫君が希望される品を献上して覚えをめでたくすることで、これからも贔屓にしてもらえるよう心を砕くところではないか。
それから何を言ってもこのトレディンという男は頑として首を縦に振らなかった。しびれを切らした私は、「もう結構です。それでは今回のお話は全部なかったことにさせて頂きます」と、いつもの自分らしくもなく感情的になってその場を立ってしまった(半分は演技だったけど)。
いつもは冷静に相手の弱みに付け込んで商談を少しでも有利に進めようとするはずなのに、なぜかこの日は怒りが収まらず、むかつく感情を必死に抑えながらカルトング商会の敷地から少しでも早く出たいと歩を速めた。
あの若者は、しきりに最終顧客のことを知りたがった。目の前にいるのは商人だ。商人がここで仕入れたものを誰に売るのか、なぜ売り手のお前にいちいちことわらなくっちゃいけないんだ。
絵具に含まれる顔料は特殊で専門家でないと取り扱いが難しいとか、素人の姫様が簡単に扱っていいものではないとか、何かと難癖をつけてきて。私から先の献上先が皇王国の公主だから売り惜しみしたに違いない。
あいつはきっと皇王国と共和国との長年の国境紛争を憂えた国粋主義者に違いない。それとも、十数年前におきた結構大規模な衝突で身内でも亡くして個人的な恨みでも募らせているのかしら。それにしても商人のくせに商売上の利益より政治的信条を優先させるとは、全く商売人の風上にも置けやしない。
あれこれ考えながら歩いていると、廊下で思わず男の人とぶつかりそうになった。咄嗟にいつもの妖艶さ全開にして、微笑みを添えて演じてみたお詫びの挨拶を交わしたところ、その相手は何と先程の無礼な若者の次兄で同じく共同代表のアンドレソンだった。
アンドレソンが「まだお時間が許せばですが、お詫びも兼ねて別室で少しお話でもいかがですか」と水を向けてきたので、了承してちょっと前までの不快な商談について、悲嘆にくれて困っている風の演技をたっぷり載せて執り成しを頼んでみた。
アンドレソンは二つ返事で、さっきの商談でまとまりかけてた交易品は全てお引渡しできますと保証してくれた。
「あいつは商売のこと何にも分かっていないんですよ。最近、死んだ親父が残した事業の立て直しに目途がついたことを鼻にかけて、何かと当主ぶってあれこれ指図してくるのですよ。困ったやつなんです」
─── ■ Section 02──────────────
◆ イーリス視点:公爵邸・母娘慈愛葛藤茶会
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「イーリス、ちゃんと分っているのかしら。あなたは私たちの大事な娘だけれど、御三卿筆頭フェルトルン家の次期当主でもあるのよ。いつもまでも我儘を言っていられる立場でも年でもないの」
ああ、こうなることは最初から分かっていた。母上からお茶の誘いが合った時に思ってた通りになった。私は子供っぽい仕草だと分かっていても、ただ下を向いて両手の中のティーカップをじっと見つめていた。
私は女としての母上は嫌いだ。そして女としての人生を決めつけられる自分が嫌いだ。ずっと母上を見てきたからそんな母上を見るのは嫌だった。父上の愛情を独占しようとアネリーの母親と醜い争いをしていた母上の何かに憑りつかれでもしたかのようなぞっとする顔。人生に絶望して何もかも捨てて消え去りたいと思い詰めた顔。
「男の子みたいに軍人ごっこにいつまでもかまけていないで、淑女教育にももうすこし熱を入れてもらわないと」
女としての母上への反感と周囲からの期待に対する反動で男の権化みたいな軍で活躍したいと幼い頃から夢を見てきた。女を捨てるのもいいとさえ思ってきた。
「もう中等部も卒業よ。御三卿筆頭として跡継ぎを生むか、ヘムスタッド様に嫁ぐか早く決めてほしいわ。普通なら婚約者なんてとうの昔に決まっていなければならないのよ。あなたがそんな風だから私が社交界でどんな陰口をたたかれているか分かっていて?」
結婚には全く興味はないけど、誰でもいいから親が決めた相手と結婚するよう親が勧めるなら、その決定には従うつもりだ。なぜなら、貴族の家に生まれた女としてそういう風に育てられてきたし、貴族の子女ならそうするのが当たり前なのだとも思う。親から受けた恩に報いなきゃとも思うから。
「だから前々から言っているじゃありませんか。親が決めた相手ときちんと結婚はしますって」
でも自分の本心は自分のものだ。結婚して跡継ぎを生むことだけを望まれるような貴族の女の人生にはこれっぽっちも魅力は感じないし、それが幸せな生き方だとも思わない。でもそうじゃない生き方を選ぶ勇気は最初から持ち合わせていないし、第一そうじゃない生き方が何なのかも今の自分にはわからない。軍隊にいるのはそれが女の人生から一番遠いものだと思ったからに過ぎない。
「ヘムスタッド様は四男ですけど、正式なお世継ぎになられるのも時間の問題よ。ゆくゆくはロミュウリス13世になられるお方です。あなたのお相手としてはこれ以上に理想的な殿方は滅多に見つからなくってよ」
「でも母上は昔から私がこのフェルトルン家を継ぐために、立派なお婿様を探して下さるとよくお話しされていらっしゃったじゃないですか。この家の跡継ぎは一体どうなさるのですか」
「もし、あなたがデュグドエルヴの家に入るのならば話は別、それだけのことよ。天秤の片翼として執政夫人になるのよ。そして子を成せば執政后じゃない。女として生まれてこれ以上のことはなくって」
「しかし、そうなるとこの家はアネリーが……」
「そうはさせないわ。あの女の娘なんかがこの家を継ぐなんで考えただけでも虫唾が走る」
そう言って母上は両手で自分の体を抱きしめた。ここで何か母上の気持ちを慰めるというか、とりなせるような一言はないか……、
「だから何度も言ってますよね。ご安心ください。ヘムスタッド様でも他家の誰でも、母上と父上が勧める相手と間違いなく婚姻すると」
「でも、魔力合わせを全然したがらないじゃないの」
「魔力合わせなんかしなくても、結婚相手を勝手に探して来ればいいではありませんか」
「そんな訳にはいかなくってよ。魔力合わせをきちんと済ませないと結婚しても子供に恵まれるか分からないでしょ。それに、親として魔力合わせもしてない相手に可愛い娘を嫁がせようとは思わなくてよ」
この人もきちんと私に愛情を示している。だから一方的に両親を嫌うことなどできないのだ。
─── ■ Section 03──────────────
◆ 元老院議長視点:議事堂・舌戦双方空滑走
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「天秤の剣は抜かれた。白銀の議事堂に、不滅の灯火を捧げよ」
「静粛に。これより、星霜の理を統べる元老院議会を開く。最初の星霜の賢老、真理の演壇へ」
元老院議長である私の声が議場に響く。ここは共和国を代表する賢人・宿老の集まりである。今日最初の演説はグラブラックスの兄の方か。
「ティビエリオス・グラブラックスが演説する。賢人・宿老の方々、先日、女神様がご降臨あそばされた。女神様よりご神託を受け、我らが共和国はこれからますます発展していくだろう。しかしここに問題がひとつある」
何やら大仰に始めたが言いたいことはなんだ?
「女神様の恩寵は全ての共和国市民のものである。共和国市民は神の前では等しく平等にあらねばならない。だが、大賢者が女神様の恩寵を独り占めしている。何度もご降臨されているが、そのお声、そのお姿、全て大賢者のみが浴する光栄を賜わっている。これで本当に良いのだろうか」
「こうしたことは決して見逃すことはできない。なぜなら、これこそが大貴族どもの専横の極みだからだ。こういう大貴族の横暴はこの共和国からは永遠に取り除くべきである。そして市民の手に女神の恩寵を取り戻す必要がある」
「さらに、共和国をより強大な国家とするためには、女神様の恩寵をもっと多くの者たちに分け与えなければならない。今は無産市民と蔑まれている者たちにもこの共和国の市民権を! もっと中小の農民達を保護するための予算を! 無産市民にもっと雇用を! 雇用を守るために帝国・王国との貿易はもっと徹底的に制限するべきである! 穀物の値段が下がれば中小の農民は今以上に生活が成り立たなくなる。今こそ自由貿易より保護貿易を推進すべき時である!」
「我は現状を憂える。もっと大胆に改革を進めない限り、我らが共和国はいずれ衰退する!」
最初の主張と後半の主張に、何か論理的なつながりは果たしてあるのか? いくら今の元老院議長は温厚篤実であることしか取り柄がなく、切れ者の対極にいる凡庸でただの人だと揶揄されている儂でも、今の演説に及第点をくれてやれるとは思わんぞ。
グラブラックス兄弟の急進的な姿勢は疑問視せざるを得ない。自分の暗愚さを積極的に装おっているわけではないが、有能さをアピールするような才走ったところは自分にないし似合わないとも思っている。
ただただこのまま平穏無事に現役を過ごして、その後は引退して安楽な老後を領地で過ごしたいだけだ。だからこそ、急進的なグラブラックス兄弟の影響力が共和国内にこれ以上広がるのは看過しがたいものがある。
今日は正執政官ロミュウリス12世が臨席されている。相変わらず聞いているのか聞いていないのか、寝ているのか寝ていないのか、目を閉じたままじっとしている。底が知れないお人じゃ。
そろそろ潮時かの。
「反対弁論をする星霜の賢老、真理の演壇へ」
「コーネリアス・エミリヤヌスが反対演説をする。ガイウスいや違った、大賢者は、大貴族の専横とか共和国に仇なすとか、そういう類の者であることは絶対にない。もしそうなら、共和国の権力を掌握する機会は過去に幾らでもあったはずだ。皆は忘れたのか、ニーブルン家いや大賢者が体を張って、帝国から保護区を守るべく大きな犠牲を払って保護区のみならず共和国を幾度も救ったことを」
「あれは頑固だが、信義誠実、友も決して裏切らない。だからあいつは十分信用に値する男である」
さすがというかやはりというか、至誠天剣であるな。
コーネリアスは第4軍団の軍団長を務める男。おそらく共和国で一番の武人であろう。第4軍団は大平原、王国がいうところの北大平原またの名を霜華広野の国境を守っている。そこに築かれている長城はいまだ王国に破られたことはない。
たまたま、フヴドスタードに帰京し、この元老院にて登壇したということか。それにしても、国境を預かる守将を首都に呼び出して国境の守りを薄くして何とする。誰がここに呼び出した? 呼び出せる御仁はまあ一人しかいないか。
コーネリアスは「軍隊の良心」として、外で戦いに向かっているときは良いが、いやどうして、このような場で演説するにはあまりに不向きすぎる。これも誰の差し金か? ちょい、聞き苦しすぎるの。そろそろ次の者に発言させるがよいか。
それにしても、どちらも聞くに堪えなかった。それぞれ違う意味で。
「反駁をする星霜の賢老、真理の演壇へ」
─── ■ Section 04──────────────
◆ 間諜侍女視点:密談部屋・利権結合謀議宴会
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ミノフィエル家のお屋敷に潜入して、やっとここまで来ることができた。メイドとして、ここの屋敷の女主人リヴスフレーデ・ミノフィエルに仕えるようになって1年。
その主人の内廷での同僚である
トローゲン・ヴァッテンフェルトと
ロヤレーリット・ルンド。
さらに急進的改革派として、民衆派として今、元老院で急速に勢力を拡大しているグラブラックス兄弟の二人、
兄のティビエリオス・グラブラックスと
弟のガイユス・グラブラックス。
この兄弟は今日の元老院で演説を行ってきた。今夜はその慰労会の意味もあるらしい。
三佞人と悪名高い内廷派と急進改革派の兄弟、その5人がこうして一室に集って悪だくみをしている。リヴスフレーデは正執政官のプライベートな生活全般を担当し、トローゲンは金庫番、ロヤレーリットは正執政官と各卿との取次係を担当している。
この三人は正執政官の最側近として権勢を思うがままにふるっている。そこに民衆派を旗頭とする元老院議員のグラブラックス兄弟。お頭がここに潜入せよと指示をされるはずだ。こんな大物が揃いも揃って何を企むか興味が惹かれる。噂話が好きなその辺の商家の主人でなくても知りたくなってくるじゃないか。
「いやあ、あのコーネリアスの老いぼれの演説、聞けたもんではなかったですな」
「そういうな、ロヤレーリット。あれでも戦場では役に立つ。議場では儂の敵ではないがな」
「ええ、そうでしょうとも、ティビエリオス様。ティビエリオス様のお声は朗々と議場に響き、聞くもの皆感激に堪えない表情を浮かべておりましたぞ」
「はっはっはっ、トローゲンがいうのももっともである。兄貴の演説は実によかった。あれで守旧派の奴ら、自分たちの立場がどんどんなくなっていくのをひしひしと感じたのではないか。今頃、家に帰って顔を青くしてこちらの派閥にどんな伝手を頼って鞍替えするか、必死になって考えているはずですぞ」
ふんっ、小物臭のする唾棄すべき会話ばかりだ。
ここからいくつか、やれ誰をどうやって陥れるか、やれどうやって自派閥の影響力を伸ばすか、喧々諤々の討論が続いた。やがて、
リヴスフレーデ:例の巡狩の件だけど、手抜かりはなくって?
ロヤレーリット:大丈夫だ。おぬしが手筈した通り、こちらから偽の連絡を入れる。
リヴスフレーデ:私が閣下を案内している隙に。
ロヤレーリット:おう、あの老いぼれ爺にはわしが先に連絡を入れておく。
という次の悪だくみの計画を話し始めた。
それから、どこかの領地の代官の悪事がばれて上納金が入らなくなったとか、その腹いせにその領地に疫病が流行るよう手を加えたとか、手柄話とも自慢話とも分からない話が続いた。
おもむろに、
「それはそうとトローゲン、例の商人からの上納金、いや違った寄付金の話だがの」
「はい、それも問題ありません、ガイユス様。新たに、えーっと、カルトング商会という名でしたか、そこの跡継ぎから次の上納……いえ寄付金は予定通りの期日でしかと予定額を、ということでまとまっております」
「それはそれでよいがトローゲン、また足がついて我々が後始末をするということにはならないだろうな」
「それもご心配には及びませぬ、ティビエリオス様。利用できる者は何でも利用するだけの話です。本当に信頼に足る駒なのか、我々にとっていい金蔓になるか、そういう評価は最初から不要です。まずいことになれば切ればいいだけのことです」
「所詮民間の一商人ですから、お二人のお手を煩わせることはありません、万事このトローゲンにお任せください。この前の代官みたいなことはもうありません」
「ふふっ、所詮トカゲのしっぽ切りですか、トローゲン」
「リヴスフレーデ、トカゲ程度の知恵しか持っていない小物でもなんでもカネを持っているトカゲはいいトカゲだ。それに切れるしっぽの数は多ければ多いほどいいとは思わないかね」
私はこれらの会話を頭にしっかりと叩き込んだ後、この密談部屋を静かに辞そうとした。早くお頭に今日の会話の顛末を漏れなくお伝えせねば。
「皆様、そろそろ今宵の帳を引く時間が来たようですわ。この後、お楽しみになられていきませんか」
この屋敷の女主人が嗜虐的な笑みを浮かべて私の方を見た。私は体の動きを止める。
居並ぶ男たちの下卑た笑いと品定めする目線が私の体中を嘗め回す。
ええ、分かっているわ。これもお努めの内ですから。──どうせ幻惑魔法の常駐防御壁もあることですし。
─── ■ Section 05──────────────
◆ ナナシノ視点:自室・書簡拝読思出張
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一日の務めが終わって、ほっと一息つきながら自室でカルトング商会トレディン氏からの信書を読み始める。手紙には新しい紙質のものが使われている。また品質が上がったらしい。ユーザの満足度が向上する。それでまたカルトング商会の売上も増える。すると自分の配当金も増える。いいこと尽くめじゃないか。
皮革ギルドからの横やりも、フットサル用ボールの増産案件や、スケート靴の開発案件の話があってからは、全く見られなくなったようだ。
ヴィクトルさんとセルマさんも順調にお付き合いを続けているらしいし、ほんとよかったね。
羊皮紙については、植物紙と市場をすみ分ければいいわけで、どっちかが優れていてどっちかが廃れるべきという性質のものではない。羊皮紙には羊皮紙のいい所があるから、画材や儀典用文書の用紙として、高品質少量生産の製品という方向に持っていければいいのだけれど。
まあ、頼まれてもいないので、敢えてこちらからお節介をかくつもりはないけど。
近況を知らせる手紙の内容で、ちょっと気になる記述があった。土砂災害復旧工事のアイデア出しのお手伝いをした村でその後、復旧工事が順調に進むと思いきや、どうも疫病が流行っているらしい。急に健康を害している人が増えてきているとか。
うーん、被災直後は外傷からの感染症が一時的に増えるけど、避難所生活が続くと食中毒とか別の問題が出てくるんじゃなかったっけ。それに同じ感染症でも皮膚感染症とか消化器系の感染症とか病のタイプが徐々に変わっていくはずなんだけど。こっちの人は全部ひっくるめてただ「疫病」と言っているだけかもしれないしな。
とりあえず、現場を一度見てみたいな。ニコラウス様に相談してみよう。




