氷上艶言 ―― Is-serenad
───【本話のウォークスルー対象】───────
■ Section 01 トレディン視点:皮革ギルド・露妙樹利
■ Section 02 トレディン視点:上屋敷・商務偽装恋愛支援
■ Section 03 トレディン視点:滑氷場再建為勝利優子
■ Section 04 トレディン視点:現場百回検証再建計画
■ Section 05 トレディン視点:二枚腰的多目的再建計画
■ Section 06 トレディン視点:後日譚生涯対価請求
────────────────────────
─── ■ Section 01──────────────
◆ トレディン視点:皮革ギルド・露妙樹利
────────────────────────
俺は一番上の兄貴、エルドステン兄さんの部屋にいる。兄さんに山村に生活必需品を販売すること、紙加工工場で「生産性向上カイゼン」の報奨金制度を始めたことによる成果の途中経過を報告した。エルドステン兄さんは「まあまあだな」という感じで興味なさげだったが、俺はそれでも結果が出せたからそれだけで満足だ。
でも、次兄のアンドレソン兄さんからの依頼も達成したが、アンドレソン兄さんはまだ物足りないらしい。「サプライチェーン管理」カイカクの件はまた考えておくとそっけなかった。でもアンドレソン兄さんはフェルトルン公爵家の災害復旧工事の手柄をそこかしこに自慢しまくっている。相変わらず、フヴドスタードの外の商人や外国の貿易商とつるんで何かにつけて悪だくみをしているらしい。常に誰かを陥れていないと落ち着かない質なのだろう。
エルドステン兄さんから、この町のギルド連合評議会の場で、皮革ギルド長からクレームが入ったから即時対応するよう指示された。上昇志向の強いエルドステン兄さんのことだから、どうしても町の有力者の心証をよくしたいらしい。俺もそれを利用して工員の賃金制度のカイカクを許してもらおうと考えてそれを引き受けた。クレーム内容は皮革ギルド傘下の羊皮紙職人組合から、最近うちの新製品の紙に市場で押されているから何とかしろという横やりだった。紙業に関することだから俺がやらなければと思った。
皮革ギルド長の所に交渉にいった。多忙につき面会は許されなかった。事前にアポとっていたのに。でも、そこに通りかかったその弟が相手をしてくれることになった。名前をヴィクトルという。俺が三男坊でヴィクトルが次男坊だから、なんとなく最初から馬があった。お互い身の上話をするような仲になった。
彼の愚痴に亡き父親が政府への財政支援名目でズタボロのスケートリンクを買わされたというのがあった。工務卿に官営スケートリンクを無理やり払下げられたのだ。工務院は前は工廠院という名だった。職人ギルドに所属している人間は工務院(旧工廠院)に許認可の関係で逆らうことはできなかった。特に工務卿は結構お金を派手に使うことで有名だった。貴族は国庫から予算を分捕って、気に入った子分の商人や職人にその仕事をやらせることで下からの忠誠心を買う。また応分の賄賂(口利き料)も要求する。そもそも予算のお金を中抜きしているくせに。でも仕事をもらう立場だから平民は強く言えない。
そういうしがらみの中でのスケートリンクの払い下げだった。一般的に官営の娯楽施設は民衆からの人気取りのために大貴族の肝煎りで建設され、使用料は原則無料である。施設利用の優先権は、運営の音頭をとっている貴族にどれだけ近しい仲かで決まる。
公営スケートリンク以外では、公衆浴場とか公営アリーナなどもある。工務卿は一昔前、そうした公営娯楽施設の元締めをしていた時期が長くあった。それゆえ払下げ物件が彼の手許には豊富にあった。彼にとってはこのスケートリンクも多くの手札のひとつにすぎず、特別な思い入れもなかった。
そもそもなぜスケートリンクなのかだが、ここフヴドスタードは冬の寒さが厳しく雪がたくさん積るし川の水も凍ってしまう。町の中心を流れるデュープフョルド川が完全に凍るのは年に1,2回あるかないかだが。
北国のフヴドスタードは冬季の積雪も半端ない。まだ狩猟中心だった昔は、積雪後の狩りをしながらの移動は大変で、人々は移動スピードを上げるために木や骨製の原始的なスキー板を発明した。もちろんそれが氷上を滑るものに改良されれば原始的なスケート靴になる。
こうして、人々の当期の移動手段として、スキー板とスケート靴は進化していく。やがて、軍事目的でも兵士の迅速な移動のために、スキー板とスケート靴の使用は普及していく。最初は移動手段だったものが娯楽・スポーツとして楽しまれるようになるのにそんなに時間はかからなかった。
野山ではスキーが、凍った川や湖ではスケートが楽しまれたが、ある時、川でスケートを楽しんでいた貴族の子弟が割れた氷の裂け目から川に転落して水死(凍死)した。そうした事故を防ぐために、市街地にスケート場を設けるようになった。
さて払い下げられたスケートリンクだったが、建設当初は大々的に予算がついてリンクは建設され、しばらくの間は運営されていたが、維持には多額のメンテナンスフィーがかかり、それには予算がつかなかったので閉鎖された。
払い下げられた時には、勝手に荷物置き場にされていたり、浮浪者たちが小屋を建てていたり不法占拠された元スケートリンクは荒れ放題だった。ちょっと前に火事があってすべて燃えてしまい今は廃墟のようになっている。
皮革ギルトも先代から代替わりした。元スケートリンクを更地に戻した後に転用か転売したいと考えているが先立つものが無い。ギルドの本業でもないのでギルドを継いだ長男は元スケートリンクにお金を出したくない。
皮革ギルドの羊皮紙とこちらの植物紙の市場調整のための会合をヴィクトルと継続的に持った内に、ヴィクトルからさらなる打ち明け話があった。幼馴染のセルマとの交際をセルマの父親に認めてほしいが頑として頭を縦に振らないどころか会って話もしてくれないらしい。
セルマとの馴れ初めは、お互いの父親がギルド連合評議会に出席していた時、二人が会場付近で父親の帰りを待っていた時に偶然知り合ったことだった。相手が水産ギルド長の娘だと分かったので、口実を見つけて釣りに出かけるようになった。少しでも水産ギルドの仕事に近い趣味があった方がよいと思ったし、釣り場がセルマの実家近くにあって会いやすくなるからだ。そうこうしているうちに、セルマの方もヴィクトルのことが好きになって相思相愛になり今に至る。
セルマの父親は、親分肌だが計算高くもある。義理人情だけでは動かず損得勘定にも長けている。セルマには男の兄弟がいるから、セルマが後を継がなければならないという制約もない。しかし一人娘だから目に入れても痛くないというほど娘をかわいがっている。だから、婿をとるでも嫁にやるでも目の届く範囲に置いておきたいから、結婚相手には水産ギルドの仕事をやらせたいそうだ。
ヴィクトルはギルド長の息子と言っても所詮職人なので、荒くれ者の漁師たちも相手にしなければならない水産ギルドの仕事は任せられないと思っているらしい。もし、セルマが本当に欲しければ、商売人・事業家としての腕でも見せてみろと取り合ってくれない。
やむに已まれず、どうしようもなくなって俺はナナシノ様にダメ元で相談してみようと思った。そこで、山村への生活必需品販売が軌道に乗り、工員のカイゼン活動も報奨金制度で何個かカイゼン提案が出てきたという経過報告と、新製品の改良版を見せに行くことにした。
─── ■ Section 02──────────────
◆ トレディン視点:上屋敷・商務偽装恋愛支援
────────────────────────
山村への生活必需品販売が軌道に乗り、工員のカイゼン活動も進んでいることについて、ナナシノ様は自分のことのように殊の外喜んだ。今日は、トイレでお尻を拭くためのチリ紙の開発依頼の話もした。塵紙とは、鼻をかむ(鼻紙)、トイレの落とし紙につかう紙のことである。
ナナシノ様は古紙や紙製品を作るときに出るくずなどを原料として作られた再生紙で塵紙を作ると言ったが、この地には古紙という概念が無い。でも切れ端や仕損、不良在庫の廃棄品は出るのでくずは出る。それもまたお金に換えられるというので、改めてナナシノ様は紙のことをよく知っている、いや商売のことをよく知っていると思った。
話も佳境を過ぎ、俺はナナシノ様に皮革ギルドとヴィクトルのことを相談した、植物紙のさらなる拡販には、皮革ギルドへの説得材料が必要なこと、友人となったヴィクトルを何とかしてやりたいことを訴えた。まあ、ヴィクトルの件はあくまでついで、ナナシノ様に恋愛相談しても多分ダメだろうと思ったが、商売の話なら何とかしてくれると思った。恋愛話を勝手に第三者にされたからヴィクトルもいやがるだろうから、二人の名前はナナシノ様には伏せておいた。
相談内容はまとめると以下の通り。
1.皮革ギルドでは払下げのスケートリンクを持て余している
2.皮革ギルド長の弟が水産ギルドの娘と付き合っている
3.水産ギルド長が二人のお付き合いを認めてくれず困っている
4.水産ギルド長は皮革ギルド長の弟が商売・事業の腕を見せたら交際を認めると言っている
ナナシノ様は、しばらく腕組みをしてうんうんうなって考え込んでいたが、
「今回は現場がこの街中なので、実際に足を運んで現物をこの目で見てみたいです。」
と言ったので、この際ヴィクトルにナナシノ様を紹介がてら、現地に連れていくことにした。ナナシノ様は学院に登校しない日を丸一日ニーブルン家での奉公から外してもらえるようニコラウス様にお願いをして受理された。
─── ■ Section 03──────────────
◆ トレディン視点:滑氷場再建為勝利優子
────────────────────────
二人で皮革ギルドの事務所に行ってヴィクトルをナナシノ様に紹介し、三人で連れ立って今は閉鎖されているスケートリンクに向かった。ナナシノ様は普段から街歩きをあまりしないので見るもの聞くものすべて新鮮らしく終始目を輝かせていた。
ナナシノ様の見立てでは、床版の傷が思いの外少なくて補修が楽そうなこと、注排水用の水路・パイプも損傷が少ないことから、思ったよりスケートリンクとしての改修は楽に済みそうと判定した。しかし、それでも改修費用はかかること、スケートリンクは冬場しか稼働しないので、改修費用の回収は難しいと言って渋面を見せた。
俺は、改修費用の回収が難しいことより、そもそもどうやって回収するのか疑問だった。ナナシノ様はリンクの利用料を利用者から徴収できると思っていた。俺は、これは民衆への政府・貴族からの娯楽提供の公共サービスだから、利用者からお金を徴収することは考えられないと説明した。ナナシノ様はとても驚かれていた。そういう場合は税金で少なくとも運営費は補填されるべきと言い出した。もちろん、そういう場合もあるけど、これは払い下げられたからすべて民間持ちになると説明した。
そこでナナシノ様はまた長考に入った。
その間にヴィクトルが思わず嘆きを口にした。
「ああ、これではセルマとのお付き合いをセルマの父親に認めてもらえそうにない。まだ兄貴からギルド運営を任せられるほど一人前として認められていないし」
俺にはよくわからないが、ここでナナシノ様はヴィクトルとセルマという二人の名前に反応した。
「ヴィクトルは“勝利”、セルマは“優れた”か……こじつけだけどやっぱりスケートは外せないか。」
俺にはさっぱり意味が分からなかった。
─── ■ Section 04──────────────
◆ トレディン視点:現場百回検証再建計画
────────────────────────
ナナシノ様の怒涛の質問攻撃が始まった。ヴィクトルはマスクで半分顔を隠しているナナシノ様のことを最初は気味が悪い子供だと思っていた(と後から打ち明けられて知った)が、ナナシノ様の鋭い質問の数々に、なにか感じる部分があったのか、質問に答えていくヴィクトルの口調にも熱がこもっていくのが手に取るように分かった。
ナナシノ様がヴィクトルから聞き出した項目を簡単にまとめるとこうだ。
スケートリンクとしての設備が結構使えそうなので、これを有効活用してスケートリンクとして再オープンしたい。利用者から入場料を徴収するかは別にして、施設としての稼働率を上げるために冬場以外に有効活用する方策を立てるのが大事になる。プールにするとうアイデアが一番手軽だけど、それだとここの短い夏場だけの営業になる。それに水質管理に自信が無い。だから、球戯場として利用したい。通年でスポーツを楽しめる施設になるから、テーマの一貫性の点でも問題ない。
ナナシノ様の国では、夏はプール、冬はスケートという施設がいくつもあるそうだ。プールにするだけの深さは今の設備でも確保できるけれどね、という話だった。
話はまだまだ続いた。
球戯場として、選ぶ球技はフットサルにする。理由はルールが比較的簡単で準備もあまりいらない。球技の種類についてはフットサルがだめなら別のものをすぐに試すことができる。例えば、テニス、バドミントン、ハンドボール、バスケットボールなど。野球やラグビーは床版の上でやるのは危険だし、ルールが複雑すぎる。卓球、スカッシュ、ゴルフ、ボーリング、ホッケー、ラクロス等は道具の準備が難しい。
球技だとする名称には全く馴染みはなく、それでも球技だけでそんなにあるのですかと聞くと、
「球技に絞らなければ、ローラースケート、スケートボードとかもあるし、数え上げたらきりが無いですよ。」
と言っていた。唖然としてしまった。
「フットサルにしたのはもう一つ大事な理由があります。」
ということなのでその理由を聞いた。
「水産ギルド長のお立場は、網元と漁業協同組合長を足して2で割ったみたいなお立場ですよね。船と漁具を所有して、配下の漁師に船に乗ってお魚を捕ってきてもらう。捕った魚はそのまま市場に卸すか自前の水産加工場に持っていって、捌いたり乾物に加工したりする。魚屋や行商で小売もする。そして大事なのは、造船業や漁具製造も手掛けている所です。」
ヴィクトルがたまらずナナシノ様に質問を返す。
「あの、それの何処が大事なのでしょうか。船や漁具を作ることとフットサルでしたっけ、球技場を設営することとは全然結びつかないというか、関係ないですよね」
ナナシノ様がにこやかに、フットサルという球技のルールと必要な器具の説明を始めた。目から鱗とはこのことだろう。フットサルは2組のチームに分かれてボールを足か頭を使って敵陣地に入れたら得点となる。敵陣地はフレーム(ゴールポストとクロスバー)にゴールネットを張ることで作られる。ゴールネットには漁網が使えるし、ボールが敷地外に出ないよう周囲をネットで囲う必要もある。それにも大量の漁網が活用できる。
つまり、水産ギルドに大量の漁網を発注すれば、水産ギルドにも利を配ることができ、ヴィクトルの株を上げることができる。さらに、フットサルの試合場とするにはタッチライン、ゴールライン、ペナルティエリア等を床版に引かなければならない。水産ギルドでは造船業も営んでいるから、漁船のつなぎ目に使用している木タールやピッチをフットサルのライン引きに援用できるというわけだ。それも水産ギルドに発注できる代物になる。
だが話はそれだけに留まらなかった。フットサルで使用するボールは、豚や牛など動物の膀胱を空気で膨らませた芯に、厚手の牛革を被せて作られる。革のパネルを手縫いで縫い合わせて真球に近づけるためには、多くの技術と試行錯誤が必要となるそうだ。まさしく皮革ギルドが取り扱うに相応しい代物だ。
フットサル会場の運営は、ヴィクトルが自分の兄貴に対する株までも上げられる一石二鳥の提案だったというわけだ。
こうして俺たち三人は現場視察を終え、次は俺たち三人で手分けして、
①床版、注排水機構の補修工事
②ネット、ライン引き用塗料、ボール等の必要備品の発注
③会場運営のための要員の募集と教育
④施設利用案内・施設再オープンの広報、各行政機関との認可申請手続き
等の準備に入ることにした。
─── ■ Section 05──────────────
◆ トレディン視点:二枚腰的多目的再建計画
────────────────────────
俺たちは、三人でスケートリンクの現地調査を実施した日から2日後に再び全員が集まった。運動施設再オープン企画の立ち上げ準備について話し合うためだ。まず、現地調査時に分担をきめた項目を宿題として個別に持ち帰って検討した内容をお互いに精査し、問題点を解消して次の段階に進めようとした。
俺は主に皮革ギルドへの発注と補修工事の見積もり、人材募集と育成計画づくりを担当し、ヴィクトルは主に水産ギルドへの発注と関係各所への諸連絡や手続きを担当し、ナナシノ様は資金調達を担当した。
ナナシノ様に資金調達を担当してもらったのは、俺もヴィクトルも自分の商会やギルドからお金を出してもらう目途が全くつかなかったための窮余の一策だった。ナナシノ様は快く引き受けてくれてはいたが、本当に資金調達の目途がナナシノ様につけられるのか実はとても不安だった。
ナナシノ様は「トレディンさんのおかげで、紙製品の売上が順調に伸びていますよね。私んとこにも十分な額の配当がありますので、うれしい悲鳴ってやつですね」とあっけらかんとお礼を言われた。
しかし、その後に続いたナナシノ様の資金調達に纏わる話は難しすぎて最初は全く理解が追いついていかなかった。俺はナナシノ様を見習って、ナナシノ様の話を必死になって聞きながらレポート用紙に要点をできるだけ整理してメモに残していった。やっと今頃にして、ナナシノ様が書きやすい紙を求め、いつもダイガクノートやレポート用紙を片手に打合せをするのか、理由が分かったような気がした。
俺のメモを後から見返したら、こんな具合に話し合ったことがまとめてあった。
①床版や注排水機構の補修工事や備品購入といった開業前に一気に支払わなければならない多額の設備投資にかかるお金は、ニーブルン家とナナシノ様からの「出資金」で賄う
②ニーブルン家とナナシノ様が出資者になることは非公開にする
③要員の賃金や毎日の消耗品などの経費は町の貸金業者からの「借入金」で賄う
④なお、その借入金の保証人には賢者様がなる
⑤「出資金」に対しては、この事業が黒字になったらその中から一定割合を「配当金」として支払う。赤字になれば「配当金」は全く支払わなくてよい。
ナナシノ様にヴィクトルが真剣な顔で、「とんでもない設備投資額になるが、そんな『ある時払いの催促なし』でも本当にいいのか」と恐る恐る訊ねた。ナナシノ様は「賢者様も自分も生活費に困っていないから、すぐに回収できなくてもいいお金なんです」と平気な顔で答えていた。
お金持ちの賢者様はともかく、ナナシノ様は本当に問題ないのか念押ししたら、「私はニーブルン家に住み込みで雇われているので衣食住は全部支給されるのです。お金はどんどんたまる一方で実は使い道に困っていたのです」とまた平然と答えていた。
「返さなくていいなら、全額出資してもらって借入金は無しでもいいのでは?」と俺がさらに尋ねたら、
「返さなくていいのではなくて、配当金として投資のリターンを求めているのです。元々、設備投資にかかる多額のお金は長い長い目で見て、事業全体から生まれた利益から回収するべき性質のものなのですよ。でも最初はだいたいどこも赤字になるので、借入金だと返済不能になって倒産扱いになるでしょ。そうなるとそこで事業が停止しちゃうんで具合悪いんですよ。」
「それに加えてですね、半年や1年といった短期金利よりも、10年20年スパンの長期金利はとっても高金利になって不利になりますよ。」
という感じで、「出資金」という形態が必要な理由を説明してもらった。
「毎日の運転資金は、本当は毎日必要額を借り入れて、毎日の売上からすぐに返済すべき性質のものなんですよ。あくまで集金人の手間の問題で、月賦は月一回の返済になっているだけですし、返済期限に一括元利払いケースも手間の問題だけです。業者によっては日賦といって、毎日集金するところもあるんですよ」
という説明も加えられた。
出資者を非公開とする理由も聞いた。通常、貴族は人気取りのため、自分が出資したことを大っぴらにする。でもニーブルン家としての本業は別にあるのにこんなところで他の貴族を刺激して敵を増やしたくない、ナナシノ様も単なる使用人が出資したとか外聞悪いから秘密にしたい、からと言っていた。でも俺は知っている。ナナシノ様は政治亡命してきた異種族の貴人だから、人目を気にする必要があることを。
ナナシノ様は、ある程度開業準備が整ったら、プレオープンしてウォークスルーとリハーサルをやりたいと提案してきた。新しい試みは実際に何が起こるか予測不能だから、事前に問題点をつぶしておきたいというのがその理由だ。聞きなれない専門用語はその後じっくりナナシノ様に説明してもらって半分程度は理解した(つもり)。
プレオープンのメリット:
①運営上の課題つぶし・問題点の洗い出し
②町内や職場チームを作って無料招待で知名度アップ
③要員の実地訓練
④ゲームルールの周知
そして案の定というか、やっぱり想定以上の大問題が発生した。この町には「ハルパストゥム」というフットサルを過激にした遊びというか神事があった。フットサルと同じように、敵味方に分かれたチームがひとつのボールを奪い合い自陣営まで持ち帰ったら勝ちというやつだ。ただし、こっちはボールを手で掴んだり、持ったまま前に走ったりもできる。敵メンバへはボディコンタクトが許されているどこか、魔法行使以外なら殴る蹴る何でもOKという野蛮且つ危険なプレーが当たり前のものだった。
フットサルのルール周知と集客目的のエキシビションを開催した所、よく似た「ハルパストゥム」と勘違いして見学者からの飛入り参加者がゲームをめちゃくちゃにしてしまっただけでなく、けが人も多数出てボールも破裂してしまった。
俺たちはこの事態に絶望したが、ナナシノ様はむしろこれを喜んだ(いったいどんな神経をしているんだ?)。
腕を組んでひたすらウンウン唸っていたナナシノ様が一旦口を開いた後は早かった。
対策:
①ハルパストゥム対応
・羊毛や羽などを詰めた小さく硬いハルパストゥム用ボールを作る
・フットサルとハルパストゥムとでボールの色を分ける(白と赤)
・フットサルの相手の身体へのコンタクト禁止等のルール徹底周知
・競技場ではハルパストゥムとフットサルの双方をプレー可能とする
②収支改善
・出場者から使用料をとるのではなく観覧席を作って観覧料をとる
・ハルパストゥムはもとよりフットサルも勝敗を賭けの対象にする(寺銭は主催者収入)
⇒元来ハルパストゥムはお祭りでやる神事で神へ奉納する意味がある。かけ金の一部は祭祀施設に寄付されてきた。典礼卿を務めるニーブルン家当主には賢者様から交渉してもらって、従前どおり寄付するから競技場でハルパストゥムを通年開催することを許可してもらった。
・観覧者目当の屋台を出す
転んでもただでは起きない、ナナシノ様のしたたかさには脱帽した。そのうえ、さらなる検討項目として、
「骨と木製が主流のスケート靴ですが、最近は鉄のブレードがついたものが出てきたと聞いています。これ革靴にブレードつけたらよくありません?」
はい、皮革ギルドの靴職人関連に新たな仕事オファーですね。関係者に連絡しておきます。
「みんなに利を配れば、みんなが利害関係者になります。当事者として巻き込めますし、その分協力をしてくれるから何でもやりやすくなりますよね」
もう開いた口が塞がらない、とはこのことだ。
「……ニーブルン家からの貸付は、……金融行政は財務卿と通商卿が所管で、所管争いから、貸金業の規制は今エアポケットに入っていて……」
もうこれ以上何を聞いても頭に入らないので、俺は何も聞こえていない、ってことにした。
─── ■ Section 06──────────────
◆ トレディン視点:後日譚生涯対価請求
────────────────────────
《後日談》
あれから無事、競技場兼スケートリンクは正式営業開始の運びとなり、ヴィクトルは皮革ギルドの仕事そっちのけで、東奔西走、競技場の運営で毎日充実の日々を過ごしている。もちろん俺もできるだけの支援もしているし、ヴィクトルの野郎はいいやつだから今では親友といってもいいくらいの仲にもなったと自負している。
ナナシノ様のおかげで、ヴィクトルとセルマの交際も順調で、セルマの親父も二人の仲を認めるまでにどうにか漕ぎ着けることができた。そしてフットサル/ハルパストゥム競技場からスケートリンクへの切り替えも無事終えた。
冬が深まるのと同期して二人の仲もさらに深まり、ヴィクトルはとうとう意を決し、セルマにプロポーズすることにした。そして今、俺はそのプロポーズ現場に見届人として立ち会っている。スケートリンクの上でいとおしそうに見つめ合っている二人を、砂糖を口いっぱいに放り込まれて胸焼けが止まらないような思いでただ眺めている。この後、ヴィクトルはセルマの親父のとこまで正式に婚約を申込みに行く予定になっている。
本当は、競技場の正式オープンの直後、ヴィクトルはこの見届人を俺とナナシノ様の二人に頼んできていた。だけど、今俺の隣にナナシノ様はいない。俺一人だけだ。
ヴィクトル:「俺の……(プロポーズの言葉)」
セルマ :「……全部あげるわ」
―――
「俺、今回のことが全部上手くいったら、セルマにプロポーズしたいんだ。だから二人には見届人をやってもらいたい。それで相談なんだが、なんかプロポーズにいい言葉ってないか?」
二人って言っておきながら、プロポーズの方はちゃんと俺の顔を見ていった。そうだよね、見た目10歳そこそこのナナシノ様に恋愛のこと、ましてやプロポーズの言葉なんて普通聞かないよね。
「それが死亡フラグにならなければいいけど」と意味不明なことを言いつつ、ナナシノ様はすかさず腕を組みウンウン頭を捻り始めた。いつもの長考ポーズに入った。そしてスッと頭を上げるや否や、両手を胸の前で合わせパンっと大きな音を立てながら、
「等価交換だ。俺の人生半分やるから、おまえの人生半分くれ!」
と突然大きな声で叫んだ。ナナシノ様によれば、知り合いの錬金術師が幼馴染に使ったプロポーズの言葉らしい。
その声にビックリしたヴィクトルがナナシノ様に「恋愛のご経験があるんですか」と聞いた。
「恋愛の経験ぐらいは何回もありますよ、決まっているじゃありませんか。成就したことは残念ながら一度もありませんが。でも安心してください。その分、いろんな人のいろんな恋愛をいっぱい観てきたから大丈夫です。その点では経験豊富と言って差し支えないでしょう。」
俺とヴィクトルはその言葉を聞いて呆然としたのは言うまでもない。
ヴィクトルが「『等価交換だ』は余計なので、その後の台詞で行きたいと思います」と言った。それを聞いたナナシノ様は、「この『等価交換』の一言に一番大事な意味が込められているんですよ」と力説していた。年齢詐称の件は措いとくとして、やっぱりこの人のことはよく分からない。




