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翼竜

 今日は朝から図書閲覧室に向かっている。朝、シズお嬢様と一緒に登校したがお嬢様は今頃は初等部の教室で座学を勉強中だろう。午前の授業が全部終わる頃に迎えに行くことになる。それまではウキウキの読書タイムだ。


 歩きながら、シズお嬢様の学習環境に思いを馳せる。


 翰林学士院(アカデメイア)は初等部から単位制であるため、通年のクラスに出席していれば進級・卒業できるほど甘くない。座学も実技も必ず試験に受からないと単位取得できない。もちろん、座学の中にはペーパー試験の代わりにレポート提出となっている科目もある。現世の知識で例えるなら、化学実験の実験レポートを提出して「優」をとれば「化学」の単位がもらえるという感じ。


 座学における授業のやり方も現世のそれとは一線を画している。普通は毎回授業を聞いて、学期終わりにこれまでの授業の範囲内のテスト問題が出てそれに回答する形が一般的だろう。しかしここでは、授業を受けなくても最初にテストを受験することができる。それに合格すれば以後の授業に出る必要は全くない。出席点というものがそもそも存在しない。


 特別なテスト期間(中間テストや期末テスト等)が設定されておらず、通年でテストが受けられるようになっている。だから正確には、授業を受けてからテストに挑戦してもいいし、自宅で予習を済ませて学院にはテストを受けに来るだけの生徒がいても一向に構わないのである。


 つまり教育・育成面における翰林学士院(アカデメイア)の立ち位置は、あくまで単位認定機関で、講義はその支援機能ということだ。一般学生の教育より、研究者育成と研究により重点が置かれている教育・研究機関であると言える。一般学生はそもそも各家庭での学習で基礎を習得することが前提とされている。これは、より質の高い教師を自家で雇える経済的余裕のある家庭が有利になり、経済的余裕は家格(爵位・官位)に比例するものだから、貴族社会でもある共和国において何ら不思議なことではない。


 テスト受験のやりやすさはその科目担当の教員の都合次第だ。例えば、「魔法理論Ⅰ」という単位を担当するミカエル先生とカリン先生がいるとする。ミカエル先生は、15コマの授業を平日なら毎日実施する。カリン先生は同じく15コマの授業を週一回実施する。ミカエル先生の授業を受けてから「魔法理論Ⅰ」のテストを受けようと思えば、3週間に一度はテスト受験のチャンスが到来する。一方、カリン先生の授業を受けてから「魔法理論Ⅰ」のテストを受けるまでにすべての講義を聴こうとすれば3か月も待たなければならないのである。


 生徒たちは、自分の得意不得意科目ごとに、①まずテスト受験して不合格になったものだけ授業を受ける、②授業をまず受けてからテスト受験に挑む、を自由にチョイスできる。また、②のパターンを選択するときでも、上述の例にある通り、ミカエル先生方式かカリン先生方式か、自分の学習ペースにあわせた授業を選んで単位取得に勤しむことが可能になっている。


 ちなみに、たいていの場合、時間を詰めたミカエル先生方式で授業をする教員は授業以外の活動に時間を割きにくいということを意味している。これは、ミカエル先生が副業を持っていないこと、研究活動を支援するパトロンに恵まれていないこと、単位取得が比較的容易なテスト出題になる傾向が強いこと、可能性が高いことを同時に意味している。


 一方で、カリン先生は、授業をする以外の副業を持っていること、研究活動を支援してくれるパトロンに恵まれていること、テスト出題の範囲・難易度のばらつきが大きい傾向があること、も同時に意味している。


 あくまで、自分が授業を聴講したり、シラバスや過去問を調べたりした結果辿り着いた個人的な仮説にすぎないが。


 初等部は大体の目安として、7~12歳が通うことになっている。現世的な感覚だと6学年あり、1年ごとに進級し卒業までに6年かかると考えるのが一般的である。こちら(東大陸)では、学院が推奨する単位取得の流れがあって、目安として1年目はここからここ、2年目はここからここという標準的な学習プランとしてのお勧めがあり、これが積み上げでだいたい6年計画となっているだけだ。テスト受験スケジュールの時間的制約だけなら入学から卒業までだいたいで2~3年程度もあれば十分に済ませられるそうだ。


 しかし、たいていの場合、学習進度は個人個人で異なるから個別ニーズに対しきめ細かく対応するには個別指導員(チューター)の役割を持つ教員のサポートを受けることが必要になる。さらに大貴族はお抱えの教師(いわゆる女家庭教師(ガヴァネス)など)がいたりするから、支援がさらに厚くなり、学院側の個別指導員(チューター)と生徒側の女家庭教師(ガヴァネス)が協力して教え子の履修計画を練ることになる。シズお嬢様の場合、そのどちらも学院長(ミネルヴァ)自らがその任に当たっているからまず間違いはないだろう。


 それに、シズお嬢様は、そもそも復学前に「庵」で毎日のお勉強を欠かさなかったので、学力的な意味においても単位認定試験の予定をサクサク入れても問題は生じなかった。それ以前に、休学前に取得した単位を学長権限で有効にしてもらっていたから、休学期間の遅れは1年以内に取り戻せるとの目途がついているらしい。


 学院長の単位取得(認定)の判断は適切かつ的確だった。例えば、「魔法応用Ⅰ」の単位取得の前提となる「魔法基礎」の単位習得がまだだったが、カリキュラム再編前の「魔法総合Ⅰ」が現カリキュラムの「魔法基礎」に相当すると判断し、単位振替を認めるなどの特別措置を実施してくれたのである。まさに鬼に金棒である。


 かといって、姪孫(てっそん)を盲目的に贔屓しているわけでもない。(もと)単元(たんげん)の「社会基礎」と「理科基礎」が新単元「生活総合Ⅰ」の範囲を十分にカバーしきれていないと判断すれば、新単元「生活総合Ⅰ」の履修を指示するなど、取得済み単位科目の内容を精査したうえて後々学習に問題が生じないように配慮をしてくれている。さすがとしか言いようがない。そこまでのケアができる人なら、自分の面接の際にももう少し自分に対して優しくしてくれてもよかったのにと思った。


 そういう風に、学業を頑張っているシズお嬢様だけど、シズお嬢様にも初等部で新たにご学友ができたみたいで喜ばしいことだ。口数が少ないシズお嬢様とどうやって親しくなったのか不思議でたまらないのだが、彼女の名前はデイジーというそうで帝国からの留学生だそうだ。でも同じ初等部といっても歳はギリ12歳らしい。すべてイーダ先輩に教えてもらった。


 デイジーとは結構受講する科目が重なっているらしく、よく教室が同じになるらしい。自分がシズお嬢様の付き添いをするときは、無神経にも教室の入り口近くまで同行することはない。クラスメイト(正確にはたまたま同じ科目を履修しているだけの生徒)に二人で廊下を歩いている姿をあまり見られるわけにいかないからだ。いつも教室の入り口が見えるギリギリの廊下の角までのお見送りとお出迎えに留めている。


 なぜなら、生徒の自主性を伸ばすために御付きの人(侍女など)の学院立ち入りは、せいぜい馬車寄せ横の事務棟(カフェテリア等併設の建物)位までに制限されているからだ。たとえ、それが公爵令嬢であってもだ。それに、自分は特異な立場だから、そもそも学院の生徒たちにマスク姿を目撃されてわざわざ注目を浴びにいくわけにはいかないからね。


 ◆


 さてさて、今日のお楽しみは『共和国の政治過程』の読書だ。最近、やけにこの国の重要人物(の子弟)との接触が多い印象があったので、思わぬところで礼を欠いたりしないように、予習が肝心だと思ったが故のテーマ選択である。


 それに、「匿名隠密の徹底」を厳守するためには、できるだけその国の要人との接触を避けなければならないし、「自己強化努力の継続」の一環として、有力なビジネスパートナーも探さなければならない。VIPとそれを取り巻く社会の研究は大事である。


 さあ、共和国の政治体制、まずは管制と管掌から調べよう。付随して貴族の派閥間の勢力関係とか、爵位と官位の相関なども分かるだけ紐づけていきたい。現世では昔から『組織風土改革』『組織変更と業務改革』のプロジェクトを担当していたから、いろんな組織の分掌と組織構造を分析するのは大好物なのである。


 共和国の行政府トップは、正執政官(スムムス・コンスル)でこれは大公爵に叙爵されたデュグドエルヴ家が専有している。副執政官(ウィケ・コンスル)の現任はリークヴァサル辺境伯のご当主である。正副執政官は1か月単位の輪番制で行政府トップの仕事を務める。


 爵位の順から見ると、次は公爵家だが、これは御三卿(ドントレフーガ)のフェルトルン家、エンブロ家、レンヴァッテン家となり、この順番は公爵家間の序列でもある。そして、公爵家の一員は執政官直下に配置される中央官庁の各トップには就任することが許されていない。


 なぜなら、正執政官への権力の集中を事前に排除し、権力の腐敗をできるだけ回避するためである。


 同じくデュグドエルヴ家の血族となる御連枝のピニャプラート家は、中央官庁のトップに就任が許されるが、爵位は侯爵に留め置かれている。これは、貴族序列/身分階層より政治的地位を相対的に低く設定することで、「地位と権限の分離」を意識的に図って政治的バランスをとることを主眼に置いた工夫のひとつである。


 執政官を「総理大臣」になぞらえれば、執政官府を構成する行政組織は「内閣」に相当する。「内閣」という政治用語は共和国には存在しない。行政組織のトップ(指導者)は同じく「大臣」にあたり、共和国では「卿」の尊称で呼ばれる。同じく「〇〇省」は「〇〇院」と呼ばれる。


 最高行政機関は次の通り。


 ・軍機院(軍事)

 ・財務院(税・予算・戸籍/統計)

 ・工務院(土木・鉱工業)

 ・内務院(警察・農商業)

 ・逓信院(通信・交通・兵站)

 ・司法院(裁判・監査)

 ・人事院(登用・異動)

 ・典礼院(祭祀・教育・内廷)

 ・通商院(外交・貿易・金融)


 現任の各院トップを輩出している家は次の通り。


 ・軍機卿(リヴガルデット侯爵家)

 ・財務卿(ニーエランド侯爵家)

 ・工務卿(ヴォーランド侯爵家)

 ・内務卿(エットランド侯爵家)

 ・逓信卿(ファルケネラーレ侯爵家)

 ・司法卿(ピニャプラート侯爵家)

 ・人事卿(ヴェヴニング=オーケル侯爵家)

 ・典礼卿(ニーブルン辺境伯家)

 ・通商卿(リークヴァサル辺境伯家)


 この内、長年共和国の政治の中枢を担ってきたのが「五摂家」で、


 ・リヴガルデット侯爵家

 ・ニーエランド侯爵家

 ・ヴォーランド侯爵家

 ・エットランド侯爵家

 ・ファルケネラーレ侯爵家


 の侯爵家がそれにあたる。


 侯爵家は五摂家以外に2家あり、ピニャプラート侯爵家と、ヴェヴニング=オーケル侯爵家である。ピニャプラート侯爵家は大公家の御連枝で、シズお嬢様の実家でもある。現当主はシズお嬢様の両親ではないけど。ヴェヴニング=オーケル侯爵家はとにかく謎に包まれている。普通の貴族家は一門や分家が数多存在して当主を支えているものだけれど、ここは一家だけがひっそりと続いている。


 元老院から上奏された法案・予算案は執政官府の最高会議により承認される。最高会議には特別な名称が付されていないが、稀に「執政評議会」と呼ばれたりする。


(この世界はできるだけ固有名詞を付した命名より、端的な普通名詞に近い命名を好む傾向にある。例)「共和国」とか)


 ちなみに我らが大賢者様(現在当主引退後の隠居爺)はニーブルン辺境伯家出身である。


 次は執政官府最高会議(執政評議会)の議決ルールに関してだ。立法府である元老院から法案と予算案が執政官最高会議に上奏される。最高会議で決議(承認・賛成)されて初めて成立する。この議決ルールは法案種別や予算案を問わず、すべてこの2つのルールに縛られている。


 ①最高会議構成メンバーによる多数決による議決

 ②正執政官による拒否権発動(拒否権が発動されなければ法案成立)


 最高会議の議決数は、月単位の輪番制である正副執政官のいずれか(1)、各機関のトップ(9)の合計(10)の偶数となる。よって過半数は6以上である。

 最高会議における議決ステップは、まず各卿だけで多数決を採って、次に執政官を加えた多数決を採る2ステップ制になっている。


 正執政官の執務中の最高会議は、正執政官(1)+各卿(5)=6となるから、正執政官が議決に加わる前に、各卿だけの票決で過半数(9分の5)の賛成票が得られた法案・予算案はそのまま自動的に可決となる。2段階目の正執政官の議決参加はあくまで儀式的(形式的)なものに留まるからである。


 副執政官の執務中の最高会議も同じ2ステップを踏んで議案が採決される。しかし、正執政官がその議決に加わっていないので、事後的に拒否権を発動することでその議案を否決できる。


 つまるところ、最高会議での議決は、各卿の多数決+正執政官の拒否権不発動で決まることになる。


 しかし、歴史的には、正執政官による拒否権が発動されたのは現議決ルールになった以降経験が全く無い。従って、事実上は各卿の多数決だけで法案が採決されているといえる。


 ここから導かれる示唆は、

 ・貴族社会的な事前の根回しが優先され、議決などの意志決定手続きは形式的である

 ・正執政官の強権発動は最後の手段としてできるだけ温存されている


 の2つである。


 つまり、正執政官の拒否権発動は「伝家の宝刀」扱いということだ。「伝家の宝刀」は抜くとみせかけて実際は抜かない時の方が牽制になって効果が高いものだ。実際に抜いてしまったら、政治闘争をまねき、国力が衰退する恐れが大きいからだ。


 本当に、形式的には共和的(民主的)に見せかけておいて、実態的には貴族的(独裁的)に運用されているという巧妙というか絶妙な政治運営だと感想を持った。


 さてここまで読んだところでそろそろシズお嬢様のお迎えの時間だ。今日のお弁当は昨夜の残り物を使った『ピッティパンナ』だ。ジャガイモ・玉ねぎ・ソーセージ(ファールコルブ)を炒めたこちらのチャーハンのような料理だ。目玉焼きとビーツのピクルスをのせて食べるのが定番である。読み終わった本を書棚に戻し校庭に向かった。


 ◆


 午後の実習を終えたシズお嬢様と一緒にお屋敷に戻ったら、賢者様にすぐ執務室まで来るよう呼び出された。何事かと執務室まで伺うと、明日の朝すぐに神山に向かうから荷をまとめておけ、ということだった。龍神(女神)様から呼び出し(ご降臨)があったそうだ。すぐに執務室を辞して自室に飛んでいき荷造をした。


「できるだけ携行品は少なくするように。そうじゃな、2泊ぐらいの予定で考えよ」だって。でもおかしいな、首都のフヴドスタードから庵まで馬車で3日、庵から神域まで同じく馬車で6日、少なくとも合わせて片道9日程度の旅程になるはず。それがどうして2泊の準備で足りるのだ?


 翌朝、賢者様と自分は連れ立って神山へと出発した。そう神山へと向かったはずだった。自分が「庵」経由神山行きの電車に乗らなければと胸中だけで悪乗りしていると、クーシュが操車する馬車はいつもの「庵」の方向とは逆の方向へ進んでいるのが車窓から見える景色から分かった。


 訝しんで賢者様にどこに向っているのか訊ねてみた。翼竜に乗って神山に行くから、竜騎兵団基地にある竜舎まで行くそうだ。なんと、「庵」経由神山行きの電車に乗ると思っていたら、神山直行便の飛行機に搭乗して行くらしい。


 聞いてないよ~。


 竜舎には2頭の竜と2名の竜騎兵と部隊長らしい人が1名、我々を待っていた。自分の特殊事情を考慮して、それ以外は人払いされているらしい。2頭の竜は体表が黒褐色で、体長は5~10m位。アニメの影響で操縦のための手綱が装着されているイメージがあったが、背中に持ち(ハンドル)つき鞍(一人用)が装着されており、操縦は意思疎通(テレパシー)と体重移動・ニーグリップで行うそうだ。


 体長5~10mの巨体につける手綱って、制作も操作も現実的でないことは、実際に翼竜を目の当たりにして実感として理解した。


 2頭の翼竜に2人の竜騎兵。つまり、賢者様と自分はそれぞれ竜騎兵の後ろに乗って二人乗りということだ。道交法上これはセーフか気になったというのは冗談である。だって、アニメで自転車やカブの二人乗りシーンが不適切であるとよく投書(最近はSNSか)されるって聞くじゃんか。


(ちなみに「竜騎兵」はファンタジーでは「竜に騎乗する兵士」という意味で用いられるが、史実上は「火器で武装した騎兵で戦場では下馬して戦う歩兵」だった。)


 都合よく二人用の鞍は用意されていないので、竜騎兵の腰か鞍の後ろの(へり)に掴まることになった。こういうことならアニメで竜の騎乗シーンをよく研究しておくべきだった。


 翼竜の最大積載量はアニメでみたやつよりもっと現実的で、背中に2人と少しの携行品、それから小さなパニアケースが左右に1つずつで限界になる。ドラゴンは魔力で飛ぶから翼にくらべて体格がやけに大きくても大丈夫とか、ヘリコプターのスリング輸送みたいに大きな荷物を足からぶら下げて運べるとか、アニメの通説は全部虚構だと思い知った。


 確かにあの浮力はこの小さな翼(あくまで体格に比べての意味)だけでは無理だから、飛行時は浮遊魔術的な力を翼竜は同時に使用しているのだろうとは思ったけど、でも程度が違うんだよね、実際目にしてみると。


 それから気になったのは名前だ。そう、「翼竜」って見たまんまじゃないか、何の捻りもない。例えば、翼手竜(ワイバーン)とか、残足竜(リンドヴルム)とか、地竜(ワーム)とか、多頭竜(ハイドラ)とか、赤竜(レッド・ドラゴン)とか、形質(形態や色彩など)に基づく名前だったらせめてルビが振れるくらいには格好よく呼ぼうよ。厨二病的に深紅竜(クリムゾン・ドラゴン)とか炎帝竜(イグニス・カイザー)みたいなネームドっぽくまでは言わないから。


 ここまで一人で思考遊びを楽しんでいると、ふと気づいてしまった。現時点で自分がこの地(東大陸)で出会ったことがある竜種は、この翼竜と龍神様こと古代竜(エンシェント・ドラゴン)の2種だけだ。自分の頭の中では翼竜と古代竜だけが識別できていればいい。言語脳的には「ヨクリュウ」と「コダイリュウ」があるだけだ。もし新たに今の翼竜より大型の別種の翼竜に出会ったら、今のただ翼竜と呼ばれている竜種は「翼手竜(ワイバーン)」と言語的に再認識され、新たに識別された大型の翼竜は「大翼竜(エアドラゴン)」とでも言語認識されるのではないか。それに「竜騎兵」も、火器武装し騎乗して移動する歩兵が実際に登場したら言語認識が変わる可能性がある。


 おそらく、この地(東大陸)に降り立って以来大変お世話になっている「ワールド・トーカー(精神言語魔法)」は自動自己最適化機能が仕込まれているのではないか? 「ワールド・トーカー(精神言語魔法)」の辞書容量はとても膨大で少しでも容量を節約する必要に迫られている。それは容量枯渇と断片化フラグメンテーションの問題を孕んでいるのみならず、シーク時間の増大にもつながるのかもしれない。


 ふむふむ、検索速度を劇的に向上させるインデックスと、処理時間や操作を最小化する実行経路(アクセスパス)を自動的に最適化するオプティマイザねえ。これはますます面白くなってきた。現時点では独りよがりの仮説にすぎないが。


 翼竜の乗り心地は龍神様に比べるとそんなに良いものではなかった。翼竜も体表面から少しぐらい離れた部分までなら空気をそのまま体表に固着させたまま飛行してくれていた。しかし龍神様ほどの魔力が無いのだろう(だって向こうは推定6000万歳以上の古代竜だからね、そもそもの魔力量がレベチだ)、空気抵抗がかなり強い。飛ばされないようしっかりと鞍の縁を掴んでいなければならなかった。


 4,5時間も飛んだのだろうか。賢者様からハンドサインが出た。予め決めていたものだったので、迷いなくその指示に従い、魔力吸収&探知派受け流し機能がある腕輪を外した。こうすることで、龍神様に自分がこの神域の結界に飛び込むことを察知してもらえる。確実に自分が近づいていることを龍神様が分かれば、騎乗している翼竜が龍神様の縄張りに問題なく侵入することができるようになる。


 龍神様の御力により、通常ならば翼竜は本能的にその縄張り(神域)に入ろうとはしない。翼竜だって自分の命が大切だからね。でも自分と賢者様を運んでいると分かれば、龍神様は神域の結界を緩め、どういうわけか翼竜が立ち入れる程度にセキュリティレベルを一時的に下げてくれる手筈になっているのだ。


 竜舎を発つ際、賢者様に2つほど質問していた。「龍神(女神)様は神力で我々の胸中は全て見通すことができるのだから、自分が神域の側まで来ているのをこちらからわざわざ知らせる必要があるか」と「いつ龍神(女神)様とそんな段取をつけていたのですか」という疑問点についてだ。


 前者の回答は、「龍神様のご負担を少しでも減らす配慮だ」ということだった。でも自分の異常魔力に対する第三者からの魔力探知を極力避けるために装着している魔術具を外して安全なのかを追加で訊ねたら、


「外してもすぐ効果が薄れることはない。短時間なら数割減だが効果がしばらくは持続する。もし探知されたとしても、そもそも神域の境界内(ギリ境界線上でも同じこと)で発現している魔力だから、すでに全大陸の高位魔法師や諜報機関にはこの地での探知はなされているから今さらだ」


 ということらしい。


 後者の質問の回答はシンプルだった。65年振りのご降臨で初めて賢者様が伺候のため龍神(女神)様の御前に控えたときに交わされた事務手続きの確認に今回のことも含まれていたそうだ。さすが大賢者、万事手抜かりが無いのだなと感心した。しかし、そんなすぐに翼竜を管理する軍組織と連携できるものだろうか?


「なあに、ファルケネラーレ家にはいくつか貸しがあっての。ニーブルン家は神山までの足をファルケネラーレ家に、ファルケネラーレ家はニーブルン家に女神(龍神)様の情報を求めた。たまたま両家の利害が一致して協力してもらっただけじゃ。これは其方がよく言う『ウィンウィン』の関係っていうやつじゃろ」


 ちなみに、ファルケネラーレ家は逓信卿を代々輩出し、竜騎兵団(現世でいう空軍)も率いている。逓信の内容も民間向けというより伝書鳩(軍鳩)を中心とした軍事利用目的の方が比重が大きい。


 さて、こうして紆余曲折を経てようやく龍神(女神)様の御側(神山)まで伺候するに至った。


「ご無沙汰いたしておりました。お召しにより、ただ今参上いたしました。」


 御伽(おとぎ)(しゅう)としての今回のお役目は、一昼夜そのまま寝ずに果たした。帰路では睡魔のため翼竜の背から何度も落ちそうになった。


 ◆


「姫、手のものから報告がありました。お感じの通り天主さまが顕現あそばされたとのことです」


「そうか、やはりな。我の胸の内がざわついていつもと違っておったからの。してその後、大賢者の動向はどうじゃ」


「はっ、竜騎士団(※注:共和国では「竜騎兵団」)の駐屯地から翼竜の背に乗って2騎で聖域へと向かわれたそうです」


「他には?」


「はっ、翼竜が聖域に入るや否やの時、急に大賢者の側に異常な魔力反応が現れたそうです。しかしすぐに消え去ったとのこと。魔力探知の方の誤動作の可能性もございますが」


「そうではあるまい。魔力探知に長けた者を使っていると事前に聞いている」


「しかしお言葉を返すようですが、その魔力の大きさと突発的に発現した様子から、どうにも普通にはありえないことらしく。その大きさは上級貴族のものをはるかに凌駕し、一度探知された魔力反応は信じられないくらいの速さで……いいえ瞬時に消えたそうでございます。やはり、瞬時に現れ瞬時に消滅するというのはこれまでの常識では考えられないことでございます。」


「ふむ、まだ何か言い足りぬようだな、続けよ」


「はっ、恐れながら、普通の上級貴族を凌駕するほどの魔力量だというなら、既に多くの者に探知され、とっくの昔にリスト(人名録)に上がっているものと存じます」


「普通ならそう考えるのが妥当であろうな。さっきお前は大賢者は2騎で聖域に向ったと言ったな」


「はい、左様でございます」


「では、その異常魔力とやらは、もう1騎に乗っておった者のものではないか」


「いえ、その可能性は低いかと。竜騎士団駐屯地に来る前と発った後、全てを見届けた者からの報告ですと、大賢者は年少の従者を連れていたと。その従者を伴って聖域に向われたところまで確認しておりますれば」


「それは間違いないか」


「間違いございません」


「すべてを怪しんでいては効率が悪いな。なるほど、それほどの異常な魔力の持ち主の所在か。大賢者の身辺を洗うため、あの屋敷に出入りする者は皆押さえているのだがな。ヒトリシズカ・ピニャプラートの周辺にも何らおかしい所はない。見当違いだったか。この時期に復学とはきな臭いと我の直感がそういったのだがな」


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