フェルトルン家と土嚢袋
「イーダ、何でここにいるの? でもちょうどよかったわ」
洗濯ものを両手に抱えて廊下を歩いていたら、後ろから自分の名前をふいに呼ばれた。あたしは振り返って声をかけてきた相手の顔を確認した。
「クリティエさんじゃない。クリティエさんこそどうしてここにいるの?」
「ちょっとお嬢様のお使いで。お薬と聖布を受け取りに来たの」
クリティエさんは、昔からよくしてくれた人でフェルトルン家に長く勤めている。上屋敷のメイド仲間内でも頼れて優しいお姉さんとして人気があった。ただし、あたしと違ってちょっとおっちょこちょいなところがあるのが玉に瑕だけど。
仕事中だったけれど、二人で近況を語り合った。あたしはシズお嬢様に付き添って「庵」から今はこの上屋敷に移ってきていること、クリティエはフェルトルン家のお屋敷でアネリーお嬢様の侍女をしていることを話した。最近小耳にはさんだんだけど、アネリーお嬢様は体調を崩されて、病気療養のため学院をお休み中だったはず。
「クリティエさん、アネリーお嬢様のお加減はどうなの。あたし心配で心配で」
「まあ、『庵』にずっと行きっぱなしだったからアネリーお嬢様のこと知らないとばかり思っていた」
えへん、あたしはあの賢者様のお家に雇われているんだから、これでもその辺のメイドと比べてもよくものを知っている方なのよ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ、もうすっかりお加減もよくなって、多分来週には学院へも復帰なさると思うわ」
その後はフェルトルン家の中がいろいろごたごたして忙しいと愚痴を言っていた。ここだけの話だけど、悪さをしていた代官がとっちめられて牢に入れられたらしい。
フェルトルン家は細々とした封地がいっぱいあってしかも点在しているから、代官もいっぱいいる。だから代官一人一人までなかなか管理が行き届かないそうだ。でも悪いことすれば必ずばれるんだからね。そんなことを話していたら、クリティエから「イーダもお致しちゃだめよ」って言われた。あたしはそんな判別もつかないような子供じゃないよ、ぷんぷん。
それからアネリーお嬢様のお話をあれこれしていたら、突然クリティエがこれが本題だったと前置きして、
「それでね、イーダに教えてほしいんだけど、最近こちらのお屋敷で新しく雇われた男の人がいないかしら。他の人に聞いたんだけどみんな知らないっていうのよ。イーダなら知っているかと思って。多分歳のころはニコラウス様と近いんじゃないかと思うんだけど、どう?」
うーん、ニコラウス様と同じくらいの男の人~? 最近新しく奉公にきたのは女の人ばかりなんだけど。男の人……男……男の子……。
「えーと、多分違うとは思うんだけど、ニコラウス様と同じくらいの男の人ってわけじゃないんだけど、最近男の子なら新しく来たわよ。でも歳はあたしよりも1コ下の年下なんだけど」
「うーん、じゃあ違うわね。他を当ってみるわ、どうもありがと」
そういって、クリティエは元来た方向へ戻っていった。
あたしは、ナナシノのことを思い出させられたからか、急にお腹がすいたような気がした。今頃、シズお嬢様は学院でお勉強の真っ最中だろう。もうすぐお昼だ。今日のナナシノのお弁当もきっと美味しいんだろうな。
あたしはちょっとシズお嬢様がうらやましく思った。だけど、ちょっとだけだよ。本当だよ。シズお嬢様は頑張って学院にまた通えるようになったんだ。美味しいお弁当くらいのご褒美があっても罰は当たらないよ。
あたしもナナシノにまたスイーツを作ってもらうんだ。あたしだってお仕事頑張っているんだから、美味しいデザートを食べたって罰は当たらないでしょ。
◆
「そんなこと却下だ。認められるはずがない。何度言ってきても同じことだ、トレディン」
今日もエルドステン兄さんにダメを喰らった。山村に生活必需品を売るのはダメ、紙の加工工場で働く工員の賃金を出来高給から固定給に変えるのもダメ、もちろん見込生産から受注生産に変えるのもダメ、全部ダメだ。
日用品の調達を長兄のところの部下にお願いしようとしたら、その部下が兄さんのところまでご注進に行きやがった。それで勝手に部下を使うなと叱られ、叱られついでに理由を説明させられて、かくかくしかじかと説明したのがまずかった。ますます怒りが増したのかまた雷が落とされてしまった。
別段、共同経営者の間で何を相談すべきか、どれを独断で判断できるか、明文化された規則は俺たち兄弟間にはどこにもない。だけど、さすがに山村に生活必需品を販売するのは完全に俺の商売の裁量の内だろ、と思う。頼もうとした先が問題だっただけだ。
さすがに言われっぱなしも癪に障ったので、エルドステン兄さんにダメな理由を聞いてみた。理由は驚くべきものだった。「これまでやったことがないから」だそうだ。山村に生活必需品を販売することについては、「お前には紙業部門を任せているんだから紙業にそれ以外の商売を混ぜ込んではいけない」ということだそうだ。
ナナシノ様が言ってた通りになった。これが抵抗勢力というやつか。
でも、ナナシノ様がいっていた「サプライチェーン管理」だったか、在庫と注文のやり方を変えるのは、「カイカク」だから抵抗勢力からやり方を否定されたり妨害されたりするのはよくあることだと。「すぐに受け入れてもらえなくても、粘り強く説得してください」といわれていたけど、これはあんまりじゃないか。
ナナシノ様は、生活必需品を山村に販売するのは、誰の既得権益を奪うことにもならないはずだからこれは比較的受け入れやすい「カイゼン」の範疇だと思うって言っていたけど、うちの兄貴たちの頭の固さは今回いやというほど思い知った。
「カイゼン」は既存のルールや従来のやり方などをできるだけ変更せずに、いろんな制約条件下で最大の工夫をこらすこと、そしてその工夫は不断の努力により見直し続けること、が大事だと言っていた。だから「カイカク」より断然進めやすいと言っていたが現実は甘かった。最初のステップで躓いてしまった。
これでは、加工工場の工員の賃金を出来高給から固定給へ支払基準を変更すること、見込生産から受注生産へ切り替えること、を実現するなんて夢のまた夢だ。
このふたつの「カイカク」は他人の既得権益を害する恐れが大きいから、そのケアも含めてプランを練らなければならないと聞いていた。それから対策を考えるうえで大事なことは「人事権」と「予算権」と、そして「業務命令権」の3つに大体絞られるとナナシノ様は言っていた。
人というものは、自分の差配で人を動かすことに快感を覚えるし、それが自分の権力の源泉だという自覚も持っているものだそうだ。人を動かすとは、どういう役目に付けるかを決める「人事権」と、どういう仕事をさせるかという「業務命令権」の行使ということになる。だから誰も進んでそれを手放したいと思う奴はいない。
さらに、何にお金を使うかを自分で決められる裁量権は商売をやるうえで、これ以上大事なものはないと言っても過言ではない。何を仕入れるか、誰をいくらで雇うか、どんな設備投資をするか。これを決められるのが「予算権」。もしかすると「人事権」や「業務命令権」より大事かもしれないと言っていた。
工員の報酬制度とサプライチェーン管理のカイカクは二人の兄貴とも大反対だったけど、報酬制度の方は長兄のエルドステン兄さんが、サプライチェーン管理の方は2番目のアンドレソン兄さんが特に声高に反対してきた。
エルドステン兄さんは、工員を含む従業員に舐められたら経営者失格だと盛んに言っていた。賃金支払いを盾にとって、できるだけ低賃金でできるだけ高い生産性を上げさせるのが経営者の腕の見せ所だと言っていた。人をうまく使って初めて商売で儲けられるのに、お前は一体これまで何を見て学んできたんだと散々ののしられた。
ましてや、出来高給から固定給にするなんてとんでもない、ということ感じだった。いくら働いても給料が変わらないんだったら、誰もまじめに働かなくなるぞと脅された。
俺は兄貴たちにコテンパンにされ意気消沈したまま次の日、ナナシノ様の元へダイガクノートとレポート用紙の試作品を届けに行って、前日の惨敗状況を愚痴交じりにナナシノ様に説明した。
人の働かせ方については、ナナシノ様の国ではそれを専門とする研究者が長年研究を続けてて、いろんな学説が唱えられているそうだ。そんな中で面白い話をひとつしてくれた。
それは「囚人のジレンマ」という面白い譬え話だった。
とあるところに、ヨハンとエリックという2人組の泥棒がいて、盗みを重ねていたがとうとう官憲に捕まってしまった。さあ、取調べと刑の宣告という所で、次のような選択肢が与えられた。
・2人とも黙秘した場合: 2人とも懲役1年
・2人とも自白した場合: 2人とも懲役3年
・一方が自白、一方が黙秘した場合: 自白した方は無罪、黙秘した方は懲役10年
ヨハンとエリックはどう行動するべきか(またはどう行動したと思うか)という問題だ。
お互いに黙秘を続ければ懲役1年で済むため、2人にとってそれが全体としては最良の結果のはず。しかし、ヨハン視点で考えると、エリックがどう出るかに関わらず「自白」した方が確実に刑が軽くなる。もちろんエリック視点でも同じことがいえる。
取調べはヨハンとエリックそれぞれの個室で行われ、お互いに口裏を合わせることはできないし、相手が裏切るかどうか顔色一つ見ることもできない。こうした状況では、結果として2人とも自分の利益を最大化しようと「自白」を選び、お互いに黙秘した場合よりも重い「懲役3年」という結果に陥ってしまう。
つまり、ヨハンとエリック、労働者と経営者、お互いの間に信頼関係が築かれていない場合、目先の利益につられて、全体(2人組、工場)の利益が最大にならない状況が起きやすくなるという示唆である。
ナナシノ様の見立てでは、出来高給による報酬は、工員が目先の出来高給獲得に目がくらみ、注文も入る予定が無い製品を無駄に作って在庫の山を築くこと、経営者がもっと工場全体の生産性をよくするための作業を工員に促すことができないこと、につながるから、せいぜい「懲役3年」と同じ程度の結果しか得られないね、ということらしい。
確かに、カイゼン業務をするにも時間が必要で、同じ労働時間内に製品を作るとお金がもらえて、カイゼン業務をするとお金がもらえないのなら、誰もカイゼンやろうと思わない。だから、効率的な生産方法を「カイゼン」で見つけて皆で共有しないと、工場全体の生産効率は上昇しない。
ナナシノ様によると、出来高給に差をつけるやり方もあるそうだ。例えば、これまでは製品1枚つくると出来高が10もらえて、大体1日10枚作るのが標準だとする。普通は10×10=100/日 前後の出来高がもらえることになる。これを、1日に11枚以上作ったら、その超過分は12だけ出来高を払うというインセンティブをつけるというものだ。
もし、1日15枚作ったら、出来高給=10×10+5×12=160 となる。インセンティブが無ければ、出来高給=15×10=150 だからみんなもっと一生懸命作ろうね、というメッセージになる。
しかし差別出来高給制を導入しても、ナナシノ様から見たらまだ「全体最適」には程遠いそうだ。
またヨハンとエリックが登場する例でナナシノ様は説明してもらった。この2人だけが働く工場の賃金予算の総額が300だと仮定し、2人とも頑張って働いて1日15枚作ったとしたら、
エリックの出来高給=10×10+5×12=160
ヨハンの出来高給=10×10+5×12=160
工場全体の要支払額=160+160=320>300=工場の賃金予算総額
となり、工場が支払える金額を20だけオーバーしてしまうので、結局インセンティブ分(差別出来高給)は工員に支払われることはないという理屈だそうだ。
増産した10枚分だけ、売上が増えるからその分工員に支払える余裕ができるのではとナナシノ様に質問した。返ってきた答えは、「この10枚は注文が無いのに増産した分で滞留在庫になった分と考えるから売上は増えない事例で考えているんです」ということらしい。
つまり、カルトング商会の工場に在庫の山ができている状況も同時に説明する事例を作ってくれたらしい。なんて無駄のない設例だろう。その説明を聞いて、無理に増産しても工場全体の利益が増えない(=工員に支払える賃金予算も増えない)という理屈が分かった気がした。
せっかく創意工夫して他人より高い生産性を実現して自分の取り分を増やそうとしても、
①同僚全員が自分の生産性に追いついてしまったら、
②増産分が売上拡大に直結せずに賃金予算総額が変えられなかったら、
結局元の賃金水準に戻ってしまうので、差別出来高給制を導入しても誰も創意工夫しようとしないし、ましては出来高給制なら創意工夫の余地は最初からない。
そのようにナナシノ様から聞かされた。
ナナシノ様曰く、
「悪平等の原理」が働くとやる気が低下し競争も起きなくなる。しかし、「固定給制」は給与総額のパイの切り方をあらかじめ固定しておくことで、カイゼンに時間を使うことを促す。そして生産性が上がって工場全体の利益が増えたらその分給与総額予算を増やしてもらう。結局、労使間の信頼性が確保されていないと成り立たない。
つまり、コミュニケーションと信頼性が欠如している「囚人のジレンマ」な状態が発生していると「全体最適」つまりみんながもらえる利益が最大になる、ことは実現できないということだ。
なるほど、できるだけ低賃金で雇って搾り取れるだけ搾り取ろうという意識の経営者の元で、労働者が真剣に仕事をすることはないと思うよ、エルドステン兄さん!
ここで出来高給の話がひと段落着いたので、アンドレソン兄さんに全否定された「サプライチェーン管理」の話もナナシノ様に相談しようとしたら、
「ええと、普通に『サプライチェーン管理』という新しい言葉を当たり前のように使っていただいてちょっとうれしいです」と前置きしたうえで、
「『サプライチェーン管理』は次の課題ということで、まずは従業員の意識カイゼンを優先してはいかがですか。『カイゼン活動』だけ切り出して、『スモールスタート?』で『クイックウイン(これは前回聞いた!)』を狙っていきましょう。基本路線は変えずに状況判断から随時方針を機動的に変更する『ピボット?』が大事ですからね」
ナナシノ様、俺は一生懸命ナナシノ様の話についていこうと思っているけど、それでもナナシノ様が何言っているか時たま分からなくなるよ。とりあえず、「サプライチェーン管理」の話は後回しだということだけは話の流れから理解した。
ナナシノ様は、「両手足を縛っておいて、利益を増やせと命令だけする上司ってどこにでもいるもんですねぇ」と笑っていた。ナナシノ様は年端もいかない子供のはずなのに、そんな鬼上司がいる所で働いていた経験でもあるのかと勘ぐってしまうくらい、ナナシノ様の言葉には実感がこもっていた。
ナナシノ様との打ち合わせをこれでお開きにしましょう、となったとき、ナナシノ様からシズお嬢様もこの前渡した試作品をメモ用紙に使ってくれていて、とても書きやすくて手触りもいいから気に入っていたと聞いた。それを聞いて俺はとても嬉しくなった。やっぱり消費者の反響があると仕事にもやる気が出るというもんだ。
◆
俺は夢を見ているのか。目の前の現実に頭が追いついていかなかった。あれ程無残に抉られていた堤防の補修工事が3日も経たずに終わってしまった。それも集落に流れ込んでいた土砂も同時にきれいさっぱりなくなってだ。
俺たちが準備したのは実質的にほぼ土嚢袋だけじゃないか。
(まあ、その数は相当なもんだったが……)
これでアンドレソン兄さんに強気で「サプライチェーン管理」のカイカクを交渉することができる。
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俺が一番上のエルドステン兄さんをどうにか説き伏せて、山村に生活必需品を販売すること、加工工場の工員による生産性向上のための「カイゼン」活動を始めることの了承を取り付けた日、次兄のアンドレソン兄さんがご自慢の同業者ネットワークから得てきた情報で、フェルトルン家の北の領地の堤防補修と土砂の搬出作業の依頼話を持ってきた。
ちなみに、「カイゼン」活動の開始了承については、ナナシノ様から、「固定給制に拘らずに、報奨金制度を作ってみたらどうです? 工員たちに生産性向上のアイデアを考えついたらそれに報奨金を出すというやつです」という提案をもらった。出来高制に拘るエルドステン兄さんを説得するのにものすごく効果的な提案だった。
ナナシノ様、「何言っているのか分からない」なんて言ってごめんなさい。ナナシノ様はいい人です。
アンドレソン兄さんに話を戻そう。
兄さんから、フェルトルン家の工事話を俺の代わりに解決してくれたら、先日の俺の申し出(サプライチェーン管理)を考えてやってもいい、と言われた。
フェルトルン家は御三家のひとつで公爵家だ。フヴドスタード周辺にいくつかの領地(封地)を所有している。この前の大雨で首都フヴドスタードの中央を流れるデュープフョルド川の上流に位置するヴィータニーレン川が氾濫、流域に甚大な土砂災害が発生した。
それはフェルトルン家の北領地の中心部に位置する村落を直撃した。村落の中心部である集落の近くの堤防が決壊し、堤内地である集落に多量の土砂が流入したのだ。
そこで、一時的に水位が下がっている今のうちに急いで決壊した堤防の補強・再建と集落に流入した土砂を取り除く復旧工事の依頼を請け負う業者を探しているというのだ。
決壊した堤防をすぐに補強して次の大雨に備えなければならない。これからあの地域は雨が多くなる季節に差し掛かる。村人の生活再建の一里塚となる堆積した大量の土砂を搬出(泥かき)にも早く着手しなければならない。
問題は自然災害だけでなく、事態はさらに複雑になっていた。その領地の代官が丁度不正がばれて更迭、後任の着任が遅れている。そのうえ、村長がその水害で村人の先頭に立って防災活動していたが水に流され溺れて水死。長年村長の補佐を務めていた弟もその時の怪我で寝込んでしまっているらしい。
災害復旧工事の陣頭指揮は亡くなった村長の忘れ形見である息子がやることになったのだが、経験不足と若さから村人たちが進んで仕事を手伝おうする気運は全く見られない。
通常ならば、土魔法師が何人か派遣されて復旧工事の中心となるはずだが、今回は代官の不祥事関連で彼らの派遣の話がなかなか実を結ばず時間だけが経過している。村人たちを救うには、雨が多くなる季節に差し掛かかる前に堤防補修と土砂搬出は少なくとも完了させておきたいという切実な要望がある。
こうした人間側のごたごたは、フェルトルン公爵家と五摂家のうちのひとつヴォーランド侯爵家間の長年の確執が影響しているらしい。ヴォーランド侯爵家は工務院(土木・鉱工業を管掌)に強い影響力を持ち、現工務卿はヴォーランド家の当主が務めている。
ナナシノ様は、俺のここまでの事情説明を聞いて、
「(小声で)自然災害後に人災による二次的被害の拡大か。さらに住民が犠牲になることだけは何としても回避したい。」
とぼそぼととつぶやき(ちゃんと聞こえてましたよ)、
「本当は現場をきちんと事前視察してから、提案をしたいのですが今回は時間が無いので仕方がありませんね」と断りを入れつつ、アイデアを提示してくれた。
「貨幣経済はどれくらい浸透していますか。貨幣を見たことが無い者はいない、しかし、使ったことが無い者が約半数ほどいると思われると。ふーむ、村人がお金の価値と意味を分かっているならこの方法を採ることで何とかできるかもしれません。
まず高札を出して、誰でもいいから、土嚢をひと袋、集落の中心地、例えば代官所の門から教会とか村長の家の前まで運んだものには、「金一封」を出すと周知させましょう。金一封とは褒美のことで、金額はお任せしますが、目安として、
搬出したい土砂の量÷土嚢一袋の容量=運ぶ土嚢数 としたら、
今回の工事予算額÷運ぶ土嚢数=褒美の額 という感じで計算すればいいでしょう。
そして、実際に運ぶ者が現れたら、その者に皆の前で褒美を渡します。これは、きちんとお上が契約を履行することを村人に周知するとともに、これからの作業イメージを目で見て理解しやすくする効果があります。
さらに、空の土嚢袋を必要数分だけ準備して、代官所前とかに積み上げてください。高札には、集落内に堆積している土砂をこの土嚢袋に詰めて、決壊した堤防の抉れた穴に投げ入れる所までをやった者には、誰でも運び込んだ土嚢ひとつに付き金一封と同額の褒美を取らせるとのお触れを次にお願いします。
当然、村人たちの作業をちゃんと見届け、不正が無いように金一封の授受を滞りなくできるよう配慮してください。
ここからは付帯事項となるのですが、識字率の問題があると思いますので、高札には文字の他に挿絵・図解があるといいかもしれません。また、高札に書かれたお触れを読んで聞かせる文官を常に高札に張り付けておいてください。文字が読めるなら役人でなくても村人でもいいと思います。その時も、その村人には手当を出してあげてくださいね。世の中には、「労働の対価としてきちんと正当な報酬を得る」という不文律があることも同時に覚えてほしいのです。
また、一人が何個運んでも、土嚢一袋に付き同額を必ず支払ってください。「同一労働同一賃金」の原則を周知するためです。ただし、お年寄りとか体の障害や年齢の問題で、同じような荷役ができない事情も出てくると思います。その時は、あくまで例えばですが、老人や幼い子供たちが泥かきをして土嚢袋に土砂を詰め、その土嚢を父親や年長の兄弟が運ぶという分業もできると教えてあげてください。もちろん、その場合でも、何人がその業務にあたっても、土嚢一袋当たりの報酬という支払ルールは徹底してください。
こうすれば、比較的早期に、集落の中に流れ込んだ土砂を外に搬出でき、同時に堤防の補修も可能になると思います。
村人は自分たちの村の生活を守るために、なにかやりたいはずです。何らかの理由で村を出ていきたいという者以外は、絶対自分たちが住む村を守りたい、そこでの生活を守りたいと思っているはずですから。賃労働目当ての浮浪者くずれを周辺から集めるよりはよっぽど働きがいいと思いますよ。あっ、もちろん、この仕掛けに賃労働目当ての浮浪者くずれの方々が参加されるのは、前に説明したルールを守って頂ける限りにおいて、排除することなく、是非貢献してもらいましょう。
それからこれはついでのついでなんですが、炊き出しの他に追加の食事とか生活用品を販売する屋台を出店したらどうです? 早速、村人に稼いだお金を使う喜びも感じてもらうことができるかもしれませんよ。」
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ナナシノ様が立て板に水で一気に説明してくれたことは、すぐには頭に入らなかったけど、一旦説明が終わった後、疑問点をいくつか聞くと、噛んで含めるように丁寧に追加説明をしてもらえた。
事業について、こうして何重にも手当をして、問題が起きないように先回りして計画を立てる所は、見事としか言いようがなかった。まるでこの村を見てきたかのような再現度での説明に舌を巻いた。
そして最後に、「やっぱりこの現場を実際にこの目で見たいですね。見てからの方がもっと適切なアドバイスができると思うんですけどね」だって。いやあ、十分に痛いところに手が届く提案だと思ったよ。
そしてやっぱり思うんだが、ナナシノ様は南部地方出身の異種族の生まれで、しかも社会的地位がかなり上位の生まれだと感じた。それじゃないとだっておかしいじゃないか、こんな人の上に立って、多くの人々を導く事業をこんなにいとも簡単に即座に提案できるなんて。そういう経験が豊富にあるとしか思えないよ。




