顔見世興行 前編
今日は晴れてよかった。1日おきの学院への通学ももう慣れてきた。今日は木曜日、一週間の始まりの日である。自分も一週間の始まりがそもそも「木」曜日であることに正直まだしっくりとしていない。
元々の世界では七曜(月・火・水・木・金・土・日)が当たり前だったので、こちらの曜日の感覚と名称に正直戸惑っている。そもそもこちらは六曜なので1日少ない6日で一週間となるのだが。
そして、この「六曜」も元々の世界の「大安」「仏滅」といったあれではない。こちらの世界の神話に因んだものとなっている。
①木の日(木曜日)
②火の日(火曜日)
③土の日(土曜日)
④金の日(金曜日)
⑤水の日(水曜日)
⑥実の日(実曜日)
東大陸には複数の宗教が混在しており、各宗派によって安息日とされる曜日が異なっていたり、そもそも安息日という概念がなかったりしている。一応、信徒が多い宗派の安息日が「実の日」なので、共和国ではこの日を休日として、「木の日」から「水の日」までを平日扱いとしている。
自分が通う翰林学士院も平日に授業があり、「実の日」は原則としてお休みとなる。賢者様との取り決めで1日おきの通学が許可されているから、自分の登校日は一週間の内「木の日」「土の日」「水の日」の3日となっている。
ちなみに曜日の自分なりの覚え方として、
「木は燃えるので火に弱く、火は土を被せて消せるので土に弱く、土の中から鉱物(金属)が誕生するから土より金の方が強く、金属は水によって腐食するから金より水が強く、植物に水をやると成長して実をつけるから水より実が強く、実から芽が出て木に成長して最初に戻る」
というこじつけを利用した。
これをドレインソン君に得意げに話したら、当たり前だと呆れた顔をされた。彼によればこれは東大陸ではほとんどの幼子らが親から聞く寝物語として親しまれているお話まんまだった。もちろん、こちらで有名な神話に基づくおとぎ話である。
自分は現世知識の応用で「陰陽五行説」から引っ張ってきてうまく嵌ったから、一人で得意になっていたのに。偶然の一致ってほんと怖い。
こんなくだらないことを思い出しながらキャンパスを図書室目指してせわしなく足を動かしていた。贅沢にも馬車で送迎してもらい、馬車寄せからは目的の建物までは原則徒歩での移動になる。警備上の問題もあるし、生徒の自主性の育成目的でもある。
このキャンパスはとにかく広い。初等部・中等部・高等部・大学・研究棟が併設されている。だいたい初等部は7~12歳、中等部は13~15歳、高等部は16~20歳になる。「だいたい」というのは、各家庭の事情や住んでいる場所の関係で多少の年齢のズレが生じること、学年という感覚が希薄なこと、各部は単位取得で卒業となること(つまり留年みたいなことが初等部からあり得る)、飛び級制度があることなどを想定すると一律の年齢層を当てはめられないからだ。
それに東大陸特有だと思うが、この年齢は正確に誕生年ということだ。つまり7歳の誕生日を迎えたときに初等部に入学することになる。実際には遠隔地から移動してきての入学になる生徒の事情等を勘案して、誕生月の前後の月を含めて3か月の幅は認められているけど。
だから入学式・卒業式はこちらには存在しない。自分は悪目立ちするといけないから、一応中等部に編入された聴講生という扱いだ。それは翰林学士院の単位取得満了卒という学歴は不要だがここで学びたい外国からの留学生と同じ扱いになっている。
もちろん、アニメあるあるの「今日から皆さんとお友達となる〇〇君です。それでは自己紹介をお願いします」という例の苦行はやらずに済んでいる。それでも、きちんと中等部の制服を着ているし、朝の登校も時間を合わせて他の生徒に紛れやすいように努力している。
だからというわけではないだろうが、歓迎しない小さなトラブルが向こうからやってきたのは日頃の行いが悪いせいなのだろうか。
ちょうど自分の前を歩いている同じ制服の少女がふと目に入った。何と髪色がピンクじゃないか。東大陸ではありえるカラーなのか、それとも髪染めなのか。色味の方は、ホワイトピンクとペールピンクの中間くらい。変質者と思われたらいやなので、地毛ですかそれともヘアカラーですか、とか聞かないけど。
ちょっと小柄な感じで、友達でも見つけたんだろう、急に駆け出して、両手を振りながら、きゃあきゃあいいながら同じ制服を着た女の子たちとおしゃべりを始めた。
いたいけな少女をねっとり見る趣味など断じて持ち合わせてない。ピンク髪が目に入っただけではなく、その前にその少女が連れていた白い大型犬の方に注意が引かれたからたまたま少女にも目がいったのだよ、ほんとだよ。
少女が思わず駆け出したからか、犬とはちょっと距離が生じた。その犬はぬくっと振り返り自分の方を見据えると、自分の顔を見るや否や威嚇し始めた。そう、低く唸りながら。
ピンク髪の少女がお友達と朝の挨拶を交わし軽い談笑を始めた隙のちょっとした出来事だった。現世では犬とか猫からこんなに警戒されることはなかったので、自分も唸ってくる犬にどう対処すべきか迷いが生じた。とりあえず早歩きをやめ、いったん止まってその犬と距離をとろうとした。
その不自然な体の軌道が良くなかったんだろうね。異変に気付いたピンク髪の少女がふと振り返り、自分と飼い犬の間に不穏な空気が流れているのを察知し、こっちをキッと睨みつけてきた。あっ、これ「お前どこ中だ?」の流れだ。ちょうどお互い中等部の制服着てるし。
「ちょっとあなたうちのアナベルに何をしているのかしら」
「えっ、すみません。何もしていません、歩いていただけです。」
「あら、お聞きになって? 私のアナベルが意味もなく警戒したりするわけないじゃない!つまり、原因はあなたにありますのよ!」
キター、ピンク髪少女の言動は従前の期待を見事に外さないステレオタイプ通り、王道のツンデレお嬢様タイプだった(ツンデレ成分30%、お嬢様成分70%:自分経験調べ)。
ピンク髪の王道ツンデレお嬢様タイプ(ツンデレ成分…以下省略)が自分を指差して、
「あなた、早く本当のこと言わないと後悔することになるわよ」
ときつく詰め寄ってきた。その声にピンク髪の取り巻き友人の娘さんたちだけでなく、近くを歩ていた生徒たちが何事だと反応して周囲に集まってくる。自分とピンク髪少女の周りは、野次馬の学生でいっぱいになり、逃げ道がどこにもなくなってしまった。
自分はちょっとだけ回答に窮してしまって、微妙な間を作ってしまった。やばい、こういう時は落ち着いて誤解をひとつずつ解いていこう。一先ず心を落ち着かせ、説明の言葉を口に出そうとした瞬間に、
「モモ、一体これは何の騒ぎだ?」
「あっ、お姉さま、聞いて下さる。この下賤な男がうちのアナベルにちょっかいを出したの」
お姉さまと呼ばれた少女は、中性的で肌が透き通るような美少女だった。背もすらっとして高く、属性魔法は「水」とか「氷」が似合いそうなイメージと言えば分かるだろうか。もっとも、髪色がターコイズブルーよりブルーバイオレット寄りな感じで、残念ながら髪色だけで負けヒロインのオーラ全開である。
さらに、生徒会長というより風紀委員長という方がしっくりくる。
「そこのきみ、このコがいったのは本当かい?」
お姉さまと呼ばれた美少女は、じっと自分の目を見つめてこう聞いてきた。いやあ、勘弁してください。こんな美少女にじっと見つめられるなんて、ここ数十年無かったことです。いえ、嘘をついていました。学生時代を振り返ってもほぼありませんでした。
「いえ、すみません。ただ道を歩いていて大きな犬がいるな~と思ってなんとなく見ていただけです(本当はピンク髪少女も同時に視野に入れていたけど……)。」
「ふふっ、モモ、大丈夫そうだ。この男の子は実に怪しいけど人畜無害だよ」
「どうしてわかるんですの、お姉さま」
「だってモモも本当は分かっているんだろ、この子の魔力」
「……」
「きみ、もう行っていいよ。うちの子が悪いことしたね」
「お姉さま、本当に大丈夫ですの?」
「ああ、大丈夫だ。共和国の生徒で私たちの顔を知らない者は普通いないだろ。多分留学生か何かだよ。間諜か何かだったら私たちのことは事前に調べて顔も知っているはずだよ。この子の魔力からはそういった気配は全くと言っていいほど感じられなかったけどね。そもそも読み取るのが難しいくらい魔力も微量だったしね」
(本当にすみません。目を見つめられている間、この美少女は一昔前ならエス、今風なら百合ものでド攻めのお姉さん認定されるんだろうなあと不謹慎なことを考えていました。きっと、「エス」とか「百合」の意味をご存じないので、自分の本心が読めなかったんですね)
「でも心配ですわ、お姉さま」
(お姉様の前ではツンデレ度がやっぱ減るのね、只今ツンデレ成分20%、お嬢様成分80%に調整中)
「心配ないよ。夜闇ならまだしも、こんな白昼堂々それも顔を半分隠して悪さをしようとするのは余程の間抜けだ。そんな間抜けに後れを取るモモでもないだろ」
ようやくこの場からの離脱を許してもらえたようだ。そそくさと群衆の中をかき分けるようにしてこの場を後にし図書館へ急いだ。
なんだかな~。
いやなことがあった日は読書に耽るに限る。ああー癒される~。
その日の午後の執務研修中、賢者様に今日の業務報告をした際、正直に包み隠さず朝の出来事も報告した。
「うむ、それは災難だったな。聞いた感じから恐らく二人は、イーリス・フェルトルン嬢とモモ・レンヴァッテン嬢だろうよ。フェルトルン家とレンヴァッテン家、それにエンブロ家を加えて御三卿と呼ばれていて、いずれも公爵位を賜っている」
えっ、それを聞いて心臓が飛び出そうになった。公爵令嬢だって? 賢者様からニーブルン家で新しく雇った使用人の一人で、新人研修の一環として学院にも通わせているということをそれとなく匂わせてもらうことになった。もちろん学院長経由で。
そこに関してのみ一抹の不安が残った。
◆
次の日、火曜日(火の日)は通学無しの日なので実務研修がある。お弁当と地図をもって近くの野山で薬草採取である。最初はベタなお約束だと思ったが、何がどうして、これはとても意味があることだった。
自分は魔力操作が全くできないので、身体を鍛えて自己防衛力を高める必要がある。身を守る術として剣術とか槍術などがあるが、まずは基礎体力をつけなくてはいけない。そしてお使いミッションを単独でこなせるようにするにはお屋敷周りの土地勘を身に着ける必要もあった。
自分には鑑定スキルもないので、指定された薬草を実際に持ち帰られるかは、薬草学の書籍からその外見的特徴や分布場所に関する記述をきちんと読み取ることが肝要になる。また、渡された地図を使って想定した採取場所を巡って時間通りにお屋敷まで戻ってくるオリエンテーリングは格好の実践トレーニングになった。
この日もお天気に恵まれたので絶好の薬草採取日和であった。魔法もろくに使えない青二才が一人で行かされるのだから、危険なところであるはずがない。上級貴族のお屋敷が集まる高級住宅街の隣に広大な森林があり、本日の採取ポイントはこの中にあった。
ここは公有地でありながら、複数の貴族・領主が特権的に利用できる入会権を持っている入会林野のひとつであった。
太陽がまだ傾きかける前で、決して重くはないが籠の中は空きがもうない感じで大収穫にほくほく顔だったが、道に迷っている自分がいることに気付いた。方向感覚は昔から悪くなかったので、その過信がいけなかったのだろうか。
そういえば、幼い頃は遠くに見える山の稜線の形を記憶して、家の近所の何処をほっつき歩ていても方角が分からなくなることはなかったのを思い出した。渡された地図だけに意識を集中していたのが敗因だった。もっと大局から判断してうまく立ち回れるようにならねばと反省する。
やがて、開けた所に辿り着いたので何か帰り道のヒントになるものはないかと目を凝らす。ようやくずっと向こうに、東屋のような建物に人影が見えたので、道を聞こうとその人影に近づいていった。
長いブロンドの髪をした少女が向こうを向いてお茶を飲んでいる様子だったので、お邪魔するのに気が引けたものの、背に腹は代えられないので恐る恐る声をかけた。
「すみません、道に迷ってしまいまして、大変ご迷惑とは思いますが道をお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
少女が振り返り、
「あら、クリティエじゃなかったのね。道理でちょっと(魔力の)感じが違ったはずだわ」
自分が彼女の知人と間違われたことより、その少女の頭に両目を隠すように繊細な刺繍が施された綺麗な布が巻かれているのを見て驚いた。一度声をかけてしまったが、目が見えていないことが分かり、道を聞くことが失礼なことになるやもと思い、二の句を告げなくなっていると、
「どちらへ向かわれますか」
と返されたので、
「あのー、大賢者様のお屋敷まで戻りたいのですが……」
と反射的に目的地が口を突いて出てしまった。
「あら、おじ様の所の方なのね。それでしたら、この東屋についている小道を辿っていくと屋根が赤茶色の建物に突き当たるから、左に曲がるとそのまま通りに出られますわ。でも、そうしたら家の人に見つかると少々面倒なことになるかもしれません」
折角帰り道を教えてもらったけど、住人と揉めるのは非常に困る。いつの間にか私有地に入り込んでいたようだ。
目の前の少女はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、
「家の人に見つからずに通りに出たいのでしたら、同じように小道を進んでもらって左手に物置があるはずです。そこから一番近い林に向かってください。うふっ、すぐに生垣が見えてきますから。私だけが知っている秘密の抜け穴がありますの。あなたには特別に教えて差し上げますわ」
と、とてもチャーミングに笑って秘密を教えてもらった。お礼を言って早々に立ち去ろうとしたとき、
「あの、もしよろしければクリティエが戻るまでもう少しお話しすることはできまして?」
恐らくクリティエさんとは侍女か何かだろう。彼女に見つかるとそれはそれで面倒くさいことになりそうだったが、道を教えてくれた恩人の手前、無下に断ることもできなかった。
「では、私で良ければ、喜んでお付き合いいたします。クリティエ様がお戻りになるまでのほんの少しだけですよ。」
ということで所在なげにしている少女の、退屈しのぎの話し相手を引き受けた。
お互いに自分の名も明かさず、しばし他愛ないお喋りが続く。その内、少女の表情にぽつぽつと寂しげな陰りが混じるのが見て取れた。一度気になりだしたら後はどうしようもなくなってしまったのでつい、
「何か悩み事でもあるのでしょうか、お顔が優れませんね。」
……とうとう聞いてしまった。
「私のような通りすがりの全然無関係な者にだからこそ言える愚痴というのもありますよ。もし差し支えなければ、まあ、肝心なところはぼやかしていただいても結構なんですが、ストレス発散だと思って何でもおっしゃって良いですよ。私、物忘れは悪い方なんで。」
少女は自分の言い方がツボにはまったのか、くすくす笑いながら軽く頷き、「どうやってお察しになられたのでしょう」と小さく微笑んだ後、ポツポツと悩みというか重大な告白を聞かせてくれた。これは失策だった。
彼女の悩みをかいつまんでまとめればこうだ。彼女は妾腹だった。母親は彼女がまだ小さい頃、同じ敷地内に住む本妻とのいざこざに嫌気がさして彼女を連れてお屋敷を辞したそうだ。その後、女手一つで彼女を育てたが病気で亡くなったそうだ。その後、父親の元に引き取られたのがつい最近とのこと。
母方の親類縁者がいるとは全く聞いたことが無いので、彼女にとっては父親だけが唯一の家族だと言えるそうだ。しかし、引き取った後も父親は彼女に滅多に会おうとはしないそうだ。
深い孤独感に苛まれる彼女の胸中には、父親の愛に満たされたいという切実な願いでいっぱいだということらしい。うーん、元二児の父としては身につまされる話だ。あっ、自分は二人の子持ちだったことを今思い出した。
「そうですよね、お父様とお会いできない日々が続くのは、本当に心細く、とても寂しいこととお察しいたします。ではお会いできない以外のことでお父様が愛情をかけてくださっていることを探してみるというのはいかがでしょうか。少しでも寂しさが紛れませんでしょうか。」
そんなことを自分がいうと、彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐ真剣に何かを思い出そうとするしぐさを見せた。うーん、こんな娘がいたら可愛くって仕方がないよね。
「私ごときが言うのは大変失礼かと存じますが、お見受けしたところ、所作や作法がとても洗練されており、お優しいお人柄もにじみ出ているのが分かります。もちろんお亡くなりになった母上の愛情と教育の賜物だろうとお察ししますが、しかし本当にそれだけでしょうか?」
自分がそういうと、彼女は可愛く頭を捻って賢明に考え込む。こういう素直な育ち方、好感度急上昇ですよ。
自分が現世でワーカホリックだった元父親目線で、ほぼ自分の経験だけの父親の心情を語ってしまった。
恐らく、彼女と彼女の母親の二人の生活を遠くからこの父親は見守っていたに違いない。高貴な生まれの娘と器量よし(この娘の母親だからきっとそうだ)の母親と、母子二人だけで安心安全に暮らせる理由が思い当たらない。ボディーガードが陰に日向に二人の生活を外部の悪意から守っていたはずだ。
そして、彼女の立ち居振る舞いから貴族の娘として必要な行儀作法から教養(学問、音楽、領地経営・家政の能力など)や護身術や魔法技術(魔術全般)に至るまで相当教育費にお金がつぎ込まれているに違いない。あのね、子供の習い事というのは結構お金がかかるんだよ。
「おそらくですが、お父様はあなたのことをとても愛していらっしゃると思いますよ。私は生まれが卑しいので、意地悪なことも結構想像できたりするんですが。もしもお父様があなたをただの政略結婚の駒として扱っていたのなら、あなたをこれほどまでに魅力的な淑女へと育て上げられるわけがありません。今のあなたという存在そのものが、お父様の愛情が本物だった証拠だと思いませんか。」
出張に次ぐ出張で、また毎日残業が続いて、子供たちの顔を見れてなくたって父親はいつだって子供のことを思っているのだよ。懸命に働く動機のひとつに子供の成長があったのは間違いない。あっ、これ自分の話でした。
彼女の目に涙が溢れるのが分かった(眼帯の両目の部分が滲んだからそう判断した)。
まずいな。彼女が泣いている所を遠目にクリティエさんだっけ、侍女(仮)の彼女に見つかったら何を誤解されるかたまったもんじゃない。ここは彼女に見つかる前に退散すべきだ。
「長い時間お騒がせしました。素敵な帰り道を教えて頂きありがとうございます。私はこの辺でお暇させて頂きます。」
自分はそそくさとその場を立ち去り、秘密の抜け穴を目指して急ぎ足で目印となる物置へ向かった。しばらく小道を進むと自分の後方で、
「お嬢様、お一人で退屈な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」という侍女(確)の声が聞こえた。
背中に薬草を詰めた籠を背負っていることを忘れてそのまま秘密の抜け穴をくぐろうとして生垣に籠をひっかけてしまい、衝撃で肩が外れそうになった。
◆
「お嬢様、お一人で退屈な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」
クリティエが大きな声を出しながらこちらに駆け寄ってくるのが分かった。だって声の聞こえ方がとっても早く大きくなってきたから。私のことを思って急いできてくれたのね。でも、なんか今日だけはゆっくり来てほしいと感じたわ。なぜかわからないけど。
「せっかくのティータイムでしたのに、とっておきのカネルブッレを忘れるなんて。私としたことが」
クリティエがやや乱暴に茶器をカチャカチャさせながら手早くお茶の準備を始めた。
私は眼帯が涙で濡れていることを知られるのが恥ずかしくてクリティエから顔が見えないように体の向きを変える。でもクリティエは手をせわしなく動かしながらも私の不審な動きをすぐに察知して、
「お嬢様、いかがなさいましたか? お加減でも優れませんか?」
クリティエが私の顔を覗き込んで、
「まあ大変、お顔が。どこが痛むのでしょうか、すぐにお医者様をお呼びしないと」
「いいえ、大丈夫よ、気にかけてくれてありがとう!どこも痛むところないし、元気だから安心して」
「でもでも、どうしましょう、私が私がお嬢様のお側を離れたばっかりに……」
このままクリティエをごまかし続けることはできないと悟ったので、正直にさっきまで珍客がいたことを彼女に話した。
おそらく私の話に耳を傾けるクリティエの顔は、目まぐるしく色が変わっていたのだろう。彼女の反応がそれを物語っていた。
「でも、お嬢様がそこまでご自身のことを初めて会った殿方にいともたやすくお話になるなんて。ご本人の口から伺っても、このクリティエにはとてもにわかには信じられません」
ええ、自分自身、未だに信じられない思いですわ。
「本当に、本当になんとなくですけど、まるでお父様とお話しているようだったの」
「まあ、それではずいぶんと落ち着いた感じの男性だったんですね。お年は旦那様と同じくらいだったのかしら」
「うーん分からないわ、お顔は見れなかったから」
「申し訳ありません、そういう意味では」
「分かっているわよ、全然気にしないで。お声の感じからそう思っただけ。だけど不思議なのよね、お声自体は若い男の子みたいだったんだけど、お話がお父様みたいだった」
「賢者様の所の方だったんですよね。伺った感じですとニコラウス様のはずが無いし、一体どなただったんでしょうかね」
「道に迷ってらしたから、きっと新しく来た方ね。言葉遣いもこの辺りの人とはちょっと違っていたもの」
「分かりました、どなただったか聞いておきますね。あそことは結構人の行き来がございますから。お嬢様のことを大切にしてくださり、クリティエからも是非お礼を言っておかないといけませんから。会える日が待ち遠しいです」
私も、次にあなたとお会いできるのが待ち遠しくてなりません。その時にはきっと、あなたがどのようなお顔をされているかすぐに分かりますもの。




