第六章 王国の闇
「逃げてください!」
エリシアの叫び声と同時だった。
どん、と。
さっきまで俺が立っていた場所に、黒い矢が突き刺さる。
石畳が砕けた。
いや、矢で石畳って砕けるのかよ。どういう殺意だ。
闘技場の歓声が、一瞬で悲鳴に変わる。
観客が逃げ惑う。
黒い外套の男たちが、いつの間にか闘技場の中に入り込んでいた。
全員、顔を隠している。
全員、俺だけを見ている。
嫌すぎる。
「レオン様、走ってください!」
エリシアが俺の腕を引く。
俺たちは闘技場の裏口へ飛び込んだ。
背後で、剣の音。
誰かが叫んでいる。
たぶん騎士たちが止めてくれてる。でも、長くは持たない。
「こっちです!」
石の通路を走る。
息が切れる。
決勝戦のあとだから、体中がぼろぼろだ。
足は痛い。肩も痛い。正直、今ならその辺の犬にも負ける自信がある。
なのに後ろから来るのは、たぶんプロの暗殺者。
人生って、急に難易度上げてくるよな。
通路を抜け、王都の裏路地へ飛び出す。
夜。
雨が降り始めていた。
石畳が濡れて滑る。
遠くで鐘が鳴る。
「止まれ!」
後ろから声。
振り向くと、黒服が三人。
速い。
まずい。
俺は短剣を抜く。
でも、戦える気がしない。
そのとき。
短剣が、青く光った。
『古代遺跡を確認』
『北西、距離二百メートル』
頭の中に、矢印が浮かぶ。
「は?」
「レオン様?」
「こっちだ!」
俺はエリシアの手を掴んで走る。
細い路地。崩れかけた壁。誰もいない古い地区。
王都の外れ。
その奥に、古びた石造りの建物があった。
半分崩れて、蔦に埋もれている。
どう見ても廃墟。
でも、短剣は強く光っていた。
「入るぞ!」
扉を蹴る。
中は暗い。
湿った空気。土の匂い。
後ろから足音が近づく。
やばい。
その瞬間。
短剣が、勝手に俺の手の中で震えた。
壁に向かって、青い光が伸びる。
ごごご、と。
石壁が動いた。
「……うそでしょ」
エリシアが呟く。
俺も同意だ。
隠し通路。
そんなのある? 普通。
いや、この世界だとあるのか。
俺たちは転がり込むみたいに中へ入る。
直後、壁が閉まる。
外の音が消えた。
暗い。
静か。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけ。
「助かった……?」
「たぶん」
息を整えて、前を見る。
そこは、広い部屋だった。
丸い石の部屋。
壁一面に、見たことのない文字が刻まれている。
真ん中には、大きな台座。
そして、その上に。
俺と同じ短剣が置かれていた。
いや、違う。
もっと豪華だ。
金色の装飾。青い宝石。
王様が持ってそうなやつ。
近づいた瞬間、頭の中に声が響く。
『後継者を確認』
『レビュー能力、第二段階を解放します』
頭が痛い。
また、大量の記憶が流れ込んでくる。
知らない景色。
巨大な都市。
空に浮かぶ塔。
銀色の街。
そして、その真ん中に立つ、ひとりの男。
王。
黒いマントを羽織り、俺と同じ短剣を持っている。
『古代王アステル』
『レビュー能力の最初の所有者』
俺は、息をのむ。
壁の文字が、勝手に読めるようになる。
『我らは、真実を見る力を持っていた』
『人も、国も、武器も、本当の価値を見抜いた』
『だが、人々はそれを恐れた』
『偽物で支配していた者たちが、王を裏切った』
次々と、映像が流れる。
貴族たち。
笑いながら、偽物の勲章を配っている。
価値のない人間を、家柄だけで偉いと言う。
逆に、本当に才能がある人間を踏みにじる。
それに逆らった古代王は、殺された。
国ごと、滅ぼされた。
俺は唇を噛む。
今の王国と同じだ。
エルグランツ王国も、同じ。
偽物の価値で、人を支配している。
ベルゼインは、その頂点にいる。
『現王国は、裏切り者の末裔によって築かれた』
『王家も、貴族も、真実を恐れる』
『レビュー能力を持つ者が現れれば、必ず消そうとする』
背筋が寒くなる。
だから、俺は狙われてる。
ベルゼインは、最初から知ってたんだ。
俺の力が、自分たちの世界を壊すって。
「レオン様……」
エリシアが、心配そうに俺を見る。
「大丈夫ですか」
「……分かんねえ」
声がうまく出ない。
俺は台座に手をつく。
すると、最後の文字が浮かぶ。
『覚醒条件』
その瞬間。
胸が、どくんと鳴る。
『己の価値を、自ら認めること』
……は?
俺は固まる。
今まで、ずっと。
俺は他人に価値を決められていた。
父に。
兄に。
使用人に。
前世の上司に。
無能。
ハズレ。
役立たず。
その言葉を、自分でも信じていた。
だから、レビューで自分を見ても『評価不能』だった。
俺自身が、自分を無価値だと思ってたから。
情けない。
笑えてくる。
ここまで来て、まだそんなことで止まってたのか。
でも。
目の奥が熱い。
悔しい。
苦しい。
そして、泣きそうだ。
「……俺、怖かったんだ」
気づけば、口にしていた。
「ずっと、無価値だと言われるのが。誰にも認められないのが、怖かった」
声が震える。
格好悪い。
最低だ。
なのに。
「あなたは、最初から無価値なんかじゃない」
エリシアが、静かに言う。
聞き慣れた言葉。
でも、今は前よりずっと、胸に刺さる。
彼女は俺の前に立つ。
真っ直ぐ見つめて。
「私の父も、そうでした」
「……え?」
「才能があった。誰より頭も良かった。でも平民だったから、誰も認めなかった」
エリシアは少しだけ笑う。
でも、その目は寂しそうだ。
「だから私は、最初にあなたを見たとき、分かったんです」
彼女の手が、俺の頬に触れる。
温かい。
「あなたは、自分で思ってるより、ずっとすごい人です」
駄目だ。
そんなこと言われたら。
涙が出る。
俺は情けなく、ぼろぼろ泣く。
十五歳にもなって、女の子の前で大泣き。
最悪だ。
でも、エリシアは笑わない。
ただ、黙って俺を抱きしめた。
柔らかい。
石の部屋の冷たさが、少しだけ遠くなる。
どれくらいそうしていただろう。
やがて、俺は深く息を吸う。
短剣を握る。
そして、自分を見る。
『対象:レオン・アルヴェイン』
文字が浮かぶ。
前と違う。
『評価:★★★★★』
『本質:真実を見抜き、自ら価値を決める者』
『覚醒条件、達成』
部屋いっぱいに光が広がる。
頭の中に、新しい力が流れ込む。
『新能力:真実開示』
『対象の偽りを暴き、本来の姿を強制的に明らかにする』
息をのむ。
これなら。
ベルゼインの嘘も。
偽物の聖遺物も。
全部、暴ける。
短剣の光が消える。
部屋はまた静かになる。
でも、さっきまでとは違う。
胸の奥にあった重さが、少しだけ消えていた。
俺は立ち上がる。
「帰るぞ」
「どこにですか」
エリシアが首を傾げる。
俺は笑う。
今度は、ちゃんと自分の意思で。
「王都だ」
雨は止んでいた。
隠し通路を抜ける。
夜明け前の空は、少しだけ白い。
冷たい風が吹く。
でも、不思議と寒くなかった。
俺は短剣を握る。
今なら分かる。
俺は、無能なんかじゃない。
ハズレでもない。
俺が、俺の価値を決める。
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