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第五章 兄との決着

決勝戦の日。


闘技場は、昨日までとは比べものにならないくらい騒がしかった。


観客席は満員。


貴族も平民も、みんな好き勝手なことを叫んでいる。




「ディルク様だ!」 「いや、あのハズレ息子が意外と粘るかもしれねえぞ!」 「無理だろ! 相手はアルヴェイン家の神童だぞ!」




うるさい。


朝からずっと、胃がきりきりしている。


逃げたい。


正直に言うと、かなり。


でも、逃げたら兄は壊れる。


だから、やるしかない。




「顔、真っ青ですよ」




待機場所で、エリシアが呆れた声を出す。




「緊張してない」


「手が震えてます」


「武者震いだ」


「三回目ですね、その言い訳」




鋭い。


エリシアは俺の前に立つ。


そして、そっと俺の頬を叩いた。


ぺしっ。


全然痛くない。




「何すんだ」


「目を覚ましてください」




彼女は真っ直ぐ俺を見る。




「あなたは、お兄様を倒しに行くんじゃない。救いに行くのでしょう」




胸の奥が、少しだけ軽くなる。


そうだ。


勝つためだけじゃない。


兄を、止める。


助ける。


それを忘れたら、俺まであいつらと同じになる。


鐘が鳴る。


どおん、と闘技場に響く。


俺はゆっくりと、舞台へ上がる。


反対側には、ディルクがいた。


兄の顔色はひどかった。


唇は青い。目の下の隈も、昨日より濃い。


なのに、その目だけはぎらぎらしている。


首元の聖遺物が、不気味に光っていた。




『侵食率:89%』


『危険。残り時間、少』




嫌な汗が流れる。




「兄上」


「黙れ」




兄は剣を抜く。


歓声。


観客席では、父が腕を組んで見ていた。


表情は読めない。


試合開始。


次の瞬間。


兄が消えた。




「っ!?」




速い。


昨日までの相手とは比べものにならない。


気づいたときには、剣が目の前にある。


受ける。


無理。


木剣ごと吹き飛ばされた。


地面を転がる。


背中が焼けるみたいに痛い。


観客席がどっと沸く。




「ディルク様だ!」


「終わりだ!」




くそ。


強い。


でも、おかしい。


兄の動きは、人間じゃない。


速すぎる。重すぎる。


首飾りの光が、どんどん強くなっていく。


俺は立ち上がる。


兄がまた踏み込む。


右。


左。


上。


全部、見える。


でも、体が追いつかない。


肩を斬られる。


足を払われる。


膝をつく。


観客席から笑い声が飛ぶ。




「やっぱり無能だ!」


「ハズレ息子は所詮ハズレだな!」




胸の奥が、ぐらりと揺れる。


無能。


ハズレ。


何回も言われてきた。


何回も、そうなんだって思ってきた。


兄の剣が振り下ろされる。


終わる。


そう思った瞬間。




「レオン様ぁ!」




エリシアの声。




「あなたは、最初から無価値なんかじゃない!」




時間が止まったみたいだった。


頭の中で、前世の記憶がよみがえる。


誰かに認められるためだけに働いて。


上司に怒鳴られて。


役に立たないって言われて。


なのに、最後まで笑って。


……馬鹿だった。


俺は、ずっと。


他人の決めた点数で、自分を見てた。


でも。


今の俺は違う。


俺は立ち上がる。


兄の剣を、正面から受ける。


ぎりぎりと、木剣が軋む。




「兄上」


「何だ!」


「もう、やめろ!」


「黙れッ!」




兄の顔が歪む。


怒り。


悲しみ。


悔しさ。


ぐちゃぐちゃになって、全部混ざっている。




「俺は……俺は、父上に認められたかっただけなんだ!」




観客席が静まる。


父も、初めて目を見開く。


兄の声が、闘技場に響く。




「ずっと頑張ってきた! 強くなれって言われて、負けるなって言われて、完璧でいろって言われて!」




首飾りの光が強くなる。


兄の肩が震える。




「なのに、父上は最近、俺を見てくれない! 家が潰れそうだからだ! 俺がもっと強くならなきゃって……!」


ひび。


兄の首元の聖遺物に、細い亀裂が入る。


やばい。




「兄上、下がれ! それはもう聖遺物じゃない、ただの呪いだ!」


「うるさい!」




次の瞬間。


首飾りが、爆発みたいに光った。


兄の目が真っ赤になる。




「が……あああああああっ!」




絶叫。


闘技場が揺れる。


兄の剣が、めちゃくちゃに振り回される。


石畳が砕ける。


観客が悲鳴を上げて逃げる。


父が立ち上がる。


でも、動けない。


兄を止められない。


俺は、走る。




「レオン様!」




エリシアの声が聞こえる。


でも止まれない。


兄の前に飛び込む。


剣が振り下ろされる。


避けない。


俺は兄に抱きつく。




「……っ!?」




重い。


熱い。


兄の体が、壊れそうなくらい震えている。




「兄上」




耳元で叫ぶ。




「もういい!」




兄の手が止まる。


ほんの一瞬。


その隙に、俺は腰の短剣を抜く。


真識の短剣。


あの日、倉庫で見つけた古代の短剣。


俺はそれを、首飾りに突き立てた。


高い音。


ぱきん、と。


聖遺物が砕ける。


青白い光が、闘技場いっぱいに広がった。


風が吹く。


兄の体から、力が抜ける。


そのまま、俺たちは一緒に倒れた。


しばらく、何も聞こえなかった。


耳鳴りだけ。


遠くで誰かが叫んでいる。


でも、兄の声だけは、はっきり聞こえた。




「……なんでだ」 掠れた声。 兄は、泥を啜るような顔で泣いていた。 子供のように、ただ、縋るように。




「なんで、お前が……俺を助けるんだ」




俺は笑う。


痛くて、苦しくて、たぶん顔はひどいことになってる。


でも、笑う。




「……兄弟だからだろ。それ以外に理由がいるかよ」




兄の目から、ぽろぽろ涙が落ちる。


観客席は静まり返っていた。


誰も、何も言えない。


父だけが、ゆっくり立ち上がる。


グラナード・アルヴェイン。


ずっと俺を無能だと言っていた父。


その人が、初めて。


初めて、ひどく動揺した顔をしていた。


試合終了の鐘が鳴る。




「しょ、勝者……レオン・アルヴェイン!」




歓声。


いや、違う。


最初は静かだった。


それから、一人。


また一人。


拍手が始まる。


やがて闘技場全体が揺れるくらい、大きな拍手になった。




「レオン様!」 「すげえぞ、本物の英雄だ!」 「ハズレ息子なんて言った奴は誰だ!」




最後のは余計だ。


でも、悪くない。


エリシアが駆け寄ってくる。




「ばか」




開口一番、それだった。




「何であんな無茶するんですか」


「かっこよかっただろ」


「最低です」




そう言いながら、彼女の目も少し赤い。


そのとき。


観客席の一番上。


黒い服の男が、静かに立ち上がった。


ベルゼイン宰相。


彼は俺を見下ろしながら、ゆっくりと笑う。




「失敗か」




小さく、そう呟く。


その後ろにいた黒服の男たちが、一斉に頭を下げた。




「始末しろ」




低い声。


誰にも聞こえない。


でも、その瞬間。


背筋に、氷みたいな寒気が走った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




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