第三章 天才レビュアー覚醒
朝から鍛冶場は地獄みたいに暑い。
いや、地獄を見たことはないけど、たぶん似たような感じだと思う。
赤く焼けた鉄。飛び散る火花。耳を殴ってくる金属音。
その真ん中で、俺は額の汗をぬぐいながら鉄の塊を見つめていた。
『鉄鉱石』
『評価:★★』
『不純物が多い。叩けば形にはなるが、すぐ歪む』
隣の鉄を見る。
『評価:★★★★』
『魔力伝導率が高い。剣向き』
「……こっちだな」
俺が指差すと、ガロンが腕を組む。
「何で見ただけで分かる」
「勘」
「その勘、俺にもくれ」
欲しい。俺も普通に欲しい。
俺たちは鍛冶場の奥で、朝からずっと剣を作っていた。
市場で評判になってから、ガロンの店には客が押し寄せている。
でも、数を作るだけじゃ意味がない。
この国は、見た目だけ派手な偽物で溢れてる。
だったら俺たちは、本物でぶん殴るしかない。
「レオン、これも見ろ」
ガロンが新しい鉱石を放ってくる。
受け取った瞬間、文字が浮かぶ。
『青鋼石』
『評価:★★★★★』
『希少。適切に鍛えれば、王国でも五本しか存在しない名剣級になる』
「おお……」
「何だ、その顔」
「たぶん、すごい」
「雑だな!」
でも本当にすごい。
俺は炉の前に立ち、青鋼石を熱する。叩き、削り、形を変えていく。
――不思議な感覚だった。
前までの俺は、何をやっても駄目だった。
剣も魔法も、全部平均以下。
なのに今は、何を選べばいいか分かる。
どこを直せば「本物」になるのかが、手に取るように理解できた。
まるで、世界の答え合わせをしている気分だ。
数時間後。
完成した剣を、俺は静かに持ち上げる。
銀色の刀身。余計な装飾はない。
でも、光の反射がやたら綺麗だ。
『名称:蒼刃』
『評価:★★★★★』
『軽量、高耐久、高魔力伝導。現時点で王都最高峰』
「できた」
ガロンがごくりと唾を飲む。
「……お前、本当に何者だ」
「だから俺も知りたいって」
その日の昼には、騎士団の見習いたちが店に押しかけてきた。
「噂の剣を見せてくれ!」
「本当にそんなに違うのか?」
半信半疑だった男が、蒼刃を握る。
一振り。
空気が鳴る。
「軽っ!?」
二振り。
試し切り用の木人形が、すぱん、と綺麗に真っ二つになる。
「何だこれ!」
「買う!」
「俺も!」
店の中が一気に騒がしくなる。
ガロンは奥で頭を抱えていた。
「待て待て待て! 在庫がねえ!」
「人気店あるあるだな」
「笑ってる場合か!」
でも、笑いたくもなる。
俺たちが作った剣が、本当に評価されている。
誰かに押しつけられた価値じゃない。
ちゃんと、本物だから売れている。
店が閉まったあと、エリシアが帳簿を抱えて戻ってくる。
「今日の売上、銀貨百七十枚です」
「は?」
「昨日の三倍です」
「鍛冶って儲かるんだな……」
「あなたが異常なんです」
ぐうの音も出ない。
エリシアは机の上に帳簿を置く。
そして、少しだけ真面目な顔になった。
「最近、変な人が増えてます」
「変な人?」
「店の前をうろうろしてる黒い服の男とか、話しかけるふりをして店の中を見ていく人とか」
「あー……人気者はつらいな」
「現実逃避しないでください」
怒られた。
でも、心当たりはある。
宝石商を怒らせた。市場の商人たちにも嫌われた。
それに、アルヴェイン家の聖遺物の件。
俺は知らないうちに、触っちゃいけない何かに触れてるのかもしれない。
その日の夜。
市場の広場で、大きな歓声が上がった。
「見ろよ! アルヴェイン家の跡取りだ!」
振り向く。
人混みの向こうに、ディルクが立っていた。
兄は黒い外套を翻し、剣を抜く。
目の前には、王都でも有名な傭兵が三人。
どうやら腕試しらしい。
「兄上……」
ディルクが動く。
速い。
前より、明らかに。
剣が閃いた瞬間、傭兵たちの武器がまとめて吹き飛ぶ。
歓声。
女たちの悲鳴。
でも、俺は妙な違和感を覚える。
兄の動きは鋭い。
鋭すぎる。
無理やり力を引き出しているみたいな、不自然さ。
そして、兄の腰には見慣れない首飾りが下がっていた。
青白い石。
見た瞬間、レビューが発動する。
『評価:★1』
『名称:偽造聖遺物・戦神の首飾り』
『使用者の身体能力を一時的に向上させる』
『代償:精神崩壊、感情の摩耗、最終的に死亡』
血の気が引いた。
「おい……」
兄は試合を終え、人々に囲まれて歩いていく。
俺はその後を追った。
人気のない路地裏で、ようやく追いつく。
「兄上!」
ディルクが振り向く。
その目の下には、濃い隈ができていた。
「何だ、お前か」
「その首飾り、捨てろ」
一瞬。
兄の顔が止まる。
「……何を言ってる」
「あれは聖遺物じゃない。呪具だ。使えば壊れる」
「またそれか」
ディルクが笑う。
でも、前みたいな余裕のある笑いじゃない。
ひび割れたみたいな笑い方だ。
「父上が、やっと俺を認め始めたんだ」
「そんなもので?」
「そんなもの、じゃない!」
兄の声が、路地に響く。
「お前には分からない! 俺はずっと、父上の期待に応えてきた! 強くなれと言われて、勝てと言われて、完璧でいろと言われて……!」
息が荒い。
握った拳が震えている。
「なのに最近は、父上は俺を見るたびに焦ってる。家が潰れそうだからだ。俺がもっと強くならなきゃいけない。もっと結果を出さなきゃいけない」
兄は首飾りを握りしめる。
「これは、そのために必要なんだ」
俺は何も言えなくなる。
兄も苦しい。俺を見下していた兄が、実は誰より追い詰められていた事実に、胸の奥が焼けるようだった。
でも。
だからって、自分を壊していい理由にはならない。
「兄上」
「黙れ」
ディルクが背を向ける。
「無能のお前に、俺の何が分かる」
そのまま、兄は闇の中へ消えていった。
胸の奥が重い。
最悪だ。
あの人を放っておけないって思ってる自分が、一番最悪だ。
翌日。
俺はガロンの店の裏で、短剣を握りしめていた。
兄の首飾りのことが頭から離れない。
あれは、絶対に駄目だ。
なのに、兄はもう聞いてくれない。
「考え事ですか」
エリシアが隣に座る。
彼女は缶みたいな容器を差し出してきた。
中身は、温かいスープだった。
「泣きそうな顔してますよ」
「してない」
「してます」
即答しやがった。
俺はスープを飲む。
塩気が強い。市場の屋台のやつだ。
でも、温かい。
「俺、兄上のこと嫌いなんだ」
「知ってます」
「でも、死んでほしくはない」
エリシアは黙って聞いていた。
「変ですよね」
「どこが」
「嫌いな相手を助けたいなんて」
「普通です」
彼女は、当たり前みたいに言う。
「あなたは、優しいので」
「やめろ。似合わない」
「似合います」
そう言って笑う。
ずるい。
そんな顔されたら、何も言い返せない。
そのとき。
市場の掲示板の前が騒がしくなった。
人が集まっている。
「武闘大会だ!」
「今年は王都の貴族も出るらしい!」
俺たちも近づく。
大きな紙が貼られていた。
『エルグランツ王都武闘大会』
『優勝者には騎士団推薦資格、賞金、そして王家謁見の機会を与える』
その下に、小さく名前がある。
『アルヴェイン家長男 ディルク・アルヴェイン 出場予定』
兄も出る。
嫌な予感しかしない。
あの首飾りを使えば、兄はもっと強くなる。
そして、もっと壊れる。
「……出る」
気づけば、口にしていた。
エリシアが目を丸くする。
「武闘大会に?」
「兄上を止める」
「あなた、剣は平均以下ですよね」
「ひどいな」
事実だけど。
「でも、俺にはレビューがある」
武器の弱点が見える。
相手の癖も、動きも、全部見える。
それに。
ただ兄を助けたいだけじゃない。
俺は証明したい。
無能だって言われた俺が。
家を追い出された俺が。
誰より、本物を見抜けるってことを。
俺は掲示板の紙を剥がす勢いで掴む。
「俺が勝つ」
市場の風が吹く。
エリシアが、困ったように眉を下げた。
「……心配です」
「大丈夫」
俺は笑う。
たぶん、ちょっと無茶な顔で。
「俺が全部、証明してやる」
その頃。
王都の中心。
豪華な部屋で、ひとりの男が報告書を読んでいた。
長い黒髪。冷たい目。年齢は五十を超えているはずなのに、妙に若く見える。
ベルゼイン宰相。
王国を裏から支配している男。
彼は報告書を机に置き、静かに笑った。
「アルヴェイン家の次男……レオン・アルヴェイン」
机の上には、俺の名前が書かれている。
「偽物を見抜く、か」
ベルゼインの指先が、ゆっくりと紙を叩く。
「面白い」
でも、その目は笑っていない。
「『本物』か。……この美しい箱庭に、余計な鑑定眼は必要ない」
低い声が、部屋に落ちる。
「今のうちに、潰しておくとしよう」
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