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第二章 偽物だらけの街

「私も行きます」




そう言ったエリシアは、翌朝になると本当に荷物を抱えて門の前に立っていた。


小さな鞄ひとつ。あと、妙にやる気に満ちた顔。




「……冗談じゃなかったのか」


「私は冗談を言うのが下手です」


「知ってる。怖いくらいに」




朝の空気は冷たい。アルヴェイン家の屋敷を見上げる。


俺が十五年住んだ場所。


なのに、不思議なくらい未練がない。


あるとすれば、ひとつだけ。


昨日、最後まで俺を見ようとしなかった父の顔。


あの人は、本当に俺を捨てたかったんだろうか。


……いや、考えるのはやめだ。


今の俺に必要なのは、感傷じゃなくて宿代である。


王都へ向かう馬車に乗り、昼過ぎ。


エルグランツ王国の王都は、思っていたよりずっと騒がしかった。


石畳の道。鼻をくすぐる焼きたてのパンの匂い。行商人の怒鳴り声。荷車の軋む音。


平民街の市場には、人が溢れている。


そして俺たちの財布は、見事に空っぽだった。




「所持金、銀貨二枚」


「宿代、一泊で銀貨三枚です」


「詰んだな」


「詰みましたね」




やけに爽やかに言うな。


俺たちは市場の端に座り込む。


腹が減った。


朝から何も食べていない。


隣でエリシアの腹が、小さく鳴った。




「今のは聞かなかったことにしてください」


「無理だろ。ものすごく愛らしい音だったぞ」


「殴りますよ」




怖い。


そのとき、通りの向こうで怒鳴り声が上がった。




「何でだよ! 昨日まで売れてたのに!」




振り向くと、小さなパン屋の前で、店主らしい男が頭を抱えている。


店先には焼き立てらしいパンが並んでいるが、客は誰もいない。


代わりに、向かいの店には長蛇の列。




「……ちょっと見てくる」




俺は立ち上がって、パンをひとつ手に取る。


すると、視界に文字が浮かぶ。




『焼きたてパン』


『評価:★1』


『見た目は良い。だが生地が古く、塩が多すぎる。三口目で飽きる』




ひどい。パンに対して容赦がない。


向かいの店のパンを見る。




『評価:★★★★』


『素朴だが、香草の使い方が絶妙。冷めても美味い』




なるほど。


俺はパン屋の店主に近づく。




「なあ、塩入れすぎ」


「は?」


「あと、生地。昨日の残り混ぜてるだろ」




店主の顔が固まる。




「何で分かる」


「見れば分かる。あと、香草を少し入れろ。安いのでもいい。焼く前に生地を半日寝かせろ」


「お、お前、パン職人か?」


「全然」




むしろ今は無職だ。


店主は半信半疑だったが、客がいないのも事実だ。


やけくそみたいな顔で、俺の言う通りに焼き直し始める。


三十分後。


市場の空気が変わった。


香草の匂いがふわっと広がる。


焼きたての香りに釣られて、人が集まる。




「何これ、美味しい!」


「前と全然違うぞ!」




あっという間にパンは売り切れた。


店主が震えた顔で俺を見る。




「お前……何者だ」


「さあ。俺も知りたい」




お礼だと言って、焼きたてのパンを二つもらう。


うまい。


昨日までの俺なら、パンひとつで泣きそうになるなんて思わなかった。


隣を見ると、エリシアが黙々と食べていた。




「そんなに美味いか」


「……幸せです」




頬が少し緩んでいる。

危ない。少し見惚れそうだ。


その日の夕方には、妙な噂が市場に広がっていた。




『何でも見抜く変な少年がいる』




全然嬉しくない肩書きだ。


しかも翌日には、宝石商の屋台の前で騒ぎになった。




「この宝石、本物です! 王都の貴族にも売れた逸品!」




赤い石を掲げる男。


周りには客が集まっている。


俺は何となく、その石を見た。




『評価:★1』


『色付きガラス。火に近づけると溶ける』




「偽物だな」




ぽろっと口に出た。


周囲が静まる。


宝石商がぎろりと睨んだ。




「何だと、小僧」


「それ、ガラスだ。しかも安物」


「ふざけるな! これは――」


「火、持ってこい」




市場の屋台から火を借りて、石を近づける。


じゅっ、と嫌な音がした。


赤い石は、ぐにゃりと曲がった。


客たちがざわめく。




「詐欺だ!」


「金返せ!」




宝石商は真っ赤な顔で俺を睨みつける。




「覚えてろよ……!」




捨て台詞を吐いて逃げていった。




「増えましたね」


「何が」


「恨み」




やめろ。正論は刺さる。


それから数日。


俺たちは市場の外れの安宿に泊まりながら、レビュー能力でいろんな店を助けて回った。


肉屋の包丁。八百屋の仕入れ。雑貨屋のランプ。


本物を選び、駄目なものを直す。


すると、少しずつ金が入るようになった。




「最近、『鑑定屋』って呼ばれてますよ」


「だっせえな……」


「でも、ぴったりです」




市場を歩いていると、ふいにエリシアが俺の袖を引く。




「見てください」




古びた武器屋。


看板は傾き、店先の剣には錆が浮いている。


なのに、店の奥に置かれた一本だけ、妙に気になる剣があった。


近づく。




『評価:★★★★』


『素材は一級。だが研ぎ方が悪く、本来の力を出せていない』


「店主、これ、あんたが作ったのか」




奥から、大柄な男が顔を出した。


髭だらけ。腕は丸太みたい。いかにも鍛冶師だ。




「だったら何だ」


「惜しい」


「は?」


「鉄はいい。でも熱し方が雑だ。あと刃の重心がズレてる。だから振りにくい」




鍛冶師の顔が変わる。




「……誰だ、お前」


「最近、よく聞かれるなそれ」




男はしばらく黙っていたが、やがて奥を指差した。




「来い」




鍛冶場は熱気でむせ返っていた。


赤く焼けた鉄。火花。金属を叩く音。


男の名前はガロン。


昔は王都でも名の知れた鍛冶師だったらしい。


でも、貴族に取り入る商人たちに仕事を奪われ、今では潰れかけ。




「俺の剣は、本物だと思ってた」




ガロンが悔しそうに言う。




「でも、売れねえ。見た目だけ派手な剣ばっか売れる」




その顔を見て、妙に腹が立った。


ああ、この国、どこも同じだ。


本当にいいものを作るやつが、ちゃんと評価されない。




「だったら、売れるようにしてやる」




俺は剣を持ち上げる。




「本物なら、本物だって俺が証明する」




三日後。


ガロンの店の前には、人だかりができていた。


俺が選んだ素材で、俺が重心を調整して、ガロンが打った剣。


騎士見習いが振った瞬間、目を丸くする。




「軽い……!」


「なのに切れる!」


「こっちの派手な剣より、全然いいぞ!」




売れた。


飛ぶように。


ガロンは半分泣きそうな顔で、俺の肩を叩く。




「お前、天才か」


「知ってる」




言ってみたかった。


エリシアが隣で吹き出す。




「調子に乗ってますね」


「人生で初めてだから許せ」




夜。


宿に戻る途中、エリシアが市場で話を聞き回っていた。




「何してるんだ」


「情報収集です」


「侍女ってそんな仕事するっけ」


「あなたのそばにいると必要になります」




否定できない。


彼女は小さな紙を見せてくる。




『アルヴェイン家、借金で領地売却寸前』




胸が、嫌な音を立てた。




「旦那様が買った聖遺物のせいです。王都の商人に騙されたみたいですね」


「……あの親父」




嫌いだ。


俺を捨てた。


無能だって言った。


でも。


あの人はたぶん、家を守りたかっただけだ。


間違ったやり方で。




「レオン」




エリシアが珍しく名前だけ呼ぶ。




「……助けたいんですか?」


俺は黙る。


市場の夜風が冷たい。


遠くで酔っ払いが笑っている。




「……助ける」

やっと、それだけ口にする。




「俺が嫌いなのは父上だ。でも、アルヴェイン家まで潰れていいとは思わない」




その翌日。


市場の真ん中に、見覚えのある男が立っていた。


ディルク。


兄は騎士服のまま、真っ直ぐこっちを見ていた。


周囲がざわつく。


完璧な跡取り。アルヴェイン家の英雄。


その視線が、俺に向く。




「みっともないな」




開口一番、それだった。




「平民の真似事か」


「そっちは貴族の真似事か」




兄の眉がぴくりと動く。




「父上がお前の話をしていた。最近、市場で騒いでいる不届き者がいると」


「へえ。俺のこと、まだ覚えてたんだ」




空気が冷える。


ディルクは腰の剣に手をかける。


立派な剣だ。銀色の装飾。宝石付き。いかにも高そう。


俺は何となく、その剣を見る。




『評価:★★』


『見た目は豪華。だが刀身に微細な亀裂あり。強い衝撃で折れる』


「……その剣、やめとけ」


「何?」


「折れるぞ」




ディルクが笑う。


初めて見る笑い方だった。


冷たくて、少しだけ必死な笑い。




「お前に何が分かる」


「分かるんだよ。だから言ってる」


「無能のお前が、俺に意見するな!」




兄は剣を抜き、近くの木箱を斬る。


鋭い音。


次の瞬間。


ぴしっ、と嫌な音がした。


刀身に細いひびが入る。


ディルクの顔から、血の気が引いた。


周囲も静まる。




「……偶然だ」




そう言い捨てて、兄は踵を返す。


去っていく背中は、妙に急いでいた。


俺はその背中を見つめる。


兄もまた、何かに追い詰められている。


父と同じだ。


誰かが決めた価値に、縛られてる。


その夜。


市場の裏路地。


黒い外套の男が、誰かに報告していた。




「確認しました。アルヴェイン家の三男、レオン・アルヴェイン」




月明かりの下で、男が低く笑う。




「聖遺物の真贋を見抜いています」




その先に立つ人物の顔は見えない。


ただ、低い声だけが響いた。




「面白い」




ぞくり、と背筋が冷える。




「では、しばらく泳がせろ。あれが本当に“レビュー”を持つなら――」




声が止まる。




「我々にとって、唯一の誤算になる」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!




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「この作品、好きかも」


「主人公を応援したい」


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