第98話 バレッタ
結局私は、ラガルド殿下の言われるがままに自分の好みの服を選んでしまった。
「そういうのが好みなのか」
「ええ、まあ……」
私が選んだのは黒色と紫色を基調とした服だった。
フリルが多いものは個人的な好みには合わないし、そもそも自分の容姿の特徴を鑑みても飾りが多いドレスはあまり似合わないという自覚があった。
だからこそ裾もあまり広がらず、体の線に沿うような服を選んだ。
「下手に遠慮している訳ではないだろうな」
「してませんよ」
着替えた私の装いを疑うように見つめるラガルド殿下。
それを否定しながら私は服の裾を摘む。
「似合いませんか?」
「いや? ただ歳の割に落ち着いたものを好むと思っただけだ」
「私にフリルやレースでゴテゴテしたドレスが似合うとお思いですか」
「なるほどな。合点がいった」
疑念は払拭されたらしい。
ラガルド殿下はこれ以上の言及は不要だろうと軽く手を挙げて降参のようなポーズをとってから店内の区域を移動し始める。
「とはいえ、お前はそもそもの髪色も暗いしな。もう少し彩った方が見栄えはいいか」
「問題ありませんよ。血痕さえなければ」
ちょっとした皮肉を込めて返事をするも、ラガルド殿下はそれを完全に無視してしまった。
彼がさっさと店内を横断してしまうので、必然的に、私も早足でそれを追いかけるようになる。
一足先に目的地に辿り着いたらしいラガルド殿下は何やら物色をしていたが、私が遅れて追いついた頃には既に何かを持っていた。
着替えを選ぶ時もそうだが、彼はどうやら判断が早い方らしい。
ラガルド殿下は振り返ると持っていたそれを私の頭へ持っていく。
「いいんじゃないか」
「はい?」
「やる」
ラガルド殿下は持っていたものを私へと放った。
「あ、ちょ」
ただでさえ相場が高い店だ。
決して乱暴に扱っていいような商品ではないに決まっている。
私は何とかそれを受け止めてから、ラガルド殿下に渡されたものを確認する。
バレッタだった。
蝶形花を模した小さな造花と細かな宝石で土台を埋め尽くされたアクセサリー。
生憎花の名前には詳しくないが素直に可愛らしい花だと思った。
店内で普通に見かけたのならば少し気持ちが傾いたかもしれない。
…….これを渡したのがラガルド殿下で、アクセサリーの色が青を基調としたものでなければの話だが。
「受け取れません」
「また遠慮か?」
「いえ、そうではなく。……これ、殿下の瞳の色じゃないですか」
異性へ贈り物をする時、髪や瞳の色など……自分の特徴を彷彿とさせるものには特別な意味を持たせるものだ。
基本的には交際相手や想いを寄せる相手へのアプローチとしての常套手段。
勿論、既に相手がいる人物に贈る事はタブーだ。
いくらラガルド殿下に振り回されっぱなしの私とはいえ、流石にこれに何の意味もないと言われて誤魔化されるような質ではない。
「私には婚約者がいますから、受け取れません」
「友人として受け取ればいいだろう」
「たとえ深い意図がないのだとしても、この色は受け取れません」
「チッ」
(あ、舌打ちした。やっぱりそういう事だったのね)
隙さえあれば私へのちょっかい……或いはヴィーへの挑発を忘れない彼の事だと踏んではいたが、本当に私の読み通りだったらしい。
ラガルド殿下は不満そうに私が持っていたアクセサリーを奪い取ると、今度は代わりに色違いの物を押し付けてきた。
「これでいいだろう」
(紫……私の瞳の色ね)
これならば特に深い意味は持たず、純粋に似合うからで片付けられるだろう。
(婚約者以外の異性からアクセサリーをもらう事自体があまり褒められた事はではないのだけれど……)
一応もう少し物申してみようか、と私はラガルド殿下を見る。
しかし私が口を開くよりも先、彼は私が言わんとした事を悟ったらしい。
「服を買うんだから、今更だろう。何なら命令と共に僕に押し付けられたとでも言えばいい」
「……はぁ」
「おい、何だその溜息は。もう少し喜んだらどうだ」
「お言葉ですが、贈り物は何でも買い与えてやればいいというわけではないでしょう」
要は押し付けがましい、と当然の感想を述べたつもりだった。
……のだが、意外にもラガルド殿下は不思議そうに目を瞬かせている。
(意外な反応ね)
「身に着けるのは今日だけ……命令の効力は今だけですからね。本当に褒められた事ではないのですから」
この贈り物にどのような意図があったとしても、命令とまで言われてしまえば私は受け取るほかない。
ラガルド殿下の性格を鑑みるならば、寧ろ色に異を唱えた際にあっさり取り替えてくれただけでも御の字とも言える。
(念の為ヴィーには後で事情を説明して謝っておきましょう)
私はラガルド殿下についていき、アクセサリーのお会計を見届ける。
それから、改めて渡されたバレッタを促されるがままに身に着ける。
「まあ、似合ってはいるな」
「そうですか。……ありがとうございます」
どんな事情であれ贈り物を貰ってしまったのだから形だけでも礼を述べなければ。
そう思って頭を下げたのだが、そこに感情があまり乗っていないのがバレてしまったのかもしれない。
ラガルド殿下は不満げに顔を顰めた。
(……怒らせたかしら)
とはいえ、私が手放しに喜べない理由は告げているし、彼もそれが理解できないわけではないだろう。
それでも機嫌を損ねてしまったというのならば改めてどこかで挽回しなければと、私はラガルド殿下の様子を窺う。
ラガルド殿下は不服そうな様子のまま店の扉を開けて外に出、私もそれに続く。
そうして店を離れた頃、彼は長い溜息の後に言った。
「何ならいい」
「え?」
「装飾品では喜ばないんだろう」
暫しの沈黙。
想定外の言葉に私の思考は止まった。
直前の彼の発言の意図を汲もうと私は懸命に考えたが、時間をかけた割に、立った予測は一つだけだった。
「それは……私に喜んで欲しい、と?」
頭の整理ができないまま、過った考えを思わず言葉にしてしまった。
もし勘違いならば思い違いで羞恥を覚えていた事だろう。
しかしどうやらこの憶測は大外れとも言えないようであった。
ラガルド殿下は小さな呻きと共に顔を強張らせたのだ。
「……そうだと言ったら?」
自分から聞いておいて何だが、彼の返答を確認した後の言葉を用意していなかった。
これを確認したとして、私は何を言えばいいというのだ。
何とも気まずい静寂が再度訪れる。
私は悩みながら、何とかラガルド殿下へ返す言葉を探す。
しかしその思考は更に脱線する事となった。
ふと、ラガルド殿下の後方。
十メートル程離れた、路地裏へ続く曲がり角。
そこからひょっこりと顔を出す人物を見つけてしまったのだ。
「〜〜ッ、カ」
「か?」
「っ、い、いえ。何でも」
思わず飛び出しかけた名前を私は何とか呑み込む。
それを聞き返され、首を横に振りながらも、私の注意は依然としてラガルド殿下の後方にあった。
(カ、カミーユ……ッ!?)
その人物は黄緑色の髪を揺らし、にっこりと満面な笑みを浮かべたまま私に手を振っていたのだった。




