第64話 決行
「こちらです」
監視の騎士に連れられやって来たのは、昨日まで警戒していた不審な魔法陣とは反対側に並んでいる木々の中。
その隙間に描かれた、人一人が立てる程度の大きさの魔法陣の前に私は立った。
私は昨日、研究員用に研究等周辺に施された魔法陣の位置をシャルル様から共有されていた。
そして彼から許可を得、それを我が家から派遣した騎士に共有、追って派遣される可能性のある王宮の騎士にも伝えるよう指示を出していた。
しかしこの位置に魔法陣があるという情報は、私も把握していない事であった。
「……確認するわ。念の為、周辺の警戒を強めておいて」
「ハッ」
丁度、シャルル様との約束の時間が迫っていた。
私が約束の場所――シャルル様の研究室の窓際に立つと、丁度窓が開かれる。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」
顔を覗かせたのはシャルル様だ。
昨日はうっすらとしか見られなかった隈がより濃くなっているので、昨晩も研究棟内を警戒して起きていたのだろう。
「こちらはテレーズ先生が戻って来たけど、彼女は俺以上に体を張るのには向いていないから、昨日同様に軽い共有を終えたらすぐ戻らせてもらうよ」
「テレーズ先生……。シャルル様が協力している研究というのは、テレーズ先生の研究だったのですね」
「ああ、言ってなかったっけ。そうなんだ」
テレーズ先生は、学園の非常勤講師だ。
私が入学する前の年までは常勤講師だったが、研究で成果を上げてからというもの、忙しくなり、固定の授業を請け負う事はなくなったとか。
「今も非常勤でたまに授業を請け負っているんだったっけ」
「はい。……そうだ、シャルル様。つい先程、怪しい魔法陣の報告が上がりました」
テレーズ先生の授業は何度か受けた事があった為、有事でさえなければもう少し話を聞いてみたいところでもあったが、そうもいかない。
私は先程見つけた魔法陣についてシャルル様へ報告した。
見つけた場所、大まかな形状など……。
私は把握している情報を事細かに説明したが、その最中から、徐々にシャルル様の顔に苦々しい笑みが浮かび始める。
「……シャルル様? 何か心当たりが?」
「……あー、すまない」
その様子が気になり、彼に問うてみると、シャルル様はバツが悪そうに片手をあげた。
「それは多分、オレが施したものだ」
「……はい?」
想定外の告白に私は思わず聞き返してしまう。
一方のシャルル様は頬を掻いている。
「本来、無断で魔法陣を施すのは禁止されているのだが、急を要すると言われてね」
「言われた……? 一体誰に?」
「さぁ。外套のフードを目深に被っていたからね。外套の下は学園の制服だったが、変装だったのかもしれないし。ただ、そうだな」
シャルル様は顎を撫でながら私を一瞥し、満足そうに一つ頷いた。
「君は王太子殿下にとっても重要な立場の者らしい事は理解した」
「私が……? もしや、グザヴィエ殿下から遣いでも?」
「ああ、お陰様でね。昨日、君が去って暫くしてからの事だった。先生の研究室の窓に小石を投げられてね」
シャルル様はそう言うと一通の封筒を取り出した。
その封筒には紛れもない、差出人がグザヴィエ殿下である事を示す封蝋が施されていた。
シャルル様は、これを遣いのものから渡されたのだと話した。
「ご丁寧に王太子の封蝋や署名を施し、オレを訪れた目の前の男はれっきとした王太子殿下の遣いで、信頼に足る人物だとまで記されていた」
「その方から、魔法陣を用意するようにと?」
「ああ。転移魔法の魔法陣をね。君が伝えてくれた場所と、後は闘技場内にと指示を受けた。特定の人物一人だけに使えるように、という厄介な注文付きだったから、より複雑化された魔法陣を完成させるのには骨が折れたし、先生が戻って来るまでに研究棟に戻れるかも心配だったが……まあ、そこは何とかね」
「…………なるほど」
王太子であるグザヴィエ殿下自らが保証する程の立場と信頼を持つ人物。
にも拘らず素顔を明かす事を避けた彼がシャルル様に要求したのは研究棟と闘技場内部を結ぶ転移用の魔法陣。
……それだけの情報があれば、シャルル様の言う『王太子殿下の遣い』が何者であるのか、確信を持てる。
(本当に、働き過ぎなんだから)
有事の際――闘技場内で監視していたラガルド殿下が自分の監視を振り切った際、すぐに研究棟へ駆けつけられるようにという保険を掛けたかったのだろう。
私はこの遣いがヴィーである事を悟りながら、小さく息を吐いて苦笑した。
「なるほど、君は彼が何者であるのか合点がいったのか。彼の言う通りだったな」
「言う通り、ですか?」
私の反応から何かを悟ったらしいシャルル様の言葉に、私は聞き返す。
彼は首を縦に振った。
「ああ。この件は原則何者にも開示しない事と釘を刺されていたが、研究等周辺の見回りを引き受けている協力者には混乱を招かないよう共有しても構わないと言われていた。恐らくそれだけで事情は察してくれるだろう、と」
「……全く」
彼が私に対し変わらず抱いている、『皆まで言わずとも分かるだろう』というスタンスに思わず笑ってしまう。
それから、シャルル様の言葉に同意するように私は頷いた。
「事情は把握しました。であるならば、件の魔法陣の周辺の警戒は解いておきましょう」
「ああ、下手に不安にさせてすまなかった。では、引き続きよろしく頼むよ」
「はい」
シャルル様は窓を閉めると足早に出入り口の扉の先へと姿を消した。
彼の研究室は一階、テレーズ先生の研究室は三階の、更に方角も異なる場所にあるらしい。
急いで部屋を後にしたのは、テレーズ先生の研究室の監視になるべく穴を空けたくないからだろう。
私もまた、研究室の扉が閉められるのを確認してからその場を離れる。
私は先程の魔法陣まで戻り、監視の騎士に事情を説明するのだった。
***
昼を越え、剣術大会も後半へ差し掛かった頃合い。
テレーズの研究室内で、シャルルは唖然とする。
驚き、振り返った先――自身の脇腹に、短刀が深く突き刺さっている。
何が起きたのか、理解が追い付かないままに、はくりと喘いだ彼の体が崩れ落ちた。
「全く、本当に手の焼ける愚息だ」
俯せに倒れ込んだシャルルの眼前に靴の爪先が映り込む。
苦痛から顔を歪めるシャルルが顔を上げれば、彼とよく似た髪色を持つ中年の男が勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
「大人しく従いさえすれば……我が家の繫栄を信じさえすれば、こんな事にはならなかったものを」
醜悪な笑みに、シャルルの憎悪が掻き立てられる。
「ッ、クソ親父……ッ」
彼は端から血を流す口から、苦々しく言葉を吐き捨てるのだった。




