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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第65話 見落とし

 試合場の入場口は対戦相手同士が正反対の方角から距離を詰めるという演出の為に、二か所用意されている。

 大会の運営には生徒会も口出しが出来る為、裏で自然に施されたグザヴィエの計らいもあって、ヴィクトルとラガルドが使用する入場口は出来る限り統一されていた。


 唯一入場口が異なるのは、総当たり戦という試合形式の都合から確定で発生する、ヴィクトルとラガルドの試合のみだったが、試合終了直後にラガルドのいる方へヴィクトルが戻れば、彼は姿を消すことなく入場口付近に立っていた。


(正直、俺に『夢の香霞』を用いれば、いくらでも俺の監視は振り解ける。それをしないのは、俺がグザヴィエ殿下やセル辺りから『夢の香霞』の所有者や対処法を共有されている可能性を危惧しているんだろう。やはり完全な信頼を得るのは不可能だな)


「お前は加減というのを知らないのか?」


 自身の試合を一瞬で片付けて入場口まで戻ったヴィクトルに、ラガルドは呆れ混じりの呟きを投げる。


「なはは……楽しくなっちゃってつい」

「これでは周囲は興ざめも良いところだろ」

(俺だって、貴方の事がなければもう少し上手く芝居を打つんですけどね……)


 圧倒的な力量で、一撃で試合を片付けるのは、一刻も早くラガルドの元へ戻る為だ。

 試合口の方を見やれば、ラガルドが移動しているか否かは確認ができる為、これでもある程度自重はしている方なのだが……ヴィクトルの本気を見た事がない者から見れば充分、圧倒的な技術を持った剣士に見えている事だろう。


「……と、そうか。お前はこのまま連戦か」

「そうですね! 先輩は去年も二位ですげー強かったんで、楽しみです!」

「僕には結果が目に見えているように思うんだが?」

「分からないじゃないですか! じゃあ、行って来るんで、応援してくださいね!」

「誰が対戦相手を応援するものか。いいから、さっさと行ってこい」

「はぁい。じゃ、いってきまーす!」


 ヴィクトルの名が試合場から呼ばれる。

 彼は明るい声をラガルドに残し、意気揚々とした姿で外へと足を踏み出した。


 中央へ進める足。

 堂々とした、そして始まろうとしている試合に心躍らせているように振る舞うヴィクトルだったが、彼の鼓動は緊張から速まっていた。


 入場時はどう足掻いたって後ろを振り返る事が出来ない。

 足を速めることも出来ない。試合の開始を急かす事だって不可能だ。


 入場の瞬間は、ヴィクトルがどうしたってラガルドから目を離さざるを得ない瞬間……そして彼から離れざるを得ない瞬間。

 この瞬間、ラガルドが移動を始めればヴィクトルは対処の仕様がない。


 今大会史上の盛り上がり。

 昨年の優勝争いで剣を交わした生徒同士による、最も注目される試合。

 観客からの割れんほどの声援を聞きながら歩みを進めていたヴィクトルはその最中、鋭く息を呑んだ。


 表情が強張らないよう取り繕った彼だが、確かな焦りが募っていく。


 ――自分の後方から離れる気配が一つ。


 ヴィクトルは動揺を誤魔化すように目を閉じ、深呼吸をする。


(――ニコル……)


「これより、試合を開始します。両者、構え」


 審判からの指示に従い、ヴィクトルは剣を抜く。

 右手で抜いた剣を彼は左手に――自身の利き手に持ち帰る。

 この大会中……いや、学園の中で彼が左手で剣を握るのは初めての事だった。


 初め、そんな彼に対し、対戦相手と審判が怪訝そうな顔をする。

 しかし、誰よりもヴィクトルの近くにいた彼らだけが、すぐに気づかされることとなる。


 ――ヴィクトルの並みならぬ威圧感を。


 二つの顔がさっと青くなり強張る。


 時間を削りながらも、可能な限り自然に。

 そんな考えは最早、ヴィクトルの中には存在しなかった。


 最速で切り上げ、この場を外れる。

 ヴィクトルの考えはそのような決意に変わっていた。


「は、始めッ!」


 審判の僅かに震える声が響き、その直後に剣がぶつかる音が鳴り響く。


 その傍ら――ヴィクトルが入場した闘技場への通路。

 その入り口からは、ラガルドの姿が消えていたのだった。



***



「……そろそろかしら」


 時計を見て私は呟く。

 今大会一期待されているだろう、優勝候補同士の戦い。

 それの予定時刻が迫っていた。


(ラガルド殿下本人が動きを見せるとするなら、きっとこの瞬間。シャルル様と相談して、情報共有の時間を直前に調整したけれど)


 緊張で心臓が煩く鳴る。


(監視には『侵入者は幻覚作用のある香りを纏わせている』と共有しているから、仮にラガルド殿下がやって来たとしても警戒できるはず。それに、仮に呼吸が続かず、現場についていた監視全員が『夢の香霞』の影響を受けた時の為、他の騎士を別に待機している。……やれる事はすべてやった)


 じわじわと広がる不安に負けないようにと、私は深呼吸をする。

 しかし胸騒ぎは消えなかった。


(なのに……どうしてだか、嫌な予感がする。私は本当に、手を尽くすことが出来ているのかしら。最善を、尽くせているの……?)


 夢の香霞について把握しているものが少ない為、人手の少なさというデメリットを私達は背負っている。

 である以上、全ての不安要素を潰す事は出来ない。

 それをヴィーも悟っていたからこそ、昨晩の内に臨時の際の移動経路を用意しておいたのだろう。


 たとえ不安要素を取り除き切る事が出来ず、フォンタニエ伯爵やラガルド殿下が動き出してしまったとしても、そこで食い止める事さえできればいい。

 ……そう、割り切って動いてはいるけれど。


 それでも、何かが足りないような、見落としているような不安に苛まれた。


(フォンタニエ伯爵や他の……ラガルド殿下ではない者が研究棟へ潜り込む場合、目撃者が現れるリスクや当時の情報をグザヴィエ殿下側に流される恐れがある。だからこそ、夢の香霞を持つラガルド殿下本人が研究棟へ現れる可能性があると踏んでいるけれど。研究棟への侵入や目的の研究の盗難が最短で進む方法が、ラガルド殿下の侵入以外に存在するのだとすれば、私達が対処しきれない、最悪の展開はどの様なものだろう)


 私は物思いに耽る。

 どれ程時間が経っただろうか。

 近くの木から鳥が飛び立つ音が聞こえて我に返った。


「いけない。周囲の警戒が疎かになっては……」


 自分を奮い立たせるように呟きながら、懐に入っていた時計を見る。

 そして、その時刻を見た次の瞬間。

 私は背筋が凍るのを感じた。


 シャルル様との約束の時間から、十分が経過している。

 これまで、彼が定刻までに来なかった事はない。

 そして彼の身に何か起こったのではという予感が過ると同時、私はある事に気付いた。


(目的の研究の盗難が最短で進む方法……?)


 常に研究室を警戒していたシャルル様。

 彼の身に何かが起きたという事はきっと、テレーズ先生の研究室で想定外の事が起きたのだ。

 しかし誰よりもその事態を懸念していたはずのシャルル様が対処できない事態はそうそう考えつかない。


(けれどもし、彼の想定を崩し、部外者が研究室へ入り込めたとするならば、それはきっと……)


「――関係者の、助力」


 『夢の香霞』を使う相手として、最も都合がいいのは誰なのか。


 『夢の香霞』の効果、そしてシャルル様がテレーズ先生について語っていた時の穏やかな顔を思い出した私は苦々しく声を絞り出す。


(シャルル様……ッ)


 私は研究棟へ向かうべく建物の入り口へ向かって走り出したのだった。

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