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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第55話 危うい立場

 シャルル様は自身の研究室に私を招き入れると二人分のお茶を用意した。


「ありがとうございます」


 そのうち一つのカップを差し出された私はそれを受け取る。

 勧められ、先に椅子に座っていた私の前方、机の角に腰を下ろすように凭れ掛かりながら、シャルル様は自分のカップに口をつけた。


「それで? 君が警戒しているのは第二王子派の動きという事であっているね?」

「はい」

「ここを探っていたのはグザヴィエ王太子殿下からの指示かな」

「いいえ」

「なら独断か。ただのご令嬢が大きな後ろ盾もなくとは、流石に感心しないな」


 正確にはヴィーの判断なのだが、彼の本性については秘匿しておくべきなので特に口を挟む事はしない。


「申し訳ありません」

「ああ、謝る必要はないさ。オレが口を挟むような事ではないからね。まあ、研究棟の一研究員として、嗅ぎ回られるのは喜ばしいことではないけど。そんな事よりも聞きたいのは」


 赤紫の瞳が私を静かに映す。

 ことり、とカップが机に置かれた。


「一令嬢を独断で動かす程の動機についてかな」


 シャルル様はきっと、私やヴィーとは異なる情報を握っており、それ故に研究棟の侵入者を警戒している。


 一方の私達は仮面舞踏会の騒動以降、ラガルド殿下がグザヴィエ殿下との対立を目論み、害そうとする動きに出ている事を知っている。

 彼が剣術大会で何か行動に出る事を前提に動く程には。

 シャルル様はそんな私が持つ、自身が知らない情報を欲しているのだろう。


「……残念ながら、私からお話しできる事はそう多くはありません。ただ、私はこの剣術大会で想定外の事……それも望まないような事が起こるのではと危惧しています」

「まあ、情報の口外を禁じられている、或いは憶測で名を出すにはあまりにもリスクがある尊き立場の御仁であるならば話せないのも無理はないか」


 諦めるふりをしながらも、彼の目には確信が滲んでいる。

 私が名前を出せない方々が絡んでいる事、そして彼らが絡んだ問題が学園内で発生する可能性について、情報を握っている事。

 それを汲み取ったのだろう。

 シャルル様が納得した様子を見せた。


(……あわよくば彼から新しい話を、とは思ったけれど、正直こちらが現状提示できるものは殆どない。この状況でどれだけ話を聞くことが出来るか……手を組むことが出来ればこれ以上ない収穫ではあると思うのだけれど)


 私は出方を窺いシャルル様の顔を見つめる。

 すると彼はそんな私を見抜いたように口角を引き上げる。


「少し前に、オレに指図してきた奴がいてね」


 彼はそう言うと机の裏に回り込み、持っていた鍵を使って引き出しから封筒を一つ取り出した。


「互いに顔なんて見たくないような関係だっていうのに」


 シャルル様は封筒を苦々しく睨みながら、息を吐く。


「卒業と共に進んで出た家から呼び出しの手紙が届いてね。渋々顔を合わせてみれば相手からの言葉は『研究棟のスパイになれ』と」

「……っ!」

「勿論断りはしたが、その際の会話から、相手が具体的に何を求めているのかに見当はつけられた。オレが携わっている研究だったからね」


 シャルル様を呼び出したのは彼の父、フォンタニエ伯爵だろう。

 ラガルド殿下が動きを見せ始めた今、フォンタニエ伯爵も暗躍している……十中八九、ラガルド殿下絡みと見て良い。


「そんな重要な事……私に話しても良かったのですか」


 私はきっと、彼が望んでいただけの情報を提供できていないだろう。

 にも拘らず、シャルル様は自身が持ち得る情報を惜しみなく提供してくれた。


「確かに君は大した情報を与えてはくれていない。だがオレからすれば君が王太子殿下側の人間であるという事実と、手紙の主と対立関係にあるだろう確証が得られただけで充分なんだ」


 シャルル様は手紙を持ったまま私へ近づき、それを握らせる。

 そして視線の高さを合わせるように私の顔を覗き込み、笑みを深めた。


「どうか、力無き元貴族のオレに、手を差し伸べてはくれないかい」


 大仰な程恭しい振る舞い。

 お道化たような態度ではあるが、彼の瞳から受ける視線は真剣そのものといったように私を映し出していた。


「オレはただ、研究員としての日々を過ごせればそれでいい。貴族絡みの厄介事なんて御免だ。だが……こうして巻き込まれてしまえば、それがバレた際のオレの立場も怪しい」

「要するに、ご自身の立場が揺らいだ際の後ろ盾が欲しい、と」

「その通りだ。例えば研究棟絡みで何かを企んでいる親父殿とオレが顔を合わせていた事が明らかになれば、それだけでオレの立場は危うい。ましてや……生家が謀反を企てて落ちぶれたとなれば猶更」


 確かに、現在のシャルル様の立場はただの平民よりも不安定で危ういものだ。

 いつ研究員としての立場を奪われてもおかしくはない。そんな危機感に彼は駆られているのだろう。

 だからこそここで恩を売り、自分がグザヴィエ殿下の敵ではない事を示し、また、何かあった際の後ろ盾となって欲しい……と、それが彼の考えのようだった。


「それに、親父殿が求めている研究というのは、オレの尊敬する方の研究でね。あの人に危害が加えられるのは何としても避けたい。勿論、重要な研究が台無しになる事も、望む形で利用される事も」


 シャルル様は私の耳元に顔を寄せて囁いた。


「君の後ろにいる方々に、どうかよろしく伝えてくれ」


 低く、昏い……重圧を感じるような声だった。

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