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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第49話 好き

 私はヴィーに手を引かれながら研究棟の中を歩く。

 ここから先は彼自身も明確な目的地があるわけではないらしく、辺りを見回したり行き止まりまで来たら道を引き返したり、はたまた研究員を見つけたら離れた場所に身を隠しつつ様子を窺ったりとしていた。


(それにしても……)


 階段下に身を潜めながら、先の様子を窺うヴィー。

 その先では数名の研究者が何やら話をしているが、私にはその様子を見ることができない。


 というのも……


(……近いわ)


 私の視界は彼の胸元で完全に覆われていたから。

 彼は私をすっぽりと腕の中に隠していたのだ。


 普段からスキンシップが多いので、この距離感に今更戸惑う必要はないのだが、普段とは些か状況が異なる。


 互いに無言の中、辺りも静寂に包まれた中……更には忍び込んでいるという後ろめたさや緊張感もある。

 そんな要因も相まってか、私は変に意識してしまっていた。


(変なところに意識を向けている場合ではないのに……)


 そもそも状況が普段と違うことを差し置いても、何故今更変に身構えてしまうのか。

 自分に起きている変化に少なからず困惑していた時、ジュリエンヌ様の言葉が過った。


 ――変わったわね。


 変わった。

 確かにこれまでと比べれば心境の変化があったことは自覚している。

 そうなるきっかけがあったとするならば、やはり……あの仮面舞踏会の夜だろう。


 バルコニーで踊ったあの夜。

 月明かりに照らされ、偽っていた髪色が本来の色を取り戻しながら笑っていたヴィーの姿が脳裏に過ぎる。


 ヴィーの視線の先にいた研究員達が階段へ近づいてきたせいだろう。

 彼らの声が近づいてきた時、ヴィーが私を更に抱き寄せながら、影に身を潜めた。


 その時、ふわりと清涼な香りを感じる。

 僅かなハーブの香り。

 恐らくは洗濯の際に用いてるものだが、普段はあまり意識しないそれに何故か気付き鼓動が跳ね上がった。


 心臓の音が相手に伝わりませんようにと願いつつ、私は息を殺す。


 研究員達の声は私達のそばを通り過ぎ、階段の上を通って遠ざかっていく。

 その声が完全に消えたのを確認したヴィーが涼しい顔のまま私を解放し……それから、私の顔を見てぎょっとした。


「あっ、わ、悪ぃ……! 強くしすぎたか!?」


 酸欠だとでも思ったのだろう。

 きっと、私の顔は赤く染まっていただろうから。


「……いいえ」


 私は煩く鳴り続ける鼓動を抱えながら、ヴィーから離れる。


「次はどこ行くの?」

「え? あー、そうだなぁ。あの辺行ってみるか」


 ヴィーはそういうと、再び私の手を引いて歩き出す。

 その姿を眺めながら、私は小さく息を吐いた。


(認めるしかないわね)


 きっかけはあの仮面舞踏会。

 けれどきっとそうなるきっかけはずっと昔から、積み重ねられてきた。


 剣術バカとして振る舞うヴィー。

 その殆どが芝居で、それは本人ですら真実を見失う程精巧な仮面だったとしても、私は長年添い遂げてきた彼の全てが偽りだったとは思わない。


 私の隣で笑う顔、過剰なスキンシップ、時折見せる試すような笑み、剣術バカとして振る舞いながらも己の思惑を示唆する時。


 私に触れる時はとても優しく触れる事、困った人がいれば当然のように手を差し出す事。


 いつも見てきたそれらの積み重ねを経て生まれていた、自分ですら気付かなかった気持ち。


 その想いが溢れたのが、あの晩だっただけ。

 彼の意外な一面を見て、本心の鱗片に触れて、より愛おしくなって……そうしてあっという間に、積み重ねてきた想いを引き摺り出された。


(……ヴィーの事が好き)


 そう。私は彼を愛している。

 仕事仲間や友人、戦友のような好意は徐々に形を変え……それは恋慕になった。


 私は彼に、一人の異性として焦がれているのだ。


 その想いを自覚し、噛み締めながら、繋いでいる手を握り返してみる。


「んぁ、どうかしたか?」


 その力に気付いたヴィーが振り返る。


「……いいえ」


 彼は何も変わらない。

 それでも目の前の彼が普段より綺麗で……輝いて見えるのは、私が変わったからなのだろう。


「カッコいいなと思っただけよ」


 羞恥をなんとか抑え込みながら、私はなるべく平静を装って伝える。

 変に意地を張るのではなく、自分の心を彼に見せるのだと、あの晩に決めたから。


「へ、ぇ……?」


 すると、ヴィーは間の抜けるような声と共に呆けてしまう。

 普段の彼ならばわかりやすく喜ぶなり調子に乗ったりするだろうに、この時の彼はというと、足まで止めて唖然としたのち、じわじわと顔を赤らめたのだ。


「な、んだよ急に……」

「日頃から思ってるけど言っていないだけ……照れてる?」

「んなっ……見んなよ!」


 顔を覗き込むと、ヴィーは慌てて私の視線を片手で阻害し、顔を背けた。


「もー、こんな時に揶揄うなよなぁ」


 普段そんな事絶対言わない癖に、とぼやく彼はどうやら、私が本心から言ったとは思っていなさそうだ。

 それでも手の隙間から見える彼の口元が僅かに緩んでいるのが見えたので、容姿を褒められる事自体に悪い気はしないのだろうと悟った。


 なんだかんだで、彼も年頃の男子なのだ。


(少し、可愛いかも)


 普段なんでも知っているかのように振る舞う彼が取り乱す姿を見せるのは珍しい。

 こんな姿が見られるなら、今後もたまには口にしてみてもいいのかもしれない。


 そう思いつつ、これ以上言うと彼はまたやめろと言う事間違いなしなので、一旦は言葉を封じた。


「ほら、さっさと行くぞ」

「はいはい」


 私達は改めて歩みを進めようとした。

 その時だ。


 ガチャリ


 長い廊下の先、扉が開いたかと思えば、そこから一人の青年が姿を現した。

 白衣を着ている彼は、間違いなく研究員だろう。


「「あ」」


 私達は思わず声を漏らす。

 視線の先の研究員もまた、私達を見て目を丸くさせているのだった。

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