第48話 共犯者
私達は二人並んで学園の中を歩く。
生徒はおろか教員すら通りかからない学び舎は、慣れ親しんだ空気とはかけ離れていた。
二人分の足音がやけに響く廊下。
ヴィーは機嫌良さそうな様子ではあるけれど、普段通り大きな声で騒いだりはしない。
それには何か理由があるのだと私は思っていた。
ヴィーは私の腕を組んだまま迷うことなく歩みを進める。
何となくぶらぶらと歩くのとは違う、明確に目的がある動きだ。
(彼はもしかしたら、大会裏の学園に何かがあるという確信をより持っているのかもしれない)
私のようにただの直感や不安だけではなく、もっとはっきりとした根拠を持っているのではないか。
そんな予感を抱きながら、私はヴィーの腕に顔を寄せ、まるで人目を避けたデートに浮かれているように演じる。
やがてヴィーとともに訪れたのは講師や研究者が集まる研究棟だ。
王立学園の敷地には魔法の研究者の為の施設がある。
ここを出入りするのは主に講師陣や学園の卒業生、または学園側からスカウトを受けた優秀な研究者達。
研究に必要な道具を揃えられた研究室をあてがわれた彼らは自分の研究課題と向き合う時間を過ごす。
「殿下から聞いたんだけどさぁ、『夢の香霞』の影響を受けた奴って、結構上の空っぽいんだよな」
「上の空……」
「そ。『夢の香霞』の洗脳を受けた直後は自然だけど、時間が経つにつれて徐々に不自然になってく。仮面舞踏会で捕らえられたバリエ伯爵なんかもそうだったらしい」
らしい、という体で話してはいるけれど、彼が現場にいた事は私も知っている。
この情報は彼が実際に目の当たりにした上で得たものなのだろうと思った。
「ある程度時間が経った後は放心状態になる。そのせいであの事件の詳細はまだ聞けてない訳だけど」
「そんな話、私にしてもいいの?」
「あ、やべ」
ヴィーは白々しく慌ててみせたが、すぐに開き直ったように笑った。
「ま、いーか。殿下も近々話すって言ってたし」
「聞かなかった事にしておいてあげるわ」
「そーしてくれ。怒られちまう」
私は悪戯っぽく笑い返すが、その裏では考えが次々と浮かぶ。
(『夢の香霞』の効果が薄れるにつれて被術者に現れる違和感、そもそも『夢の香霞』の被術者の話を出したのも考えると……彼がここを訪れたのは『夢の香霞』の影響を受けつつ、経過時間によりその片鱗を漂わせる人物を見つける為かしら)
ラガルド殿下が一日の時間を闘技場周辺で拘束されていたのならば、彼が他者に『夢の香霞』を使ったのはどれだけ遅くても朝だと考えられる。
だからこそ放課後の今、もしかしたら被術者を見つけ、ラガルド殿下の尻尾を掴めるのではないかという考えに至ったのだろう。
(彼はきっと警戒心が強く、誰かを信じるような性格ではないから……『夢の香霞』を誰かに預ける事もしないでしょうし)
そこまでヴィーの意図を汲んだ私が次に抱いた疑問は、何故彼が研究棟へ狙いを定めてやって来たのかという事だが、ここについては現時点では見当がつかない。
(恐らくは、私よりも何か情報を掴んでいるからこそなのだろうとは思うけれど)
ちらりとヴィーを見やれば、翡翠色の瞳が数度瞬かれてから擦り寄られる。
「今日は随分甘えたなのね」
「そりゃ、会える時間がどんどん減ってるしな。時間が許す時にニコルを浴びとかねーと」
「何それ」
「さて、折角だ」
くすくすと笑う私の腕をヴィーが引く。
「今日は行事ごとがあるし、研究員も休みを取ってる人が多いらしい。教員と研究員どっちも兼ねてる人もいないしな」
「……って、ちょっと、忍び込むつもり?」
「ヘーキヘーキ」
研究棟は未発表の研究の機密情報や危険な道具や薬品を管理する場所もある為、用事の無い生徒が入ることは禁じられている。
おまけに研究棟内部もいくつかのランクに管理されて分けられており、研究員の中でも権限がなくて出入りが制限されている区域がある程だ。
「貴方はこういうの慣れてるかもしれないけど、私は……って、嘘でしょう!?」
仮面舞踏会でのヴィーの姿を思い出せば、彼がある程度隠密や潜入にも適性があることは悟ることができる。
しかし私はそうではない。
一緒に忍び込み、それが誰にもバレなかったとしても、移動中に彼の足を引っ張って侵入がバレる……などと言う可能性は大いにあった。
しかしそんな主張を並べている最中。
ヴィーは研究棟の入口から逸れると壁に沿って歩き出し、廊下の窓に手を掛ける。
そうして何度目かに触れた窓がつっかえることなく開いた事を確認すると、彼はあっという間に窓を飛び越えて内側へ入って行った。
窓のサッシの先に姿を消したヴィーを唖然としながら見送れば、体を起こした彼がすぐに姿を見せる。
「ほら、ニコル」
そして身を乗り出して悪戯っぽい笑顔で私に手を差し出した。
「君は結構頭が固いし真面目だからなぁ。たまには羽目を外したっていいんじゃないか?」
「……貴方はいつも外し過ぎよ」
「えぇ?」
足して割ればいい塩梅でしょう、と言い返せば不服そうな声が返される。
そんな中、彼の手は未だ差し伸べられたままで。
「置いて行っていいのか?」
その手を掴む事を躊躇していると、彼の言葉が降る。
顔を上げれば、挑発的な笑みがそこにあった。
「……良い訳ないでしょう」
先程、彼と共に在り続けると豪語した身としては、ここでこの手を取らない訳にはいかない。
……そんな私の気も知らないのだろう彼をねめつけてから、私はその手を取った。
重なった手がしっかりと握り返される。
その瞬間、力強く腕を引き上げられ、私は軽々と窓枠を乗り越えていた。
「よし、と」
私を抱き留めたヴィーの顔が間近にあった。
私を優しく下ろしながら、彼はどこか楽しそうな、明るい声音で
「これで共犯者だな」
と言った。
それは決して聞こえの良い言葉ではない。
けれど不思議と……私を悪くない気分にさせるのだった。




