第47話 ニコレットの目標
剣術大会一日目が終わった所で、ジュリエンヌ様は深く息を吐く。
「集中できなかったわね」
「……無理もありませんね」
私達は離れた席に座るグザヴィエ殿下とアンセルム様の方へ視線を向ける。
二人は涼しい顔をしているが、日中に何度か刺客らしき人物が彼らの周りで捕らえられ、連れ去られていく姿を私達は目の当たりにしていた。
彼らの読み通り、ラガルド殿下は『夢の香霞』を使ってグザヴィエ殿下の命を狙ったのだろう。
「幸い、気付いている人は殆どいなさそうね」
「はい。アンセルム様のお陰でしょう」
私の言葉に同意するように、ジュリエンヌ様が頷く。
「さて、帰りましょうか」
「はい」
私達は闘技場を後にする。
馬車へ向かう間、ジュリエンヌ様と世間話をしていたけれど、正直あまり話には集中できなかった。
仮面舞踏会の一件を経験しているせいだろうか。
あの騒ぎの大きさを思い出し、ラガルド殿下があの程度の襲撃で満足するのだろうかという不安を抱く。
(それに……)
私は生徒会で剣術大会の参加を渋っていたヴィーを思い出す。
明らかな拒絶ではなかったけれど、かといってあの時の反応全てが彼の芝居だったとも思えない。
芝居にしては普段の彼よりも妙に食い下がっていたような気がしたのだ。
(別の場所でグザヴィエ殿下達に何か相談していた様子もないし、彼にとっても明言する程ではない懸念だったのかもしれないけれど、もし何か警戒すべき要素が残っているのだとしたら、気にしておいた方がいい)
私は考える。
グザヴィエ殿下の周辺は既に強固な守りがある。現状はこれ以上心配する必要もない。
一方でヴィーが剣術大会の参加を渋っていた事を考えれば、彼が気にしていたのは剣術大会の会場内やラガルド殿下の周辺ではないのだろう。
(闘技場以外となると校舎の方ね。あそこは今殆ど人気が無い……)
「……ニコレット?」
「ジュリエンヌ様」
ふと思い至った私は思わず足を止める。
ジュリエンヌ様がどうしたのかと問うように首を傾けた。
「本日はここで失礼してもよろしいですか」
私がそう問えば、ジュリエンヌ様は目を瞬かせた後、真剣な面持ちで私を見た。
「何か気付いたの?」
「いいえ。確信染みたなにかはありません。ただ、少しでも不安を払拭したいという自己満足です」
「ニコレット」
ジュリエンヌ様は困ったような、不安そうな色を見せた。
「貴女は私のお友達で、貴女の婚約者は王太子の護衛騎士で……貴女の家も貴女自身も、グザヴィエ様の派閥に属してはいる。けれど、貴女は一介の令嬢なのよ。協力を仰がれた時ならばまだしも……何も、自ら首を突っ込む必要はないのよ」
そう言って彼女は私の手を優しく握ってくれた。
偶然とはいえ、仮面舞踏会の騒動に巻き込まれて怪我を負った事もある。
ジュリエンヌ様は友人として、私の身を案じてくれているのだろう。
私はその手を握り返した。
「ありがとうございます。ジュリエンヌ様。けれど今回に関しては本当に、ただ校舎を見て回るだけですから」
「……今だけじゃないわ。私は心配よ、ニコレット。貴女は聡明だけれど、時折無茶に出ようとする節があるから」
仮面舞踏会で子供を助けに行った結果、危険に遭った身としては返す言葉がない。
ジュリエンヌ様の心配はとても嬉しい。それに彼女の主張は尤もだった。
ヴィーやアンセルム様とは違う。
私は無力なただの令嬢。出来る事など限られている。
それは理解してる。
けれど、どうしてか身を引きたくないという思いが強い。
(どうして……か)
自分の強い思いの理由を探るように、考えを巡らせる。
けれど私はそれをすぐにやめた。
……私の脳裏に過るのは、たった一人の姿しかなかったから。
「きっと、私がいなくてもどうにでもなるのだとは思います。けど、私――彼と対等でありたいんです」
ヴィーならどんな困難も一人で解決してしまいそう……そんな信頼はある。
けれど彼とて一人の人間であり、体力には限界がある。
それに、一人で解決できてしまう彼の隣に立ち、支え、負担を和らげるのは……婚約者である私の役割だ。
そして彼と肩を並べ続けた先、いつか彼が自然と『仮面』を外せるような未来が訪れて欲しい。
その為にも、私は守られるだけでも頼るだけでもない『対等』な存在であると証明し続けたいと思ったのだ。
「……やっぱり貴女、随分変わったわね」
赤い目を見開き、数度瞬きをした後……ジュリエンヌ様はそう言って優しく微笑んだのだった。
***
そして、校舎を歩いていたところで……彼はやって来た。
「珍しいわね。近くに人がいても気付かないなんて」
「んー、流石にちょっと疲れてんのかもな」
「冗談はやめて頂戴。全ての試合をあっという間に片付けてしまった癖に」
「ハハッ……ってか、ニコルは何でここにいるんだ?」
「何でだと思う?」
相変わらず『剣術バカ』をやるヴィー。
私は彼の顔を覗き込んで試すように問いを投げた。
……てっきり、惚けられるのかと思ったのだけれど。
上目で見てやれば、ヴィーは何故か少し嬉しそうにはにかんでいた。
(……何よ、その顔)
不意に見せる、普段とは違う一面が心臓に悪い。
私は咄嗟に彼から目を離し、先へ進もうと歩き出した。
しかしそこで、隣に並んだヴィーが私の腕を組む。
「校内デートって事だろ!」
既に彼はいつもと変わらない無邪気な笑みを浮かべている。
「……そういう事にしておいてあげる」
その温度差に驚きながらも、やけに機嫌がよさそうに体を寄せて来るヴィーが少しおかしくて、私は小さく吹き出すのだった。




