第38話 特殊過ぎる目覚まし
「あー……」
数時間後、部屋にやって来たベルナール様の声に気付いた私はヴィーに押し潰されながら助けを求めた。
それを聞き、部屋へ飛び込んでくださったベルナール様は、私とヴィーの様子を見て何かを納得したように苦笑した。
「こういう時のヴィクトルは敵味方の判断が出来なくなって、近づいた気配に片っ端から反応してしまうんですよね……。お陰でご迷惑をお掛けしたみたいですみません、ニコレット様」
「い、いえ……。あの、助けていただけませんか……」
「勿論です。ただ……情けない話なのですが、僕だとヴィクトルには勝てないので、ニコレット様にもお力をお借りできたらと」
「ベルナール様で勝てないような相手に私が敵うとでも??? しかもこの姿勢ですよ」
ベルナール様は穏やかそうな容姿と言動からは想像し難いが、次期伯爵としての引継ぎが始まるまでの間、王宮直属の騎士団で小部隊を率いていた実力者だ。
「ははは、やだな。何も武力で競って欲しいだなんて言っていませんよ。出来るのであればお願いしたいところではありますが」
貴方が言い出した事じゃないですか、と呑気に笑っているベルナール様を恨めしげに見てしまう。
その視線に気付いたのだろう。
彼は両手を軽く上げた。
「ただヴィクトルに対してのみ言うのであれば、ニコレット様程心強い味方もいないでしょうね」
ベルナール様はヴィーとは違う方向で何を考えているかが分からないタイプのお人だ。
どこまでが本気で、どこまでが冗談のつもりで言っているのかがはかりかねる――言葉を選ばずに言えば胡散臭い。
「まあ深くは考えずに。ヴィクトルが動いたら呼んであげてください」
「は、はぁ……」
ベルナール様のお考えはわからないが、特段躊躇うような要望でもなかった為に私は引き受ける。
私の返事を確認したベルナール様はそれから、ヴィーへと距離を縮める。
「ヴィクトル、そろそろ起きたら――」
ガシッと一切の躊躇なく、容赦なくヴィーの肩を掴むベルナール様。
次の瞬間だった。
私の体を押し潰していた重圧が急に消える。
同時に、鈍い音が響いた。
驚いてそちらを見ればヴィーの足がベルナール様のこめかみ辺りにあり、その軌道をベルナール様の片腕が塞いでいた。
「騎士の家系とは言えども、うちは一応伯爵家なんだけどな。寝起きと足癖の悪さはどうにかして欲しいところでは――」
ベルナール様の言葉の途中、ヴィーが私の上からソファの脇へ完全に下りる。
そこで私はハッと我に返った。
トンデモ武力を備えた者同士の盛大な兄弟喧嘩など、本格的に始まる前に止めなければ恐ろしいことになるのが目に見えている。
「っ、ヴィー!!」
「……っ!」
呼んだ時、既にヴィーはベルナール様の懐の中に潜り込んでいて。
今度はベルナール様の足を狙って蹴りを入れようとしていた
――のだが。
その蹴りが命中する直前でヴィーの動きがピタリと止まる。
「いやぁ、助かりました。ありがとうございます」
その一瞬の隙を、ベルナール様は見逃さない。
彼は自分に伸ばされていた足を掴み上げ、ヴィーの体勢を崩す。
そしてベルナール様は俯せになったヴィーの背に跨り、あっという間に彼を羽交い絞めにする。
「そろそろ起きようか。ね?」
「いっだだだだ、いだいいだいっ」
限界まで海老反りをさせられたまま首に腕を回されてるヴィーが堪らず悲鳴を上げる。
「っ、おい兄貴……っ、グェ、死ぬ死ぬマジで死ぬ」
ギブアップの意志を伝えるように、ヴィーはぺちぺちと床を叩いて悶えるのだった。
「では、失礼しますね」
ベルナール様は数時間ぶりに「ごゆっくり」と伝えるとそのまま部屋を去っていく。
可動域の限界を無理矢理突破させられそうになっていたヴィーは首や腕を大きく回しながらげんなりとしていた。
「くそ……兄貴の奴……」
「多分、普通に起きていたらああはなっていなかったと思うの」
「いや、兄貴が殺気飛ばしてくるのが悪い。寝てるときにあんなことされたら誰だって先に手が出るって」
「殺気?」
「おう、どうしても起こさないといけない時は一番手っ取り早いって」
戦闘など経験しない私としては殺気などと言われてもあまりピンとは来ないが、ヴィーが言っている事が事実だとすれば、ベルナール様の時と私の時とで彼の反応に差があったのも頷ける。
「ってか俺、ニコルには何もしてないよな……?」
「何も…………」
直前までの出来事を思い出した私は、流石に肯定は出来ないと思い、黙ってしまう。
「だ、黙るなよぉ!」
「お兄様との戦闘みたいなことにはなっていないわ。怪我もしてないし」
「そ、そっか」
ヴィーはほっと胸を撫で下ろす。
それから座り込んでいた床からソファへ座る私の隣へと移動する。
彼は申し訳なさそうに私の顔を覗き込んだ。
「悪ぃ、ニコル。約束してたのに」
「いいのよ。最近忙しそうにしてるのはわかってたし。用事自体はすぐ終わる事だから」
「ん?」
珍しい一面が見られた事もあって(兄弟同士の戦闘はもうごめんだが)、私の方は割と上機嫌であった。
そんな私の様子か、はたまたすぐ終わる用事がピンと来ていなかったのか、ヴィーは首を傾げた。
「どうせ貴方の事だから今年も忘れているんでしょうけれど」
私はポケットからアクセサリーケースを取り出し、それをヴィーへと差し出す。
彼の瞳がゆっくり見開かれた。
「……お誕生日おめでとう、ヴィー」
毎年言っている言葉のはずなのだけれど。
何故か今日は、これまで以上に言葉の重みを感じた。
恥ずかしくもあり、緊張もあり、僅かな動悸すら感じる。
けれどそれら全てが不快ではなく、寧ろ心地よい。
私の中の彼の存在が変わってきているのだという実感が胸の奥でじんわりと広がっていた。




