第138話
それから私達は野花が広がる庭の一角に集まり、のびのびとした時間を過ごした。
普段野花をいじる事などない私は不慣れな子供達と共に器用な子供達や院長から手順を教わりながら花冠を作る。
「ヴィクトル、肩車しろー!」
「のわっ、びっくりしたぁ! 急に飛びつくなよなぁ、危ないだろー」
私の隣で同じように花冠を作っていたヴィーの背中に、やんちゃな子供が飛びつく。
ヴィーは作り途中の花冠を置くと飛びついてきた子供を軽々と肩に乗せて立ち上がる。
工作に飽きた数名の子供がそれを更に追いかけていく。
(……平和ね)
子供達と戯れ、無邪気に笑う彼の姿を視界に留めながら、私は温かな気持ちになる。
彼を見ている間は不思議と、最近常に感じていた周囲の殺伐とした空気や、この国が抱える仄暗い裏の顔を忘れられる気がする。
(……そっか)
とくとくと鳴る自分の鼓動に耳を傾ける。
普段よりも少しだけ主張している心臓の音は、不思議と心地よい。
(私、単純に彼の笑顔が好きなのね)
ヴィーへの好意を自覚してからというもの、これまでは気付かなかったような些細な事にまで思い至る事が増えた。
もしくは……自覚したからこそ増えた価値観や感情もあるのかもしれない。
(恋は盲目、とは良く言ったものだわ)
些細な事で心が乱され、彼の些細な部分が何もかも愛おしく思える。
貴族として生きるのならば感情は制御できた方が良いのだろうが、彼に対してそう在れない事を悪くないと想う気持ちが、私の中には確かに存在した。
「あ、おねーさん上手!」
「本当?」
「ほんとだ。ねー、おれにも教えて」
共に花冠を作っていた子供達の声で我に返った私は自分の手元や、子供達との会話に意識を戻す。
コツを掴めば思いの外さくさくと進められる花冠作りは既に後半へ差し掛かっていた。
「ここを、こうして」
「おおー」
「おねえさん、覚えるの早いねぇ」
「本当? ありがとう」
私は作りかけの花冠を置いて、苦戦している少年の分の手助けをする。
その後も和気あいあいと花冠を作っている中、自分の花冠が完成した私はふと顔を上げる。
そこで漸く、離れた場所から自分に向けられている視線に気付いた。
ヴィーが私を見ていたのだ。
子供達に手を引かれたり、声を掛けられたりするのに返事をしながらも私を見つめていた彼に、何か気になる事があるのかと小さく首を傾げる。
しかしヴィーは相変わらずの屈託のない笑みを浮かべながら何でもないと首を横に振るのだった。
何でもないのに遠くにいる相手をまじまじと見つめる事があるだろうか、などと言う疑問が一瞬過ったけれど、私はすぐにこの考えを頭の奥底へしまい込んだ。
……まさについ先程、遠くに立つ人物を理由もなく眺めていた者に思い至ってしまったのだ。
***
花冠を作り終え、子供達の補助に回っていた私は「そろそろ戻るか」と私達と合流を促すヴィーの声を聞く。
その声につられるように視線を向けた時、私はある事に気が付いた。
ヴィーの傍に立つ少女の一人がヴィーを目で追いながらもじもじとしているのだ。
その顔が僅かに赤らんでいるのは……恐らく夕日のせいではないだろう。
(罪な人ね)
少女の心境を悟った私は心の中でヴィーに軽口を投げる。
先の院長の受け売りではあるが、子供は優しい大人が好きらしい。
そういう事であれば大人らしい威圧感もなく、子供と同じような目線で接したり楽しんでくれるヴィーという存在に心を惹かれてしまう子供が現れるのもおかしな話ではない。
特に、彼の容姿だけに言及するのであれば童話に出て来る王子様のような端正な顔を持っているのだから、年端もいかない少女の心を奪うには充分過ぎる条件がそろっていると言えるだろう。
(子供達に私達の関係を伝えている訳でもないし、相手は幼い女の子だし、こういう事もあるでしょう。いちいち気にするような事ではないわ)
「おねーさん……」
彼から視線を逸らし、不器用な子供の花冠作りを手伝いを私は再開する。
じわじわと汗が滲み、形容しがたい羞恥が湧きつつある事に何とか目を逸らそうとしたのだ。
(ええ、そうよ。私は由緒正しきリヴァロル侯爵家の長女。幼い子の純情にまでヤキモチを焼いたりするような狭量な人間では――)
「おねーさん、お花解けちゃってるー!」
凄まじい速度で駆け巡る言葉を、傍に居た子供が遮る。
それを引き金に我に返った私は作り途中の花冠から絡めていた花が解け、ぽろぽろと落ちていることに気付いた。
「あ、ああっ、ご、ごめんなさい」
「もー、しっかりしてよー」
子供に怒られながら慌てて花冠を直していると、私の隣にヴィーが戻って来る。
「よっと……。あー、どうやるんだっけ」
首や腕にくっついた子供をあやすように体を揺らしながら、ヴィーが作り途中の花冠に手を伸ばす。
きゃっきゃという無邪気な笑い声がすぐ傍から聞こえていた。
「全く」
己の大人気のなさに気落ちする私の気も知らず、呑気な様子のヴィーの様子に絆され、小さく吹き出してしまう。
私は完成していない子供と共に、ヴィーにも作り方を教えるのだった。
その数分後の事。
「できた!」
ずっと苦戦しながらも花冠を作っていた少年が漸く冠を完成させる。
「上手ね」
「えっへへ、ありがと!」
得意げにそれを見せる少年を褒めてあげると彼は照れ臭そうにはにかんだ。
それから私を上目遣いで見上げながら何やら口籠る。
「おねーさん……」
「どうかしたの?」
少年は花冠を私へ差し出しながら、非常に真剣な面持ちで続ける。
「お、おれとケッコンしてください!」
「……えっ!?」
予想だにしていない言葉に私は驚く。
しかし少年からの告白への衝撃は、私のすぐ傍――死角となった赤髪の騎士の居場所から感じた気がする、凄まじい威圧感に塗り替えられる。
……ヴィーの周囲の空気が凍り付いたように感じたのは私の気のせいだと思いたい。




