第139話
――どう応えるべきだろうか。
好意を伝えてくれた少年を前に私は考える。
まだ人生経験が浅い子供の純粋な好意は恋心ではない事もままある。
何度か顔を合わせているとはいえ、そこまで深い関係を築いている訳でもないとなれば猶更だ。
仮に今の彼が本当に恋心を抱いているとしても、成長していく内にきっと忘れていくだろう。
しかし子供だからとその気持ちを軽く見てしまってもいいのか。
その場限りと考え、相手を喜ばせる為の言葉を選ぶべきなのか、それとも幼い子供の心を傷付けるかもしれないが本心を伝えるべきなのか。
「ず、ずるい!」
「ぼくだっておねえさんに渡したい!」
子供の相手に不慣れな私がたじろいていると、想定外な事に更に数名の子供が同様に私へと近づいて来た。
「え、ええと」
度重なる想定外への対応に、私は悩んでしまう。
そんな私の迷いを察したらしい院長が微笑ましそうにしながらも少年へ声を掛けた。
「こらこら、皆――」
しかし彼女の声の途中、私は後ろに体を引き寄せられる。
自分より大きな体が背に当たり、私の背後に回った人物がヴィーである事を私はすぐに悟る。
同時に、私の頭に何か軽いものが乗せられる感覚があった。
驚きながらそれに触れれば、完成した花冠が私の頭に乗せられている。
……彼の花冠は数分前まで半分以上工程が残っていたはずなのだが、いつの間に完成させていたのだろうか。
恐らくは人目を盗み、非常に手早く作り進めたのだろう。
「だーめ」
ヴィーの腕が私を捕まえる。
すぐ傍で聞こえる彼の声が、私の耳を擽った。
「おねーさんは、俺の」
自分の鼓動が簡単に跳ねるのを感じる。
婚約者という立場なのだから彼の言葉は正しい。
そして彼は恐らく、剣術バカという表向きの自分の性質を利用した上で困っていた私に助け船を出してくれただけだろう。
けれど私に好意的な言動を見せてくれるだけで、私は簡単に浮かれてしまっていた。
「ええっ!」
「ずるい!」
「ずるくありませーん! 俺のったら俺の!」
「もう、ヴィーったら」
「あらあら」
……でも子供達と対等に、そして理屈抜きで言い合いする姿は何だか年不相応で少し情けないかもしれない。
「じゃあ」
彼らの騒ぎを少し遠巻きに見ていた一人の少女が私とヴィーを見て声を掛ける。
「おねえさんとおにいさんは、ケッコンするって事?」
瞬間、私の思考が止まる。
少女の言葉は正しい。
私とヴィーの婚姻の未来は幼い頃から約束されている事だ。
そんな事、ずっと昔から理解していたというのに……何故か今になって、その事実を突き付けられるだけで心が乱された。
瞬き程の短い間に、結婚から連想出来るヴィーとの生活の想像が次々と脳裏を過る。
そしてこれまでより、よりはっきりと結婚するという事について実感を得た私の顔はあっという間に熱を帯びる。
顔の血液だけ沸騰してしまっているのではないかという程に熱かった。
「そうだよ」
おまけに、動じた様子を微塵も感じさせないヴィーの声が簡単にそれを肯定し、彼が腕の力を強める。
婚約しているのだから当然の返答ではあるものの、一切の躊躇もなく彼が答えたという事が、より私を喜ばせた。
(ああ、もう……。さっさと落ち着いて、私の心臓)
ヴィーにバレる前に気持ちを落ち着かせようと、私は自分自身に言い聞かせる。
しかしそんな私の気持ちを知らない、純粋な子供達は、不思議そうな顔で私を見た後、こちらを指差して声高らかに言った。
「あっ、おねーさん、顔が赤い!」
「へ、えぇっ!?」
「ほんとだー! 赤い!」
「りんごみたいー」
「ちょ、ちょっと……」
「え、ニコル?」
子供達が次々と顔の赤みを指摘する。
そのせいでどうやら私の顔色が気になったらしいヴィーが私の顔を覗き込む。
(ああ、もう……)
一瞬、意外そうに見開かれた彼の瞳と目が合い、それから私はすぐに最後の悪足掻きとして目を逸らす。
そんな事をしても、私の顔色も、彼に心を乱されて平静を装えなくなった間抜けな表情も全て見られてしまっている事に変わりはないのだろうけれど。
「あー……はは、は」
何とも気まずそうに、ぎこちなく漏れたその声の裏で彼が何を感じていたのかは分からない。
彼から目を逸らしてしまった私にわかった事といえば。
「あー! ヴィクトルも顔が赤い!」
「まっかっか!」
「おねーさんより赤い!」
子供から見たヴィーの顔が赤く染まっているようだったらしいという事くらいだ。
私が視線を戻した時には既にヴィーは私を背中から抱き締める姿勢に戻っていたせいで、子供達の言葉の真偽を確かめる事は出来なかったけれど。
「あー! うるさいうるさい!」
「照れたー」
「照れたぁ!」
「こら、おにーさんを揶揄うな!」
楽しそうな子供たちの笑い声の中、ヴィーの大きな声が響き渡るのだった。




