第137話
放課後、日が傾き始めた時間帯。
私とヴィーは定期的に通っている孤児院の一つを訪れていた。
孤児院の少し狭い庭、その隅に植えられた木の下で私は駆け回る子供達の様子を眺めている。
庭の真ん中では思い思いの遊びをする子供達の外、ヴィーに飛びついたり抱き着いたりしながら無邪気な声を上げる子供達の姿も見られる。
「も、申し訳ございません、いつもいつも」
私の傍ではそんな子供達を共に見守っている院長の姿がある。
彼女は浮かない顔のまま私へ頭を下げる。
本人はまったく気にしていない様子だが、そうはいってもヴィーは一応伯爵令息だ。
そんな彼に平民の子供達の面倒を見させてしまっている状況に、院長としては後ろめたさを感じているのだろう。
「お気になさらず。彼もいい気分転換になると言っていましたし」
彼の接しやすく愛嬌のある笑顔と力持ちな側面は子供の人気を集めやすい所以だ。
腕にぶら下がった子供を振り回したり、宙へ放り投げたり、肩車をしたりと、あまりにも貴族らしからぬ様子で彼ははしゃいでいる。
最近はどうしても真面目な話が飛び交っていたし、彼と共に過ごす時間も減っていた。
(それに……最後に二人きりだった日は微妙な別れ方をしてしまったし)
お父様やお兄様に乱入された日の別れ際を思い出し、私は苦笑する。
あの日の別れ方やその時抱いた複雑な気持ちは私の胸の内に小さなしこりのように残っていた事、そして何より普段の彼の明るさを見ていたいという思いや……もう一つ、少し気掛かりな事があり、私は忙しいのを承知で今回も孤児院の訪問に彼を誘ったのだ。
「そう言っていただけると、こちらとしても嬉しくはあります。皆、ニコレット様やヴィクトル様がいらっしゃる日を本当に楽しみにしていて」
「残念ながら、私はあまり子供から好かれる質ではなさそうですけれど……」
院長の言葉に耳を傾けながら、自分の周りに子供が集まらない状況を私は憂える。
子供は好きだし、私のした事で喜んでくれるのならば嬉しいと思う。
一方で、中々に一方通行なこの想いは、流石に少し寂しさを覚えたりもするものだ。
「あ、すみません。不満があるとかではなく」
思わず自嘲気味に後ろ向きな言葉を漏らしてしまい、院長に気遣わせてしまうのではという懸念が過り、私は話題を変えようと試みる。
しかし慌てて視線を戻した先、院長は何故か微笑ましそうに笑っていた。
「あらあら、そんな風に思っていらっしゃったのですね」
「えっと……何か、おかしな事を?」
「いいえ。ただ、ニコレット様はあまり、ご自身に向けられる好意にはピンと来られない方なのだなと」
院長の言葉を不思議に思って首を傾げていると、彼女は私の疑問に応えるように話を続けた。
「確かにニコレット様はヴィクトル様とは違う雰囲気をお持ちですが、子供達は決してニコレット様を警戒している訳ではないのですよ」
「そうでしょうか」
「ええ。そのですね……皆、遠慮してしまうのです。嫌われてしまわないかと」
「遠慮、ですか? 一体何故」
子供達には私達の身分について明かしたり、礼儀注意する必要もないという話を孤児院には伝えている為、私が侯爵令嬢であるという事が理由ではないはずだ。
加えて、ヴィーに対しては子供達に遠慮というものが全く見られない。
ならばやはり子供達が距離を置いてしまうのは私が原因なのだろうとは思うものの、その理由までは思い至らない。
そんな私の問いに院長笑ったまま答えてくれたが、その返答は全く予想出来ないものであった。
「子供は、綺麗で優しいお姉さんが大好きなんですよ」
綺麗で優しいお姉さん。
その言葉を脳内で反芻する事数度。
時間を空け、院長が指す言葉が私の事らしいと、漸く気付いた。
「え、えっと」
「いうなれば、ヴィクトル様は子供達にとって、同じ目線で遊んでくれるお友達の様な存在。ニコレット様は美しく品のあるお姫様の様な存在、なのだと思います」
「お、姫様ですか……!? そんな、流石に」
「ふふふ、子供だって、憧れている人の前では分かりやすくもじもじとしてしまったり、遠慮してしまう事があるんです。けど、少しずつぎこちないながらに距離を縮めようとしてくれる子も現れると思いますし、そうすれば……あら」
院長は何かに気付いた様子で言葉を切る。
視線の先にはたどたどしい足取りでこちらに近づく小さな少女の姿があった。
少女は後ろ手に何かを隠しながら私の前に立つ。
「あの、おねえさん」
「わ、私?」
少女は小さく頷くと隠していた手を正面に持って来て、手のひらを見せた。
そこには野花で作った小さな指輪が乗せられている。
「えっと、これ……私に?」
少女は俯きがちで目が合わない。
けれど確かに一度、小さく頷いたのだった。
瞬間、胸の奥で形容しがたい温かなものが広がる感覚を覚えた。
「おねえさんに、にあうかなって」
「あ、ありがとう……」
私は指輪を受け取る。
とくとくという鼓動を感じながらそれを小指に通し、少女に見せてみた。
「どう?」
瞬間、少女の顔が瞬く間に満面の笑みを咲かせる。
そのあまりの愛くるしさに、思わず頬が緩みそうになる。
「すてき!」
「よかった。どうもありがとう」
そういって少女へ微笑み掛けた時だった。
「あー! ずるいぞ!」
「おれもおれも!」
「わたしも!」
ヴィー達に集まっていた子供たちが一人、また一人と、私と少女のやり取りに気付いて駆け寄って来る。
突然手持無沙汰になったヴィーが驚いたようにそれを見送っている。
突然人気者のようになってしまった私はどんな風に接すればよいのかが分からなくなってしまい、ヴィーへ視線を向ける。
助けや助言を求めるつもりだった。
……なのに。
目が合った彼は何故か眩しそうに目を細め、酷く柔らかい表情で笑う。
その眩しい笑顔のせいで、私の鼓動は余計に速まってしまったのだった。




