第136話
突如聞こえた破裂音に目を丸くしたヴィーは振り返ると窓の外を見る。
その間、アンセルム様は席を立ち、グザヴィエ殿下の傍へと駆け寄っていた。
私も席を立ち、ジュリエンヌ様のお傍につく。
銃声を聞いて真っ先に思い浮かぶのはリュカの姿だが、近くで戦闘が行われているのか、それとも襲撃を受けているのかの判断が現状は出来なかった。
そんな中、振り返って窓の外を見たヴィーの明るい声が聞こえる。
「お、リュカ坊っぽいなぁ。今は近くに敵の姿もなさそうです」
「そっか。誤射か逃がしてしまったのか……。とにかく、一旦は安心してもよさそうかな」
「そうですねぇ。本人から聞きましょっか」
ヴィーが窓を開ける。
すると軽やかな着地の音と共にリュカの姿が窓の外に現れる。
彼は窓の縁に足をついてから室内へと飛び込んだ。
「リュカ……!」
「すみません、お騒がせしました」
謝罪するリュカの後方ではヴィーが窓を閉め直している。
「何があったの? カミーユは?」
私の問いにリュカは小さく頷きを返してから口を開いた。
そして彼は生徒会室を出てから今に至るまでの経緯を説明し出したのだった。
***
「思った以上に動きが過激になっているね。焦っているのかもしれない」
リュカの話を聞いたグザヴィエ殿下が真剣な面持ちで呟く。
「必須ではないにせよ、殿下を王政から退けさせられるのであればそれに越した事はありませんからね」
「どうやら刺客の目的はそれだけではないみたいです」
事態を深刻に受け止め、顔を曇らせるアンセルム様の発言にリュカは首を横に振る。
私達の視線が彼に集まった。
一方のリュカはアンセルム様の姿を見据えている。
「刺客の全員が同じ狙いを持っているという訳ではないでしょうが、少なくとも……アンセルム様の事を目的とした者も存在しているようです。先におれ達が追いかけていた相手はそのようでした」
「……っ!」
室内の空気がより凍り付く。
私やジュリエンヌ様は特に顔を強張らせてアンセルム様を見た。
グザヴィエ殿下に近しい立場にある者且つ、敵対勢力にとって厄介な存在であると判断されたものがグザヴィエ殿下同様に殺害の対象になる可能性は当然存在する。
しかし実際にそのような事実があり、身近な人物が名指しされるという状況は私に強い緊張と恐れを齎した。
アンセルム様も初めは驚いたように目を見開いていた。
しかし彼は私達よりも至って冷静な様子で眼鏡を押し上げ、深い溜息を一つだけ吐いてから短く相槌を打つ。
「そうですか」
「冷静なんですね」
「まあ、ある程度想定していた事ではありますから」
リュカの言葉に答えつつ、アンセルム様はグザヴィエ殿下へ視線を送る。
グザヴィエ殿下もまた、冷静な様子で頷きを返してた。
「こんな言い方をするべきではないかもしれませんが、寧ろ狙いが分散される事や、殿下を狙っていた者の目的が俺に向く事自体は都合が良いとも捉える事が出来ます。俺はヴィクトルの不在時の警備や側近の役目も担っていますから、殿下と距離を置くなどの対応は出来ませんが」
「念の為、私と君の周りの護衛を分厚くするよう手配しよう。それと学園にも、出来るだけ早急に不審人物を減らす策を講じるように促しておくよ」
「俺もより警戒しておきます。上手くいけば俺を狙う者を先んじて見つけ、情報を引き出す事も可能でしょう」
グザヴィエ殿下もアンセルム様も非常に落ち着いている様子だった。
そしてどちらも……アンセルム様の危険よりもグザヴィエ殿下の安全や長期的に見た際の最善を優先して話し合っている。
アンセルム様自身がおっしゃっていた通り、このような事態はあらかじめ想定されていたのだろうという事が感じられた。
(なら、ヴィーも当然……)
この場で誰よりも聡い彼がグザヴィエ殿下やアンセルム様との話し合いに参加していない訳がない。
そう考えた私がヴィーへ視線を移すと、彼もやはり取り乱した様子などはなく、真剣な面持ちで立っていた。
(……ヴィー?)
けれどどうしてだか、その姿に僅かな違和感を覚える。
瞬き程のほんの一瞬、彼の目が伏せられたように感じたのだ。
けれどその違和感に私以外の誰かが気付く事もなく、話し合いは続いていく。
展開される会話に耳を傾けながらも、私はヴィーの事を気掛かりに思うのだった。
***
遅れて生徒会室へ戻ったカミーユからも改めてリュカと同様の情報を聞かされた後、午後の授業の時間が近づいていた私達は解散する運びとなった。
セリア様のお迎えの具体的な日時やそれにヴィーとカミーユが同行する事も改めて手短に共有され、カミーユもそれを承諾した。
「ヴィー」
生徒会室を出てすぐに、私はヴィーを呼び止める。
「ん?」
目を丸くして振り返る彼は普段と変わらない様子だ。
不思議そうに翡翠色の瞳を瞬かせている彼を前に、私も普段通りの様子を貫きながら何でもない風に提案する。
「今日でも、近い内でもいいけれど、孤児院に行くのに付き合ってくれない?」
「ああ、リヴァロル家が援助をしてくれている所の事かな」
それを聞いていたグザヴィエ殿下が納得したように頷く。
王都に設立された孤児院の中に、支援金の一部を我が家が負担している孤児院がいくつか存在する。
家族の中で常に王都に滞在しているのが私である事もあり、支援先の個人への定期的な視察を私は家族の代わりに引き受けている。
そろそろその視察の時期がやって来ていたのだ。
そして、この視察に私はヴィーをよく誘っている。
理由は……彼が私よりも子供に好かれやすいから。
彼は子供の扱いが非常に上手いのだ。
「いいよ。行って来な」
「本日の放課後は殿下の予定も王宮のお務め程度だ。先の件を考慮したとしても、お前がいなくてもなんとかなるだろう」
「んー、じゃあお言葉に甘えよっかな」
そのような事情を知っているグザヴィエ殿下はあっさりと承諾してくれた。
アンセルム様も口添えしてくれた事で、ヴィーも私の頼みをあっさりと受け入れた。
こうして私達は今日の放課後に学園近くの孤児院を回る事にしたのだった。




