第134話
「はい、お久しぶりです」
カミーユはいつもと変わらない笑みを顔に貼り付け、女性研究員へ言葉を返す。
女性研究員はというと、浮かない顔をしていた。
「フランソワ先生とご一緒という事は魔導考古学の道に進まれたんですねぇ」
「え、ええ。カミーユさんは、その」
女性研究員は後ろめたそうにカミーユを見つめてから視線を伏せた。
「当時の事は、何と言えばよいのか」
カミーユは僅かに目を細める。
それからすぐに満面の笑みを浮かべてあっけらかんと笑って答えた。
「ああ、お気になさらず! 今は見ての通り吹っ切れてますし、気にしてませんからぁ」
「そ、そうですか」
「じゃ、そろそろ戻らないといけないので。この辺りで失礼します~」
「あ……」
「ほっほっほ、またのぉ」
カミーユは騎士らしくメリハリのある動きで深く頭を下げ、フランソワ達へ背を向ける。
颯爽と離れていくその背を見つめるフランソワの瞳は憐れむような色を孕み、揺らいでいるのだった。
***
生徒会室へ戻るべく木々を飛び移っていたリュカ。
主人の現在地へ向かう最中、気を緩める事無く周囲の様子を観察していた彼の視線はある者を捉える。
「――っ!」
着地と同時に更に先の木へ飛び移ろうとしていたリュカは頭上の枝を掴む事で体の勢いを殺し、すぐに銃を懐から取り出す。
リュカの視線の先、茂みに隠れた一人がある建物へ向かって銃を構えていた。
その銃口が狙う先にあるのは――生徒会室へ繋がる窓だ。
(黒に金の刺繍が入った外套。隠されている装いは……他国のものか? 所持している武器は――)
無駄のない動きで銃を構える数秒の間。
リュカは相手の姿を観察し、特徴を掴む。
そして相手へ向かって銃口を向け、引き金に指を掛けたその時。
突如、リュカが踏みしめていた木の枝が折れる。
小柄な彼の足場となるには充分過ぎる太さに見えたそれは虫が巣食っていたのか、見た目の割に脆過ぎたようであった。
「……っ!? クソッタレ――」
体勢が崩れたと同時、標的の相手がリュカへと視線を向ける。
自分の存在を気取られた以上、リュカが取れる選択は一つだけであった。
彼は舌打ちと共に引き金を引く。
発砲音と共に放たれた魔力の塊。
それはリュカが想定していた軌道から僅かに逸れ、相手の足元を削る。
相手が警戒から腰を浮かせた頃、着地に成功したリュカはすぐに再度相手へ照準を定める。
しかしその一瞬の動作の後に相手は木々の裏へ隠れてしまい、二発目に放った魔力も木の幹を削るだけに留まる。
リュカはすぐに相手の後を追い、先程銃が構えられていた場所まで駆け付けるもその頃には既に周囲に怪しい気配はなくなっていた。
(全く、気が抜けな……)
リュカは生徒会室の方へ顔を上げる。
するとこちらを見ている瞳と目が合った。
黄緑色の瞳はリュカの視線に気付くと細められる。
同時に二ッという快活そうな笑いと共に横目で見ていた視線の主から手を振られ、リュカは不満げに眉を寄せた。
普段ならば窓の先に見えるはずの生徒会長の椅子やグザヴィエの姿は彼の姿に遮られて見えていない。
(本当に、気に食わない奴)
相手――ヴィクトルは室内に何か声を掛けながら生徒会室の窓を開ける。
リュカはそれを『ここから戻って来い』と促されていると捉え、従う事にする。
そして頭を乱暴に掻きつつ、各階の屋根などの出っ張りを利用して壁をよじ登ろうと試みた時。
独特な臭いがリュカの鼻をついた。
「……?」
(火薬と鉄のにおい……?)
何者かがその場で発砲しておらず、負傷者もいないのであれば嗅ぐ機会はないであろうにおい。
また周囲を見回したリュカは自分の足元に赤黒い粉が僅かに散っている事にも気付く。
(薬莢から火薬でも漏れたのか? にしても、随分と独特で鉄のにおいが強い……)
リュカは常備している小さな巾着にその粉末を砂ごと入れる。
それをポケットにしまい込んでから壁をつたい、生徒会室の窓の縁に飛び乗るのだった。
***
カミーユとリュカが離れ、アンセルム様に眼鏡が返されてから、グザヴィエ殿下は本題に入る。
「近々、セリア嬢が王都へ戻って来るらしい」
「セリア様が……?」
「ああ。ジュリエンヌもニコレット嬢も彼女とは親しい間柄だったね」
セリア様……家名をバリエ。
バリエ伯爵――爆発事件が起きた仮面舞踏会の主催者の娘であり、私をそのパーティーに誘った友人だ。
あの事件の後、バリエ伯爵は王宮の騎士達によって捕らえられていた。
しかし気が触れた様子で、とても何かを聞けるような状態ではなかった。
しかしパーティーの主催であり、また口封じの為に爆発に巻き込まれて亡くなった者達との密会を企てていた記録や証拠も押さえられた事から現在は王宮に捕らえられている。
当然、バリエ伯爵は貴族としての務めを果たせるような状況でもなく、バリエ伯爵は彼の弟が継ぐ事となった。
この一連の流れの中、事件の加害者の娘となったセリア様の当たりは非常に強いもので、彼女は心を病み、療養のために辺境の親戚の家へ移り住む事となった。
以降、私から彼女に何度か手紙を送ってみたりもしたものの、何の音沙汰もなく、彼女の身を案じてはいたのだが……まさか、グザヴィエ殿下から彼女の近況について聞かされるとは思わなかった。
ジュリエンヌ様も同じ気持ちだろう。驚いたように目を丸くしているのだった。




