第132話
人の行き来が多い廊下の中、剣に手を添えたカミーユの目的は当然、その場で剣を抜く事ではない。
周囲へ目を光らせていたカミーユは一人、自分の姿を見て進路を変えた者を見つけた。
「不自然な足音だなぁ」
カミーユがそちらを見やれば相手と目が合う。
余裕に満ちた微笑をカミーユが向けるも、相手――ブロンドの髪の男は顔を強張らせてすぐに目を逸らす。
足早に離れていく男の背を眺め、カミーユは短い呪文を告げる。
「《ウィンド》」
声と共に一歩大きく踏み出したカミーユ。
前へ出した足と床の間に風が生まれ、天井程の高さまで跳躍したその体は数名の通行人の頭上を通り過ぎて着地した。
「すみません〜」
更に着地と同時、カミーユは同じ呪文と共に自分の周辺にのみ風を発生させる。
普段より上昇した移動速度の中、不規則に動く生徒達の動きをものともせず半身で躱し、あっという間に標的との距離を詰める。
そして――
「ターッチ」
あっという間に相手へ追いついたカミーユは、男の両肩を背後から力強く掴み、その耳元に顔を寄せる。
「ちょーっ……と、お話ししましょうか」
「ヒッ」
肩を掴む手は逃さないと言わんばかりに力んでおり、男の背後で囁くカミーユの顔は笑顔が湛えられているものの、圧力を感じてしまうようなものであった。
それに身の危険を感じた男が引き攣った悲鳴を漏らす。
カミーユはそんな彼を半ば引きずるように人気のない場所まで連れ出すが、その最中、焦茶の髪の男が人目を避けつつカミーユとは反対の方角へ走り抜けていく。
彼が向かう方角は――廊下を直進していた時のカミーユから見て二時の方角。
焦茶の髪の男がカミーユの視界から消え失せる。
(まー、あちらはお任せってことで)
カミーユは焦茶の髪の男を見送り、捕らえた相手と共に裏庭へ辿り着く。
「ボク、とっても耳が良くってぇ。だから貴方達の話聞こえちゃったんですけどぉ」
間延びした声と共に、細く長い指が柄に触れられる。
刹那。
目にも止まる速さで抜かれた剣が白銀の閃光を放ち、男の頬を掠める。
恐怖から動くことが出来ない男の頬に刃を添えながら、カミーユは低い声で囁いた。
「ご自分でご説明いただけますかねぇ」
***
彼の服装だけを見た者は、間違いなく彼の職業を『魔導師』と間違えるだろう。
成長途中の彼の背丈よりも余る大きさの黒いローブは魔導師のトレードマークとも言える服装に酷似していた。
だが、彼は幼い頃から密偵等隠密行動の技術と護衛の技術を叩き込まれる環境で育った為、保有する魔力量こそは平均を超えていたものの、まともに魔法を使う術は身につけていない。
そんな彼が敢えて魔導師のような姿をしているのは、一つは敵の認識を歪めて隙を誘い出す為。
そしてもう一つは――彼の得物を隠しておく為だった。
カミーユの指示に従い、定められた方角へ移動したリュカは近くの木に登ると自身が愛用する武器を構える。
イェーガーライフル。
一見すれば狩猟で使われる武器と瓜二つのその武器は最新型だ。
弾を詰めておらずとも魔力を消費する事で不可視の弾丸が生成され、発砲できる代物。
それを静かに構え、獲物を待つ。
普段重い前髪に隠れているリュカの赤紫色の瞳は、銃口を向けた先を静かに見ていた。
そしてその銃口の先に焦茶色の髪の男が現れた瞬間、リュカの銃は破裂音を轟かせた。
前髪が揺れ、赤紫色の瞳が露わとなっている。
そして魔力で練られた弾丸が男へと迫り――男の頬を綺麗に掠めた。
(撃てて後一回か)
リュカの武器は他の銃火器同様に大きな発砲音を伴う。
それにより、離れた場所に立っていた生徒が数名、驚いて辺りを見回していた。
一度目ですでに発砲の音を不審に思うものがいる中、何度も繰り返し発砲する事はできない。
事を荒立てれば批判されるのはリュカ並びにその主人であるニコレットであると本人は理解していた。
一方の男は顔を掠め、髪の一部が銃弾によって舞い落ちる中で顔がみるみる青くなっていく。
リュカは腰が砕けている男へ再び銃を構える。
再度鳴り響く大きな乾いた音。
魔力の銃弾は男の目と鼻の先を通過し、すぐそばの木の幹に穴を空けていた。
男はすっかり逃げる意志も失い、恐怖のままに立ち尽くす。
そんな彼の姿に油断をする事もなく、リュカは軽やかな音と共に男の背後へ着地をすると、その首元へ襲いかかる。
両足を絡め、首を絞められる男は苦しげな呻き声を漏らしていた。
「大人しく捕まるか、意識を飛ばして捕まるか、どっちがいい」
リュカがそう問うた時、すでに男は泡を吹いて気を失っていた。
(……少しやりすぎたか)
リュカは男の首に足を絡めたまま、自らの失敗を恥じるのだった。




