第127話 既視感
ニコレットは友である彼女の顔色にいち早く気付き、またカミーユもすぐにジュリエンヌの元へと駆け寄る。
「あー! もう、折角綺麗にしたのに」
「ごめんなさい。どこか乱れていたかしら」
「いいえ?」
カミーユは不満気にしながらも、ジュリエンヌの問いには首を横に振る。
それから主人の顔を正面から覗き込む。
「ただ……こちらへ来る足音が、あまりにも落ち込んでいる時のそれでしたから〜」
普段通りの明るい声だが、ジュリエンヌを覗き込む顔は非常に優しい。
「折角おめかしをしても、ジュリエンヌ様のお気持ちが沈んでいては意味がないじゃないですかぁ」
「本当に、あなたには隠し事が出来ないわ」
「うーん、気付いたのはボクだけじゃないでしょうけれどねぇ」
カミーユはそう言ってニコレットの方を見やる。
ニコレットは案じるような曇った表情でジュリエンヌを見つめていた。
そんな彼女に問題ないと気持ちを偽ろうとして、ジュリエンヌはぎこちなく笑みを浮かべようとする。
しかしその表情はすぐに歪み、代わりに彼女の両目からは大粒の涙が溢れる。
「あーあー」
「ごめんなさい」
両手で顔を覆って泣くジュリエンヌの頭にカミーユは自分のジャケットを優しく被せる。
それは人前で泣いてしまう自分をよく思わないであろう主人への配慮であった。
「今日のところはもう帰りましょ、ね?」
主人が小さく頷いたのを見てから、カミーユは彼女の肩を抱き寄せてニコレットとヴィクトルへ頭を下げる。
「すみません、お二人とも~。今日はこの辺りで失礼します」
「いやいや、こっちは気にせずで!」
「ええ。……ジュリエンヌ様、また」
「ごめんなさい。また」
ニコレットの言葉にも小さく頷き、手を振ってから、ジュリエンヌはカミーユにつれられてその場を去る。
カミーユに手を引かれて馬車に乗り込み、座席に腰を下ろしたジュリエンヌは静かにすすり泣く。
普段、主人に命じられない時は同乗しないカミーユだが、今回はジュリエンヌの隣で何も言わずに寄り添っている。
そんな騎士の肩に寄り掛かれば、優しく頭を撫でられた。
「よーしよしよし」
公爵令嬢に仕える騎士の行いとしては普通に考えれば不敬なのだが、この身分を気にしないカミーユなりの寄り添いはジュリエンヌの心を僅かに軽くした。
カミーユの掌の温もりを感じながら、ジュリエンヌは自身の唇に触れる。
(心を寄せる人との口づけ……嬉しいはずなのに)
思い出すのは先程の口づけだ。
どこまでも変わらない婚約者の表情と、一切見えない感情。
(こんなにも虚しいだなんて……)
こんな思いをするような口づけならば、したくはなかった。
思わずそう思ってしまう程、ジュリエンヌの胸は締め付けられていた。
***
馬車寄せの近くに残された私とヴィーは、ジュリエンヌ様とカミーユを乗せた馬車を見送った。
ヴィーと合流したのは、私とカミーユが庭園から馬車寄せまで戻った時だった。
私達よりも先に馬車寄せへ辿り着いていたヴィーは不服そうに口を尖らせていたが、私をカミーユから引き剥がすように腕を引き寄せただけで、何か言う事はしなかった。
彼は非常に察しが良い。きっと私とカミーユが庭園の方から現れた事にも、何か事情があったのだろうと踏んだのだろう。
その後、傷心した様子のジュリエンヌ様が姿を見せた後、今に至る。
「ニコル」
ジュリエンヌ様が気掛かりで、馬車が去っていった方角を見つめ続けていると、ヴィーが私へ手を差し出す。
もうすでに遅い時間だ。私もぼんやりせずに帰宅しなければならない。
私はヴィーの手を取り、彼と共に馬車へ乗った。
狭い座席に二人並んで座り、やがて動き出した馬車の揺れに身を委ねる。
普段はお喋りなヴィーだが、今日は妙に口数が少なかった。
もしかしたら先程のジュリエンヌ様の事や、それを気に掛けているであろう私を気遣っての事なのかもしれない。
そんな事を考えながら、私自身も口を閉ざして過ごす。
暫くして。
ヴィーが徐に私へと寄り掛かった。
彼が私に分かりやすく甘える行為を取るのは今に始まった事ではない。
だから初めはあまり気に留めていなかった。
けれどふと、彼の横顔を盗み見た時。
その顔がどこか思い悩んでいるように見えて、それが気になった。
「ヴィー?」
「んー?」
私が彼を呼び、その頬に手を伸ばせば、甘えるようにすり寄られる。
彼は擽ったそうな、そしてどこか無邪気さを孕んだ『剣術バカ』としての笑みを浮かべている。
いつも通りの表情だ。
それでも彼の翡翠色の瞳が揺らぎ、僅かに伏せられた長い睫毛が震えているように感じた。
その瞳に、既視感があった。
(……あ)
その感覚の正体を探るように記憶を遡った私は、すぐに思い当たった。
仮面の下に隠された金色の瞳。
仮面舞踏会の時の彼と、今の彼の面影が重なる。
(あの時と、同じ)
切なげで思い悩んでいるような瞳。
それが何故だか私の胸を強く締め付ける。
何かを抱えているはずなのに、何も話してはくれない。
そんな彼の姿が気掛かりで、同時に悲しかった。
「――何か、悩んでいるの?」
思わず、そう言葉が漏れる。
それを聞いた瞬間ヴィーはほんの僅かに目を見開き、息を呑んだのだった。




