第125話 お友達
閉じられていたカミーユの瞳が開かれる。
「……今、何と?」
「お友達になりましょう」
「一体何を考えたらそのような結論に至るんです?」
「今日みたいな事が起こった時、それを察する事が出来る人間が近くにいるべきでしょう?」
カミーユが不服そうに眉根を寄せる。
そのまま起き上がろう身動ぎをしたことに気付いたので、私はカミーユの頭と顎を両手で押さえた。
「ちょっと」
「今日のようにならないなんて保障はないでしょう? 仮にあなたがそれを主張したとしても、私は納得できないし信用も出来ない。それは、わかるでしょう? 万が一の時にあなたの事情を知る者がいた方が、あなたにとっても都合が良いはずよ」
今日の会議の内容が全て正しいとするのであれば、この先、ウスターシュ様と私達の衝突は避けられない。
その時、重要な戦力であるカミーユが突然今日のようになってしまっては私達の陣営が痛手を負う可能性もある。
だが事情を知る者の協力があればある程度配慮する事も可能だし、万が一カミーユが不調に陥ってもいち早く気付けるはずだ。
「どうせもうあなたの強がりには気付いてしまったのだし、大人しく甘えておきなさい」
「侯爵令嬢である貴女に? 騎士の名折れが過ぎるでしょう」
「避けられる迷惑をジュリエンヌ様に掛けるのと、一体どちらの方がマシなのかしら」
カミーユは言葉を失う。
カミーユのジュリエンヌ様への忠誠は本物だ。
彼女の不利益になる可能性に、カミーユは見て見ぬ振りが出来ない。
「……貴女が、想像以上に強情で強かな人だという事は理解しましたよ」
長い溜息の後、カミーユは再び私に話し掛けた。
「貴女に借りを作るという事で合っていますか?」
「言ったでしょう。『お友達になりましょう』と。対等な関係で構わないわ。私はあなたが困るような事があった時、率先して根回しをする。代わりにあなたも私が何かに困った時は手を貸して頂戴」
「こちらは騎士なのだから、そんな約束があろうがなかろうが、やる事は変わらないというのに……。……分かりましたよ、これまで以上に貢献できるよう尽力します」
(……これでいい)
カミーユはまだきっと、私に心は開いていないだろう。
この関係を本物の友情などと本当に思っている訳ではない。恐らくは、利害の一致の関係程度にしか考えていないはずだ。
一先ずはそれでもいいと私は思った。
大切なのは、無条件で手を借りることが出来る存在の認知。
私がカミーユの弱さを受け入れる存在であり、心を許している存在である事。
それを理解してくれるだけでも今は充分だ。
「もう少し、休んでから行きましょう」
私はそう言ってカミーユの髪をもう一度撫でる。
よく手入れが行き届いた、さらさらとした美しい髪だ。
カミーユは私に促されて再び目を閉じ、私もまた、遠くで揺れる木々の音に耳を傾けながら穏やかな時間を過ごすのだった。
***
ジュリエンヌは、先に通された客室に遅れてやって来たグザヴィエと共に向かい合ってお茶と世間話を楽しむ。
長いソファの中心に腰を下ろし、心を寄せる相手と交わす言葉はジュリエンヌにとって全てが心躍るものであった。
しかし持っていたカップを戻す過程で視線を落とし、再び顔を上げたジュリエンヌははたと、何かに気付いて鋭く息を呑む。
「……ジュリエンヌ?」
視線の先、グザヴィエがにこりと微笑んでいる。
いつもと変わらない、柔和な笑みだ。
……全く崩れない、変わらない微笑み。
彼のその顔を見れば、殆どの異性がほっと息を吐き、うっとりとするだろう。
けれどこの時のジュリエンヌは、寧ろ背筋を冷たいものが走るのような感覚を覚えていた。
(わたくしは……いつからこの顔以外を見なくなっていたのかしら)
記憶を遡るも、過った疑問の答えは見つけられない。
気が付けば、ジュリエンヌの記憶は、自分の手を引いたまま無邪気に声を上げて笑う小さな少年――グザヴィエの幼少期まで辿り着いてしまう。
(先の会議の事も、それ以前の事もある。彼の心労を考えれば、当然のように笑い続けられる状況ではない。とすれば、今の彼のこの表情は『作り物』なのでは……)
とある憶測が浮かぶと同時に、ジュリエンヌの胸は締め付けられる。
優しい微笑の裏に隠れた苦悩や疲れがあるのならば、それを少しでも理解したいし、癒したいと思った。
それが共に添い遂げると誓った婚約者の務めだと思ったから。
「……グザヴィエ様」
ジュリエンヌは席を立つとテーブルを回り込んで、グザヴィエの傍へ近づく。
グザヴィエは不思議そうに目を瞬かせた後、気を利かせて少し端に寄る。
それから空いた空間を手で叩き、ジュリエンヌに座るよう促した。
「ありがとうございます。……失礼いたします」
ジュリエンヌはグザヴィエの隣に腰を下ろす。
グザヴィエはそんな彼女の顔を覗き込みながら、やはりいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「珍しいね。君が甘えたがるなんて」
「ええ、そうかもしれませんわね」
ジュリエンヌは目を伏せて力なく微笑んでから、グザヴィエの肩に自分の体を寄り掛からせる。
グザヴィエは何も言わずにそれを受け止める。
「……本当に珍しいな」
「たまにはお許しいただけますか?」
「許すだなんて。君が望むのなら、このくらいの事、いつだってしてあげるのに」
心地よい、穏やかな声。
それに耳を傾けながら、ジュリエンヌはこっそりと横目でグザヴィエの顔を覗き見る。
その顔は――やはり一切変わらない。
その事実に胸が締め付けられるような痛みと、目の奥が熱くなるのを感じて、それを誤魔化すようにジュリエンヌはグザヴィエの肩に自分の顔を埋める。
彼女はきつく唇を噛み、グザヴィエの腕にそっと縋るのだった。




