第121話 騎士と家族
会議終了後。
グザヴィエ殿下はアンセルム様と話したい事があると告げ、護衛のヴィーとアンセルム様だけを部屋に残した。
アンセルム様の同行者であるクロエ様は王宮の使用人数名に連れられて滞在中に使っている客室へと案内され、去っていった。
私は退室してそのまま帰宅しようと考えていたのだが、ヴィーに送りたいから待っていて欲しいと言われ、馬車で彼を待つ事となった。
リュカは退室を促されて尚、残った軽食が勿体ないと口いっぱいに料理を頬張っていた為、雇用主権限で退室を強要した。
日頃からそこそこいい食事を与えているというのに、こういう意地汚さは幼い頃から一向に抜ける気配がない。
帰宅したら代わりに何か用意させようと私は決意した。
因みに、私の命を受けて渋々廊下へと出た後の彼はすぐに姿を消したので、またどこか人目を避けた場所から私を見守ってくれているのだろう。
逆にジュリエンヌ様は、折角王宮に来たのだから少しだけでも二人で話す時間をという話をグザヴィエ殿下と交わし、別室で婚約者を待つ事になったようだ。
シャルル様はというと、研究棟での騒ぎ以来、グザヴィエ殿下から協力を求められている事もあって王宮で寝泊まりしているのだとか。
彼は会議が終わるや否や、軽い挨拶を済ませると部屋で休ませてもらうと告げて離れていった。
そのような流れがあり、現在王宮の廊下に残っているのは私、ジュリエンヌ様、カミーユだけとなっていた。
私達は会議が開かれた部屋から少し進んだ、王族間で共有されている王宮の中央部分――ジュリエンヌ様の待機の為に用意された客室の前に立っていた。
カミーユはジュリエンヌ様とグザヴィエ殿下の時間を邪魔しないよう気を遣ってか、この後は先に馬車を用意させておくつもりのようだ。
ただそれよりも前にと、ジュリエンヌ様の髪や化粧を手早く直し、鏡でその姿を本人へと見せる。
「ほら、お綺麗ですよぉ」
「ありがとう。……ねぇ、カミーユ」
「はい?」
鏡に映る自分を確認して微笑んだジュリエンヌ様だったが、その目はどこか不安気に伏せられていた。
カミーユはそんな主人の声に返事をしながら道具をポーチにしまう。
「……大丈夫?」
ジュリエンヌ様の問いに、カミーユは数度瞬きをしてから苦笑する。
長い睫毛を伏せて僅かに考えるような間を残してから、カミーユはいつも通りの軽薄な顔と明るい声で答えた。
「大丈夫だと思いますかぁ~? も~、最っ悪ですよぉ。何なんですか、さっきの会議。知り合いのオンパレード過ぎますよぉ~。頭だって抱えたくなるってもんです」
「カミーユ」
「大丈夫ですよ」
ジュリエンヌ様は大袈裟に肩を竦めて見せるカミーユを何やら物言いたげに呼ぶ。
しかしカミーユはそれを遮るように答えた。
「大丈夫です」
カミーユはジュリエンヌ様の手を優しくとると、恭しく頭を下げる。
そしてジュリエンヌ様の手の甲にそっと口づけをしてから微笑んだ。
目尻が下げられた、とても優しい顔だった。
「私は貴女の騎士です。貴女の剣となり盾となる事こそが私の誇りであり務めです。貴女を不安にさせるような事も、寄せてくださる信頼を損ねるような事も絶対にしません」
「……カミーユ」
日頃の軽薄そうな空気は鳴りを潜め、カミーユは騎士としての忠誠心を示す。
しかしジュリエンヌ様の顔は何故か更に曇りつつあった。
「さ、ボクの事よりも、ですよ。まず、ジュリエンヌ様はご自分の悩みと向き合っていただかないと」
カミーユはジュリエンヌ様の頬を優しく撫でた直後、普段通りの振る舞いに戻ると数歩後ろへと後退る。
馬車の方へと向かう意志を行動で示した騎士にジュリエンヌ様はそれ以上何かを言おうとはしなかった。
「……そうね」
「じゃ、また後程」
「ええ」
「ニコレット様も。ボクはお先に失礼しますね」
「ええ、また」
カミーユは私へも会釈をすると背を向け、足早に去っていく。
私の知る男性陣の殆どよりもやや小柄で華奢な背中が遠ざかるのを静かに見送っていると、傍から暗い声が私を呼んだ。
「ニコレット」
「はい」
私がジュリエンヌ様へ視線を移すと、彼女は珍しく険しい顔をしていた。
カミーユが姿を消した方角を見つめたまま、彼女は続ける。
「……カミーユを、お願いしてもいい?」
そう告げるジュリエンヌ様の顔からは心から自分の騎士を案じている事が見て取れる。
ジュリエンヌ様が不安に思っていらっしゃる事、その詳細までは汲み取ることが出来ない。
しかし私よりもカミーユと深い関係にある彼女が何かを感じ取り、わざわざそれを共有するという事は、私には気付けない何かを懸念しているという事だろう。
ジュリエンヌ様はグザヴィエ殿下との約束がある為にカミーユを追うことも出来ない。
「畏まりました」
「ごめんなさいね。こんな事を頼まれるべき立場でも、貴女が気に掛けるべき立場でもないのだけれど。それでもカミーユは」
ジュリエンヌ様の瞳が大きく揺らぎ、その声は僅かに震えていた。
「わたくしの家族同然の人なの」
「大丈夫です。存じ上げておりますから」
ジュリエンヌ様とカミーユの関係や付き合いについては少なからずジュリエンヌ様から聞かされた事もある。
カミーユという人物について私が知っている事は限られているが、少なくともジュリエンヌ様がどれだけカミーユを大切に想っているのかは理解しているつもりだ。
そして友人の頼みを聞き入れる事も、友人の大切な人を気に掛ける事も、そのどちらも身分に関係なく自然な事である。
「それではジュリエンヌ様。また明日、学園で」
「……ええ」
私はジュリエンヌ様へ深く頭を下げてからその場を後にした。
「……剣も盾も、誇りも務めも、あなたに求めた事なんてない。わたくしはただ、あなたを――」
……その後方で呟かれる、誰かへ向けられた悲痛な想いには気付かないふりをした。
***
カミーユは馬車寄せへ向かって王宮の廊下を進む。
しかし優れた耳が曲がり角から近づく男女の声を拾い、カミーユの足は止まった。
その声を聴いた途端、呼吸が詰まり、胸が締め付けられ、鼓動が激しさを増す。
やがて曲がり角から姿を現したのは、狭い虹彩が特徴的な橙色の髪の男性と、そんな彼へ豊満な胸を寄せて腕を組む桃色の髪の女性。
二人はカミーユを見やると驚いたように目を見開いた後――悪意に塗れた醜悪な笑みを顔に貼り付けた。
一方のカミーユもまた、いまにも飛び出しそうな心臓の存在をひた隠し、いつもと変わらない軽薄な笑顔を浮かべる。
そしてわざとらしい程に丁寧なお辞儀を披露した。
「お久しぶりです。――ウスターシュ・ド・ドナシアン辺境伯、ドロテ・ロード子爵令嬢」




