第119話 決着の目途
私は今日、ラガルド殿下へ連れ出されるきっかけとなった時の話を全体に共有した。
その話を聞いたシャルル様は想定内だとでもいうような落ち着いた様子で頷いた。
「やはりか。ニコレット嬢の話を鑑みれば、彼の体の限界は恐らく近い。今後『夢の香霞』の使用はより限定されるはずだ。研究棟の時のような無差別かつ多数の人間が操られるような現象は今後起こり得ないと考えて良い」
シャルル様はいくつか頁を捲る。
『夢の香霞』の他、残りの三魔法器である『時の銀針』や『天の斎盃』をイメージした絵が描かれた頁も混ざっていた。
恐らくは彼のこれまでの研究の産物も、分厚い紙束の中に含まれているのだろう。
シャルル様は少しの間、他に話し漏れがないがないかを確認するように、それへ視線を落としていたが、やがて再び顔を上げた。
「今後、『夢の香霞』の対策としてオレ達がすべき事は、グザヴィエ殿下の周辺と、絶対に落とされたくないクレージュ男爵領の守備に徹する事だ。その上で、『夢の香霞』の使用者であるラガルド殿下の自滅を待つ」
「自滅……」
「先程も話した通り、『夢の香霞』の代償は寿命だ。一度失われた寿命は当然、取り戻す事など出来ない。つまり、仮に今後『夢の香霞』を用いる事が無くとも、ラガルド殿下が近い未来で命を落とす事は確定事項だ。彼が『夢の香霞』を用いれば更に死期が近づくというだけで、彼に残された時間が僅かであるという事実は変わらない」
「ラガルド殿下の命が後どの程度かは推測可能なものなのでしょうか」
「あくまでオレや他の研究者が集めた知識や統計上を踏まえた上での憶測ではあるが」
私の問いに、シャルル様は首を縦に振る。
事前に纏めていたであろう、開示すべき情報を話し終えたのか、彼はその場に腰を下ろす。
一つ息を吐き、テーブルの上に手を組んでから、彼は私の質問に答えた。
「――半年だ。その間に決着はつく」
「半年……」
想定よりも非常に短い期間であった。
その衝撃に言葉を失う私の視線の先でシャルル様は補足する。
「当然、ラガルド殿下が『夢の香霞』を使っただけ更に縮まる。彼が弱った時にソニストゥセ王国に先を越されないよう『夢の香霞』の回収をする必要もあるだろう。またこの時の為に、ラガルド殿下を捕縛する理由となりうる罪状を明確にもさせておかなければならない」
「だが、『夢の香霞』に関しては致命的な結果を避ける為に手を打てる。それが私とシャルル殿の見解だ」
話の主導がグザヴィエ殿下へと戻る。
仮にも直前まで血族の命の話が繰り広げられていたというのに、彼は至って平然としているように見受けられた。
「話を纏めよう。国が警戒すべき脅威は三つ。外部からの敵国の侵略行為、敵対勢力の国内からの反発や裏切り、『夢の香霞』による内部からの崩壊」
親指、人差し指、中指と順に指が立てられる。
それから彼は人差し指と中指を再び折った。
「一つ目は私や国で対策を練る。リュカには情報提供や傭兵団との交渉面で助力を願い出るかもしれないが」
グザヴィエ殿下の言葉にリュカが頷きを返す。
それを確認してから、グザヴィエ殿下は次に人差し指を立てた。
「二つ目。こちらは状況に応じて、敵対の恐れがある貴族に対する情報収集や彼らの企てを阻止する為の人手の派遣など、各々に協力を求めるだろう。頭に入れておいて欲しい」
また関連した情報を得た場合には都度報告する事、とグザヴィエ殿下は付け加えた。
彼は次いで二本の指に加えて中指を立てる。
「三つ目。ラガルドの罪状については確固たる証拠を押さえられるよう、こちらで調査を進めよう。だが大まかな時期の推察が出来ているとはいえ、彼が倒れる明確な時期が不透明である以上、当然それを待つだけではいけない。私の周辺の警備の強化は国側で手を打つとして、クレージュ男爵領に潜む危険の調査や守備の徹底には率先して君達の力を借りたい」
グザヴィエ殿下の言葉に耳を傾けていた私達の顔は自然と強張る。
張り詰めた空気が辺りを満たしていた。
「今日は一先ず今後の方針に関しての概要のみ共有する為、君達には集まってもらった。詳しい指示については今後都度出させてもらおう」
会議の締めの言葉に入ったグザヴィエ殿下の纏う空気が突如緩む。
表情は先程とも、普段とも変わらないものであったが、その声は先程までよりも柔らかく、明るいものであった。
「……長くなってしまったね。今日はこの辺りで解散、に……」
しかし彼の言葉は途中で途切れる。
グザヴィエ殿下の視線は、自分の傍に控えていたヴィーへと向けられていた。
彼の視線を追うようにして、他の者達もそちらを見る。
一方で、多くの視線を受ける事となったヴィーはというと……
……立ったまま舟を漕いでいた。
それを見た途端、アンセルム様が音を立てて席を立つ。
私は深々と溜息を吐きながら額に手を当てた。
「おい、この馬鹿!」
「っ、でぇっ!! 何すんだよ、セル!」
ずかずかとヴィーへと距離を詰めたアンセルム様は彼の後頭部を思い切り叩く。
小気味よい音が室内へ響き渡る中、ヴィーが頭を押さえながら情けない悲鳴を上げる。
「一国を揺るがしかねない重要な話の最中に、お前という奴は……っ」
「だぁって! 難しすぎる話がずっと続いてんだもん! 俺が分かる訳ないだろぉ!」
「そんな事で胸を張るな! 情けない!」
「まあ、ヴィーには難しかったかな」
「申し訳ございません、殿下……」
「ニコレット嬢が謝る事じゃないさ。いつもの事だからね」
目の前では、いつも通りの茶番が繰り広げられる。
けれどそのお陰で、部屋の中の空気はすっかり緩んでしまい、唖然としている他の面々の表情も呆れや苦笑など、様々な反応を示しつつ拍子抜けする事となった。
当然、ここまでの話の流れをヴィーが理解できない訳もないので、まあ十中八九狸寝入りなのだとは思う。
これは会議の空気を引きずらないようにという彼なりの計らいなのだろう。
「全く……」
それを理解しつつも、自身の無様を晒す事に一切の躊躇がない婚約者に対し、そんな言葉が漏れてしまうのだった。
難しいパート終わり!!!!! 長かった……;;;
お付き合いくださった読者様方、ありがとうございます!
数日間連日で更新させていただいた後、『毎週最低1話更新』『日曜日は確定で更新』に戻させていただきます。
今後とも、ご無理のない範囲でお付き合いいただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いいたします!




