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第七章 集結する仲間

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第117話 グラファレ

「人を、怪物へ……」


 シャルル様の言葉に、場の空気が凍る。

 具体的な話はまだ分からない。それでも彼がこれから話す事が非常に恐ろしい物である事は充分に感じられ、私は唾を飲んだ。


「怪物というのは、魔物の事でしょうか」

「ああ」


 ジュリエンヌ様の問いに、シャルル様は頷きを返す。


 ――魔物。


 それは魔法的要因によって狂暴化した、或いは人体に悪影響を齎す存在の総称。

 我が国では魔物の対策を徹底的に行った結果、人里には殆ど現れなくなったが、それでも辺境や自然が多い場所、また迷宮(ダンジョン)と呼ばれる古代遺跡では未だ生息が確認されている。


「人が魔物へ……アンデッドとはまた異なるのでしょうか」

「似ている点は多い。人の姿形を保っている等な。だがアンデットは死した体が生ける魂を求めるという本能を植え付けられて動く仕組みである一方、あの薬は生きた者を人から遠ざけながら殺すという仮定を経て怪物を増やす。因果関係がまるで逆だ」

「そんな恐ろしい薬品が……」


 私は至って平静を装おうとしたものの、途中で言葉を失ってしまう。

 再び訪れた静寂はすぐにシャルル様の言葉に破かれる。


「――グラファレ。レグリアス王国とソニストゥセ王国の国境沿いを中心に限定的な地域に生育している植物だ」


 聞き馴染みのない名だった。

 恐らくは生育地が非常に限定されている事、またその花の危険性が発覚したのが比較的最近である事が起因しているのだろう。


「氷のような冷たさを孕み、美しい姿をしたこの花の恐ろしさは、環境の変化を受けた時の反応にある」


 シャルル様の話の最中、グザヴィエ殿下は自分の机に積まれていた紙束を二つ掴み、ヴィーへ渡した。

 ヴィーはそれを受け取るとシャルル様の前に置いた。


「冷えた環境では美しく咲き誇るグラファレは熱に非情に弱い。熱を与えられると、この花はたちまち茶色く変色して萎み――広範囲に花粉を撒く。この花粉が、高確率で人体に大きな影響を与える」


 シャルル様は話しながらも二つの内、一つの紙束の頁を捲り、それをテーブルの真ん中に置いた。

 そこにはグラファレの写生が大きく載っていた。


「花粉を取り込んだ者は徐々に体温が下がり、激しい悪寒を覚える。また内臓が毒素で侵される事で様々な臓器が損傷する。また生物の思考にも影響を与える為、感情が希薄になり、最後には心臓が止まる」


 話を聞くだけで恐ろしい話であった。

 加えて、更に恐怖を煽るのは、この脅威を用いようとする勢力の可能性だろう。


「グラファレの毒に犯された体は更に不可思議な反応を発現させる。グラファレの花粉によって命を落とした体は心臓が溶けない氷に変わるらしい。そして体の中心にあるその臓器が作り変えた後――その死体は動き出す」


 グラファレに犯された者の辿る末路について、アンデットと似ている点が多い、と言ったシャルル様の言葉を思い出した。

 魂を失った人間の体が動く。

 この現象はこれまで、アンデッドを指す言葉だったのだ。


「その死体は……人を襲うのですか」

「そうだ」


 私の問いに、シャルル様は短く答えた。

 彼は淡々と言葉を返したが、私や同席している者からすれば、出来ればその言葉を聞きたくはなかったという思いであった。


「アンデッドと異なるのは、その体が徐々に変消していく事だろう」

「変形?」

「ああ。初期段階では手足の先……体の端から徐々に氷で覆われ、その後肉体が氷へと変化する。更に氷化した体の至る箇所から氷柱が現れるようになり……最後は全身を巨大な氷塊に変えて動かなくなる」


 人が怪物となり、最後には生命としての面影すら失う。

 そんな現象は聞いた事もなかった。

 想像を絶するグラファレの脅威は、最早非現実的だとすら思えて来てしまう程であった。


「また氷塊になるまでの間、グラファレによって魔物化した死体は人を狙い続けるが、この際、氷化した体を変形させたり、触手のような氷で攻撃するのが特徴だ。噛みつく事が主な攻撃手段であるアンデッドとは、ここも大きく異なる」

「そんな危険なものを国は裏で研究させていたと」

「ああ。……これを研究せざるを得なかった理由についても話しておくべきだろう。勿論、エドワールだって生命を脅かすようなものを生み出したい訳ではない。寧ろ逆だ」


 苦々しい顔をしているカミーユの言葉に頷きを返しながらも、シャルル様は研究の必要性について触れる。

 そしてここまで聞けば、彼が皆まで言うよりも先に、彼が訴えようとしている事も見えて来る。


「解毒薬の開発。これがエドワールとテレーズ先生の研究目標だ」

「では、研究棟の襲撃と共に盗まれたのは」


 私の問いに対し、シャルル様は事態の重さを感じてか顔を険しく顰めた。


「……グラファレの花粉の成分が入った液体だ。解毒薬を作る為、成分を分析する必要があり、それの為に用意していたものが盗まれている」


 彼のここまでの話のお陰で、研究棟襲撃の真相は粗方理解できるようになった。

 国の為、人を救う為に扱っていた毒薬。それを敵対勢力が盗む理由。


(解毒薬の開発の阻止、或いは……毒を用いての大勢の虐殺及び混乱を増幅させる事。これが敵対勢力の目的なのでしょうね)


 部屋の中は重苦しい沈黙に満たされていた。

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