第116話 怪物へ至る毒
カミーユの問いに、グザヴィエ殿下は落ち着いた様子で答える。
「勿論騎士としても、そしてカミーユ・ヴィレットとしても力添えして欲しい」
「悪いですけど、あそこの家の現状については殆ど知りませんよ」
「勿論、ドナシアン辺境伯家についての情報や繋がりを欲しているのも事実だけれどね。ただ、今回君をここへ招いたのはそれ以外にも理由があるんだよ」
「理由?」
カミーユが問うと、グザヴィエ殿下の視線がシャルル様へ向けられる。
話の流れから自分に話の焦点が当てられる事はある程度想定していたのだろう。
シャルル様は困ったように肩を竦めた。
「彼からの口添えだ」
「……へぇ? 一体どんな意図があるのやら」
「君がそれを気にするのも、現状で気を悪くするのも当然だろう。勿論オレだってそれについて話すつもりはあるが……何事にも順序というものがある」
シャルル様はカミーユの言葉にそう答えると、助けを求めるようにグザヴィエ殿下を見やる。
彼が視線で訴えている事をある程度理解しているのか、グザヴィエ殿下はそれに対し頷きを返した。
「まあ、二つ目の脅威についてはドナシアン辺境伯家という我が国の中でも膨大な軍事力を保有する大貴族の裏切り……主にソニストゥセ王国への兵器の横流し等を始めとした、一部勢力の敵対の対策と企ての阻止が必要になる。そして最後、三つ目」
グザヴィエ殿下は三本目の指を立てる。
三つ目――『夢の香霞』の洗脳を受けた味方による裏切り。
現在のレグリアス王国の状況をより難解に、複雑にしている最大の要因だ。
「『夢の香霞』については正直全ての脅威を未然に防ぐのは難しいだろう。だがそれでも何としても防がなければならない問題が二点ある」
「一つは、グザヴィエ殿下の暗殺ですね」
アンセルム様の言葉に、グザヴィエ殿下が首を縦に振った。
彼はヴィーを横目で見やってから話を続ける。
「これについては警備を固め、より警戒する事が必要になる。だがまあ、やるべき事は明白だからね、今回の会議では一旦置いておいていい。それよりも問題なのは、味方の勢力が洗脳された事による内部崩壊だ」
「内部崩壊……。確かに問題視すべき話ではありますが、先程グザヴィエ殿下がおっしゃったように、未然に防ぐのは難しいかもしれませんね」
「ああ。洗脳される人物を先読みでもできない限り、先回りして『夢の香霞』の使用を食い止める事は出来ない。だからこそ、『夢の香霞』を用いられる事で甚大な被害を齎しかねない、現在最も恐れるべき事態のみを想定し、そこの死守に徹するべきだろう」
私の発言を肯定しながら、今後の大まかな目標と方針をグザヴィエ殿下は提示する。
それから一呼吸置いた後、彼はシャルル様を見て片手で何かを促すようなそぶりを見せた。
「以上を踏まえた上で……ここからは彼に話の主導を握ってもらおうか」
「はい」
一同の視線がシャルル様へと集まる。
ここに至るまで、議題に関する話には一切の疑問と驚きを見せなかった彼は、恐らくは事前に、大まかな段取りについてグザヴィエ殿下と話し合っていたのだろう。
発言の為にその場に立った彼からは、先程カミーユと言葉を交わした時のような困った様子が消え、真剣な面持ちをしていた。
「ではオレからは二点、お話させていただきます。まずは研究棟襲撃事件に関する報告と、それに関連したクレージュ男爵領の防衛の必要性について。その後『夢の香霞』が齎す作用についても共有を」
「な……っ、待ってください……!」
不意に、シャルル様の言葉を聞いたカミーユが腰を浮かせた。
これまで努めて冷静さを保とうとしていたカミーユが分かりやすく動揺を見せた瞬間だった。
「何故その名が出るんですか」
「それをこれから話すんだ」
普段のカミーユであれば、直前のシャルル様の発言を踏まえた上で答えを待つ事が出来ただろう。
しかしそうならなかった現状は、カミーユが取り乱さざるを得ない事情を物語っていた。
そしてドナシアン辺境伯の名が出た時とは違い、その理由を理解しているのはシャルル様くらいのようであった。
そもそも、私はグレージュ男爵の名すら聞き馴染みはない。
そしてそれはシャルル様やカミーユを除いた、他の者とて同じことのようであった。
窘めるような口調でシャルル様が話す。
それが今の自分の言動がいかに冷静ではないかをカミーユ自身に分からせたようだった。
カミーユは鋭く息を呑み、顔を強張らせると深く息を吐き出した。
「……すみません、口を挟むべき場所ではありませんでした」
「構わないさ」
ジュリエンヌ様の案じるような視線の先、カミーユは静かに座り直す。
それを見届け、誰も口を開かないのを確認してから、シャルル様は話を再開する。
「クレージュ男爵……エドワールはオレの同級生だ。同じ学年だった君の兄も彼とは親密な関係を築いていたはずだ」
シャルル様はそう言ってカミーユを見る。
しかしカミーユがそれに対して言葉を発することはない。
感情が先行し、会議の妨げになってはならないというカミーユなりの配慮だろう。
その様子に、シャルル様が特別言及するような事もなく、彼は話を続ける。
「彼の出自は平民だ。だが魔法薬学の天才でね。研究の分野で国への多大な貢献を果たしたとして、またその研究に関連した重大な責を担う代わりに、僅かな土地と爵位を授かった。そして領地に残る必要があった彼の代わりに、魔法技術が発展した首都で彼の研究の続きを引き受けたのが――テレーズ先生だ」
「……っ!」
私の脳裏を、研究室襲撃当時の光景が過ぎる。
フォンタニエ伯爵が持っていた小瓶……それがテレーズ先生やクレージュ男爵の研究の成果物であり、これまでの話を鑑みるに、それこそがレグリアス王国の危機に直結しかねない問題である事を悟らされる。
「クレージュ男爵やテレーズ先生の研究……そして、シャルル様が携わっていたものは一体何なのですか」
彼の返答など予測もつかない。
しかし、嫌な予感だけは膨らんでいた。
シャルル様は重苦しい空気を纏い、私の問いに答える。
「毒薬だ。――人を怪物へ至らせる、な」




