第115話 三つの脅威
ここからは私やジュリエンヌ様を含めた、ある程度の事情を把握している者達からしても初めて耳にするような話が入り込んでくるだろう。
でなければ、私達がこの場に集められた理由がなくなってしまうのだから。
そう悟ったからこそ、私は先程よりも自分の体が強張るのを感じた。
「今後、私達が警戒しなければならない脅威は主に三つ。一つはソニストゥセ王国による外部からの侵略。二つ目は、端から今の国政に敵対の意志を持つ勢力の存在。そして最後の一つは、『夢の香霞』の洗脳を受けた味方による裏切り」
「……この内一つ目は、軍事力の強化が主な対策になりますね」
「ああ。こちらについては宮廷騎士団を始めとした常備軍の人員の確保、また国境付近の貴族を中心に兵の徴収の指示、また各地に点在する傭兵団の雇用等を並行させる」
分かりやすく障害を提示するグザヴィエ殿下のお言葉に乗じ、一つ目の問題について私が触れれば、更に詳細な話が掘り下げられる。
傭兵団、という言葉を耳にした時、私の視線は無意識に隣のリュカへと移ったが、私が何かを言うよりも先に彼自身が小さく手を上げた。
「傭兵の伝手ならいくつかある。奴らは決まった場所に留まらない分特殊な繋がりを持っているし、信頼を得られれば直接接点がない組織にも掛け合ってもらえるはずだ。ソニストゥセ王国との国境近辺の地形に詳しい組織もあてがある」
「助かるよ。後で詳しい話を教えて欲しい」
(リュカがここに招かれたのは、私の護衛だという事以外にも理由があったという事ね)
リュカは十四歳の成人を迎えるまでの間、彼の父と共に私の護衛についていた。
基本は私の傍で経験を詰んでいたけれど、時折彼の父によってより実戦経験を積める環境へと送られる事があり、その遠征の中には傭兵として各地を回るような経験もあったという。
密偵として様々なルートから情報を得る手段と戦い方、その双方を同時に学べる為、効率が良かったのだとか。
そのような理由から、彼はいくつかの傭兵団とも繋がりを持っており、その事情はグザヴィエ殿下も把握している事であった。
グザヴィエ殿下はリュカの利用価値を見出した上で、正式な味方としてこの会議の場に呼び出したのだろう。
「兵力もだが、兵器の調達も勿論並行させなければならない。……これについては重大な問題があってね。この話に触れるには、二つ目に触れた方がいいだろう」
(同じ理由でいくとするなら、カミーユがこの場に招かれた事にも護衛とは別の理由があるはずだけれど)
グザヴィエ殿下の話に耳を傾けながら、私は嫌な予感を感じつつあった。
ジュリエンヌ様やカミーユ自身も同じだったのだろう。
互いに顔色が良いとはあまり言えない、深刻な面持ちをしていた。
「二つ目、敵対勢力の動向について。第二王子派の中でも大きな影響力を持っていたフォンタニエ伯爵が力を失った現状を喜びたいところではあるが、残念ながらそうはいかないようでね。次に私達が最も警戒すべき存在は」
二本の指を立てたグザヴィエ殿下は静かにカミーユを見据える。
カミーユはというと、視線をカップに落としたまま微動だにしないでいた。
「――ドナシアン辺境伯家」
リュカとクロエ様を除いた者達の視線が一斉にカミーユへと向けられる。
一方のリュカは考え事をしていたせいか、その空気の変化に気付く事なく、真剣な面持ちのまま呟き出した。
「ドナシアン辺境伯っていうと、ソニストゥセ王国側の国境沿いを管理している大貴族ですよね。兵器の開発技術や製造量がトップクラスの。おれが使う最新型の武器もドナシアン辺境伯領で造られたものですし。いやそもそも、ドナシアン辺境伯って元々第一王子派じゃ…………すみません、話し過ぎました」
「ああ、いや。そうではないよ」
珍しく饒舌だった彼は、遅れて周囲の空気に気付いたようだった。
周囲が押し黙っているのは自分の発言が原因かと考えた彼は謝罪を述べると口を閉ざす。
そんな彼の言葉に対してグザヴィエ殿下が首を横に振るも、その後積極的に話すような者は現れず、重い空気が漂い出していた。
「あ、あの、カミーユ、さん……顔色があまり……」
やがて、恐る恐るといった様子で口を開いたのは、事情を知らないクロエ様だった。
彼女からの気遣うような視線と、控えめな声掛けを受けたカミーユは漸く視線を上げ、いつも通りの明るい声を発した。
「ああ、すみません~。気を遣わせてしまいましたねぇ」
それから、カミーユはわざとらしく肩を竦めてみせた。
「彼の家とはちょっとした因縁? のようなものがありまして。個人的にあまり好ましく思っていないんですよねぇ」
「あ、そ、そうなのですね……。すみません、そうとは知らず」
「いいんですよぉ。皆さん一斉に黙れば、そりゃあ事情も知らない方々からは不自然に見えて当然ですから~」
カミーユは笑みを浮かべているものの、瞳には冷たい温度が孕んでいる。
それをグザヴィエ殿下へ向けながら、カミーユは妖しく微笑んだ。
「殿下は、ジュリエンヌ様の護衛としてのボクでもなく、王宮騎士としてのボクでもなく、『ヴィレット伯爵家のカミーユ』を求めているという事であってますか~?」




