第114話 敵の目的
リュカが投げ掛けた問い。
それは実際に騎士達と対峙したカミーユも疑問に思っていた事だろう。
カミーユもまた、答えを求めるようにグザヴィエ殿下を見た。
魔法器が我が国に二つあり、三か国の均衡が崩れている事。
第二王子が王太子の命並びに国の安寧を脅かそうとしている事。
これらの事実は確固たる証拠が提示できない事や、重大かつ深刻な話だからこそ民の混乱や不安を煽りかねない為、また国外へ情報が流出した結果、他国から反感を買って敵対する事を避ける為。
そして何より、未だ有効な解決策を見出せず、国に潜む脅威を収束させられていないという現状が、王太子であるグザヴィエ殿下の立場や信頼が不安定なものにしない為。
以上の理由から、ラガルド殿下が『夢の香霞』を所持しているという事実は秘匿されていた。
だからこそ研究棟での一部の騎士の暴走は『錯乱させる類の作用を持つものがバラまかれ、混乱状態に陥った者がいた』と伝えられた訳で、その後調査中とされていた原因についても結果は有耶無耶にされたまま時間と共に多くの者の記憶から薄れつつあった。
だが既に殆どの情報が明かされたこの場で、改めて当時の情報を偽る必要もない。
グザヴィエ殿下はリュカの問いに頷いた。
「ああ」
「そうですか」
リュカもカミーユも、当時、情報が明かされなかった事について不満は漏らさなかった。
彼らも事情や理由はある程度悟っているのだろう。
「ではあの現場には第二王子殿下もいたってことですね」
「それについては間違いない。ニコレット嬢が遭遇しているし、彼を足止めしてくれていたからね」
「は?」
初耳ですけど、とでも言いたげな視線を、彼の分厚い前髪の奥から感じる。
充分に情報を共有できていなかった事は申し訳ないが、これも当時のグザヴィエ殿下の指示に従った結果であり、またうっかり話し過ぎた事で矛盾が生じ、ヴィーの正体がバレてしまうのを避ける為の措置でもあったのだ。
「あんた、また無茶したんですか」
「ごめんなさい。私以外に気付けた人がいなかったから」
「まあ、あれは無茶でしたよねぇ」
「……ごめんなさい」
まさかの護衛から詰め寄られる事態となり、弁明を試みるも、それを遮るようにして今度はカミーユが口を挟む。
護衛の為に駆け付けたというのに、それを振り切って現場へ向かってしまったのだから、カミーユが物申したくなるのも仕方のない話であった。
「まあ、何と言うか。彼女のその無茶に救われた身としては、肩を持たざるを得ないんだが。ニコレット嬢がラガルド殿下に追い付いていなければ今頃オレも洗脳されているか殺されているかしていただろうからね」
すっかり肩身が狭くなり、肩を竦める事しか出来なくなった私に助け舟を出してくれたのはシャルル様だった。
彼の言葉のお陰で、リュカとカミーユの注意が逸れる。
「そういえば、センパイはここまでずっと黙ってましたけど。疑問があるような感じでもなさそうだし、ボクらより詳しそうですよねぇ」
「ああ、まあ……。オレは休養させてもらっている間に色々聞いたからね」
「ふぅん?」
カミーユにまじまじと顔を見つめられるシャルル様は気まずそうに苦笑いをしながら軽く両手を上げる。
……先程から薄々気づいてはいたけれど、シャルル様はカミーユと敢えて目を合わせないようにしているようだった。
今も彼は、カミーユから顔を背けたままである。
「オレの事は一旦置いておいて。先程彼も触れていましたが、ラガルド殿下や協力者、そしてソニストゥセ王国側の目的についても擦り合わせておくべきではないでしょうか」
「そうだね。まあ、皆ある程度予想している事だとは思うけれど」
今度はシャルル様が逃げるようにグザヴィエ殿下へ話題の転換を促す。
それにグザヴィエ殿下は頷きを返し、話題は次の段階へと切り替わった。
「ラガルドやレグリアス側の裏切り者が求めているのは、王太子の座をラガルドのものにする事――私の失脚、もしくは暗殺だろう」
ジュリエンヌ様の顔が強張る。
彼女は膝の上で両手を握り締めながら平然を装っていた。
「彼らにとって最も望ましいのは私の死だろうけれど、それが難しいのであれば、民が私へ向ける信用を限りなく下げ、立場を悪化させ、政界から退かざるを得ない状況を生み出したい。そう考えているはずだ」
「一方のソニストゥセ王国の目的はもっと明白ですね。我が国の侵略と、大陸一の軍事力を得る事……つまりは三国の均衡を崩し、大陸一の強国として上り詰める事。レグリアスもしくはカロラーレ王国、どちらかを攻め落とせさえすれば残りの一国を落とすのなんて造作もない事でしょうから」
アンセルム様が深い溜息と共に眼鏡を押し上げる。
ソニストゥセ王国の企みについて触れる彼の声は普段よりも低く、重いものであった。
グザヴィエ殿下は彼の説明に頷きを返し、人差し指を立てた。
「ラガルドは王太子の座を、第二王子派は私の立太子と共に弱まった権力の回復と利益を、ソニストゥセ王国はレグリアスの支配権をそれぞれ求めている。……これらを踏まえた上で、彼らの利害を一致させる条件が一つだけ存在する」
ここまでお膳立てをされた上で、次に続く言葉が分からない者はこの場にはいなかった。
全員が神妙な面持ちでグザヴィエ殿下を見ている。
「ソニストゥセ王国が一度レグリアス王国を落とした後、空いた玉座にラガルドを就かせる事だ」
自分以外に誰も言葉を発する事がない、沈んだ空気の中でグザヴィエ殿下は淡々と言葉を並べる。
自分の命すら絡んでいる話だというのに、至って冷静に話を進める彼の姿には、国の未来を背負う者としての器の大きさを感じる。
「ソニストゥセ王国の支配下に置かれたレグリアス王国の領土をラガルドに管理させる。ソニストゥセ王国はレグリアス王国崩壊の協力の礼として、ラガルドや第二王子派に相応の見返りを約束する。恐らく現状は、これが成立している状況だ」
壁に掛けられた時計の秒針がやけに大きく響く。
緊張で満たされた場の空気に呼応するように激しさを増す鼓動を抱えながら私はグザヴィエ殿下の言葉に耳を傾けていた。
「ラガルド達は内部から国を崩す。同時にソニストゥセ王国は外部から攻め入る。双方からレグリアス王国を攻撃する事で隙を生み出し、完全に落とすつもりではないか……というのが、こちらの見解だよ」
そこまで語ると彼はカップを口に運び、すっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤す。
つられて何名かが同じように残っていた紅茶を口にし、今度はシャルル様がカップの空いた者へ新しく紅茶を注ぐ。
「さて、と。一先ず共通して知っておいて欲しい話はこのくらいかな」
グザヴィエ殿下のカップが空になった機を見計らって、ヴィーも彼のカップへ紅茶を淹れ直す。
それに短く礼を告げてから、グザヴィエ殿下は新たな話を切り出した。
「では本題だ。現在私達が把握している敵対勢力の動向と、彼らを止める為に今後私達が打つべき手について」




