第113話 内通
グザヴィエ殿下の纏う緊張感に凍り付く場の空気。
彼と長く深い関係を築いているはずのジュリエンヌ様でさえ驚き、体を硬直させていた事から、現状の空気が如何に異様なものであるかは察することが出来た。
誰もが彼の圧力に屈し、押し黙る。
そんな永遠とも思えるような沈黙が続いた後、震える声が響いた。
「わ、わたしは大丈夫です。……すみません、おさわがせして」
クロエ様は顔を青くし、瞳を潤ませながらも声を絞り出していた。
そして彼女がその場に居座る決意を示したと同時、グザヴィエ殿下が纏う空気が緩む。
気が付けば普段通りの佇まいの彼が、申し訳なさそうな顔で苦笑していた。
「うん。……すまないね、クロエ嬢。君の気持ちを汲んであげられず」
「い、いいえ。……みなさんいらっしゃるのに、わたしだけ仲間外れというのは、寂しいですし……。少し、おどろいてしまっただけ、です」
クロエ様の言葉も偽りには聞こえない。
しかしそれ以上にクロエ様を離席させたくはないというグザヴィエ殿下の意志の強さがひしひしと感じられた。
(『見知った顔ぶれがあった方が安心できる』――先程のグザヴィエ殿下はそうおっしゃったけれど……どうやらそれだけではなさそうね)
先程、この場にクロエ様が残る口実として述べられた理由を思い出しながら、私は張り詰めてしまった気持ちを落ち着かせようと深く息を吐いた。
「さて、話を続けよう。レーヌ嬢は既に暗殺され、彼女が隠し持っていた魔法器『夢の香霞』は何者かによって持ち去られた。何者かとは言ったものの、『聖女』であるレーヌ嬢を捕らえていた牢獄は非常に厳重に管理された場所であった事を考えるに、そもそも彼女の元まで辿り着く事が出来る者は限られている」
「牢獄へ干渉できるだけの地位と力を持っている者か、牢獄の管理関係者に味方を持つ者か……或いはその両方か。まあ王族であれば、力や財を餌に人を動かす事も出来るでしょうね」
「話が早くて助かるよ。その通りだ。つまり私は――レーヌ嬢を暗殺したのはラガルドであると踏んでいる」
カミーユが上手く話を纏め、誘導した事もあったのだろう。
クロエ様やリュカも、グザヴィエ殿下の話に動揺する様子は見せなかった。
「『夢の香霞』が持つ古代魔法の効果は皆知っているね? 彼女を殺め、『夢の香霞』手に入れさえしてしまえば、その後の脱出は侵入よりもずっと簡単だろう。仮に不都合な存在が現れたとしても洗脳や記憶の改ざんでやり過ごせるからね」
「では、殿下は今、『夢の香霞』はラガルド殿下の手にあると考えていると?」
「ああ。それだけではない。国が送り込んだ『聖女』が捕らえられ、『夢の香霞』が敵国に残された現状……。ソニストゥセ王国側から崩した協定関係とはいえ、大陸の強国である三か国の武力の均衡を保っていた三魔法器を失いながら、あちらは未だ目立った動きを見せていないんだ」
「確かに妙ですね。レグリアスに盗まれた等の虚言でカロラーレ王国の協力を仰ぐなりして、魔法器の喪失が生んだ隙を塞ごうとして然るべきだ。にも拘らずそうしないのは」
「現状を大した危機だと認識していないから。つまり、『夢の香霞』の所持者が」
情報共有と整理を目的とした会議はグザヴィエ殿下と、直前まで持ち得ていた情報量が少ないカミーユを主体に進んでいく。
カミーユ、クロエ様、リュカの思考を邪魔しないよう、私を含めてある程度の情報を得ている者達は口を閉ざしていた。
けれど後半のグザヴィエ殿下の言葉と、それを踏まえた上でカミーユによって整理された情報の中にはこれまで言及されて来なかったものの、既出の情報から導かれるような国の事情も浮き彫りとなりつつあり、私は内心で何度も驚かされる事となった。
目を見張るジュリエンヌ様も恐らくは、同様の想いだった事だろう。
「「――内通しているから」」
グザヴィエ殿下とカミーユの声が揃った後、その場には再び静寂が訪れる。
カミーユは考え込み、テーブルの上に添えた人差し指で一定のテンポを刻む。
それから深い溜息と共に背凭れに大きく凭れ掛かり、天井を仰いだ。
「あぁ~~~……理解しました、理解しました」
「ちょっと、カミーユ」
「まあ、頭を抱えたくなる気持ちも、途方に暮れる気持ちもわかるけれどね」
王太子の前でだらしない格好をするカミーユの横腹をジュリエンヌ様が突く。
一方で、主人に姿勢を直された騎士を眺めるグザヴィエ殿下も苦々しい表情をしていた。
「ラガルド殿下並びに彼の協力者……恐らくは王位継承の順位が確立する以前に彼の肩を持っていた第二王子派の貴族の一部がソニストゥセ王国と繋がっているって事ですね」
「私はそう考えているよ」
「敵国としても『夢の香霞』の所在は定期的に確認したいところだろうし、内通者との詳細な情報交換も必要となれば、恐らく既に刺客や間者は我が国に送られていると考えて良いでしょう」
アンセルム様が、これまでの会話の内容から導かれる現状を整理したところで、私の視界の隅から手が上がる。
これまで口を閉ざし、傾聴に徹していた彼は、グザヴィエ殿下の視線が自分に向けられたのを確認してから口を開いた。
「第二王子殿下、協力者の貴族、ソニストゥセ王国のそれぞれの目的についても整理しておきたいんですけど。それより前に一点、念の為に確認してもいいですか」
「勿論。どうぞ」
リュカはグザヴィエ殿下から許しを得ると、軽く会釈をしてから続けた。
「研究棟で錯乱し、暴れたっていう騎士の話……。あれも『夢の香霞』の仕業って事であってますか?」




